「ジジイ、先週の未払い分、早く出しな!」
 
 食器を叩き割るような音と、怒鳴り声が急に聞こえた。
 
 ……うわ、何!?
 僕はゴミ分別をほっぽり出して、裏口から店内を覗いた。
「何度来たって、そんなもの払わん! 帰ってくれ!!」
 じっちゃんが、チンピラみたいな男に怒鳴り返している。
 長年、海の家を一人で経営してきただけあって、じっちゃんの凄みは迫力があった。
「払わねえじゃ、話が通らねぇんだよ! グダグダ言わずに出せや!」
 チンピラも、負けてない。
 せっかく洗って乾かしていた皿を、たたき落としている。
「今日の上がりが、あんだろ?」
 
 ───あれか!
 毎年ショバ代を吊り上げて、嫌がらせしにくるヤクザって……
 
 
 
 高校生活、最後の夏休み。
 僕はじっちゃんの海の家を手伝うために、5年ぶりにこの田舎を訪れていた。
 駅舎が建て直されて、新しい海の家が増えて……
 いろんなモノが様変わりしている中で、コレが一番の問題だと聞いていた。
 
「あっ!」
 チンピラがじっちゃんに殴りかかった。
 僕は驚いて、走って二人の間に割って入った。
 ───痛ッ!
「やめ……やめて!!」
 一緒に2.3発殴られた所で、拳が止まった。
「んだ? テメェ…」
 気怠い声が、上から降ってくる。
 僕は恐る恐る見上げて、また驚いた。
 
 ……あれ! ……瑞人(みずと)兄ちゃん!?
 
 小学校の頃は、毎年遊びに来ていて。
 忙しいじっちゃんの変わりに、時々遊んでくれた……
 あの近所の大学生に、似ている。 
 でもこんなスーツを着て、ガラの悪い素行をしてると、ホントにあの人かどうか…。
「みず……」
 言いかけた途端、また殴ってきた。
「……うわッ!」
「邪魔すんじゃねぇよッ! ガキッ!」
 
 ───兄ちゃん………僕が、判らないんだ!
 
 数回遊んだだけの子供なんて、覚えてなくても、しょうがないのかも知れない。
 とにかく必死でじっちゃんを抱えて、殴られ続けた。
「ウラ、ジジイ! さっさと払えよ」
 じっちゃんも僕を庇おうと、時々上になる。
「やめて、……やめてください!!」
 止まらない暴力に恐怖を感じて、僕は大声で叫んだ。
 
 無茶なピンハネ行為に、じっちゃんだけが抵抗し続けているんだって。
 小さな出店は畳んでしまい、大手の売店が我がモノ顔をするようになって。
 だから客を取り返すために、店を手伝って欲しいって……。
 
 でもこんな暴力を受けてるなんて、聞いてなかった。
 しかも、もしかしたら瑞人兄ちゃんだなんて……。
 
 閉店した海の家の周りは、もう人気もない。
 居たって、きっと恐くて助けてなんかくれない。
 いくら海の男とは言え、じっちゃんはもう70を越えている老体なんだ。
 僕が、助けなきゃ………!
 
「暴力は止めてください! 話、聞きますから!!」
 僕の声に、やっと衝撃は収まった。
「とっとと払や、痛い目、見なくて済むんだよ!」
 瑞人兄ちゃんは、吐き捨てる様にそう言うと、僕を覗き込んできた。
 
「おら、払え」
「……いくらですか?」
 
「爽太、聞くな! そんなヤツの言葉は!」
 じっちゃんが静止するのを遮って、兄ちゃんは凄い金額をふっかけてきた。
「先週と今週を合わせて、50万…いや、500万だ」
 ニヤリと笑う。
「…えっ」
 驚く僕に、畳みかける。
「相場は、俺が決める。俺が500万と言ったら500万だ」
「なに言って…」
 その時、黒いスーツに身を固めた男の人が、裏口から入ってきた。
「若、もう車を待たせておくのは無理です」
 
 ……若!?
 
 チッという舌打ちと共に、兄ちゃんはその人を睨み付けた。
「お前、話しを聞くって言ったな」
「…え? はい…」
 僕の二の腕を掴むと、床にしゃがみ込んでいた体を無理矢理引っ張り上げた。
「お前次第では、考えてやってもいい。来い」
 
 ………えッ!?
 
「あッ、爽太…!」
 じっちゃんも慌てて、僕を取り戻そうと立ち上がった。
 でも殴られた所が痛いのか、また蹲ってしまった。
「…じっちゃん!!」
 叫び声だけを店内に残して、僕は黒のベンツに押し込まれた。
「止めてください! 降ろしてくださいッ」
 暴れる僕に、兄ちゃんは恐い顔で睨み付けてきた。
「うるせぇ! 逆らうと、あのジジィ殺すぞ」
「……!!」
 その目の色に、全身の血が凍るような恐怖が走った。
 
 ……本気?
 
