「おい、こら! お前、次だろ」
俺は、ゲームの順番が回ってきたのに、漫画を読みふけっている圭介を足で蹴った。
「んー」
「お前ら、三人纏めて、いい加減にしろよな!」
返事がない。
本当にいい加減にしろってんだ。
 
今日は、俺の部屋でシミュレーションゲームをやろうってことで、学校帰りのまま集まったんだ。
ところが、順番が持ち回りなもんだから、みんな勝手に自分待ちの間に、俺の漫画を読み漁り始めやがった。
思い思いのカッコで勝手に寛ぎやがって。
そりゃ、俺の部屋には漫画がたくさんある。ありすぎて本棚なんかには収まりきっていない。
ゲームもたくさんあるけど。
兄貴が大学行く時、みんな置いてったから。
そんなもんで、すっかり漫画読み大会になっちまった。
「あ、しかも博也! それ三国志じゃないか!」
「え?」
博也は大きい目を上げた。きょとんとしてる。この馬鹿!
「おまえなー、それ全60巻なんだぞ! んなもん読み始める奴があるか!」
乱暴に取り上げる。
この三国志だけは俺が好きで、全部自分で集めた。すごい質量になっている。
「テツ、圭介、帰れ! ゲームしないなら帰れ!」
「んだよ、いーじゃんか。ケチ」
「読ませろ。あと少しで、この巻が終わる」
こいつら……。まあ、俺も本気で帰れって言ってるわけじゃない。
いつも大抵、こんなだから。
でも今日は一つ違う。
博也がくっついて来た。
――深沢博也(ふかざわひろや)
高校2年になってからのクラスメート。
あんまり遊んだことはなかったけど、今日は帰りの教室でメンバー集めをしているところに、たまたま居た。
おっきい目をして見上げてきたから、子犬でも呼ぶ感覚で「おまえも来るか?」って訊いたら、こくんと頷いた。
お、かわいい……とか思ってしまった。
ちっちゃくって、もう2年なのにまだ制服に着られている感じだ。
 
「あ、博也、こら」
ダボっとした裾から小さな手を出して、違う漫画を摘み上げていた。その手の中にあるのは。
「徳川家康! それだって、全23巻だぞ! やめとけって」
なんせ、蔵書がありすぎる。何巻がどこにあるかなんて、まったくわからないのだ。
通して読もうなんて思ったら、まず全巻探し出すことから、始めなければ。
「健吾、うるさい。図書室ではお静かに」
「お前も読めよ。……おい、この続きどこにあんだよ?」
俺は溜息をついた。もう、勝手に探せ。
「そういえばさ、1組の澤口だけどさ……」
思い出したように、テツが喋り出す。女子の話だ。
大抵、こんなふうにゲーム、漫画、エロ話となるのがお定まり。
いつもなら話し半分だけど。でも、今回は俺も反応した。
「何、美帆ちゃん? 変な噂でもあんの」
実はけっこう可愛い、1組の澤口美帆。ちょっと気にかけてる。
「ああ、3年の先輩と付き合ってんだって」
「へえ……」
俺は、かなりショックだった。
先輩じゃあなぁ。
ふと博也を見る。大きな目がじっとこっちを見ていた。
話にも加わらないし、漫画を読みふけっているのかと思ってたから、ちとばかし驚いた。
暫らく見つめ合ってしまった。
ちっさい顔してんなあ。柔らかそうな髪は少し癖っ毛で、端々が外を向いている。
「そいでさ、山田がそれ知ってさ……」
テツたちの話が気になって、俺はすぐ、博也への興味を失った。
どんだけエロ話で盛り上がったか判んないぐらい騒いで、お開きにすることにした。
そこでやっと、博也の方に目をやった。
だいぶ前にみんなに配っていた缶ジュースが、博也の横で1本だけ、口も開けずに汗を掻いている。
……せっかく冷えてたのにな。
夢中になって漫画を読んでいるらしく、こっちの空気がまったく読めていない。
「あ! 結局、三国志読み出してるよ、こいつ!」
面白いから。凄い面白くて、俺は大好きだから。中途半端には、読んでほしくない気がしていた。
「責任とれよ、読み出したからには、60巻、全部読め!」
冗談半分に脅して、頭を小突いた。
博也はその時だけ、ちょっと顔を上げた。
 
