《キャスト》
俺…
加藤公貴(かとう きみたか)
映研2年
 
アイツ…
須崎理央(すさき りお)
クラスメイト
 
板谷先輩…現部長(映研 3年)
佐倉先輩…現副部長( 〃 )
広瀬部長…前部長(卒業生)
功一…映研 1年
 
 
《舞台》…高等学校 校舎
《シーズン》…夏

  
イントロ
 
 合宿以来、久しぶりにアイツを見た。
 試写会が終わって映写機を片づけてたら、目が合ってしまった。
 俺はあの映像を思い出しては、毎晩のようにオナニーをしていたから……
 生の顔を見たときは、さすがに照れた。
 息を呑んで、思わず赤面してしまった。
 きょとんとした目で、見つめ返してくる。
 
 ───こいつを、………俺は…捕らえる。
 
 もう自分の中では呼び慣れてしまった単語。
 俺はもうこっちでしか、お前のことを呼べない。
 
「よろしくな……リオ……」
 
 あどけない表情。
 罪のないその顔は、ただのクラスメイトの一人として、俺を見ていただろう。
 その顔が真っ赤になって、やがて……真っ青になっていった。
 
 
 
 
 
 

 
 もともと映画好きだった俺は、高校に入ったら絶対映研に入部すると、決めていた。
 中学の時、友人に付き合って行った文化祭でそれを観た時の感動は、今も忘れられない。
 スクリーンの中で、生き生きと動く役者たち。
 ストーリー・構成・音楽……どれをとっても、すごいと思った。
 あれを自分たちで創っているのかと思うと、興奮して夜も眠れなくなった。
 俺は初めて、観るだけの傍観者ではなく、作る側を意識したんだ。
 受験もしていないのに、8ミリの研究に没頭したりして、すっかりのめり込んでいった。
 
 晴れて高校に入学出来た俺は、早速映画研究部のドアを叩いた。
 そこには、あのスクリーンの中のキャラクター……刑事や犯人や被害者、ヒロイン……。
 その役者達が、俺と同じ制服を着て、目の前にいた。
 
 ───うわ……すげ…カンドー……
 
 たくさんの女の子たちのなかで、男子部員は4人しか見当たらなかった。
 その中の一人が立ち上がって、自己紹介してくれた。
「いらっしゃい。俺は部長の広瀬。入部希望だよね?」
「は……ハイ! ……あの」
 俺はまじまじと、その顔を見た。
「刑事役をやってた方ですよね? 俺…去年の8ミリ観たんです!」
「やった!」
「吊れたね」
 後ろで2年生らしき人たちが喜んでいる。
 刑事と張り合っていた、探偵2人だ。
「あれ…? あの……デカ長さんは…?」
 部室を見回しても、姿は無かった。
 あの人の演技が、ピカイチだった。
「──君、判るの?」
「………え?」
 ビックリ顔で、見つめられてしまった。
「すげー!」
「目がいいな」
 後ろでまた声が上がる。
 俺は慌てて、眼鏡のフレームを押し上げた。
「俺……、目ぇ、悪いですよ」
 広瀬部長が、笑った。
「そうじゃなくて、人を見分ける目、ね。制服と私服じゃ印象違うから、けっこう判らなかったりするんだよ。ましてや、スクリーンの中じゃ仮装まがいのカッコしててさ」
「………ああ」
 俺は、真っ赤になった。
「あのデカ長さんね、前部長。卒業しちゃったよ。まあ、こっち来て」
 広瀬部長は爽やかに笑って、奧に連れて行ってくれた。
「俺…加藤公貴です。アレを観てから、8ミリ勉強しました。……カメラやりたいんですけど」
 入部届けに記入しながら、広瀬部長を見た。
「何言ってんの。ここに入部する限り、基本全員、役者だよ」
「えっ!?」
「そんなに、人手が足りてるように見える?」
 苦笑いされた。
 でも俺は役者なんて、考えてもいなかった。
 自分の顔がスクリーンに映るなんて、とんでもない!
 勉強一筋しかしてこなくて…カメラで映すようなカオじゃない。
「俺…カメラ専門でないなら……」
 カッコイイ先輩達の前で、萎縮してしまった。
「公貴君」
 ───え……?
 顎をグイと持ち上げられて、至近距離でじっと見つめられた。
「…………??」
 恥ずかしくて、顔が真っ赤になっていくのが判る。
「……眼鏡、他に持ってる?」
「あ……ハイ」
 俺は、慌てて顔を離して、予備のを取り出した。
 今してるヤツは昔作ったもので、野暮ったい黒フレーム。ガラスのレンズがかなり重い。
 予備のは、フレーム無しで細長タイプ。プラスチックレンズで、軽めのを作ってもらっていた。
「お、いいじゃん。オッケーオッケー、今後はそっちにしてね」
「……ハイ」
「髪も染めてみたら? 俺の行きつけんとこ今度、一緒に行こうや」
 板谷と名乗った2年生の先輩が、楽しそうに言ってくれた。 
 