 な、訳はないと思うけど……僕の喉は、絞められたみたいに声が出なくなってしまった。
 さっきの男の人が、運転席からバックミラーでこっちを見た。
「若…今日も上がりは、保留ですか」
「早く出せッ!」
 兄ちゃんはまた舌打ちをして、助手席のシートを蹴飛ばした。
 ……………?
 この運転手、言葉は丁寧だけど。……さっきもそうだった。
 表情や声の中に、小馬鹿にしたような雰囲気。よく言う、慇懃無礼ってやつみたいな。
「……………」
 横の顔を、そっと盗み見た。”若”って……ヤクザの息子だったんだ?
 ───でもそんな人に、部下がこんな態度、するのかなぁ……。
 自分の置かれている境遇よりも、そのことが気になっていた。
 
 不機嫌な顔はそれっきり口を開かず、だだっ広いお屋敷の離れに僕を連れ込んだ。
 庭の端にあるその平屋は”離れ”とは言え、何部屋も奧に繋がっていてかなり大きかった。
 最奥の個室には、畳敷きの上に変な道具がいっぱい転がっていた。あとは締め切ったカーテンの他、何もない。
「……あッ!?」
 その中に、無言で突き飛ばされた。
「…痛………なにを…」
 畳に手を突いて振り仰ぐと、瑞人さんはドアに鍵を掛けていた。
 そして近づいてきたその顔は、凶暴性を隠そうともしない……。
 口の端を上げて、赤い舌がその唇を舐め上げた。
「……………!」
 捕まった獲物のような、心もとない気分になった。
 狩人の眼が倒れている僕を跨いで、仁王立ちに見下ろしてくる。
「何でも言うことを聞くって、言ったな」
「……え? …そんなことは……」
「うるせぇッ!」 
 言い返した瞬間、頬に激しい痛みが走った。
「話を聞くってのは、そう言うことなんだよ!」
 殴った手で側に落ちていたロープを掴み寄せると、僕の両手首を縛りだした。
「ちょ……何するんですか!」
 シャツを乱暴に破って、ズボンも前を開けられた。
「───うわ……えッ!?」
 
 
 ───ヤクザって、なんだろう。
 お金を払わなかったら、どうなるんだろう。……何を、要求してくるんだ?
 想像力の行き着く所は、指詰めとか、す巻きの土左衛門とか……
 考えるだに怖ろしい、拷問とかの痛いことばかりだった。
 
 
 なのに……
「や…やめて…!」
 思いもつかなかった、こんなの!
 下着も全部脱がされて、とんでもなく恥ずかしい格好にされてしまった。
 ──う、うわ……なに、そんなトコ……!!
 お尻の中に、何かを挿れられた。
 指を突っ込んで、奥底に押し込む。その感触が、堪らなく気持ち悪い。
「やぁ…ヘンな物、挿れないでください!」
 僕は泣き声になって、お願いした。
「うるせぇッ! いいか、よく聞け!」
 僕の首を絞めると、噛み付くように顔を近づけて、兄ちゃんは命令してきた。
「お前次第で、あの店はいろいろ免除してやる」
「…………!?」
「人質ってこった! ジジイのためにカラダ張りな。俺の言うことだけ、聞きゃいいんだ」
 凄みながら、熱い息を吹きかけてくる。
 僕は苦しくて怖くて、頷くのが精一杯だった。
 ……これがあの、瑞人兄ちゃんなの……?
 静かに笑う、優しい人だったハズなのに。
「に…い……ちゃん」
 絞り出した言葉を言い終える前に、また頬を叩かれた。
「誰に向かって、モノ言ってる!? 瑞人さんと呼べ!」
 ──────!!
 叩かれた痛みより、やっぱり! ってショックの方が、大きかった。
 
「ん……!!」
 目を瞠って息を止めた僕に、いきなり激しいディープキス!
 舌が痛いほど乱暴に、動き回る。こんな凄いの、僕はしたことがなかった。
「ん……んっ…」
 必死に呼吸を確保して……。訳の判らない恐怖だけが、僕を動かす。
 がむしゃらに縛り上げられた手で、のし掛かってくる胸を押し返した。
「……あ…?」
 でもなんか、身体が変────力が…入らない。
 兄ちゃんが跨っている辺りが、熱い。
 腰が…っていうか、お尻が……?
「………はぁ…」 
 息まで熱くなってることに、兄ちゃんも気付いた。
 間近の双眸が、妖しげに光る。
「効いてきたな。これから、たっぷりと仕込んでやる」
 言いながら、またお尻に指を突っ込んできた。
「あっ……や…」
 
 畳に押し倒されて、縛られて脱がされて……しかも、有り得ないトコに指を……!
 殴られた頬がまだ痛い。こんなの、死ぬほど恥ずかしいよ。
 心臓も体も縮み上がるほど、恐いのに。
 
 ───え…なに……?
 僕のお尻は、さっきとは違う感覚を感じていた。指が出入りする度、何かが疼く。
「んぁ…ぁあ……」
「脚、もっと開けッ」
 乱暴に命令してくる。
 でも、どうしても恥ずかしくて。嫌がったら、また容赦なく殴ってきた。
「返事しろ!」
「…わ……わかりました」
 僕は涙目になりながら、膝を立てて開いた。
 兄ちゃんは脚の間に移動すると、楽しそうな顔で、ヒクついてしまうソコを眺め始めた。
 ───や……見ないで……
 そう言いたいけど、恐くて言えない。
 細かった兄ちゃんの身体は、腕や肩の厚みが倍になっていた。
 ……僕だって、育ったけど。
 高校に入ってから、背はかなり伸びたし。もう子供の顔じゃない。
 だから、わからないのかな。僕のことわかったら、こんな暴力なんか……
 
 そんな悲しい気持ちと、恥部をさらけ出していることに耐えられないほどの羞恥を感じて、僕は目を瞑った。
 変な薬のせいで、また入ってきた指を締め付けてしまうし。
「……ん」
 思わず膝をすり合わせた。
「開け。そのままだ」
「……はい」
 殴られるのが恐くて、僕はおとなしく従った。
 指がソコを広げるように、回される。
「ぁ……」
 二本に増やされたとき、違和感に耐えられなくて、顔を上げた。
 ”人質”……さっきの言葉。
 じっちゃんが殴られるのは、もう見たくない。
 お店が潰されるのも、ダメだよ。
 ……でも…でも………こんなの、ヤダ!
 よく判らないけど、もの凄い不安に襲われた。
 これから何が起こるの。何をされるの……僕、どうなっちゃうの……?
 