みんなが帰ったあと、空の缶や食べ散らかした菓子の袋なんかを片付けていたら、博也の缶ジュースが無いことに気がついた。
あれ、もって帰ったのか? あんなの、わざわざ。
しかも、どうやって探し出したのか、読み終わったであろう三国志の本が、4冊。ジュースの汗が染みになっている横に、積んであった。
 
 
次の日は、俺は寄り道もしないで真っ直ぐ帰った。
部屋で着替えて寛いでいると、チャイムの音がする。
親は共働きでいないので、俺が出た。
「あれ、博也じゃん。どうしたんだよ」
ドアを開けると、ちんまりした博也が立っていた。昨日と同じで制服のまま。
「三国志の続きが、読みたくて」
大きな目を輝かせて、見上げてくる。俺の肩までくらいしか背丈がないから、首が大変そうだ。
「え……、もしかして、責任取れとかって、本気にした?」
俺はびっくりして聞いた。マジに取られても……。
「ううん。面白いから、もっと読みたいんだ。続きが気になって。……だめ?」
「いや……、いいよ。別に。上がれよ」
博也は、昨日と同じポジションに陣取り、続きを読み出した。
その位置は西日が薄く入る窓側だから、壁に寄っかかって読んでると丁度いい。実は俺が三国志をじっくり読む時も、そこに行く。三国志専用の読書場だった。
昨日と同じように缶ジュースを渡したけど、汗を掻かせただけだった。でも後で気付いたんだが、それもやっぱり無くなっていたから、持って帰ったらしい。変な奴。
俺は俺でパソコンを弄っていたりして、いつの間にか暗くなる程、時間が経っていた。
 
「ん……、何やってんの? 博也」
膝立ちになって、呆然としている。
「9巻がね……。無いんだ。見当たらない」
何だか少し泣きそうな顔に見えた。嘘だろ。そんなことで泣くな。
「しょうがねーな。俺も探すか……」
あちこちの山をひっくり返して、やっと見つけた。
「お、あったあった。9巻……ついでに10も見っけ」
ほら、と博也に渡す。
「はー、よかった! ありがとう!!」
汗だくな顔をほころばせて、俺に笑顔を向けた。
めちゃくちゃ嬉しそうな顔。ちょっと俺も嬉しくなった。
三国志がわかる奴なんだなーって。
 
その日から、博也は俺の部屋に通いつめるようになった。
時には一緒に帰ったし、俺の方が遅い時は、ずっと玄関の前に待たせちまったこともシバシバ。
一日に2、3冊。確実に読み進めて行く。
いつも窓際の壁に寄っかかって。
俺は、博也が探さなくてもいいように、次の数冊は前もって見つけ出しておく癖が付いていた。
そのうち、読み終わってから、感想を言うようにもなった。
読み終わった後の興奮が、博也を饒舌にしたりもした。ヤツは関羽が好きらしい。ちなみに俺は曹操だ。
ひでー時は(関羽が大活躍した巻を読んだ日だ!)もう、泣いて泣いてちっとも泣き止まなくて、困った時もあった。
でも俺は、妙なことから三国志仲間が出来て、なんか可笑しかったが、嬉しかった。
いつの間にか、窓際に博也がいるのが当たり前の、俺の部屋になってしまった。 
そして、その姿を、パソコンを弄りながら俺はよく眺めていた。
ちっさい博也。読み終わるまで、トイレにも立たないくらい、集中して。
目はおっきいけど、鼻と口は小さい。真っ白で、そうして蹲っていると女の子みたいに見えるときもあった。
柔らかそうな前髪で、顔を半分隠して。
んで、読み終わって顔を上げた時は、必ずその目が涙目になってるんだ。
初めてそれに気付いた時は、びっくりした。そんでもって、焦った。あんまり可愛かったから。
その後の笑顔が。
博也は必ずその日のノルマを読み終わると、顔を上げて俺を探す。
そして、にっこり笑う。どんだけ感動してるかを、訴えるように。
俺は、読み終わりそうな気配を感じ取って、その笑顔を待つようになった。その笑顔は見逃しちゃいけない。
そんな気がして。
そんなことを、3週間くらい続けた。
「お、見っけ、見っけ」
一人、部屋で最後の巻、60巻を見つけ出していた。
博也の定位置の周りには、10冊ずつ、読み終えた本が重ねられている。
その束が、5本。残り1本が完成しようとしていた。
……最後の巻か……。もうそんなに、なっちまったのか。もう、そんなに、読んじまったのか。
博也の席に、最後の三冊を置くと、自分のデスク椅子に跨った。
背もたれに腕を掛けて、顎を乗せる。つま先で椅子を半回転させて、考え込む。
完読したら、なんて言ってやろう。
おめでとう! か?
すげぇな! か?
よかったな……は、つまんないな。
でも、その日博也はとうとう来なかった。俺はずっと待ってたけど、連絡もなしに。
 
