1.
 
 変な出会いが切っ掛けで、付き合う(?)ことになった僕の相手は、
 有馬哮さん。
 性別・男!
 スーツの似合う、リーマンだった。
 
 ちなみに僕は、北原和希。
 背は小さいし髪は長めだけど、リーマン歴2年の、れっきとした男!
 後で判った事実……哮さんは、僕はより一つ年下だった。
 
 
 
 
 
「ふう……」
 
 今日何回目かの、溜息……。
 もうすぐ5時になる。
 今日も片付かなかった仕事の書類を、カバンに詰めているところだった。
 
「どしたん? かずきちゃん」
 向かい合わせのデスクの向こう側で、髭面の咥え煙草が、口の端を上げた。
「らしくないじゃんヨ」
 
 ───また……宮下さんはッ!
「ちゃん付けは、止めてくださいって!」
 その頬杖を付いている、細い顔を睨み付けた。
 コレでも一応、僕の上司だ。
「ひひ、恋の悩みか? おじょーちゃん」
 今度は、殆ど前髪で隠れてて見えない目を細めた。
 口角をもっと上げて、ヤニで黄ばんだ奥歯まで見せている。
「────!!」
 僕は真っ赤になって、息を呑んだ。
「みっ、宮下さん! からかうの、いい加減にしてくださいッ!」
 僕はデスクを叩いて立ち上がると、煙の充満する仕事部屋を飛び出した。
 腰の携帯が、メールの着信音を鳴らす。
「……っ!」
 取り出した携帯を握り締めて、社屋の外に出ると裏庭に向かった。
 見なくたって、判ってる。
 着信履歴は、哮さんの名前ばかり。
 
 
 実はあれ以来、まだ一度も哮さんとは会っていなかった。
 何回か会う約束はしたものの、いつも僕が直前でドタキャンしていた。
 
 携帯を開くと、待ち受け画面には、眩しい笑顔。
『貸せよ! 俺のカオ、入れといてやる!』
 そう言って、強引に僕から携帯を奪うと、勝手に待ち受けに設定してしまった。
「………ふ…」
 クスリと、笑いが零れてしまう。
 短髪で男前のへの字口を、ニカッと開いて白い光を零している。
 
 あれからもう、3週間は過ぎていた。
 ───だって、残業だったり、どうしても外せない急用が出来たり……
 裏庭の塀に寄り掛かりながら、その顔に小さく呟いた。
「なーんて……。みんな、口実だよ……」   
 
 あの日、一日だけ濃密な時間を過ごして……。
 次の日にまた会えば、違ってたかも知れない。
 2人とも予定が合わなくて、やっと取りつけた2度目の約束は、1週間後だった。
 ……その時はもう、僕は怖くなってしまったんだ。
 たった一日、会っただけのヒト。
 僕のこと、どれだけ覚えているんだろう。
 
 あんな成り行きみたいに「俺と付き合え」なんて、言って。
 改めて僕を見て、またそう思うんだろうか……
 
 
「ふう……」
 出るのはやっぱり、溜息だった。
 さっきから、メールは同じコトばかり。
「逃げるなよ!」「絶対、そこにいろ!」
 
 ───今日は逃げるな! 会社まで、迎えに行くからな!
 
 そう言って、直接電話を掛けてきたんだ。
 今朝いきなり。
 
『に……逃げてなんか、ないよ! 仕事で仕方なくって、説明したじゃないですか!』
 ───いいから、終わったら、そこにいろよ!
『ちょっ……哮さん!?』
 
 電話は、一方的に切れてしまった。
 
 
 ……今日? そんな、いきなり?
 
 
 
 それで僕は、終業が近づくにつれ、大きな溜息をついてしまっていた。
「……………」 
 携帯を握り締めている掌が、汗で湿ってきた。
 ……体中が、熱くなっていく。 
 あの時の事を思い出すと、足が震える。
 僕は塀に寄り掛かったまま、自分の両肩を抱いた。
 
 ───哮さん……
 会いたいけど……会いたくない……
 
 
 
 
 
 
 
 終業と同時に着替えて、門の外に立った。
 僕の会社は印刷・出版系で、常に色々な人間が出入りしている。
 私服オッケーだから、普段はGパンとカジュアルシャツで、通勤していた。
 かなりラフな格好をしていて、いまいち社会人に見てもらえない時もある。
 でも、女の子に間違えられることは、なくなっていたのに!
『女に見えなくもないし……』
 あれを言われた時の、悔しい気持ちが蘇った。
 だから朝電話が切れた後、僕はアフター用の着替えを一式用意して、持ってきていたんだ。 
 ……今日はあんなこと、言わせない!
 
 
 
 ヴォンッ!!
 考え込む僕の思考回路を吹き飛ばすような、爆音が響いた。
「───えッ!?」
 バイクのエンジン音。
 背広にフルフェイスの青い塊が、目の前に急ブレーキでスライディングしてきた。
 
 ────バ…、バイク!?
 ……しかも、デカイ!!
 
 
「カズキ!!」
 
 
 メットを外した哮さんが、バイクに跨ったまま叫んだ。
 ………うわっ…!!
 
 怒ったような、真剣な眼。
 胸に響く、低い声。
 久しぶりに見るその顔に、僕の胸は高鳴った。
 
 ……大型バイクにリーマンスーツなんて、ミスマッチな気がするけど。
 スーツ映えするルックスのせいか、やたら似合ってる。
 
 ───哮さんだぁ………!
 