 内側から湧き上がる熱い感覚が、とにかく嫌だった。
 突っ込まれた指が、奧へ奧へと侵入してくる。
 開いた脚の間で、萎えていたモノが、反応しそうになった。
 ───やだよ…こんな事、やだよ……!
 
 僕の心を読んだみたいに、兄ちゃんが笑った。
「良くなって来たな。指じゃ足りなくなって来た顔だ」
「……!」
 真っ赤になって、唇を結んだ。吐く息も熱い。そんな何もかもが恥ずかしい。
「何が起こるか、わかってんだろ?」
「……え」
「ねだってみろ。俺にお願いしろよ」
 
 ──────!
 
 ……想像は付くけど。……嫌だ。
 犯されたくなんかない。
 しかも、言葉で頼めって……?
 耳まで真っ赤になって、兄ちゃんを睨み付けた。
「や……ヤクザだからって…ッ!」
 何してもいいなんて、限らないんだ! こんなこと無理やり……それに、じっちゃんにもだ!
 そう思ったら腹が立った。さっきまで、指や命の心配をしていたのに。
「兄ちゃんなんでしょ? …僕、爽太だよ! 気が付いてよぉ!」
 指を抜いて!
 ロープを解いて!
 ごめんなって、言ってよ!
 顔を上げて、必死で兄ちゃんの目を見た。
 
 ……でも目の前の”瑞人さん”は、僕の知らない”若”という人に変わっていた。
「……どいつもこいつも…」
 忌々しそうに舌打ちすると、憎悪の目で僕を見下ろした。
「るせェって言ってんだ! オラ、言え!」
 無理矢理3本に増やした指で、乱暴にお尻の中を掻き回された。
「んぁあッ……!」
「開いてろ! 閉じたら殴る」
 空いてる手で、太腿を叩かれた。
 腸内への強い刺激で、脚が嫌でも動いてしまう。
 必死に開脚させた真ん中で、血液を集め出した僕のモノが、頭をもたげ始めた。
「ぁ……あっ…」
 声も出てしまう。
 薬の効果なのか、無性に体内への刺激欲求に襲われた。
 焦れったくて、どんなに激しく突かれても、物足りない気がしてきた。
 
「はぁ………瑞人さん……もっとぉ…」
 
 ───うわ……何を…僕……
 急にただのピストンに変わってしまった動きに、ついそんな言葉まで出た。
「……………」
 瑞人さんはニヤニヤしながら、完全勃起して揺れている僕のを眺めている。
 指は、ゆるゆると出入りするだけ。
「みず……と…さん……」
 さっきの激しい刺激が、欲しい。……もっと太いモノが、入ってきたら……?
 快楽の虜になったような思考が、回りだす。
 
 それでも言葉にするのは恥ずかしくて、ずっと抵抗していたのに。
「気持ちいいんだろ?」
「………」
「ここ、はち切れそうじゃねぇか」
 指で弾いたり、袋の方を撫でたり。
「あ、あ、ダメ…」
「違うだろ? ケツに指を咥え込んで、勃起させてよォ?」
 僕を覗き込んで、笑う。
 ……変な薬のせいなのに!
 真っ赤になった僕に、容赦のない命令。
「今更カッコつけんなよ。早く言え! お願いしねぇと、終わんねーぜ」
 その言葉遣いも、ドスの利いた声も、……やっぱりまったくの別人だと思った。
 僕は記憶の中の優しい面影を追いながら、目を瞑った。
「…い…挿れて……」
「何を?」
「……え……」
 自分から言うなんて、それだけでも精一杯だと思ったのに。
 今度は、亀頭の先だけを弄くり回す。
 透明な液を垂れ流して、嫌でも自分の淫らな状態を、思い知らされる。
「あッ、あ…あぁ…」
「お前を気持ちよくさせるのは、誰だ? 何が欲しいんだ」
 みっともなく腰を振っている僕を、冷ややかな声が突き刺す。
「オラ、もっとすっげぇ、気持ちよくなりたいだろ?」
 身体がそう言っていると笑いながら、中の指を折り曲げる。
「あぁっ! ……言う! ……言います…」
 快感で指を締め付けてるのが、わかる。
 こんな状態で、言葉攻めも辛かった。
 僕はとうとう耐えきれなくなった。どうせ言うなら、早く楽になりたいし…… 
「………瑞人さんの……ち……ちんちん……僕のお尻に…挿れて…ください」
 縛られた腕を持ち上げて、顔を隠した。
 こんなことで泣いてるのを、見られたくなかった。
 じっちゃんの殴られた顔が、浮かぶ。……僕が我慢しなきゃ……。
 
