ガラス窓の向こう側 
 

 
「ユウ……」
耳に囁くと、小さく頷いた。
唇を、ユウの首筋に落としていく。白くて細いユウの身体。
そこに、俺の印を付けていく。
ユウは、身体を小刻みに震わせながら、俺を呼んだ。
「……あきらくん……あきらくん」
その度に俺の身体も、熱くなっていった。
服を脱がすと、その細さに改めて、驚いた。
恥ずかしそうに下を向く仕草が愛おしくて、頬に手を添えて上を向かす。
潤んだ瞳が、遠慮がちに俺を見る。
「ユウ……綺麗。……かわいいよ」
「ん……」
唇を重ね、お互いを味わう。
触れたくても……直ぐに遠ざかってしまう、この身体。
叫んで呼び止めたくても、声すら届かなかったあの、もどかしさ。
すべてが、この時のために蓄積していった、30秒の積み重ねだった。
狭いトイレで、かなり動きが不自由で……。
でも俺たちがずっと一緒にいるために、初めて手に入れた空間だった。文句なんかない。
その分密着して抱き合い、体温を感じ合った。
ユウの後ろに、そっと指を添えた。
ぴくんと、身体が揺れる。
「だいじょうぶ……。優しくするから……」
囁きながら、そこを押すように揉む。
「ぅ……ん……」
ユウがかわいい声を出した。
「……その声、ほんとに、思ってた通りだ。……かわいい」
俺も声を聞かせてやる。
出会えた奇跡を、耳で、手で、熱で実感する。
「あっ、……ん…あきらくん……」
指を少しずつユウに入れていく。
「ん……はぁ……」
がくがくと、膝を震わせて立っている。
その身体を、ひっくり返し、便座の蓋に手を付かせる。
「ユウ、……ちから、抜いててな」
俺は出来るだけ優しく、そっと、押し当てた熱いモノをユウの中に沈めていった。
「んんっ」
辛そうに顔を顰めるのが、後ろから抱きかかえてたって、わかる。
「ごめん……ユウ……。辛いか?」
この柔な身体が、耐えられるのか……。俺は心配になってしまった。
「へいき……平気、あきら君」
「……ゆう」
出し入れをし始めると、ユウの真っ白な頬が紅く染まっていった。
「……ぼく、嬉しい。…あきら君が……ぼく、気持ちいいよ……」
熱い吐息と供に、言葉を紡ぐ。
「オレも……きもちいい、ユウの中……凄く熱い……」
身体が揺れるたび、柔らかい髪の毛が揺れた。
時々、仰け反っては嬌声を上げる。
「ユウ……ユウ……」
「……あきらくん……あきらくん……っ」
俺たちはお互いを呼び合い、何処までも深く、身体を繋げた。
「ぁあ……っ」
ユウが切ない声を出すのと、俺がユウの中に熱い滾りを放出するのは、ほとんど同時だった。
脱力したユウの身体を抱きしめながら、はぁはぁと荒い呼吸を整える。
「ユウ……。今更だけど、……会いたかった」
耳に囁く。
腕の中で、クスリとユウが笑った。
「……今更だけど、……ぼくも」
ふふ……と笑い声が響く。
「……ぼくね、ほんとは今日、外出なんかしちゃいけなかったんだ」
抱きしめた腕に、頬を押しつけながら、ユウが話しだす。
「でも、チャンスは今日しかないと思ったから、……思い切って出てきちゃった」
「…………」
「あそこに座ってたのは、たまたま。あの路線は初めて乗ったんだもん」
「……ユウに呼ばれたんだな、オレ。」
「……?」
「オレも、たまたま。あんな駅、降りたことなかった」
「……そっか。おまじないが効いたんだ」
くすくす笑う。
腕を解いて、顔を覗き込むと、恥ずかしそうに目を伏せた。
「笑わないでね」
「……笑ってんのは、ユウだろ」
おかしくて、結局聞く前から笑った。
ユウは、コートのポケットから、紙切れを一枚取り出した。
くちゃくちゃに握り込まれたそれは、只一言マジックで書いてあった。
 
