「……闇タコ?」
 
 ……これが。
 俺は目の前のグロテスクなモノに、想像してたより気分が悪くなった。
「売れてんだよ、これがまた」
 狭い模擬店のテントの中で、隣の男は爽やかに笑った。
 
 
 文化祭もたけなわ。
 一日目の校内祭はサボって、ゲーセンで遊んでいた。
 二日目の「朋星祭」一般公開の午後。北岡にムリヤリ駆り出されて、店番をすることになった。
 今日に限っては、いつもの男子高特有の黒々もっさりって男臭が、掻き消されている。
 ふわふわキラキラ。
 そしてキャァキャァと甲高い声が、校内中を華やかにしていた。
 
 ……にしても。
「よくこんなの、許可取れたな」
 2-Eの出し物は、たこ焼き…別名「闇タコ」。
 それぞれが持ち寄った食材を、細かくミックスして、穴の開いた黒い箱に入れとく。
 そこに客が手袋で手を突っ込んで一握り掴み出したのを、タコ代わりに焼き上げるってスタイルだ。
 何が入っているか、作っている方にもわかりゃしねぇ。
「はは…バカ正直に書くもんか。提出書には、ここまで闇とは書かなかったし、保健所は使用食材明記と衛生面に気を付ければイイって、許可出した」
「………へぇ」
 俺は焼き上がりを紙パックに詰めながら、北岡を横目で見た。
「……………」
 爽やかに笑っていた顔を急に顰めて、ヤツもちらりと視線を寄越した。
「お前の…藤谷の二の舞は……避けたかった」
「……………」
「成功して、良かったよ」
「……んだな」
 まだ制服が間に合わないとかで、エプロンの下は学ランを着ている。
 2週間前に転入してきた男…北岡は、昔からのダチみたいに俺の横にいた。
 
 
 コイツが入ってくる、更に一週間前……
 文化祭まであと一ヶ月ってとこで、事件は起こった。
 
 
 
 
「これは、違反だ」
「……え?」
 
 ───ちょっと、待てよ。
 俺は担任を、振り向いた。
 中村のヤツ、真っ青な顔で知らんフリしてやがる。
「それ、…担任から許可をもらってんスけど……」
 俺が言い終わる前に、腹に体育教官のケリが入った。
「───ッ!!」
 派手に床に倒されて、俺だって何が起こったのか一瞬わからないくらいだ。
 ───それにしたって……
「……チッ」
 担任も含めてクラスの奴ら全員が、唖然とする中。
 俺の祭りは、終わった。
 
「やってらんねぇ。……文化祭なんて、もう知るかよッ」
 
 惨めったらしい気持ちと捨てぜりふを残して、俺は教室から出て行った。
 バカバカしくなって、二度と関わりたくなかった。
 
 もともと不良のレッテルは貼られてたけど、そんなワルじゃねぇつもりだった。
 仲がいいのも、それなりにいたんだ。
 でも次の日からは、とことんホームルームをサボって、授業も適当で。
 クラスの奴らがその後どうしたかなんて、判らなくなっていた。知ったこっちゃねぇし。
 それにどうせ……
 この文化祭を最後に、俺はこの高校からはオサラバだった。
 
 
 そんな中だ。コイツが転入してきたのは。
 午後から教室に入ってみたら、見知らぬ顔が斜め後ろに座っていた。
 青灰色ブレザーの中で、一人学ランってのが、妙に浮いて見えた。
 背格好は、ほとんど俺と同じ。見た目そっくりのが入れ替わりで入って来たって、わけだ。
 ……でも、俺とは決定的に違うところがあった。
 そいつはぎこちなくも、愛想笑いを振りまいては、クラスに馴染もうとしていた。
 
 
「フジタニ!」
 数日後、いきなり声をかけられて、俺のこととは思わなかった。
「藤谷、待てよ」 
 午後の2時限だけ出席して、さっさと帰ろうと校門を出たところだった。
 走って後ろを付いてきたその新顔は、振り向いた俺にニコリと笑った。
「──────」
 やっぱ、俺とは違う。
 涼やかな目元、なつっこい雰囲気。
 俺は仏頂面で、どっちか言うと鉄面皮だった。造形が怖い訳じゃねーけど、声かけてくるヤツなんて……。
 一度も話したこともない俺に、さっきまでの続きってな口ぶりで、喋り出しやがった。
「文化祭の出し物、決まったよ。模擬店」
「……………」
 知ってる。
 こいつ…北岡は、文化祭が近いことで、やたら一人で盛り上がっていた。
 何やるのかって、短い休み時間もその話ばっかだ。
 クラスの奴らはシラけちまってて、ろくに考えちゃいねえ。そしたらこいつが、提案したんだ。
『模擬店やろうよ、定番だけど!』
 その必死な顔は、ちょっと目を引くもんがあった。
 