「やっと言いやがった。たっぷりしてやるからな」
 そう笑うと、僕の勃っている根本に紐を巻いて、きつく結んでしまった。
「……あッ?」
 驚いているヒマもなく、体をひっくり返された。四つん這いでお尻を突き出す格好にさせられる。
 両手首を縛られているから、肘で身体を支えて……こんな格好で後ろから見られるのも、すっごい恥ずかしい…。それにこんなポーズ……まるで自分が交尾する犬みたいに思えて、悲しくなった。
「んッ……」
 熱くて太い塊が、お尻の穴に押し付けられる。
「ぁ……痛ッ……!」
 メリっと音がしそうに開かされた。
「む…ムリ……」
 いくら薬が効いてても、凄い痛かった。
「るせぇ。これでも嗅いでな」
 抵抗する僕の鼻と口を塞ぐように、布が押し付けられた。
「………!!」
 強烈な刺激臭と共に、異常な動悸。
 常識を無視したように、急ピッチでドキドキと心臓が勝手に早鐘を打ち出す。
 揮発性の何かを吸わされて、僕は益々おかしくなっていた。
「あ…………」
 頭がぼーっとして、力が入らない。必死に肘で身体を支えた。
 腰は、大きな手で掴み上げられている。
 痛みで締め付けてしまっていた後ろも、緩んだみたいだった。
 瑞人さんの太いモノが、ズプズプッと全部押し込まれた。
「あッ……ああぁッ……!!」
 快感と圧迫感と嫌悪が、そこから湧き上がる。
 熱い肉棒を体内で感じて、内臓が吸い付くようだった。
 もういいだろうとばかりに、瑞人さんの腰が前後に動き出す。
「ぅ…うあああぁ!」
 快感の中で、すぐに痛みが戻ってきた。
「や…まって……イタ…」
 呻くと、またさっきので口を塞がれた。今度は液体を染みこませた布を、口の中に突っ込んでくる。
「これで、病みつきだ」
 耳元で笑われたのも、遠い世界のように……僕の意識は、更に朦朧とした。
 思考能力を奪われて、次第に直接の快感だけが僕を支配していく。
「あ…あッ……」
 遠慮のないピストン。胸を弄られると、腰に響く。
「や……だめ、ダメ…」
 崩れ落ちた僕を仰向けにさせて、瑞人さんはガンガン突いてきた。
「アッ…アッ…ァアッ……!」
 脱力している脚を抱え上げて、奥へ奥へと! 
「…んぁ…ああぁ……ああぁ……!」
 すご……すごい……!
 布を吐き出した僕はもう、痛みも消えた快楽だけの世界に、身体を任せてしまった。
 太い肉棒が出入りするたび、擦り上げる感覚。内側から体中に電流が走る。
 一際奧を突かれると、何か判らない異常なまでの快感に襲われた。
「あ、あ、……すご…」
 瑞人さんの口が、ニヤリと笑う。
 扱いてもいないのに、射精感が込み上げてきた。
「あ…イキそう…イク、イク…」
「許しを請え。どうして欲しいのか、言葉で言え」
 意地悪く笑う通り、縛り上げられた根本は、ビクビクと震えるばかり。
 紐を解いてくれないと、射精できないのが判った。
「う……」
 開きっぱなしの口からは唾液が、顎を伝い続ける。
「お前を今貫いてるのは、何だ?」
「……瑞人さんの……ちんちん……です…」
「で? どうして欲しいよ?」
 パンパンと打ち付ける音。ヌチャヌチャと、卑猥な水音。
 親指が乳首をいじる。
「んっ…やぁ……」
 体中にビリビリと電気が走った。何もかもが、僕を興奮させる。
「嫌じゃねえだろ。締め付けてくるぜ! ヤラシイな、お前…」
 耳元で荒い息を弾ませながら、瑞人さんは楽しそうに僕を観察していた。
 僕は内側から前を刺激されて、焦れったくて、おかしくなりそうで……
 
「…おね…がい。僕の……ちんちん…扱いて」
 
「それで? ちゃんと言え」
「…ヒモほどいて……イかせてください……お願いします…」 
 
 
「あとでな」
「……えッ!?」
「まず俺が、種付けしてやる」 
 
 もう、死にたい…! それくらい恥ずかしいこと、言わせておいて。
 瑞人さんは、自分だけ熱い飛沫を僕の中に飛ばした。
 激しいグラインドで、僕の快感も絶頂だった。
「……ぁぁあああああっ!!」
 押し付けられた腰が熱い。体内の脈動が、僕の震えと重なる。イッたような感覚さえ、した。でも、治まらない射精感。
「あ……はぁ…」
 定まらない焦点で、瑞人さんを見つめた。
「イかせて……イきたいよぅ…」
 高校3年にもなって、なんてこと口走って泣いてんだ…僕。
 やっと思考回路が、戻ってきたけど……
 その後は、快楽を自ら受け入れて、必死に命令に従うしかなかった。
 
 なかなかイかせてくれない意地悪な指は、身体のあちこちを這い回った。
 上手く返事ができないと、口にまで指が入ってきた。2本の指で舌を摘む。
「ほら、お願いしろ。何が望だ?」
「……瑞人さんの……ください…」
 その度、何度も肉棒が出入りする。
「あっ、あぁ、気持ちいい…」
 言わないと、ピタリと止めて観察される。
「俺は何度もイってっから、嬲り殺しでもいいんだぜ」
 縛ったまま、放置すると脅す。
 
「お願い……お願い……」
 
 何度言わされたか、判らない。
 呪縛を解いて絶頂に導かれた後も、繰り返しそれは続いた。
 数回射精させられて、もう何も出なくなった。
 でも薬のせいで、まだ勃起してしまう。
 瑞人さんは、赤く腫れ上がっているそれを咥えては、僕をからかった。
「もう、許して…」 
 懇願も聞いてくれない。
 
 どれだけ我慢すれば、じっちゃんは殴られなくて済むの……
 兄ちゃんは、何でこんな変わっちゃったの……
 霞んでいく意識の中で、いつまでもよがり声を上げる自分に嫌悪した。
 