なんだよ……。
あいつ、三国志が好きじゃなかったのかよ。
  
空のままの指定席に立って、60巻を拾い上げる。
表紙には、三白眼の男が、悠然と立っていた。
壮大なドラマの終焉が、そこには詰まっている。
気の遠くなるような歴史のうねりを乗り越えて、英雄たちが煌く。
託された祈りと誓いを背負って闘ってきた男達のドラマに……幕が下りる。
  
……最後だぞ、ほんとに、最後の最後。
 
ここまで読んできて、ここを読まねーなんて、そんなの嘘だよ。
俺は裏切られたような感覚と、明日は来るだろ、という軽い気持ちがない交ぜになって、そんでもって、ふと思った。
読まれない、この本が可哀相なのか。
それとも、読まない(読めない)ままの、あいつの気持ちが可哀相だと思うのか……
 
それにしても。
俺って何で、こんなに三国志が好きなんだろ。
 
 
予想に反して、博也はその後も来なかった。
学校すら休みやがって。
俺は奴の家に行くことにした。
もちろん、土産は残りの三冊! 
「よ! 病気なのか? 連絡くらいしろよ4日も休みやがって」
不意の奇襲に博也はびっくりして、言葉がでない。
寝てはいないのか、カジュアルな普段着だった。
そう言えば、私服は初めて見る。……やっぱ、可愛いなあ。
思わず見惚れてしまった。
「健吾くん……」
何も言わなくなった俺に、ようやく声を出した。博也には俺のこと、健吾と呼ばせている。
だって、かたっぽだけ苗字で呼んでちゃ変だからな。
ところが、こいつが俺をそう呼ぶと……俺はちょっとドキッとしてしまう。
くん付けがいけないのか? ともあれ、土産の三冊を差し出す。
「ほら、これ。これ読まなきゃ、生きてても死んでんのと同じだろ?」
博也の顔から血の気が退いた気がした。おいおい、冗談だぞ。
「………いらない」
小さい博也が、益々小さくなって、小さい声で言った。
「はぁ!? なんだよそれ……、おまえ、面白くて読んでたんじゃないのかよ?」
ちっとムカついて、グイと本を突きつけた。
「いらないってば!」
両手で突っ返してくる。俺はその腕を掴んで、引っ張った。
強引に俺の方を向かせる。
「なんだよそれ! あんなに一生懸命読んできて! こんな、最後のクライマックス読まないで、平気でいられるんかよ!?」
すんげぇイラついて、最後は怒鳴ってしまった。
 
「……違う。……違うよぉ!」
 
小さな握り拳で抗って、いきなり博也が叫んだ。
………泣いてる?
 
「だって、僕だって読みたいよぅ。すっごい読みたかったよぉ。だけど……それ読み終わったら」
ひっく、としゃくり上げて、俺を真正面から見据えてきた。潤んだでっかい目。頬が真っ赤だ。
片腕を俺に掴まれたままだから、自然、俺に縋り付くみたいな体勢になる。
「健吾君ちに、もう行けない。行く理由がなくなっちゃうから……」
えっ?
「ぼく、健吾君が好き……。関羽みたいにカッコいいから。ずっと見てたんだ」
はぁ………?
「ずっと前から。だから、あの日は凄く嬉しかった。毎日会える口実ができて」
また俯いて、更に真っ赤になっている。俺は、眼下のつむじを見つめ続けた。
「ホントは一日にもっと読めたけど、もったいないから、わざとゆっくり読んでたの。それに、漫画越しに、健吾君のこと見てたから、時間経つの早かったんだ」
最後は、照れたように顔を少し上げて笑った。柔らかな前髪の隙間から、潤んだ瞳が揺れる。
俺は、衝動的に、博也の肩を抱き寄せた。
 