「…………」
 黙ってその顔を見返していると、またにこっと笑う。
「藤谷も手伝ってくれないと。クラスの出し物なんだし…」
「関係ねぇな」
 俺は冷たく言って、歩き出した。
「あ、待てって…」
 北岡は早足で、俺の横に付いて来た。
「聞いたよ。ゲームセンターやるんだったって?」
「…………」
「せっかく提案したのに…」
「うるせぇな。……どうでもいいんだよ、んなこと」
 イラついて横目で睨み付けた。今更マジで、どうでもいい。
 
 
 こんな俺でも、ちょっとは楽しかった。
 あんまりに出し物が決まらなくて、グダグダしたホームルームに嫌気が差したのと、たまたま思い付いたのとで。
「ゲーセンみたいなのは、どうよ」って、何気なく呟いたことがウケた。
 クラスの奴らは面白がって、センコーも乗り気になった。
 ダーツや投げ輪や、妙なUFOキャッチャーまがいなもの。
 ゲーム内容はしょーもなかったけど、暗幕張ってカラーライトで雰囲気出すのは良い案だと思っていた。
 よく行くゲーセンの、薄暗い感じが好きだったんだ。
 
 なのにあの野郎…学校中の嫌われ者の体育教官。教師の間でも鼻つまみ者。アイツがケチ付けやがった。
 蛍光灯に被せるカラーフィルムは、かなり外側に輪を作るようにして、禁止事項ギリギリをかいくぐっていた。担任はOKを出していたんだ。
 それを完全に無視して「違反だから止めろ」の一点張りだ。
 俺はその理不尽さに、反抗した。
 
「笑えるだろ」
「……え?」
 真横に並ぶ顔に、笑ってやった。
「刃向かったのは、俺だけだった」
「………」
 
 心底ムカついたのは、そこだ。
 皆で楽しんで、皆で作り上げて。全員でやってるフリなんかしやがって。
 それなのに俺以外誰一人、言い返すヤツはいなかった。
 担任さえ他人顔だ。
 蹴り飛ばされた時、痛みより怒りより……それが惨めだった。
 
「ああ、その程度ねってな…」
「……………」
「俺一人、熱くなってるみたいなポーズとらされて、まじバカバカしくなった」
 怒りもすでにない。
 取って付けるような俺の喋りに、北岡の顔が歪んだ。
「なに聞いたのか知んねーけど。俺はもう関係ねぇ……どうせ居なくなるしよ」
 波風立てない方がいいってなら、それに付き合ってやる。
 ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、北岡に背を向けてそのまま帰った。
 
 その後も、コイツはしつこく俺に付きまとった。
「ウゼェんだよ。教室戻って、仲良しゴッコしてろよ」
 俺は一番初めに見た北岡の愛想笑いを、なんとなく忘れられないでいた。
 ダチを作ろうと一生懸命。
 文化祭を楽しもうと、一生懸命。
 俺なんかに関わってる場合じゃ、ねぇだろ。
 これからずっと、ここに居なきゃなんねーヤツなんだ。
 そいつらだけで、せいぜい文化祭を盛り上げればいいと思っていた。
 
 ───でも……それ以上に、2-Eの連中は冷めていた。
 
「お前……一人で、なにやってんの?」
 放課後、MP3を忘れて取りに戻った教室で、北岡が一人で掃除をしていた。
「……みんな模擬店の用意するって言うから、僕が引き受けたんだ」
 ホウキで床を掃きながら、恥ずかしそうに笑う。
「模擬店て……」
 なんの用意がどれほどあるか、知んねーけど……。
 どう見たって、こいつの一生懸命さが利用されたとしか思えない。
 
「……バカか」
 俺は肩にかけていたカバンを放ると、掃除道具入れからバケツと雑巾を取り出した。
「藤谷?」
 ぽかんとする北岡に、言ってやった。
「模擬店だか屋台だか知んねーけど、全員総出でそれやってると本当に思ってるのか?」
「………」
「んなわけねーだろ。理由つけて、掃除バックレたんだよ」
 筆頭サボり魔は、間違いなく俺だがな。
 掃除なんてかったりくて、やる気なんかしねぇ。それに授業サボってて、ほとんど教室使ってねーし。
 ───でも、コイツのこんなとこ見ちまって……
 それでも知らん顔して、帰る気にはなれなかった。
 クラス中がコイツを見捨てるなら、俺は拾ってやる……そんな天の邪鬼も働いた。
「テキトーでいいじゃんか、こんなの」
 雑巾を指先で振り回して見せたら、見開いていた目が細まった。
「……さんきゅ」
 あの愛想笑いじゃなくて、照れた笑顔で返された。……俺だって、サボりだったのによ。
「……バカだな、やっぱ」
「まね…」
 また微笑む。今度は嬉しそうに。
 ……ほんと、よく笑う奴だと思った。
 長身、細身、やや短髪はトップだけつんつんおっ立てて。
 後ろから見りゃ同じようだが…、中身に加えてこの爽やかな笑顔。
 俺とは似ても似つかない。
 