 
 
 
 翌日、変な揺れで目を覚ました。
「え……あれ…?」
 僕は、瑞人さんが運転する車の助手席に、座らされていた。
 身体は綺麗になって、服もきちんと着ている。
「上がりをハネるには、儲けが出なけりゃ話になんねぇだろ」
 前を向いたまま、瑞人さんがぼそりと言った。
「アルバイトに来たんなら、ガッツリ働け」
 時刻は、昼を越えていた。
 水着客で賑わう浜辺ギリギリまで車を寄せて、僕は放り出された。
「夜、迎えに来るからな。逃げるとジジィがどうなっても知らねぇぜ」
 一言凄んで、へたり込んでいる僕を尻目に、真紅のBMWは消えて行った。
 
「爽太! 無事だったか!」
 店内ではじっちゃんが、寝不足の顔で僕を迎えてくれた。
 肩や腕をパンパンと叩いて、あちこち無事を確認してくれる。
 一番辛いのは、腰とお尻なんだけど。足もガクガクで、立っているのが厳しい。
「うん。怪我とかしてないから。……今から、手伝うね」
「すまんな、お前を巻き込んでしまって……」
 普段男気溢れて、気っぷのいいじっちゃんが、肩を落として謝るなんて。
「何言ってるのじっちゃん、これも手伝いのウチだって!」
 そんな姿、見たくない。させたくない。
 僕は笑顔を作って、だるい身体をフル回転させた。
 
 海の家事情も、ここ数年で大きく変化があった。
 客を待ってたら、みんな余所にとられてしまう。
 だから、広範囲の出前をやってるんだって。
 浜でくつろいでいる人たちに声を掛けて、注文取って配達する。
「纏まった場所で、注文取れよ。バラけたら、いちいち手間取っちまう」
 じっちゃんが、要領を教えてくれた。
 僕は持ち前の明るさで、大学生の集団とかノリの良さそうなのにターゲットを搾って、注文を取っては配達した。
 でもどんなに急いでも、注文しといていなくなる家族が、時々いた。
「じっちゃん、先払いにしたら?」
 僕は悔しくて、そう提案してみた。冷めてしまった料理が、空しく僕の手の中にある。
「バカ、言ってんじゃねえ! こんな小さな出店じゃ信用なんかねぇんだ。一人も客がいなくなっちまうよ」
 真っ黒に日焼けしたシワシワの顔が、目を吊り上げた。
 その剣幕にちょっと驚いたけど……そんなこと、とっくに考えて、試行錯誤してきたはずだ。
 客取り競争でどれだけ苦労してきたか。
 その時僕は、痛いほど痛感した。
 ……もっと前から、手伝いに来てればよかったなぁ…。
 
 海辺の様変わりも、目を瞠るほどだった。
 新しいホテルが遙か向こうに、乱立してる。
 ここからここまでは自分のエリアだと、白砂をロープで仕切る。
 僕たちの恰好の遊び場だった岩場は削られて、広い駐車場になっていた。
 快適な砂浜は、有料とか看板が立ってるし!
 
 それでも、じっちゃんが頑張る限り、手伝いたい。
 毎年、あの嫌がらせに耐えてきたのかと思うと、今度は胸が熱くなる。
「じっちゃん、僕、頑張るね!」
 注文票を掴んで、最後の客引きに飛び出した。
 遊泳時間のリミットが迫っている。
 帰り出す客と逆流するように、浜辺を動き回った。
 やっと両手に持ちきれる分のオーダーを取れて、店の前に戻ってきたら……
 
「……あ!」
 
 見覚えのあるシルエット。瑞人さんが昨日と同じ姿のまま、店の前に立っていた。
 夜、来るって言ったのに…!
 一人スーツで、異様なオーラを発している。
 せっかくの客になりそうな人たちが、怖がって寄り付かなくなっていた。
 
「え……営業妨害ですか!?」
 ガッツリ稼げなんて、言っておいて!
 
 食ってかかった僕の腕を掴むと、瑞人さんはいきなり歩き出した。
 そっちには、海の家がサービスで設置したシャワールームがある。
 水道代がかなりかかるけど、最近はコレも無いと、ダメなんだって。
 カーテンで仕切るだけの、個室が3つ。
 その真ん中に僕を押し込めた。
 
「なに、するんですか!」
 頭に来ていた僕は、大声で食ってかかった。
 見上げて、睨み付ける。
「覚えが悪いな」
「……え?」
 不機嫌に寄った眉の下で、冷たい眼が僕を捕らえた。
「誰にモノを言っている」
 
 ………あ。
 僕のテンションは、まるっきり屋台の客引きだった。
 昨日の薬漬けの出来事は、別世界の悪夢みたいで…… 
 でも瑞人さんには、繋がった現在だった。
「昨日の調教を、今ここでしてやる」
「な……」
 両隣には、他の客が入っている。
 強引に僕が連れ込まれたのを、みんなが見ていた。
 それに加えて、僕が変な声なんか出したら……
 ──白昼堂々の、公然の密室でのセックス。
 どんなイチャイチャカップルだって、さすがにしないよ。
 しかも男同士で、どう見ても一人はヤクザで……
 僕は真っ赤になって、恐い顔を見上げた。
「ここじゃ、いやです…」
 それに、せっかく取ったオーダーをじっちゃんに教えなきゃ。
 じっちゃんの調理は、鬼のように早いんだ。すぐに配達しなきゃいけないのに…
 