「………!」
反動で上を向いた顎を捉え、唇を重ねた。
激情に任せて吸い上げる。舌を入れて、博也の舌を絡め取り、また吸い上げる。
止まらなかった。
「んん――――っ」
 
胸を叩いて博也が抵抗するが、そんなの屁でもない。
可愛い博也。小さな博也。
ものすごく、愛しいと思ってしまった。
自分の胸に掻き抱きながら、改めて小さいと思った。この博也が、俺を裏切って飛んで行ってしまったような気がしたんだ。空白の指定席が、毎日俺を苛む。だから、見舞いの振りして、ここまで来てしまった。
キスだけじゃ足りない。どんなに吸い上げても、抱きしめても、まだまだ足りない。もっと密着したかった。
 
俺は自分が何をしているのか、何をしようとしているのか、判断が付かなくなっていた。
博也を無理やり玄関の上がり框に押し倒す。
「ちょ……けんご……く……っ」
腕の下で暴れる博也の唇を、また唇で塞ぐ。
「やぁ……」
荒い呼吸と呼吸。ベルトを外す金属音。
小さい博也のズボンを引き擦り下ろすと、身体を反転させた。
「健吾君! ……けんごくんっっ!!」
叫び声。俺は、俯せにした博也の蕾に指をねじ込み、開かせた。
「やぁぁ……!」
熱く滾ったものをそこにあてがい、押し込んだ。
「――――――っ!」
後は覚えてないくらい夢中で、博也をむちゃくちゃ突きまくった。
「けん……ご、くん……」
腕の中で博也が何度もそう言った。俺を呼んだ。その声に益々煽られてしまった。
博也の中で、吐精して果てた俺は、そのまま博也を抱きしめていた。
離すことが出来なかった。
 
玄関の廊下の上で、二人重なって倒れている。
その俺の胸の下がもぞっと動いた。
顔だけ向きを変えて、無理な体勢で俺を見る。
涙で頬はぐしょぐしょ。でもぴんくに火照っていて、やっぱり可愛かった。
「健吾くん……好き」
熱い吐息が俺の顎にかかる。
「俺も……好きだ。博也。……ごめんな、酷いことして」
指を伸ばして、顔に張り付く前髪を梳く。
「柔らかいな……。一度、触ってみたかったんだ、俺」
ふ、と笑う気配。顎が温かい。
「ぼくも……。硬いね。健吾くんの胸板」
 
俺は、ほんとに酷い事をしてしまったと、だんだんむちゃくちゃ恐ろしくなった。
すっごい後悔した。
中に家族がいたら、どうなっていたか。玄関ドアも薄く開いたままだ。
自分の無茶っぷりに、蒼白になった。
博也から抜き出る時、腹の下に博也が汚した白溜まりが見えた。
……うわ
「大丈夫か…? ほんと、悪い…」
でも博也は微笑んでくれた。恥ずかしそうに丸くなったまま、こちらを向く。
「健吾君だから…へいき」
 
「……博也」
可愛くて、ぎゅっと抱きしめる。俺はそのままもう一回ヤッてしまいたかった。
でも、なんとか身体にいい聞かし、起きあがった。
 
「……今度は、徳川家康を探しとく。来れない理由なんか、無いぜ」
なんてったって、本だらけなのだから。漫画が終わったら、原作の文庫本だってある。
「うん、楽しみ!」
頬を赤く染める。
「ぼく、ほんとに読み残してたせいで、生きながら死んでたんだよ。学校も行けなっかた」
そんな理由かよ……。俺は苦笑いした。
「あ、そういえば。おまえ、ジュースいちいち持って帰ってた?」
俺はふと思い出して聞いてみた。
博也の顔が、またポッと赤くなった。
「だって……。健吾君に、せっかくもらったのに……飲んで置いてっちゃうなんて、できなかったんだ」
 
 
可愛い博也。もう絶対、死なせはしない。俺が守る。
自分がしでかしたことは棚に上げて、そんなことを俺は誓ったんだ。
 
 
  
END    

長編SS短中編