「それよりさ、出し物手伝えよ」
 懲りずに北岡は、また言い出した。
 俺は手を動かしながら、ため息をついた。
「なんで俺に、こだわんの?」
 俺を恐がりもしない、この言動にも呆れていた。
 ”不良”ってレッテルだけで、近寄るのもビビる奴がいるってのに。
 ……どっか、ネジがゆるいんじゃねえのか。
 それに、コイツのハブっぷりを考えたら、余計思わずにはいられない。
「クラスで浮くぜ…俺なんかと喋ってたら」
 すぐ横で机を並べていた腕が止まって、こっちを見た。
「……それはいいよ。今は藤谷の方が、ダイジ」
「……は?」
 俺も手を止めて、思わず見つめ合った。
「今月で、転校するんだろ? 全然時間が無いじゃんか」
「……なんの?」
「トモダチになる時間」
 
 
 
 廊下や校庭では、文化祭準備の喧噪。
 緊急連絡の呼び出し放送が、10分に1回は流れる。
 そんな中、二人だけのこの教室は、時間が止まったように静かに感じた。
 
「……………」
 瞬きもしないで見返した俺に、北岡はまた笑った。
「僕は前の学校で楽しかったし…別れを惜しんでくれる友達がいて嬉しかった」
「……………」
「藤谷も、イイ思い出があった方がいいよ」
「……………」
「転校先で心細くなっても、頑張れるぜ?」
 
 そこまで聞いて、俺は噴いた。
「そのガタイで、心細いってなぁ……」
170越えの俺らには、およそ似合わない言葉だった。
「……マジだって」
 茶化した俺に返ってきたのは、真剣な声。
「─────」
 それ以上何も、答えられなかった。
 
 なんでも一生懸命……そうやって、気を張ってたんだ。
 なのに、同じ状況になるであろう、俺の心配までして。
 
 ……何かがすとんと、俺の中に落ちてきた気がした。
 
 
 
 
 
「ずっと居れたら、いいダチになったな…」
 残った具材を全部鉄板の窪みに流し込んで、俺は呟いた。
 そろそろ売り切れで、周り中が閉店しだしている。
 俺は結局、準備は一度も手伝わなかった。
 その代わりにと、後半の店番と片付けを、北岡が買って出ていた。
『藤谷と二人でやるから、みんなは遊んできていいよ』
『後夜祭の準備がある奴も、いるんだろ?』
 午後過ぎても売り子をやっていた青木らにそう言って、気遣いを見せて。
 青木は申し訳なさそうに頭を掻きながら、
『なんか、楽しかったな。後、ヨロシク』
 そう言って、ついでのように俺にも詫びた。
『押しつけて悪ぃ…あん時も…ゴメンな』
 
 それで溜飲が下がった訳じゃないが。
 ”もう知らねぇ”と思い続けるのも、どうでも良くなっていた。
 ……全部コイツのおかげだってのは、言うまでもない。
 
「はあ?」
 ガラにもないことを零してしまった俺に、北岡が非難めいた声を出した。
「何言ってんだか。もう、いいダチじゃん」
 狭いテントの中で正面向いて並びながら、また笑う。
「…………」
 俺も、つい口の端が緩んだ。
「にしても聞くに付け、中村先生も情けねぇよな」 
 北岡が思い出したように、言い捨てた。
 その言葉で、俺にも冷めた感覚が蘇ってくる。
「あの担任、気が弱ぇんだ。じゃなくても、あのゴリラに意見するセンコーなんかいねぇよ」
 生徒と担任。その縦の繋がりをちゃんとしてたって、センコー同士の横の繋がりが切れてんだ。どうしょもねえと思った。
「上がそんなだからよ。生徒もかなりテキトー」
 焼けてきた生地を丸くなるように押し込みながら、ひっくり返して言った。
「ああ、学校自体が冷めてる感じで…驚いた」
 北岡も、空になったパッドや調理器具を片付けながら、肩をすくめた。
「僕んとこは文化祭とか、かなり盛り上げる方だったんだ。……楽しくて好きだった」
「は…それはご愁傷。ここは進学校のフリしてっけど、どっちかいうと出来が悪ぃからな」
「そう言えば編入テスト、楽だった」
「よく言う」
 軽口の応酬で、俺はまた自然に笑っていた。
 正面向いて喋ってた北岡が、ひょいとこっちを見た。
「それ、僕にくれない?」
「……これ? 食う気か?」
 半焼けのたこ焼きを、ピックでつついた。残り具材をちらっと見た感じ、俺にはとても食えたモンじゃない。
「ちがうよ、その制服」
 噴き出しながら、北岡が俺の袖を引っ張った。
「は?」
「ここの制服、もう藤谷は要らないだろ? 僕には必要だし…なんだったら、僕のくれてやるから」
 