「うるせぇ」
 鋭い視線で、僕を黙らせる。
 昨日は判らなかったけど、右サイドだけ掻き上げてる耳に、碧石のピアスをしていた。
 それがよく似合う。
 明るいところで眺め上げた瑞人さんは、やっぱり兄ちゃんの面影を残していた。
「兄ちゃん…なんで」
 思わず口を突いた言葉に、頬がビシッと鳴った。
 急な衝撃で、頭が揺さぶられて目眩を起こした。
「痛……ッ」
 奧の壁に背中を押し付けられて、無理やり顎を掴まれた。
 また、激しいディープキス。
「ん……」
 反対の手が、ズボンを下ろそうとする。
 昨日の今日で、身体はくたくたなのに。それに、あそこが痛い。
 
「み…瑞人さん……ムリですよぉ…」
 
 恐怖を感じて、小声で懇願した。
「また薬を挿れてやる」
「えっ…ダメ…だめです」
 あんなの、この後に差し支える。
 店閉めが手伝えなくなっちゃうよ。
 瑞人さんは、真っ青になった僕にニヤリと笑って。
「じゃあ、そのまま受け入れろ」
 脱がされた下着を膝の途中で引っかけたまま、僕は入って来る指に耐えた。
「……んんっ」
 頭一つ大きい身体にしがみついて、口をスーツの胸に押し付けた。
「お前は、俺が命令した通り動いてりゃいいんだ」
 耳元で囁かれる言葉に、背筋がぞくりと震える。
「あっ」
 ファスナーを降ろす音。
 壁に向かされて、手を突いた。
 熱い滾りが、まだ傷んでいるそこに、あてがわれた。
「恥ずかしい思いをしたくなかったら、静かにしてろ」
 今更なことを、楽しそうに囁きながら、それは入ってきた。
「ぁ……あぁッ」
 我慢出来ずに、喘いでしまった。
 静かになんて、できるわけないよ!
 仰け反った僕の口を、大きな掌が後ろから塞いだ。
 同時に、シャワーのバルブがひねられ、冷たい水が大量に降ってきた。
 シャワー音に掻き消されるように、僕の喘ぎは聞こえなくなった。
 僕も瑞人さんのスーツも、びしょ濡れだ。
 それでも構わずに、腰を振ってくる。
 ムリだと思ったのに……
「あ…」
「判るか? 俺の精液が、お前の中に残っている」
 体内に打ち込まれた昨日の残滓が、潤滑油になって快感を引き出す。
 さっき、ソレを確かめたんだ。
 僕だって、緊張と忙しさで自覚してなかったのに。
 
「ん……んぁ…」
 狭い個室の中で、妖しく二人の男が蠢く。
 あんなに怠かったのに。使いすぎたソコだって、本当にまだ痛い。
 なのに一晩中仕込まれて、覚えさせられた感覚が……
「あッ……ああ…」
 声を上げそうになった僕の口を、また後ろから掌が塞いだ。
 後は無遠慮に、激しく下から突いてくる。
「う……んんッ……んッ…」
 僕は壁にへばりついて、快感も痛みも噛み殺した。
 熱い塊が、一点をだけを責めてくる。 
「……や……イヤです……やめて…」
 塞いでる掌の隙間から、必死に声を出した。
「嘘付け。きついぞ」
 笑いながら、肩口に熱い息を掛ける。
「…そ…そうじゃなくて……」
 ジュプッジュプッと恥ずかしい水音が、シャワーの飛沫に負けじと響いている。
 真っ昼間から公然の密室で、こんなこと……それがどうしようもなく嫌だった。
 だってこんな状況でも、きっと僕は……
「一晩の仕込みで、すっかり男好きの身体になったな」
「んぁあっ……」
 時々、立っていられない程の刺激が来る。
「僕、逃げませんから……! 夜…待ってますからッ!」
 泣き出した僕の耳に、唇が押し付けられた。
「絶対だ。お前は…お前だけは、俺の言うことを聞け」
「……え?」
 言い回しに引っ掛かるものを感じて、聞き返そうとした。
「ぁあッ!」
 途端に、前のを握って扱かれた。あまりの激しさに、目の前で火花が散った。
 強引すぎて、湧き上がる快感の制御が効かない。
「あ…いく……イク、イクッ……んぁあッ!」
 1分ともたずに、手を突いた壁に白濁を飛ばしていた。
 同時に体内でも、瑞人さんが熱い滾りを放出した。
「…ぅあッ! ………ん…んッ…」
 余韻の脈動さえ、感じてしまう。身体を支えていられなくて、僕はその場に崩れ落ちた。
 
「夜七時だ。ここで待っていろ」
 蹲る僕を見下ろして、一言。瑞人さんはそれだけ言って、出て行った。
 髪やスーツがびしょ濡れなのを、気にもしないで。
 たくさんのギャラリーが居るはずなのに、そんなの意にも介さず。
 ひらりとカーテンを翻して、その向こうに消えて行った。
 
「……………」
 僕は、床にへたり込んだまま動けなくて……。返事もせず、目線だけを送っていた。
 一瞬開いた隙間からは、いくつかの人影が見えた。
 …………こんなんじゃ、出て行けない。
 寄り掛かってる壁に、僕が飛ばした白濁が垂れている。
 嫌悪感が、胃の底を走った。
「………ッ」
 遣り切れない想いを掻き消して、目を反らした。
 降り注ぐシャワーの水流が、排水溝にいつまでも吸い込まれていく。
 僕はずっとそれを、眺め続けた。
 涙も、汚れも、罪悪感も……全部その中に流して欲しくて。
 
