「お、かっわいい…」
今日は、ショートパンツなんだ。膝小僧が可愛い。
隣に越してきた、女の子。ショートカットで、クリッとした真ん丸い目。
元気で、よく学校から帰ると、着替えて飛び出していくのが、オレんちのリビングから見える。
まあ、可愛いけど、別になんてことはなかった。
しかし今、オレはときめいてしまった。あの膝小僧を見て。
翌日、早速アタック開始。
「おっはよ」
朝、偶然を装って出待ちをした。オレとは違う高校だけど、駅までは一緒だ。
セーラー服の彼女は、今朝も可愛い。
「おはよ。お隣さん? 喋るの初めてだね」
気さくに返事を返してくる。ニコッと笑った感じも爽やかだ。
適当な話をしながら、駅まで歩いた。
んん~?
なんか、昨日みたいなトキメキが無いなあ。
勘違いか?
 
オレは腑に落ちないまま、一週間くらい朝一緒に歩いてみたけど、やはりピンとこなかった。
でも、スゲー性格が良くて、話がよく通じる。女の子にしちゃ珍しいくらい、スポーツ関係詳しいし。
オレ、どっちかっつうと、スポーツ馬鹿だから。
ま、特にサッカーな。それと総合格闘技。
「ね、今日うち来ない? サインボール見せたげる」
彼女はどっちかっつうと、バスケと野球。
「へ? んなもん見てもなあ」
オレは物にはあんま興味はない。
テクニックとか、センスとか、本人でしかない物を、目の当たりに実感するのがいいのだ。てな訳で、オレって結構チケット貧乏。
「なめちゃいかんよ、なんてったって本人が触ってんだよ、本人が! やっぱそう思うと感動しない?」
右手をオレの目の前で広げる。左手で、その指を一本一本指していく。
「あの人の、この指と、この指と、この指と! それらが、あのボールに触ってたと思うと、体が震える!」
ぶは…。変な女。おもしれーけど。
ま、いっか。
「んじゃ、帰ったら行くわ。何時?」
「んとね、あたし塾行ってるから、夕方はいないんだ。3時から4時の間ならいる」
ああ、それでいつも飛び出してくのか。
  
オレは学校から帰ると、着替えて時計を見た。3時過ぎ。
「ちょっと、隣行ってくるわ」
お袋にそう言って、出ようとすると、
「えっ勇ちゃん、お隣行くの? どっち? 坂木さんとこなら、これもってって」
げ…。
「近所付き合いにオレを巻き込むなよ」
「いいじゃない。ついでなんだから」
チッ。オレは結局、挨拶返しなるお届け物を持たされた。
インターフォンを押す。
「おっす…」
出てきた彼女に、いつもの勢いで挨拶しかけて、ちょっとびびった。
はぁ…、可愛い。
こないだのショートパンツで、上は半袖と長袖のダボT2枚重ね。
パンツの折り返した裾から出る膝小僧は、やっぱり可愛い!
そういえば、朝は制服だもんな。私服がオレ好みだったのか。
納得いって、手にしてた荷物を、押し付けた。
「これ、うちのお袋から。なんかくれたろ? そのお礼だってさ」
「あ…うん」
長Tの袖から指だけ出して、受け取る。
なんだ? 歯切れが悪いな。
「入れてくんないの? 見せてくれんだろ、ご自慢の手垢付きボール」
「あ……。どうぞ」
ぱっと、身体を避けて、タタキから玄関の端に飛び乗ってる。
なんだ? 自分から呼んどいて、緊張でもしてんのか?
――それはそれで、いいかもな。元気なんもおもしれーけど。
オレは一人ニヤついて、上がり込む。
「へー、新しい家はいいなあ、やっぱ。綺麗だよな」
オレは回り中を見回しながら、通されたリビングのソファーに腰掛けた。
お盆にジュースのコップを乗せて持ってきた彼女は、困り笑いをしている。
「さんきゅー。しかしおまえ、そんなしてると、人が違うみたいだな。まるで女の子みたいって感じぃ」
はは、と笑って、身構えた。そういうこと言うと、グーで殴ってきたりするからだ。
これが結構、痛い。
ん? 無反応。 
目がじっとこっちを見つめる。クリッとした真ん丸い目。
なんだ、誘ってんの?
オレは妙な気分になってしまった。
女の子と付き合ったことはあるけど、格闘馬鹿なオレを、すぐ嫌いになるらしい。
キスはしたことあるけど、それ以上はなかった。
でも、こんな目でみられると、ちょっと…。
時計を見ると、4時近い。
「塾、行くんだろ。オレ帰るわ」
ヤバイ気持ちを抑えて、立ち上がった。
「見せる気がないなら、誘うなよな、馬鹿」
ポンと、笑いながら肩を叩いて、自分ちに戻った。
 