 ……………
 
 何、言ってんだ? コイツ…
「うわ…!」
 あっと思うまもなく、北岡は隣に腰を落として俺まで引っ張った。
「なに……」
 焼き台と長テーブルの後ろにしゃがみ込んでしまえば、客からは中が見えない。
 その代わり、狭い床面積にヤロウ二人が蹲ってんだ。息が掛かるほど、顔が近い。
「今制服、交換してみようぜ」
 こそっと話しかけてくる顔が、いたずらっ子のように楽しそうだ。
「あほか」
 俺が立とうとすると、がっちり肩を押さえられた。
「僕のブレザー姿、見せてやる。……ってか、それ着たい。着させて!」
「……………」
 変に真剣な迫力に、気圧された。
 涼しげな眼が眉を寄せて、すぐ目の前に迫ってくる。
 頭上では、そろそろ焼き上がるグロテスクな食いもんが、俺を待っている。
「…………藤谷?」
「───上だけだ」
 しつこく聞いてくるバカに根負けして、上着だけ脱いで交換した。
「お前、学ラン似合うなー! こっちは、どうよ?」
 エプロンを付けなおしている俺に、嬉しそうに言ってくる。
 北岡も、青灰色ブレザーと黄色いネクタイがよく似合っていた。
「……………」
 俺は答えないで、最後のブツを紙パックに移し始めた。
「んだよ、冷たいな。藤谷」
 今更なコトを言いながら、北岡はまた横にしゃがんだ。
「?」
 疑問に思って下を見ようとした時、客が来た。
「くださいな! これ、何が入ってるの?」
「……さあ」
「”さあ?”ってー! なにそれーッ!」
 キャーッと甲高い声で笑い出す。
 女子高生の二人組。買うより、話し目的な感じがありありだ。
 残り3パックを売りつけてやろうと企んだ瞬間、足下で妙な気配……。
 
 ───────!?
 
 横に蹲っていた北岡が、俺のエプロンを捲り上げて、足の間に陣取った。
 カチャカチャとベルトを外す音。シッパーを下げる音。
「……おい!?」
 俺が慌てて腰を引くと、ふくらんだエプロンの下からくぐもった声。
「いいから、接客してて」
「いいからって、お前……!」
 信じられない感触が、そこに沸いた。
 
「? どーしたんですかぁー?」
 女の子たちが、俺の思い切り不審な挙動を、不思議そうに見る。俺の顔は、真っ赤になっているだろう。
「いや……」
 慌てて、取り繕ったが、一瞬呻いてしまった。
「………うッ…」
 ───フェ…フェラ……!?
「あれ? お兄さん、朋星の生徒じゃないんですかぁ?」
 俺の学ランを見て、興味深そうに聞いてくる。
「……あ、…これは」
 俺は、それどころじゃない。
 ───何してんだ、このバカ…!
 下半身に這う、温かいヌメリ。
 無理やり掴みだした俺のモノを、北岡は咥えていた。
 両手で腰を捕まれて、ちょっと引いたぐらいじゃ離れない。
「──────ッ!」
 痺れるような感覚が、舌を動かされるたび、体中を這い上がって来る。
「これ…半額にするから、全部買って…」
「え~、やったー!」
 それだけ言って、やっと女の子たちを追っ払った。
 