 ……あんまりだよ…
 酷すぎる。なんで…なんで、こんなことするの……瑞人さん……
 
 
 動けるようになって急いで店に戻ると、何も気が付いていないじっちゃんに、しこたま叱られた。
 オーダーだけ取られた客が、次々苦情を言いに来たんだ。
 僕は平謝りに謝りながら、ホッとしていた。
 あんなこと、じっちゃんに知られたくない。
 ”自分が巻き込んでしまった”と、責任を感じているの、痛いほど感じるから。
 
「あの人、ヤクザの息子だったんだ?」
 詳しいことが知りたくて、それだけ訊いてみた。
「”若”なんてガラじゃないがな、アイツは!」
「なんで?」
「長男が先の抗争で死んだんだ。次男のアイツが急に担ぎ上げられて、有頂天になってんだよ」
 ……有頂天? ……そんな風には、見えなかったけど…。
「ワシも舐められたモンだ。アイツはここに目を付けて、あること無いこと無茶を言っては金をせびり出した」
 苦々しく吐き捨てながら、教えてくれた。
 地元の二大組織が、ここ数年で激しい土地争いを始めたんだって。
 じっちゃん達みたいな個人が寄り集まって、町営ぐるみでやっているような屋台は、「弱小」って呼ばれて目を付けられて。
 騙されたり脅されたり……土地も権利も放棄して、泣く泣く追い立てられて行ったって……。
 始めに聞いてたのより、事態はかなり深刻だった。
 
「今夜も迎えが来るけど、心配しないでね。危険なことはないから」
 そう言い含めて、真っ青になったじっちゃんを一人、先に帰した。
 家に戻って婆っちゃんの顔まで見たら、きっと出るのがイヤになっちゃうから。
 僕だけ浜に残って、暮れていく海を眺めた。
「あー、やっぱりちっとも見えないや」
 お気に入りの岩場があった場所は広い駐車場になって、街灯が点いている。
 近くには大きい道路が開通したし、ホテルは総ての窓に明かりが灯る。
 見上げた夜空には、星が一つも見えなかった。
 地上が明るすぎて、空まで薄明るい。ただでさえ夏の夜空は、星が見えにくいのに。
 それでも、この岩場は暗がりだったんだ。星を見に、よくじっちゃんと歩いてきた。
「…………」
 僕は夜空を見上げながら、暗そうな方へ足を向けた。
 民家の庭木や塀の影に入り込むと、少し暗くなる。
「あ、一つ見えた」
 僕は楽しくなって、どんどん暗がりを探しては深入りしていった。軽自動車が一台やっと通れるような細い道の脇に、膝を抱えて座りこんだ。
 ……ん…お尻が少し痛い。見回しても、コンクリートか石階段しか見当たらなかった。
 ───昔は空地の草原が、たくさんあったのになぁ。
 
 物思いにふけりながら星空を眺めていると、急に誰かが目の前の塀から飛び出してきた。
「わっ!?」
「……爽太ッ!」
 心臓が飛び上がった。
 血相を変えた瑞人さんが、息を切らして立っている。
「……お前!」
 震わせた拳が飛んできた。
「あ…ご、ごめんなさい!」
 平手打ちを喰らって、返す手で殴られて。僕は両腕で頭を抱えながら、必死に叫んだ。
「ちがう…逃げたんじゃない! ……聞いてッ瑞人さん!」
 今何時なのか、時間を忘れていたことを後悔した。
 何度目かの叫び声に、やっと手を止めてくれた。
「……本当だな?」
「うん、……逃げない…逃げないから……」
 ……僕、人質なんだ。
 じっちゃんを守るんだ。
 逃げられるわけ、ないのに───
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 体も心も痛くて、僕は亀のように蹲ったまま、泣いて謝り続けた。
「爽太」
 二の腕を掴まれて、凄い力で起こされた。勢いで見つめ合う恰好になる。
 民家から漏れてくる灯りで、瑞人さんの顔に伝う汗が見えた。額から、頬へ首へと流れている。
「……無事で良かった」
「!?」
 いきなり腕の中にくるまれた。
「物騒だから…暗がりに入り込むな」
 低い声が、瑞人さんの体内で響いて聞こえる。胸に耳を押し当てながら、僕はあいまいに頷いた。
「逃げたのかと思った。お前も結局、俺の言うことなんか、聞かないのだと…」
 …………? またそれだ……。
 よっぽど走り回ったのか、瑞人さんはいつまでも肩で息をしている。
「……連れ去られたのかとも、心配した」
「………?」
「俺が気に留めた男だって、奴らに気付かれたのかと…」
「あ…」
 ……奴らって、敵対するヤクザ…?
 ”気に留めた男”って言葉に、…なんでか胸がキュッとした。
 
 
 
 瑞人さんの車に戻ると、今朝のBMWだった。
「……ベンツは、親父のだ」
 僕が何も聞く前に、瑞人さんはまた呟くように、話し出した。
「”仕事”の時は、ハクを付けるために、アレで乗り付ける」
「……………」
 助手席は右側。普段見ない位置から道路を眺めて。
 4車線の白いラインは、海岸線沿いを何処までもなぞっていた。
 照らし出すアスファルトの丸い光を追いかけながら、真紅の塊が滑っていく。
「これは、兄貴のだった」
 瑞人さんは片手ハンドルで、煙草に火を付けた。左のウィンドウだけ少し開ける。
「昨日の男の態度。お前も判っただろ」
 ライターの火に照らし出された顔を見つめていたら、咥え煙草の端で笑った。
「あいつら、俺のことバカにしてやがる」
「…………」
「親父や兄貴が、真のボスだと忠誠を立ててやがるんだ」
「……そんな」
「兄貴の変わりに、引っ張り出しといて……俺は初仕事で、奴らに認めさせてやろうとした」
 煙を吐き出すその顔は、哀しく見えた。
 ……やっぱり、有頂天なんかじゃなかった。
「ま、失敗の連続だ。お前のジジイ、頑固すぎる」
「………うん」
 思わず少し笑ってしまってから、当たり前だよと睨み上げた。
 
