先輩と内緒シネマ
 
4.
 
「………へたくそ!」
 僕は、後先考えずに、怒鳴っていた。他の言葉が思い浮かばずに。
「──ヘタクソッ!!!」
 もう一度、怒鳴った。
 ありったけの悔しさを込めて。
 
「……………」
 加藤が顔を起こして、僕を見つめてきた。
 興奮と、驚きと、ちょっと悲しげに眉を寄せて……
 
「板谷先輩の指テクは…最高で…気持ちよかった!!」
 佐倉先輩がいつもそう言ってた。
 それはホントはテクとかじゃなくて……思いやりだと思った。
 板谷先輩の、佐倉先輩への優しさだったんだ。
「でも、加藤は痛いだけだった!」
 加藤は、自分のことばっかり……
「何度もそう言ってんのに、加藤…ちっとも聞いてくれないっ!!」
 悔しくて、涙目になってしまった。
 
 
「……ごめん」
 
「───────ッ!」
 
「……ごめんな」
 
 済まなそうに、そう謝る。
「…………」 
 そんな素直に謝ってくると思わなかったから……僕は思わず、言葉を失くした。
 加藤と見つめ合って、赤面してしまった。
 だって、まだ……下が…繋がったままだし……。意識したら、急にそこが、熱を持ちだした気がした。
「…もういいから、ぬいて!!」
 そんなこと、加藤に気付かれたくない。
 赤くなった顔を伏せたのに、
「……んっ…」
 加藤が出て行く時、思わず声を上げてしまった。
 そんな僕を、じっと見つめる気配。
 
 
「リオ…。俺、お前が好きみたいだ」
 
 
 また、同じコトを言われた。
 また……さっきの言葉だ。
 ──ナニ言ってんだ、コイツ!
 
 僕の顔はもっと熱くなって赤くなって、反対に気持ちはもやもやした。
「…さっきから、”みたい”って、ナニッ!?」
 怒りにまかせて、本気で睨み付けた。
 加藤は、僕の苛立ちに戸惑ったように、一瞬目を泳がせた。
 …………?
 それから、眼鏡を押し上げて、今度は真っ直ぐに見下ろしてくる。
 その顔は、ひどく真剣で……
 
「……さっき、自覚したから。……自分でも驚いてんだ」
 
「────」
 ズンと、胸を突かれたような、変な衝撃。
 眼鏡の奧の、その瞳に見つめられたら……
 
 
「ぼ……僕は好きじゃないよ! 加藤なんか!」
 
 
 僕も自分に驚いていた。
 ……こんなヤツに、ドキドキするなんて!
 
「────ッ」
 加藤は、一瞬傷ついたように眉を寄せた。
 そして、また真剣な顔で、低い声を絞り出した。
 
「……俺は好きだ…。脅してでも、リオが欲しかった。……心も…身体も」
 
 ──────!!
 
「痛くして…ごめんな」
 
 また、真っ直ぐの瞳で、僕に謝る。
 ずっと、冷たい顔して、なに考えてるか判んなかった。
 眼鏡の奧は、ただ威圧的で……怖かった。
 
 ──そんな…今さら、…なんだよ……
 僕は胸が痛くて、苦しくて、この空気に耐えられなくなった。
「…へたくそッ!」
 また、その言葉を言ってしまった。…他に思いつかないんだ!
 ──僕の声、聞いてくれたら……。
 ──嫌だって…痛いって、あんなに言ったのに……全然聞いてくれないから……
 ……加藤のバカッ!!
 そう、叫ぼうとした瞬間、いきなり両腕に抱え込まれた。
 
「……わっ……加藤…!?」
「一年間、毎日ヤッてりゃ、上手くなる」
 すごい力で抱き締めてきて、耳元にそう囁かれた。
「………えっ?」
 その声の響きにはまた心臓が高鳴ったけど……何て言った!?
「その間に、お前は俺を好きになる」
「なっ……何言ってん……」
 やっぱり、カトーは自分ばっかだ!
 むかついて、逃げようと藻掻いた途端、ふわりと優しいキス…。
 ……………!!
 見上げる僕に、眼鏡の奧は、優しく細まった。
「その間……俺はお前しか見ない。……他のヤツを撮影したって、俺が見つめるのはお前だけだ」
「……………」
「その笑顔を、俺だけにくれ」
 
 ───かとー……
 
 
 そのあとまた、入部してくれと言い出した。
 僕は、加藤がカメラを構えている姿を見るのが、好きだった。
 真剣にカメラに打ち込む加藤が、すごいカッコイイと、思っていたんだ。
 だから……その神聖な気持ちに水を差してしまう気がして。
 僕なんかが入部したら、それは加藤に対して失礼だと……そう、思っていたんだ。
 それなのに……。
 