「……おい、離せ!」
 あんま声を荒げない俺だけど、これは冗談にならない!
 テントは、後ろのシェルフを捲り上げて入るタイプだった。一見密室だけど、いきなり誰が入ってくるかわかりゃしねえし。
 エプロン越しに頭を叩いて、止めさせようとした。
「…ンッ」
 激しく吸って扱かれて、思わぬ喘ぎ声を出してしまった。
 ───マジで、バカじゃねぇの、コイツ!
 俺は立っていられなくなって、その場に尻餅を付いた。
「北岡ッ」
「……気持ちいい?」
 やっと口を離すと、エプロンの横から顔を出した。
 頬を赤く上気させて興奮しているのが、妙にエロイ。
「────この変態野郎…ッ」
 怒りにまかせてその横っ面を拳で殴ろうとした瞬間、唇を塞がれた。
「─────!」
 俺のを咥えたその口で、舌をねじ込んできた。
「やめ……ッ!」
 吐き気を覚えた俺は、力任せに肩を押してそれを引き剥がした。
「藤谷……ごめん! でも、我慢できなくてッ」
 負けない勢いで、今度は肩を掴んできた。
「……………」
「これで最後かと思ったら……僕……」
 
 
「……意味わかんねぇ」
 
 
 俺の呟いた言葉に、傷ついたような顔。
 それでも俺の上に跨ったまま、覆い被さってくる体を退かさない。
「……いいダチって言葉、嬉しかった」
「……………」
「でも、僕は藤谷に…それ以上なんだ」 
 
 教室で二人きりになったとき、妙に気恥ずかしくなった瞬間があった。
 どうせ出て行ってしまう不良……
 そんなクラスの空気を読み取って、俺も突っぱねていたのに。
 去っていく俺に悲しむヤツなんかいやしないって、自分でシラけないように虚勢を張っていた。
 その防御壁が、コイツには通用しなかった。
 ───北岡は、すとんと俺の中に落ちてきていた。
 
「それ以上って……なんだよ?」
 俺のこの気持ちも、わかんねぇ。
 なんか熱くなってくる心臓に、動揺するばっかりだ。
 
 
「………好き……なんだ」
 
 
 まっすぐに見つめてくる眼。
 眉は怒ったように、吊り上がっている。
 頭上で行き交う見学者達の声は、閉祭間近でまばらになっていた。
 それらも完全に、耳に届かなくなった。
「──────」
 俺と北岡だけの、時が止まったような空間。
 あの時と違うのは、見つめ合うお互いの心臓が……ドクドクと音を立てている。
 小汚いテントの地面の上で、今までで一番、体も顔も近い。
「──俺は…わかんねぇ」
 見返したまま、そう言うしかなかった。んなこと、いきなり言われたってよ……
「ん…」
 北岡が、またキスをしてきた。
 ねっとりと舌を絡めるようなキス。
「………ッ」
 下半身にも、再び手が伸びてきた。
 萎えていたモノが血液を集め出して、俺は正気に戻った。
「おま……やめろって、こんなとこで!」
 脇腹を殴ると、痛そうに顔を歪めた。
「イッテーッ!……わかった……片付けが先だ」
 
 その後は、何がなんだか………。
 レンタルの調理機材を綺麗に洗って磨いて、長机を本部に返して。
 最後はボロテントを畳んで、倉庫へ運んで……。
 無言でひたすら片付けに没頭するフリをした。
 北岡に肩がぶつかる、手が触れる…作業スペースが狭いから、そんなことしょっちゅうだ。
 その度、心臓が痛くなった。……動悸が強すぎて、痛い。
 浮っついた気持ちも、持て余す。ナニを考えていいのか、纏まりゃしねぇ。
「……………」
 つい盗み見てしまう、緊張した北岡の顔……顔中真っ赤にして、今更照れてやがる。
 ……俺だってきっとそうだ。
 男二人が、茹でタコみたいになって。
 後で考えりゃ、たこ焼き屋が聞いて呆れる状態だった。
 
「しっかし、ボロいテントを借りたな…」
 倉庫にやっと押し込んで、溜息をついた。見渡せば、他のテントは布質からして違う。
 防水性の高い、薄手生地。質量も重さも、俺たちがやっと運んだヤツの半分だ。
「決まるのが、遅かったからね。早いモノ順に貸し出してて、残ってたヤツだった」
「……そうか」
「企画そのものが遅かったから、いろんな手続きが通って、それだけで感謝だったんだ」
「……………」
 ホントにな……改めて思う。
 北岡のおかげで2-Eは、サマになった。俺だって参加したんだから、驚きモンだ。
 感謝を込めて……ってか。ガラじゃねぇけど。
「……お疲れさん」
 俺が笑うと、北岡も笑った。
「……………」
 今までの中で、一番いい笑顔だと思った。
 