「お前、何であんな所に隠れていたんだ」
 ───え…
 不意の質問に、僕は一瞬にして緊張した。優しげになった声は、また冷たく鋭かった。
「……久しぶりの町が、こんなに変わっちゃって。好きだったところを辿って、歩いてたんです……」
 いろいろ思い出してた。座りこんで星空を見上げながら。
 瑞人兄ちゃんと、岩場で遊んだこと。
 海に来たのに、裏山の沢に連れて行ってくれたこと。
「雨降っても、海にはいったなぁ…とか……」
「お前が砂浜でガラスを踏んだ時は、慌てたよ」
 
 ──────!
 
「えっ!?」
 反射的に見上げた顔は、前を見続けたまま”しまった”と言う風に、歪んでいる。
「…兄ちゃん……」
 やっぱ、覚えてたんじゃないか。
 ……なんで、忘れたふりなんか。
 
「瑞人さんと呼べ!」
 いきなり車が路肩に止まった。
「!!」
 揺さぶられて、身体がシートベルトの中で踊った。
 ……殴られる!
 覚悟した僕の顔を、大きな手が挟んできた。
「俺はもうカタギじゃねぇ。正真正銘、ヤクザだ。組長の跡継ぎなんだよ」
「…………!」
「お前ぐらい、俺の命令を聞け」
 
 ……ああ。
 僕はなんとなく判った。
 内でも外でも派閥争い。この人に、味方はいないのかもしれない。
 そして、もう一つ気が付いた。
 やっぱり、昔の優しかった兄ちゃんだ……って。
 だって。僕を覚えてた。
 そうだよ。じっちゃんを知らないはずがない。
 次々逃げ出していくほど、嫌がらせを受ける中、なんでじっちゃんは一人で頑張れたのか。
 ”ワシを舐めて、目をつけた”
 じっちゃんは、そう言ってたけど……
 
「……瑞人さん…」
 見つめ合う空気が、何か変。ドキドキする。
 僕、人質でいいやって……ちょっと、思ってしまった。
 でも、恐いからそれは言えない。
 他に、なにされるかわかんないし。
 
「……ん」
 優しいディープキス。
 昼間もヤッタのに……腰がゾクリとした。
 赤面した僕に、瑞人さんがニヤリと笑う。
「お前、素質あるな」
「……え」
 無理やり車から僕を降ろすと、砂浜まで引きずって行った。
「ちょ……瑞人さん!?」
 砂浜に押し倒されて、焦った。
 ───こんなトコで!!!
「お前の好きな星空を見ながらだ」
 楽しそうに、僕を押さえ込んでいく。
「や…やです、こんなとこでなんて!」
 まるっきり遮る物がない。ザンザンと打ち寄せる波の音が、誰かの足音みたいで……
「慣れろ。今後は所構わずだ」
 ───えぇっ!?
 組長がそういう事してるのかもしれない。お兄さんもそうだったのかもしれない。
 でも、僕はまだカタギなのに。……人質って、どうなの?
 
「あぁ……や」
 またお尻にアレを挿れられた。カプセルに入った粉薬。耳かき一杯分で、僕はおかしくなってしまう。
「言え。どうしてほしい」
「……瑞人さんの……挿れて…」
 結局、言わされる。
 広い砂浜の夜空の下で、僕は脚を広げて、瑞人さんを受け入れた。
「ん……ぁああ!」
「爽太…きついぞ」
 からかうように笑う。その顔に、涙目で睨み付けた。
 優しさを残していた兄ちゃんだから。昼間は、もしかして心配して来てくれたのかも。 
 ちらっとそう思ったのに……単にヤリたかっただけなのかな。
「もう、許して…」
 何度もそう言わされて。何度も絶頂に導かれて、立てなくなってしまった。
 
 車には抱き上げられて戻された。 
 右耳だけに開けた、碧いピアスが光る。前はこんなの、してなかった。
 車と正反対のカラー。この人の……決意の証みたいに見えた。
 
 再び走り出した助手席で、グッタリしながらそれをぼんやりと眺めた。
 兄ちゃん……僕、夏が終わったら、家に帰るんだけど。
 来年は大学受験なんだ。
 僕も長男だから、家を継ぐんだよ。
 
 ………いろいろ困ったことがたくさんなのに。
 恐くて言えない。
 瑞人さんは、どんどんスピードを上げていく。
 ……どこに向かっているのかな。
 路面の白いラインは、ライトが照らした箇所だけ、浮かび上がる。
 それでもまっすぐ続いている。
 僕と瑞人さんの、見えない未来みたいに────
  
 でも……
 赤信号で止まる気配。
 眠りに落ちる僕の唇に、優しく温かい何かが触れた。
 
 ……恐いことばっかじゃ、ないよね……きっと。
 
 耳にそっと、何か囁かれたのに。
 疲れ果てた僕の意識は、そこで途切れた。
 
 
 
 
 -END-  


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