会いたい
 
俺は、その文字から目が離せなかった。
「………」
息を呑んだ。
「やだ……彰君、笑って! そんな真面目に見られたら、もっと恥ずかしいよ」
両手で、俺の手を紙ごと握り込む。
「だって…これしか、書けなかったんだ! 名前も写真も無いんだから」
真っ赤になって、必死に言い訳している。
俺は可笑しくて、可愛くて、もう一度ユウを抱きしめた。
「笑わない。オレだって、紙には書いてないけど心には刻んでたんだ」
「……彰君」
優しく目を細める。
「そう言えば、聞きたかったんだ」
俺はやっと謎が解明すると思った。
「オレは、実は授業バックレ。サボりなんだ。あんな時間に電車乗ってんの、おかしいだろ?」
「……ああ、そうなんだ」
ユウも納得いったように、頷いた。
「ユウは? まさかおまえもサボりなんて言わないよな」
「………」
ふっと笑って、俺の目を覗き込んで来た。
「彰君。……ぼくはまた、彰君に会いたい。……彰君は?」
「……? 会いたいに決まってんだろ! まさか、このまま終わりなんてこと考えてんのか?」
「ううん、違う! 終わりにしたくないよ! ……だから、この紙、持ってて」
握り込んだ俺の手を、さらに握ってくる。
「ぼくに会いたいと、念じてて」
「何言ってんだよ、お前が持ってなきゃ。ユウのお守りだろ、これ」
「うん、でも今度は、彰君が念じて。ぼくは彰君の声に呼ばれる。きっと会えるから」
必死な目に、俺は気圧された。
「……」
俺は指の隙間から覗く紙切れの端を、見つめた。
「……判った。そのかわり、名前書く。写真も取らせろ」
「……!」
ユウの顔が真っ赤になった。そりゃそうか。まだ、真っ裸だった。
「いや、その……顔だよ、顔! せっかく名前わかったし、顔写真が手に入るんだぜ。お 守りなら、完璧にしなきゃ」
「…………写真はやだ」
服を抱きしめなから、首を横に振った。
俺は、ただ恥ずかしがっているのかと思っていた。
「このやろ、そんな可愛い顔したら、尚更写真欲しくなるだろ」
首に腕を回して、ほっぺたを撫でた。
「ん、彰君……」
くすぐったそうに、笑う。そして、決心したように、俺を見た。
「ぼく、彰君を信じる」
そう言って、服を急いで着込んだ。
「どんな顔、すればいいの?」
恥ずかしそうに、下を向くから、
「オレと、会ったとき、あのプラットホームを思い出してみな」
そう言った俺の顔が、すでに微笑んでいたと思う。
あの瞬間。目と目が合って、お互いを確認した……。
携帯フレームの中の顔が、溢れるような微笑みに満ちた。
俺は、見惚れてシャッターを押すのが少し遅れた。
でも、撮れた画像は満足だった。
「よく撮れた」
ニヤついていると、呆れられてしまった。
「そんな画像一つで、満足しちゃわないでね」
当たり前だ! これだけじゃ、電車の中の顔と変わらない。
「……ユウも、オレの声、ちゃんと聞けよ」
何となく言った言葉だったけど、ユウは身体全体でそれを受け止めていた。
真っ直ぐ俺を見て、一つ、頷く。
「うん」
 
そして、俺たちは次の日の朝、電車の始発と共にそれぞれの帰路に着いた。
どうせ、無断外泊したんだから、もうちょっと一緒に居たかった。
でも、ユウの体調の様子が、一刻の猶予もないように、目に見えて窶れていく。
そのままにはしておけなかった。
家まで送ると言ったけど、強硬に反対し、断られた。
結局俺は、ユウがどこに住んでいるのかも、教えてもらえなかった。
俺は、自分の携帯番号と住所を書いた紙をユウに渡した。
俺たちは、どっちかが見つけるんだ。絶対に。そう思ったから。
そうして、俺たちの一緒の時間は、いったん切れた。
 