 
「藤谷……ここなら…」
 ─────!!
 北岡がまた抱きついてきた。
「ちょ…」
 普段は開けないこの祭用倉庫は、広い。
 体育際に使う、応援看板のベニヤ板。背丈ほどもある、ラシャ紙のロール。
 そんなのがドカドカ放り込んであるくらいだから、縦にも横に結構なモンだった。
 その倉庫の隅で、埃まみれのマットの上に、もつれながら倒れ込んだ。
「やめろっつーの。まだ、誰か来るかもしんねぇだろ……」
 二人だけで片付けるのはやっぱ無理があって、かなり遅くなっていた。
 もうすぐ、後夜祭が始まる。それでも目撃されないって保証は、ねぇのに。
 埃に咽せていた男は、懲りずに覆い被さってきた。
「北岡ッ……このバカ……」
 抗っても、興奮し過ぎて聞いちゃいねぇ。
「藤谷…藤谷……」
 学ランの前を開けて、シャツの下に手を突っ込んできた。
「アッ……」
 胸に鋭い痛みを感じて、体が震えた。
 不覚にも、下半身にさっきの感覚が戻ってくる。半端に高まってるから、すぐに熱を持つ。
 ジッパーを下げて、そこも解放された。
「………ハァ…」
 
 そこに迷いもなく、顔を埋める北岡。
「─────ッ!」
 熱い粘膜、熱い息……俺は逆らえないまま、また咥えられていた。
 顔は赤く、気持ちは蒼白って、とこだ───驚きと、興奮と、それから……
 
「……ん」 
 ゆっくりと唇で数回扱いて、奴は顔を上げた。……なんつう顔…白い中で、目尻と唇だけ、赤い。
「……藤谷、そのままでいいから。動くなよ」 
 上はブレザー下は学ランのズボンて、変な格好をしていた北岡が、そのズボンを脱いだ。
 ボクサーも脱ぎ捨てる。
「……………」
 男の裸なんて、体育の着替えや風呂で見慣れているはずだった。
 勃起したモノこそ、初めて目にするけど……それにしたって……。
 倉庫の暗がりの中で、白い肌が発光するように浮かび上がる。水着の跡が残っていて、太ももの付け根から上が、なおさら白い。カッターシャツの裾に見え隠れするそれは、透明な露を竿の下まで滴らせていた。
 
「……ちょっと待ってて…」
 ふいに横の物陰に隠れてから、ごめんと言いつつすぐに戻ってきた。
「?」
 さっきより変に顔が赤い。パンツ脱ぐのも隠れないくせに、なにやってんだ…。
「どうした…?」
「なんでもないよ…」
 訊くのを阻止するように、微笑みながら首を振る。ネクタイを外して、ジャケットとシャツのボタンも開けていく。白い胸板が露わになって、前面全てを晒した体が、目の前にそびえ立った。
「…………」
 膝…太もも…腰…、胸、顔…。
 俺は目が釘付けになってしまい、何も言えないまま、その身体を見上げた。
「藤谷…」
 ヤツは長い脚を持ち上げて、俺に跨ってきた。 
 
「…………う…」
 
 妖し過ぎる光景と、重なった生肌の熱さにクラッときた。
 そのまま腰を密着させて、前後に揺する。
「………ッ」
 勃起同士が擦れて、ヤバイくらい気持ちいい。
 また手で扱かれて、俺のは完全にマックスになった。
「藤谷の……デカイなぁ」
 北岡は頬を紅潮させながら、下唇を舐めた。
 さっきも思ったけど。こいつ、このカオが変にエロくて……こっちまで興奮してくる。
「………………」
 俺は押し倒されたマットの上で両脚を放りだして、後ろに肘をついて体を支えていた。
 そこに跨っていた北岡は、腰を上げると俺のブツを自分の後ろにあてがった。
「北……なにして……」
 言い終わらないうちにヌルッとした感触、キツイ締め付け───
 俺のモノが異空間に。ゆっくりと抜き差ししながら、北岡に全部飲み込まれていく。
「あ……あぁ…」
 どっちともわからない、妖しげな声が上がった。
 ───熱……スゲ……
 さっきのフェラもすごかったけど、これは……
 熱い粘膜。締め付ける肉壁。妙にうごめいて、刺激してくる。
「デカイ…」
 はぁ…と息をつきながら、北岡が笑った。完全に俺に腰を落としている。
「……キツい」
 俺もそれだけ呟いた。笑う余裕なんか、あるわけねぇ。
 コレ全部、北岡の熱で───俺はどこまでコイツを、貫いているんだ?
 
 上半身を倒して、北岡がまたキスをしてきた。
「ん…」
 ヤツの体内で、俺のが硬くなるのがわかった。それに肉壁が、反応した。
 ブレザーの肩が、ぴくんと揺れる。
「北岡…平気なのか…?」
 俺が呟いた言葉に、頬を紅くした男は俯いた。
「濡らしたから…へいき」
 ────え?
 