 胸の鼓動は、どんどん早くなっていった。懐かしい顔に、釘付けになる。
 でもその目は、鋭い光で、僕を睨み付けてくる。
 
 ………どっ、どうしよう……怒ってる!!
 ………それに…恥ずかしいーッ!!
 
 ホテルまで行ってしまった自分が、信じられない。
 今更それを思い出して、顔から火を噴く思いだった。
「…………」
 僕はまともに、視線を合わせられなくなってしまった。
 下を向いて、その場に立ち尽くして動けない。
 
「和希! なにしてんだ? ……来いよ!」
 
 また叫んでいる。
「…………」
 僕は顔を上げられないまま、近づいた。
 会社の誰が見てるか分からないから、よけい焦る。
 まさか、バイクで来るとは思わなかったから……。
 
「ひ……久しぶり……」
 ガードレール越しに、挨拶しようとした僕に、予備のメットを投げてきた。
「いいから、後ろ乗れ!」
 怒鳴りながら、自分もフルフェイスを被り直している。
 もう顔はよく見えなかった。
 
 ───やっぱ、怒ってる!!
 
 トゲトゲした声に、僕はへこんだ。
 
 ───ドタキャン続けたんだから、当たり前だよなぁ……
 
 それにしても、後ろに乗れって……。
 僕は車の免許は持ってるけど、バイクは後ろに乗るのも初めてだった。
 しかも超大型。
 前屈でハンドルを握る、スピード重視のスタイルだった。
 ボディとヘルメットのメタリックブルーが、すごい綺麗。
「よ……ぃしょ」
 鋭角に跳ね上がっている太いマフラーに足を掛けながらよじ登って、やっと座れた。
 やたら座席が高い位置にある。
「…………」
 乗ったはいいけれど、どこに掴まっていいか、分からなかった。
 前のめりの体勢なので、そのままでは哮さんの背中に抱きついてしまう。
「何してんだよ、ちゃんとしがみ付け!」
 戸惑っている僕を振り返り、メット越しにまた怒鳴られた。
 僕の両腕を掴んで、強引に自分の腰に巻き付けてしまった。
 
「……あ」
「しっかり掴まってろよ!」
 
 言うなり、アクセルを搾った。
 フィンッ! というモーター音と共に、低音で呻りだしたエンジンが、地響きのような内蔵まで揺さ振る振動を伝えてきた。
 
 ───うっ、うあぁ!!
 
 走り出した途端、遠心力で後ろにひっくり返りそうになった。
 慌てて、目の前の背中にしがみつく。
 回した腕に力を込めて、必死で哮さんに抱きついた。
 ………温かい。哮さんの背中だ……
 僕は顔をメットごと背中に押し付けて、身体のくっつく限りを密着させた。
 低振動が、足元から伝わってくる。
 エンジンの爆音は、メットのせいか、他人事のように遠くに聞こえた。
 ───す……すご……はやっ………!
 滑るように車道を走って行く。
 車を避けるときは、身体ごと斜めに倒して、車体を傾けた。
 
「うわぁぁぁ!!」
 
 哮さんに、と言うより、バイクのボディにしがみついているような感覚だった。
 両側の景色が、飛ぶように後ろに流れていく。
 風圧を腕や足に、痛いほど感じた。
 
 
 
 どれだけ走ったか、しがみつく腕が冷え切って麻痺し出す頃、バイクは小高い丘の上で止まった。
 そこは絶壁の上の公園で、遊具の一つもない校庭のグラウンドのような広場だった。
 今は誰の人影もない。
 緩い弧を描くステンレスの手摺りの向こうは、遙か眼下に夕暮れの街が広がっていた。
 
「和希!」
 やっと降りたバイクの横で、いきなり哮さんに抱き締められた。
 …………あっ!
 激しい衝撃で、外したメットを地面に落としてしまった。
「………!」
 
「会いたかった!」 
 ──────!!
 
 耳の横で囁かれたコトバ…
 背中がぞくりとした。 
 
 怒ってると思ってたから。
 さっきの乱暴な物言いや、強引な行動で、てっきりまた怒鳴られるかと思ったんだ。
 だから僕は、目を瞑って硬直してしまっていた。
 
 ────あっ……
 
 いきなり顎を掬われて、唇を重ねられた。
「んっ……」
 舌が入って来る。
 これは……あの時と、同じだ………
 初めて会ったあの日、いきなりディープキスで腰砕けにされた。
 あの、卑怯なほど甘い………
 
「ん…ぅん………」
 上手すぎる優しいキスは、イヤでも僕の緊張を解していく。
 ……まだ明るいのに!
 ……見てる人が、いるんじゃないの!?
 脳裏に掠める、そんな焦り。
 前回もそうだった……この人、周りなんか気にしないんだ。
 
 ……でも……
「ん……ぅん………」
 甘く優しい感触。
 そっと包むように、舌を巻着付けて、吸い上げる。
 これには、勝てない……
  
「…ぁ………はぁ」
 
 膝がガクッと落ちそうになるのを、スーツの両腕が支えた。
 冷えて痺れた腕も、張りつめた肩も、全部くるみ込んで抱き締めて……体中が哮さんの体温に包まれた。
 
 とろんとしてしまった僕の目線に、哮さんが笑った。
 
「和希……やっぱ、可愛い」
 
 


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