「リオだって、変われる」
「……………?」
 ベッドから起きあがり、僕の身体も抱き起こして。
 二人でシーツの真ん中で、向かい合って座り込んでいた。
 起きたときはやっぱり痛くて、思わずまた噛みつきたくなったけど、気持ちはもう…加藤の話が気になって…
「映画を好きな振りして、演技を好きな振りして……そのうち、本当に好きになるから」
「……………」
「俺だって、そうやって変われたんだ。リオと友達になりたくて…」
 そう言って、加藤は昔使っていたという眼鏡にかけ直した。
 …………うわ……!
「そんな露骨な顔すんな」
 傷ついたように、別人のカトーは眉を寄せた。
「ごめ……ほんとに、違うから」
 元が良いからそんな酷い顔になる訳じゃないけど、印象がまるで違う。
 これで髪も染めずに格好良く整えてなかったら、かなりあか抜けない風体だったのが、想像付く。
 僕は……カッコイイ、大人のカトーを、羨んでた。
 背が小さくて、無趣味で……自分を、つまんない人間だと、思ってたけど……
 眼鏡を現在(いま)のにかけ直した、いつも通りの加藤を見上げた。
「うん、こっちが”加藤”だ」
 僕が知ってる、”変わった”カトーなんだ。
 こんなに、違うもんか……僕はおかしくて、笑ってしまった。
 ───僕も……変われるかな……
 
「───リテイクだ」
「…え!?」
 いきなり抱き締められて、また焦った。
「俺を好きな振り……そこから、始めろ」
 ────!!
 り…リテイクって……
 加藤の手が、身体をまさぐってくる。もう一回、ヤルと言う…!
「や…やだっ……」
 痛いのを思い出して、ゾッとした。
 ───それに……
「…痛ッ」
 手首を掴まれて、押さえ付けられてしまった。縛られていた場所が、ズキンと傷んだ。思わず歪めた顔に、加藤も眉を寄せた。
「先輩の真似して…上手くヤルから」
 ………えっ!
「……いいよ、それは…!」
 咄嗟に言ってしまった。
「…………?」
 上手いにこしたことないし、テクは大事だけど……
 先輩のマネなんて、いらない……だって…… 
 僕は両手首を掴まれたまま、顔を目一杯下に向けて、加藤の視界から逃げた。
 
「抱き締めたり…囁いたり……それは、僕…気持ち良かった」
 
 ……それは、加藤がしてくれたこと。
 さっき、それを再認識するのが、ちょっと怖かったんだ。
 
「……リオ」
 加藤が、嬉しそうに声を弾ませた。
「……キスは?」
 そんなこと、聞いてくる。
「────!!」
 その嬉しそうな声に、僕はムッときた。
 僕がずっと痛かったのに、一人だけ満足してニヤけていたのを思い出したんだ。
 ──これ以上、甘やかせてなるもんか!
 
「や~っ! キスは佐倉先輩の方が、断っ然、上手い!!」
 
 強引に迫ってくる加藤から、顔を反らして逃げた。
 でも、それは失敗だったみたいだ。加藤の嫉妬心に火を付けてしまった。
「んっ…んん………っ!」
 無理矢理、舌をねじ込まれ、咥内中を探り回る。
 いつまでも、いつまでも、舐め回す。
 僕が疲れて力を抜かすと、加藤の動きも優しくなった。
 ────ん……
 ゾクリと、背中が痺れ始める。
 僕を心配するように、様子をみながら、優しく優しく啄む……
 僕はつい、佐倉先輩の時みたいに、舌を絡め返した。
「………ん」
 お互い、吐息を漏らしながら、気持ちいいキスを繰り返した。
 ───はぁ………
 
「……合格?」
 やっと離してくれた唇を舐めて、加藤が囁く。
「…………」
 僕は真っ赤になって、加藤に小さく頷いた。
 先輩たちに、感謝しながら──
 
 ”この経験が、役に立つといいね”
 そう言ってくれた。あのことがなかったら……
 加藤のキスの、変化の意味も…
 僕がどうして、先輩たちを思うと、胸が痛くなるのか…
 そんなことも、判らなかったかもしれない……
 
 
 僕は悔しかった。”卑怯”な加藤が。
 8ミリに対して……僕に対して、真摯でなくなったことが。
 僕の言葉が、聞こえないことが……
 だって、好きとか言いながら、僕なんて、どうでもいいってコトじゃないか……
 