「藤谷……動くよ」
 
 腰を上下し出すと、手で扱かれるより口でしゃぶられるより、よっぽど生々しい感触が。
 おい、ちょっと待て……
 混乱、妄想、それ以上の現実、襲ってくる快感────
 
「………ッ……ウッ」
「……あ…」
 
 されるがままだった俺が、気が付いたら、自分から腰を突き上げて振っていた。
 こいつの動きだけじゃ、足らなくなって…
「ん…ぁあっ……」
 高い悲鳴のような喘ぎ声……シャツから生えている白い脚。
 開ききった腰付きは、半端なく艶めかしい。
「北岡……」
 信じられねぇけど、俺も欲情していた。
 カッターシャツを肩まで脱がせて、平たい胸の乳首に舌を這わせてみた。小さい突起が、舌先で転がる。
「アッ…」
 ビクンと胸筋が弾んで、かすれた声……俺をますます興奮させる。
 ───これが、さっきまでふざけ合ってた北岡か?
 俺も野獣みたいになって、腰を突き上げた。
「あっあッ……イク……藤谷……そのまま」
 すっごい力で、そこを締めてくる。
「ヤバ……いいのか……?」
 俺もイキそうになって抜こうとしたら、体重をかけられた。
「……このまま…僕の中に出して……」
 
「…………クッ…」
「あ……ぁあッ……!」
 
 ほとんど同時に果てて、白濁をそれぞれ飛び散らしていた。
 北岡の中に出した俺のは、何度もビクンビクンと脈動を続けて、萎えていった。
 
 ────はぁ…
 熱いヤツの肉壁が、いつまでもそれを締め上げてくる。
 脱力してる場合じゃねぇ、また硬度を上げそうな気配がして、焦った。
「ぬ……抜くぞ……」
「ん…」
 北岡の方から腰を上げて、俺を吐き出した。
 同時に溢れた液体が、太ももに白い筋を付けた。
「うっわ……グロ……」
 俺が眉を寄せると、北岡が困った風に笑った。
「グロいんじゃなくて、……エロイの」 
「……………」
 二人で耳まで真っ赤だ。
 北岡が飛ばした白濁は、俺の胸……学ランに大量にかかっていた。
 
 沈黙したまま、照れ隠しのような軽いキス。
「……最高」
「………ああ」
 目線を絡ませて、微笑み合う。
「……痛くは、ないのか?」
 ちょっと心配だった。俺はいいけど…
「挿れた直後だけね…でも…待ってれば、なれるから」
「────」
「後は、最高……気持ちよかった」
「………」
 照れた微笑みに、俺もまた照れて言葉がない。寄り添って寝ころんだ。
 
 遠くで、後夜祭の音楽が聞こえる。
「……あっち、出たかったんじゃん? お祭り男」
「……お前となら、フォークダンス…踊りたい」
 ──やぶ蛇だった。
 
 
 そのあと顔を起こした北岡は、惨状を眺めて唸った。
「う~ん…これじゃあ、トレードできないか?」
「おあいにく。俺は転校先でもブレザーだ」
 トレードどころか、明日どうすんだよって話だ。
 苦笑いの俺に、なんだよと、残念そうな舌打ち。
「……俺の予備、やるよ」
 真面目に通ってないから、一着で事足りていた。
「マジで! ……でもそれ、お前のソデ通ってる?」
「は?」
「藤谷が着ていたのが、いいんだ」
 
「……………」
 
 二人してまだ、下半身丸出しで。なんかスゲーことして、その後始末もできてないままだ。
 こんな状態で……ヒッジョーにナンだけど。
「………俺のこと……好きって……?」
 積極的な北岡のアピールに、今更ながら戸惑った。
 そんなに、惚れられる意味が………
「一目惚れ」
 真面目な顔で返された。
「──────」
 俺はまた、赤面していたはずだ。ほとんど暗がりだから、バレたかはわかんねぇけど。
「それに、藤谷さ…初めて顔合わせた時、僕が挨拶しても無視しただろ」
「え?」
 そうだっけか……転入生なんて眼中に無かったから、覚えてねぇ……。
「そのくせ、僕のこと見つめるから…」
「??」
 あの一生懸命な顔を、眺めてたときか…?
「……俺とそっくりだけど違うな…って、見てたんよ」
「はは、僕もそれ思った。だからよけい話してみたかった」
 仄かにしか見えない顔が、寄ってきた。
「入れ違いで転校してくって聞いて、寝れないほどショック受けた」
「……………」
「せめて、トモダチになりたかった……」
 