はあ、と溜息をつく。なんだね、この気分は。
翌日は日曜だったから、朝のデートはなかった。
部屋にいてもしょうがないんで、本屋でも行くかと、ふらっと家を出ると、
お…。ちょうど彼女も出てきた。
今日はショートのカーゴパンツ。袖無しパーカーの下は半袖Tシャツ。
膝はちと見えないが、素足でスニーカーがいいではないか。
足首がせくしー。
「おっす。どこいくん?」
声をかけて横に並んだ。
「おまえなー、昨日はなんだよ。もう絶対見てやんねーぞ、手垢ボール」
スポーツフェチ友を失くすのは、惜しいんで、一応爽やかに。
「だいたいね、やっぱ物はいかん。つまんないよ。そだ、こんど試合見に行かねーか? 生見たら、もう絶対興奮するぜ。目の前でミラクルが起こるんだぜ~」
からからと笑いながら、横を見る。
いつもなら、かなり食いついてくんのに、下なんか向いてる。
………?
「おい?」
首を曲げて覗き込んでみた。
びっくりした顔が目を見開く。顔が見る見る真っ赤になっていく。
………。おい。
もしかして、オレのこと、好き?
なんて、勘違いするぞ、こら。昨日の朝までは、なんてことなかったのに。なんだよ、この違いは。
マジで男と喋ってんじゃないかって、錯覚するくらいさばさばしててさ。
すっげー面白くて喋りやすかったのに。
そんなに急に意識して変わるもんか?
ともあれ、なんも言わんで隣でもじもじしているコイツが、それはそれで急に可愛く思えてきた。
なんてったって、赤くなった顔と潤んだ目がいい感じだ。
 
「なあ、マジで行こうぜ。試合見に。おまえ格闘はヤだって言うけど、あれこそ個人技が光るスポーツだよ。めちゃセンス必要だもんな。ただの殴り合いじゃ、ないんだって」
オレは話し出すと上を向いて、視線を想いの方へやっちまう癖がある。夢中になると、相手の顔なんか見もしない。だから嫌われるんだろうがな。…ほっとけ。
自分ペースで喋って、ちらと隣を見ると、じっと見返してきた。というより、ずっとオレを見ていたようだ。つい、ドキッとしてしまった。
なんか、デートに誘ってしまったような気恥ずかしさが込み上げてくる。
ぜんぜんそんなつもり無いんだがな。
同時にイラッとした。うじうじが結構、嫌いだ。
こんなにいつまでも喋らん奴はつまらない。
 
「おい、返事ぐらいしろよ。なに? オレ、なんか怒らせた?」
カマ掛けに、反対のことを聞いてみる。どう見ても好き好き光線だもんな。
ぷるぷると、顔を横に振った。
お、反応があった。
「んじゃ、なに? オレのこと好きにでもなった?」
めんどくせーって風に言ってやる。ホントはちとドキドキ。
ひゃ…。
ぱあっと、顔が赤くなって、唇なんか真っ赤っか。目のふちもピンクになってすげー色っぽい。
……やっぱ、かわいーな。
オレはドキドキがかなり早くなって、その顔を見つめた。
おりしも、日曜日の午前中。公園に差し掛かる細い道。歩いてるオレたちの周りには誰もいない。
そっと手を伸ばして、高揚している頬を触ってみる。
ピクンと唇が動く。
オレ、理性切れそう。でもこれだけなら、いいだろ?
そっと、顔を近づけて、唇を合わせた。触れるだけのキス。柔らかい唇。
押し付けてるだけだけど、すげードキドキした。いつまでも離したくないような。
熱い視線で思わず見つめてしまった。どあっぷ。長い睫毛が震えてる。
こんな、可愛かったっけかなー…。
なんか違和感を感じた。
手と唇を離すと、正面から見つめた。
「…オレと付き合わない?」
思わず告ってしまった。
「……無理」
えっ?
小さくそう言うと、ヤツはダッと身を翻して、走っていってしまった。
…………。
はあ?
ちょっと待て。キスまでさせといて、そりゃねーだろ!
オレは、置いていかれた気持ちと、やり場の無い怒りをどうしていいか、わからんかった。
「っざけんな、馬鹿やろう!!」
惨めな気持ちを引き摺って、月曜の朝を向えた。
くっそー。ムカツク。会いたくねえな。
今朝はゆっくり出ることにした。
今までは彼女に合わせるため、早く出ていたのだ。今思うと、なんとも馬鹿馬鹿しい。
「行ってくんよー」
ガチャンと、外の鉄門扉を開けると、彼女が待っていた。
「おっす! 土曜はごめんね! あたし、用事があることすっかり忘れててさ。時間に帰れなかったんだわ」
????
「今度こそ見せるよ! サインボール! 手垢とか言うなよ、あんたすぐそういうこと言うから」
人差し指を突き立ててくる。
「おまえ…」
オレは怒りを忘れて、呆けた。
「ああん? なに馬鹿面してんの。ねえ、ちょっと、早く行こうよ。今日出んの遅かったね。待ち伏せしちゃったじゃん。このあたしが!」
がははと笑っている。
ちょっと待てって。
オレは混乱した。
なに言ってんの? こいつ。
どう聞いても、スッポカシ。土曜日はオレに会ってないと…。
……じゃあ。
オレをあの部屋に入れたのは、誰だ?
ジュースを持ってきたあいつは、何モンだ?
オレはいったい、誰にキスしたんだ!?
 
