五月蠅い、お隣君 
 
2.
 
「彼女、佐々木美鈴ちゃん」
嬉しそうに紹介された。
可愛らしい女の子で、ピンク系のリボンやフリルがやたら付いてる服を着ていた。
ふわふわの髪も仕草も、とても可愛い。
「忍君から、いつもお話し聞いてます〜。ほんと、カッコいいですね」
なんて、微笑んだ。
「なんだ、おまえ。他所でそんなこと、言ってんの」
苦笑して、染谷の顔にグーで空気パンチをした。
それから俺は、「そいじゃーっ!」なんて、手を繋ぎながら隣りに消える二人を見送って、ベッドに戻った。
 
寝直しをしなければ……。腕枕でゴロンと寝っころがるが、とても眠れない。
隣では、遠慮のないキャッキャとはしゃぐ声が響いている。
壁に背を向けて、寝返りを打った。
久しぶりに、顔を見たな……。
さっきの八重歯を思い出して、自分の口元が上がっているのに気が付いた。掌で口元を押さえる。
――まったく、あの八重歯には参るな。
今度は本当に笑って、口角を上げた。
その時。
 
………………
 
ん!?
なんか違和感がする。……違和感ていうか……。
 
―――ん、みすずちゃん…
 
おいおい!?
 
―――しのぶくん……しのぶくん…
 
マジか!? さっきまで、甲高い声で騒いでいたのに、ラブシーンを始めやがった。
だんだん女の声が、高くなってくる。
!!!
俺は布団を頭から被って、寝ようとした。だけど、妙に高い女の声が耳に付く。
 
―――しのぶくん…
 
その切れ目に、染谷の低い声が聞こえる。
俺は布団を引っぺがすと、急いで着替えて、部屋から出た。
寝てられるかって言うんだ!
染谷のアホめ!
 
”……しのぶくん……”
 
可愛い声が耳に残って離れない。
……あいつ、忍っていうんだっけな。そういえば。
ちっとも忍ばねー性格だけど……。
 
夕方の街を宛てもなく歩く。俺って、こんなに行くトコなかったかな……。
以前はそれなりに女友達もいたし、付き合いもあった。
でも、いろんなもの切り捨てて、なんとなく染谷待ちの生活になったのだ。
あいつときたら、まるで予定というものを立てないし、聞かない。
いつ来るか、判らないのだ。
たまたま俺がいなかったりすると、約束を破られたみたいな顔をされる。それが嫌だった。
八重歯を見ていたい……というと、変な言い方だが、染谷が笑っていると、俺も笑っている気がする。
それが心地よかったのだ。
染谷の隣で笑っていた、可愛らしい女の子が脳裏に浮かぶ。
今度はあの子が染谷に笑顔をもらい、あげるのだろう。
……なんとなく、胸がチリッと痛かった。
 
その日から、彼女は頻繁に染谷の部屋に来るようになった。
その部屋から聞こえて来る声に、俺はイライラした。
彼女の笑い声が、特に耳障りだ。
染谷が携帯で大声を出しているのとはトーンが違う。
1オクターブ高いし、強弱が異様に激しい。
セックスを始め出すと、俺はすぐ部屋から出るようになった。
染谷の低い声が、気分を最悪にする。
すっかりベッドでの仮眠が取れなくなってしまった。
俺は駅傍のコーヒーショップで、うたた寝をしてから、バイトに行くようになっていた。
 
その日も、店の一番奥の小さなテーブルに突っ伏して寝ていた。
携帯のアラームをバイブで仕掛けているので、定時には起きれる。
胸ポケのバイブを止めて、軽く伸びをした。
――え?
目の前に、淹れたての新しいコーヒーが置いてあるのに気付く。
小さなテーブルの上で、暖かそうな湯気を立てている。
周りを見渡すと、カウンターの奥で、こっちを見ている女の子がいた。
俺の視線に気付くと、ぱっと顔を赤らめて、いそいそと近寄ってきた。
「あの……。いつも疲れているようで……。大変そうだなと思って。それ、私からの労いです。よかったら、飲んでってください」
ニコッリと笑った。
「……ありがとう」
 
正直、嬉しかった。起きてからもう一杯飲んだりすると、金がかかってしょうがない。
いつも、うたた寝の後は水だけ飲んでいた。
俺の起きる時間を見計らって、淹れてくれたコーヒーは、熱くて美味しかった。
そして何日間かそんなサービスを、その娘はしてくれた。
俺はさすがに気が退けて、断るけれど、いいんですって止めようとしなかった。
この娘も優しい笑顔をする。染谷みたいに強引に他人まで引き摺る笑いではないが、俺の気持ちを絆すような笑顔で、俺は少しまた笑うようになっていた。
……染谷も、あの子にこんな気持ちを貰ってんのかな。
なんとなく思った。
 
「あの……桐生さん。……今、誰かとお付き合いしてますか? よかったら、私と付き合ってください」
 
告られてしまった。
俺は、只でコーヒーを貰っているのに気が退けてはいたが、だからと言ってそれで見返りに応えるわけにもいかない。
いい娘だと思う。可愛いし。――でも、いつか泣かせてしまう気がする。
恋愛の最終ラインは、やはり結婚だと思う。結婚できない以上、分かれることになる。それは二人とも痛い。
それが判っているのに、今だけ良ければなんて付き合いは、どうも俺にはできない。
 
――――結婚しなくても、ずっと一緒にいたいと思えるなら、それはそれで有りだとも思うが。
ドキドキした顔をして返事を待っている、その娘を見上げた。
………この娘から、それを感じることはできなかった。
 
「ごめんね。……俺、好きなこ、いるんだ」
やんわり断った。
「……好きなコ? まだ、付き合っているわけじゃ、ないんですね?」
「あ? ……ああ、うん、まだね」
付き合ってるなんて、ありもしない嘘は見栄っ張りすぎて嫌だった。
好きなこ、なんてのも、いるはずがない。
「じゃあ、あの……まだ私……可能性があるかもしれない……ですよね?」
食い下がってきた質問に、少し戸惑った。
俺の恋が実って、付き合う日がくるまでは俺はフリーということだ。
もしくは、振られて失恋すれば。
 
「はは……、君、俺の不幸を祈ってるね」
「あ! いえ……、そんなつもりじゃ……」
「うそうそ、冗談。だけど、ごめんね。多分、一生好き」
「………えー、そんなに好きなんですかぁ」
切ない顔をする。しばらく黙って考え込んでしまった。
「……いいな。私、そんな恋したい」
吹っ切るように笑ってそんな事を言い出す。なんだそれは。
「はは……、辛いよ、そんなの」
「うそです。今、とても素敵な顔してました。あ、いいなって羨ましくなっちゃいました。だから、しょうがないかって思ったんです」
「……君も、素敵な笑顔をするよ。俺にはもったいない」
素直に思ったことを言った。なんで俺なんかがいいのか。
彼女は、嬉しそうに目を輝かせて、頬を染めた。
「コーヒーのサービスは、続けさせてくださいね」
そう言って、カウンターの奥に走って行った。
 
……多分、一生好き
……そう言った時、素敵な顔をしてました
 
断る口実を探しながら、話していた。
俺がその瞬間、想い浮べた顔は……
  

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