 ちょっと言いよどんでから、またじっと見てくる。
「一人で居る藤谷……見てらんなかった」
「……………」
「お前の話聞いて、僕がその場にいたらって思ったら……悔しくて」
「………その場って?」
「体育教官に蹴られたって話し。僕は、一緒に抵抗したのに……絶対」
 
「そうだな…」
 愛想笑いで、クラスに溶け込もうとしてたくせに。
 ナメられて、掃除をたった一人で押しつけられて。
 それでも、俺の方がダイジ、なんて言いやがったんだ。
 コイツも模擬店の準備サボって、俺の後をくっついて回ってた。
 ───実はしたたかで、気が強いんだ。
 
「北岡のこと置いてくの、ちと心配だった」
「え?」
「いじめられんじゃねーかって」
 意地悪く笑ってやった。
 でも、本気でそう思ってた。
 クラス中が敵になっても、俺は味方だ……
 あの時はそう思ったけど、俺が居なくなってしまったら───
 結局、同じこと思ってたんだな。
 コイツは、俺の行く先を心配して。俺は残るコイツを心配して。
 
 なんだか、同じ「転校生」って立場が、お互いを引き寄せたようだ。
 ───でもそれって……悲劇じゃねぇ……?
 
「相思相愛だったんじゃねーか!」
 北岡が、嬉しそうに抱きついてきた。
「うわッ……俺のジャケット……」
 叫んだときには、遅かった。このバカ男は、ゆるいんじゃなくて直情型だった。
「オエェェ」
 ぐっちょりと汚れた二着の制服が、諦めたようにまた密着した。
 
 後夜祭のバンド音楽が、最高潮に達している。
 別世界から流れてくるようなそれを、抱き合ったまま聴いていた。
「………あと、10日」
「……ん?」
 俺の胸に顔を埋めて、北岡が呟いた。
「藤谷と一緒に、居られるの」 
「……ああ」
 
 二人で、ため息をついてしまった。
 コイツが単なるダチで。
 単にその後が心配で…
 そんなままだったら………こんな気持ち、味わわなかったのに。
「北岡……お前、反対のことしたな」
「なに?」
 こうしてみると女っぽいかけらもない涼しい目が、こっちを見た。
「楽しい思い出があれば、頑張れるなんて」
「ああ?」
 
 ……寂しくなっちまった。
 
 その言葉は言えないまま、頬に頬をこすりつけた。
「どうせなら、キスしてくれ」
「……ハズいっての」
 
 
 
 花火の上がる音が聞こえてきた。
 後夜祭もキャンプファイヤーも、終わりの合図だ。
 倉庫を閉められてしまうから、俺たちはこそこそと外に出て、学校を抜け出した。
 ちぐはぐ上下はおかしいってことで、ジャケットを元の鞘に戻した。
「どうせならズボン履き替えて、全取っ替えしよう」と言い出すから、それは断固断った。
 コイツが穿いてたソコが、俺の股間に当たるなんて……
 そう思ったら、きっとまともに歩けない。
「気持ち悪ぃだろ」
 急にこんなコトになって、俺はまだ戸惑っていた。……どうも、素直になれない。
 北岡が嬉しそうに、横に並んで歩く。それを横目に、へんなコトで悩んでしまう。
 
 ───175cmの彼女……いや、彼氏……?
 
「大学、同じトコ受けようぜ」
「は?」
「そしたら、今離ればなれだって、我慢できる」
 当然のように、北岡は言い出した。
 俺もこれっきりじゃ、いやだと思っていたから……すっげー嬉しかった。
 
「バカ言うな。俺は不良だぜ」
「……あ?」
「不良は、大学なんていかねーの」
 
 更生から、始めなけりゃな。
 ……なんて、まだ恥ずかしくて、言えねぇけど。
 
 目をぱちくりした北岡が、くってかかってきた。
「なんでだよ、お前のレベルに合わせるから!」
(ムカ)
「俺、実はアタマいーんだけど」
「え。じゃあ、東大」
「アホか」
 それ以上は、可笑しくて。
 俺にしちゃあ大快挙だ。大声で笑ってその後、そっとキスし合った。
「……待ってるからな」
「しょーがねぇな」
 同じ目の高さのカオ。短髪、学ラン。
 ダチなのに、彼氏で……へんな感覚だ。北岡が可愛く見えるなんてな。
 
 とりあえず残された10日の間に、「好きだ」と言えるようになるか。
 ……って、ちょっとは、前向きになってみる。
 
 
 つくづく、クサれてた高校生活だったと思う。
 転校した後も、引っ越した先でも、どうにでもなれとシラけていた。
 
 だけど……
 俺の人生の祭りは、どうやら始まったばかりのようだ。
 
 
 
 
 -END-  


 NEXT-File/長編SS短中編