 先輩達に色々面倒を見てもらって、俺はだいぶ変わっていったと思う。
 でも、友達の作り方の注文には、ビックリした。
「キミタカ、友達は勧誘基準で選べよ」
「……は!?」
「ここに引きずり込めるヤツに目をつけて、友達になれ」
 ───そんなことまで、指示すんのか!?
 俺が目を見開いていると、
「部員が少なくて、困るだろ」
 と、こともなげに片目を瞑ってみせる、広瀬部長。
「………はあ」
 なんて、返事はしたけれど。
 そんなヨコシマな目で、友達なんて作れるはずもなく。
 一年間は夢中でカメラの技術を教わり、絵コンテや台本の作り方を覚えるのに、没頭した。
 
 
 
 
 
 

 
 2年に上がったとき、部活のためとか、そんなのに関係なく、友達になりたいと思うヤツを見付けた。
 そいつは、身体は小さめだけど元気いっぱいで。
 愛嬌のある大きな目をくりくりと動かしては、誰とでもすぐ喋る、人なつっこいヤツだった。
 ふわふわした髪が茶色に透けて、小さな鼻と口がバランス良く、形の良い輪郭の中に収まっている。
 一目見て、画面映えのするカオだな…と思った。
 一年間ファインダーを覗いて判ったのは、映像の神秘と言うのか。
 カッコイイに越したことはないけれど、堀が深ければイイってモンじゃない。
 目がデカければイイって、もんでもない。
 ファインダーに納めた時、スクリーンに映した時、ドキッとするような魅力を見せる”カオ”ってのがあった。
 ───アイツの顔には、それを感じる。
 逆光になったときに出来る、鼻筋の影、頬を翳らせるグラデーションのライン。
 浮き上がる、顔の輪郭……その中で光る瞳。
 時々、女の子みたいに可愛い顔をするけれど、決して華奢ではない。
 ─── そのアンバランスさがまた、魅力なんだな。
 俺はつい目を細めて、須崎を眺めてしまった。
 
 
 
「加藤、またハチミリ?」
「……ああ」
 
 積極的に話しかけて、うまいこと俺に懐かせることに成功した。
 俺の勉強ばかりの人生の中で、それは快挙だった。
 それもこれも、先輩達のおかげで、俺自身が変われたからだと思う。
 俺は、須崎の前で「加藤公貴」を演じた。
 須崎はまったくの無趣味で、何にも興味を持たなかった。
「別に、知りたくないし~」と請け合わず、俺の話も右から左だ。
 反面、趣味に打ち込める俺のことを、羨ましそうに見る。
 クドすぎるほど8ミリの話しを聞かせてるうちに、やっとそんなことを訊くようになった。
「お前も来いよ」
 退屈そうな須崎を、うまいこと部室に連れて行くことができた。
 何度も付き合わせては、先輩達に見せびらかした。
「キー君、いい子に目を付けたね」
「やっぱ目がいいな。公貴は」
 部長、副部長になった先輩たちが、手放しで褒めてくれる。
「………」
 俺は、入部時に言われていた”部員確保の友人作り”を実行したつもりはない。
 ただ純粋に、アイツを撮ってみたいと思っていた。
「下心は、ないですよ……」
 赤くなりながら、言い訳していた。
 後ろめたい気持ちが、……無いでもなかったから。
 
 
 