 そして、悲しかった。加藤が、そうである限り。
 僕と加藤は、板谷先輩たちみたいには、なれないんだって。
 僕は……加藤と、”そうなりたかった”んだなぁって……。
 
 でもそんなこと、もったいないから、加藤には教えてやんない。
 ……だって、僕だって今、気が付いたんだから。
 
 
「リオ――」
 加藤の腕が、僕を抱き締め直した。
 ───あ……
 心臓がどきんとして、身体が震えた。体内が熱く火照った気がして、俯いた。
「……………」
 思わず、小さい声で言ってしまった。
(僕ね、先輩たちにあんなことされてから……困ってたんだ)
 加藤の腕の中で、肩がまた震えた。
 そして、言ってしまってから、すぐ後悔した。こんなこと、バラさなくたって、よかったのに……
「リオ──!」
 また嬉しそうな声で、僕を抱き締める。
 ───く~っ!! このままじゃ、加藤ペースだ!
 負けん気が、出てしまった。
 
「でっ、…でもっ、カトーのこと、好きってわけじゃ…ないよ!」
 
 そう叫んでみたけど、コイツの耳に届いたのかどうか。僕はまた、ベッドの上に、押し倒されてしまった。
「カトーッ!!」
 まさぐり出す、加藤の手。
 でも──
 さっきと違う優しさを感じて、僕は本気での抵抗が出来なくなった。
 
 ───板谷先輩たちみたいに…
 これからの、加藤と僕。
 きっと秘密の撮影会が、繰り返される…。
 そう思うと、僕の身体は、どんどん熱くなっていった────
 
 
 
 
 
「痛い! 痛い!!」
「リオ…」
「やめてっ! カトーッ、痛いっ……!!」
 あれから、何度も加藤に襲われてて(僕は、いつも嫌がってるのに!)相変わらす自分勝手に動いて、痛い。
 ……でも。僕の声が、届くようになった。
 嫌がれば、やめてくれる。様子を見ながら、進めてくれる。
 ……加藤の優しさが、僕を包みだす……
 
「…ぁ…あぁ…いい、……気持ち…いい……キミタカ……」
 
 イク時だけは、僕も素直になった。
 二人で薄目で、見つめ合う。照れながら、そっと唇を合わせる。気持ちいいこと…幸せなこと…二人で確かめ合うんだ。
 先輩たちに、教えてもらった。
 
 ”始めは、僕たちも大変だったんだよ”
 そう言ってた佐倉先輩。
 その佐倉先輩を、独りにしないように…。僕を弄りながら板谷先輩は必ず、キスのフォローをしていた。あれは、板谷先輩の優しさだ。
 
「痛いか、リオ…やめるか?」
「わかってるくせに…そういう焦らしはヤメテ!」
 
「ん…そこ…や」
「ごめ…リオ、一瞬辛いけど、よくしてやるから…」
「んッ…ん…」
 
 いまなら、判る気がする。
 愛されること…好きになること…それを自分で受け入れて、受け入れられて…
 こうやって身体で確かめ合っている内に、先輩たちみたいな信頼関係が、僕と加藤の間にも築けると思った。
 
 もう僕は羨むだけの、つまらない人間じゃない。
 僕にも打ち込めるモノがある。……好きな人間がいる。僕の世界があるんだ。
 それを演じて、成り切って、ホンモノになっていく。
 変わることが、できるんだ……
 
 
 
 そして、僕は2年の教室の入り口に立つ。
 かつての板谷先輩と、佐倉先輩のように。下級生の羨望の眼差しを浴びながら。
 可哀想な、子羊───
 その子を視界に捕らえながら、僕は隣りの加藤に寄り添う。
 
 さあ、幸せになるために、一緒に演じさせよう。
 何回繰り返されてきたか判らない、歴代の先輩たちに習って、その”台詞”を口にする。
 
「…今回だけで、いいから……」
 
 そして、心の中で笑う。
 ……そんなはず、ないのにね。
 
 
 
 
 追記。 
 ───加藤は………
 宣言通り一年間、……僕を……ぼくを、抱きまくった! 今では、立派なテクニシャンだ。
 ……そして僕も。もう演技なんかしなくても、頭も身体も…文字通り、加藤のものになっていた。
 先輩たちとの2回目のエッチ…内緒の撮影会のことは、加藤には言っていない。
 けど、あの時感じた、先輩たちの優しさ…泣きたくなるようなお互いを想う心……そんなものを、僕たちはちゃんと手に入れられたと思う。
 
 ──だからこそ、加藤の手は…めちゃくちゃテクい(優しい)んだ。
 
 
 これを、今度はあの子たちに教えてあげる。
 そんな、下を向いてばかりじゃなく、変われるんだってことも。
 
 ……繰り返す……映研の、夏の映画のために。
 
 
 
 
終わり  


夏シネマ / 8ミリ / 長編SS短中編