ちらと、目の前で笑っている顔をみる。この目、この唇。……こいつだよな。
でも、いくらその顔を見ても、オレはちっともトキメかなかった。
色っぽさの欠片も感じない。可愛いくても、女を感じないのだ。
はっとして、もう一度その顔を見た。
すんげー嫌な予感に襲われた。
「なあ、おまえさあ、…妹とか……いる?」
オレ、すっげー失敗したかも。でも本人じゃないならそう言やあ、いいのに。
ヒヤリとしながら、責任転嫁してみる。
 
 
「あ? 弟ならいるよ」
 
……!?
 
「妹がいるだろ、そっくりの!」
「あはは、見たんだ? そっくりでしょ! あれ、おとうと!」
はあ!?
「双子なんだよ、あたしとあの子。今とーさんが単身赴任だから、バラバラに暮らしてんだけどね」
双子…。どーりで似ているわけだ。っつーか、おとうと?
それって、…男じゃねえか! 嘘だろ?
「マジで? どー見ても女だったぞ。やーらかかったし」
「ぐわ、なにそれ、触ったんかい! 襲ったりしなかったよなー?」
呆れ笑いで、背中をバシンと叩いてくる。
 
襲っちゃたよ。
 
真っ青になって俺は学校に行った。なんも考えられんかった。
 
どーりで喋んないわけだ。声でわかるよな、さすがに。
つーか、勘違いされてていいのか? されたかったから、黙ってたんか?
キスだぞ。オレは女の子だと思ってやってんだから、まだいいけど。いや、よくないか。
 
 
双子のおとーとは週末に時々来るらしい。
オレはなんとなく、週末を待遠しく思ってしまった。
確かめたい。
確かにここに居たのだと。あの潤んだ瞳は、本当にオレを見ていたのだと。
とうとうその時が来た。「明日来るよ!」と報告があった。そして……。
目の当たりにして、マジ、ほんとに驚いた。
「ほんとに、そっくり…だなぁ」
まじまじと、二つ並んだ同じ顔を見る。
テレビなんかじゃよく見るけど、生で見たのは初めてだった。
てか、男ってのが信じられない。同じようなショートカット。
顔が違けりゃ、確かに男に見える服装をしているが。
「だっしょー? 離れて暮らしてるからさ、久しぶりに会うと、お、あたしが来た! とか思っちゃったりして。それがさー、ほんとにあたしん時もあるの。柱についてる鏡とかー」
けらけら笑いながら、オレをリビングに通して、お茶を用意しにキッチンに消えた。
取り残されたオレは、弟、というそのハニカミ王子と向かい合って座っていた。
まあ、弟と言っても、双子だから同い年だ。儚げすぎて、同学年にはちと、見えないがな。
赤らめた顔で申し訳なさそうに、こっちを見ている。
 
「…おまえさ、なんで言わんかったん? 一言いえばいいじゃんよ。何回もチャンスあったろ」
目だけで語る仕草に、イラついて言った。
「……ごめんなさい」
俯いて、あやまった。
「いや、オレもさ…、その。すまんかったな」
キスしたのはオレだし。
「いっ、いえ…そんな…」
がばと、顔を上げ、こっちを見る。顔も唇も真っ赤だ。
オレは、しげしげとその顔を見た。
 
…そう、この顔だ。
ピンクに染まった目のふち。上気した頬。揺れる瞳。それでも真っ直ぐ、オレを見る。
よく見れば、あのガサツな姉貴とは全然、似ていない気がした。
こっちのほうが、……可愛い。
オレは結局この顔にトキメいていたんだ。この膝小僧に欲情していたのだ。
 
くそっ。オレとしたことが…。
苦い顔をして、頭を振った。
「なに、苦悩してんの?」
がしゃんと盆の音を立てながら、お茶を持ってきた。よくよくガサツな女だ。
「んね、それよりこっち。早く見てよ。マジもんなんだから、これ!」
お茶に口をつけてもいないうちに、そんなことを言い出す。
リビングの一角の飾り棚に、それはあるらしい。
やれやれ。オレは茶碗を置いてゆっくりと立ち上がった。
 
目の前に、オレを見上げる赤い顔がある。
オレはすれ違いながら、そっと顔を寄せて、その耳に囁いた。
 
 
「オレにキスさせたんだ。それだけで済むと思うなよ」
 
 
 
END    
長編SS短中編