「はぁ……」
 夏休み合宿の後、編集作業で、部室に通い詰めていた。
 現像されてきたフィルムを、編集機材のビュアーで眺めては、溜息をついた。
 ―――やっぱ、いい顔をしてる。
 撮影してても、つくづく思っていた。
 広瀬部長や、板谷先輩…佐倉先輩も、アップで撮るときは、ドキドキして手が震えた。
 でも、こいつの顔は、また違うイロなんだ。
 ふわふわのタンポポみたいな。
「キー君、よかったね」
 フィルムを切り分けていた佐倉先輩が、不意に言った。
「………はい?」
「…リオちゃんが、出演してくれて」
「全部、使いたいんじゃねーの? 理央のトコ」
 板谷部長も笑っている。
「────!!」
 俺は真っ赤になってしまった。
 返事も出来ずに、下を向いて眼鏡を押し上げる。
 広い作業テーブルの上には、短かく切り分けられたフィルムが、散らばっていた。
 無駄取り、試し撮り、本番、予備。たくさんある中から、テイク事にフィルムを切り分けていく。
 使用可のモノだけを繋ぎ直して、ビュアーで確認しながら再編集していくんだ。
 だから、実際に使うフィルムは、半分もなかった。
 特に須崎は、リテイクが多かったから、はじかれるフィルムも多い。
 また、良く撮れたシーンが幾つもダブっていたりすると、選べなくて、切り捨てに迷ったりする。
 細かいし、時間と根気の要る作業だった。
 フィルムのテイクナンバーと、記録ノートのナンバーを照らし合わせて、撮影時を思い出した。
 ───このシーンは、苦労したよなあ。どっちも、佐倉先輩の表情は捨てがたいな……。
「また迷ってるな」
 板谷先輩が、フィルムを繋げる作業を中断して、俺を見た。
「はい…」
「そのシーンが良いか悪いか、じゃない。全体の中でそのシーンが生きるか、を、考えろ。バランスで選べ」
 ……それは、広瀬部長の、口癖でもあった。
「キー君、よく言ってるでしょ。目が大きけりゃ良いってモンじゃない。ブサイクでも、役者顔ってものがある。それこそが大事だって」
「───ハイ…」
 俺は、照れて下を向いた。
 綺麗な先輩たちの中にいて、それは俺の精一杯の負け惜しみでもあったから。
「……そうですね。ブサイクなシーンでも、前後が引き立つなら、そっちの方がいい…」
 本番とリテイク、こっちは須崎が捨てがたいけど、こっちは板谷先輩が捨てがたい。両手にそれぞれのフィルムを持って、暫く考えた。
 この後、須崎のアップがくるんだよな……。あれは、良いシーンだった。
 俺は良く撮れてる須崎の方を眺めて、そっちを切ることにした。
 そうやって泣く泣く切り捨てを実行しながら、先輩達に確認を取り、だいぶ作業は進んでいった。
 あとは、最終編集。どう繋ぎ合わせるかとか、実際に映写機で映したりしながら、仕上げる。
 俺は、この段階が一番好きだ。
 いよいよ出来上がるかと思うと、ゾクゾクする。
 そして音入れ。
 フィルム編集には携わらない女の子達も、この日は総員で出てくる。
 
「公貴」
 何日にも及ぶ編集作業を終えて、後はアフレコのみってとこまで、こぎ着けていた。
 影の長く伸びた校門の前で、お疲れ様でしたと挨拶した時だった。
 板谷部長が俺を呼んだ。
「……ハイ?」
 先輩の声色に、俺は何故か緊張して、先輩を真っ直ぐに見返した。
 
「俺たちがしてやれるのは、ここまでだ」
「…後は、キー君が頑張ってね」
 
 佐倉先輩も、優しく微笑んでくれた。
「───はい」
 橙色に染まる、白い半袖のカッターシャツ。
 うるさかった蝉の声も、そろそろ途絶えて。
 そよぎもしない生暖かい空気が、俺たちの時間を一瞬止めた。
 ──俺は……
 晩夏の夕暮れの中で、寄り添うように立つ二人の先輩の顔を、きっと忘れないだろう。
 
 
 あの時は、フィルム編集の続きを言っているのかと、思っていた。
「これ、餞別。……ちょっと早いけどな」
 そう言って渡されたモノを、確認するまでは。
 

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