不可解な言動や行動も、いっぱいあった。
それでも俺は、あの電車に乗れさえすれば、会えると思っていた。
顔だけは、見れると思っていた。
 
でもユウは、それっきりあの電車に乗って来なかった。
俺は、半月ほど経ったある日、クラスの一人に聞いてみた。
「お前の友達、たしか桜星高校に行ってたよな」
「うん、行ってるよ」
「そこに、こんなヤツいるか、知ってる?」
俺は、携帯写真を見せた。
「うわっ! なんでこんな写真もってんの?九条…」
「え?」
「深窓の美少年、て言われてて、有名だよ」
「……へえ」
「俺も、写真見せてもらったことあるから」
しげしげと携帯写真を見つめる。
「……でも、こんないいもんじゃないぜ。どっかからの隠し撮りさ」
「ふうん」
歯切れの悪い俺に、焦れたようで、一人で喋りだした。
「なんか、酷い病気で、毎朝通院してからガッコ来るんだって」
「……!」
「一人、授業が始まってから、校庭を歩いてくるからやたら目立つってさ。」
俺は黙って聞いていた。
「でも、最近入院したってい聞いたぜ。なんか、大きな手術するとかで」
「――――!」
果てしない胸騒ぎ。
「もしかしたら、危ないとか……あ、おいっ、九条!?」
俺は全部聞いていられなかった。無意識に走り出していた。
そんな馬鹿な。
手術だって!?
危ないってなんだよ!
走って走って、校舎の裏側に回っている塀に、身体をぶつけるようにして止まった。
自分の荒い呼吸が、耳にうるさい。
……待ってくれよ。
ユウの真っ青な顔を思い出す。
……何で言ってくれなかったんだ。
細すぎる身体。日の光を知らない、真っ白な肌。
……なんで……。
涙が勝手に流れてくる。
制服のポケットを探ると、ハンカチといっしょに、小さな紙切れを掴みだした。
それを広げてみる。
 
会いたい
 
ユウの字で、そう黒々と書かれている。
……会いたい。
この一言を、どんな思いで書いたのだろう。
会えるはずがない、たった一人を思い描いて。
明日にはわからない命と知って。
……叶わなぬ夢に望みを掛けて、あのベンチに座っていたんだ。
俺の涙は、止まらなかった。
積極的に俺に話しかけ、俺を離さず、チャンスを掴んだ。
ユウは、最後の賭に勝ったんだ。
だから……。
俺の携帯の中のユウは、画面から光が零れそうなくらい輝いて笑っていた。
「……うそだろ」
紙切れと携帯を握りしめて、俺は声を出して、泣いた。
 
……ぼくを呼んで。
 
……ぼくは、彰君の声に呼ばれるから
 
ユウの言葉が、蘇る。
「ユウ……。会いたい」
小さく呟いた。
「ユウ、ユウ! 会いたい、会いたい、会いたい!!」
声に出すと、止まらなかった。
叫んで、本当に戻ってこれるなら、どれだけだって呼んでやる。
声が枯れたって、声が出なくなったって、会えないよりマシだ。
―――ユウ!!
細い身体を思い出して、空気を掻き抱いた。
 
 
 
 
 
 
 
それから、半月。俺は今日も、あの電車に乗る。
近寄って併走し始める、銀色の電車。
その中に、ユウを探す。
他人が座ってる指定席。まだユウはいない。……でも。
  
俺は信じて、待っているんだ。
 
――ぼく、彰君を信じる
 
ユウはそう言った。
なのに、俺が信じなくてどうする。
俺はまたいつか、あの電車にユウを見つけて、声を掛けるんだ。
見つめ合えばわかる。
もう、この声は届くから。
そして、今度は同じ駅から同じ電車に乗るんだ。
同じ街で暮らし、同じ場所を目指して。
 
だから、俺は待ってる。
だから、……早く帰ってこい。ユウ。
俺は、胸ポケットの携帯と紙切れに手を当てた。
 
俺の声よ、早くユウに届け………
 
 

  
END  

長編SS短中編