2度目は、悔しいほど 見惚れて
 
2.
 
「!!」
 
 そのキーワードで、僕にも力が戻った。
「かっ、可愛いって…!」
 
 ──女の子の代わりみたいな扱いは、嫌だっ!
 
 哮さんの胸を押して、身体を離した。
「僕は女の子じゃ……!」
 哮さんは、僕より頭二つ分背が高い。必死にその顔を睨み上げた。
 でも、抗う手を押さえ込まれ、また抱き締められた。
 ──うぁ……苦しい……!
 息を吐き出した肺が、そのまま潰されそうだった。
「た…哮さん……ッ」
 必死に声を出して、背中や脇腹を掌で叩いた。
「や……やめッ」
「うるせぇって、言ったよな?」
「………!?」
 首元に顔を埋めて、哮さんが暖かい息を漏らした。
「女じゃねえよ! 俺はお前がイイんだって、言っただろ!」
「────!」
 
「…和希ッ」
 腕を解いた哮さんは、僕の顔を両側から挟んで、強引に上を向かせた。
「…………ッ!!」
 
 ───ドキン……
 心臓が、高鳴った。
 ……どんどん鼓動が、早くなっていく。
 
 怒っているのかと思った。もっと、怒鳴られるかと思った。
 それなのに、見下ろしてきたその顔は……泣きそうに眉が寄せられていた。
 
「和希……会ってくれないから……」
「…………!」
「俺、もう……嫌われたかと、思った」
 
 ───!! ……哮さん………
 僕は掌に挟まれたまま、必死に見上げ返した。
「ごめんなさい……」
 僕も会いたかった……でも……
 胸が締め付けられるみたいに、痛くなった。
 
「なんでだよ? ドタキャンばっか、したろ!?」
 
 暗くなるに連れて、黒目が大きくなって行く。
 真っ直ぐ、見下ろす瞳。僕しか見ない。
 この目は……やっぱり、僕の心臓を、早くする。
 …ドクンドクン……呼吸が心臓に付いていかない。
 苦しくて、ただ、一生懸命見上げた。
 
「…だって……」
 だって、……初めて会った男の人と、いきなりあんなことになって………
 僕は家に帰ってから、あれが現実だったのかと、怖くなってしまったんだ。
 身体が、携帯の写真が、もちろんそれが現実だって教えてくる。
 でも、あんまりに急なことだったから、夢みたいで……
 事がコトだから、恥ずかしさも手伝った。
 また哮さんと会うなんて、僕、どんな顔したらいいか、わからなくなっちゃったんだ。
 
 哮さんの手が、僕の脇に差し込まれて、持ち上げられた。
「…………!」
 僕は軽々、バイクの後ろの席に腰掛けさせられていた。
「……和希?」
 目線が高くなった僕の肩に手を掛けて、哮さんが覗き込んできた。
 ……黙り込んでしまった僕の答えを、待ってる。
 
 その目を見返した僕の視界は、滲んでいた。
「──僕……怖くて……」
 久しぶりに僕を見て、幻滅しないかな…とか。
 やっぱり女の子の方がいいや、って言われたらどうしよう……とか。
 頭の中で、グルグル回り出して、いざ当日って時にはどうしても、怖じ気づいてしまった。
 
「…んでだよ。俺と付きあえって、ちゃんと言っただろ?」
「………」
「俺は和希がいいって、言ったよな!?」
 
「……1日会った、だけなのに?」
「関係ねぇよ!」
「……………」
「……和希は?」
「……え」
「俺のこと、そんな好きじゃない?」
 
 僕はビックリして、その眼をもう一度、しっかりと見返した。
 自信たっぷりの、気の強そうな顔。
 その眼が、不安そうに揺らいでる。
 
 嫌われたらどうしよう……そう思うだけで、会えなかったのに。
 ”やっぱ、いいいや”と、突き付けられるくらいなら、このまま会わない方がいい……なんて思うくらい、胸が締め付けられるのに。
 
「嫌いなはず……ないよ」
 恥ずかしくて、上目遣いにちょっと睨んでしまった。
「…ん」
 また優しいキス。
 僕は、ゆっくり口を開けて、その舌を受け入れた。
 
 ………はぁ……哮さん…だ………
 
 何度も何度も、優しく吸い上げてくれる。
 甘く、優しく……
 僕の手はいつの間にか、哮さんにしがみついて、震えていた。
 腰に来るんだ……このキスは……
 
「………はぁ…」
 銀色の光を引きながら、唇が離れた。
 潤んでしまった僕の目を、優しい瞳が見つめる。
「やっぱ、可愛い」
「………ッ」
 僕はただ、真っ赤になってしまった。
 
 そのうち、僕をしげしげと見て、哮さんが笑い出した。
「今日のカッコ、なに?」
「えっ…………変?」
 
 黒の袖無しレザージャケット(襟の周りだけファー付き)の下は、身体のラインがぴっちりと出る五分丈カットソー。白と黒の2枚重ねで、上の黒はメッシュになっている。
 パンツは濃紺ヨレヨレデニムのローライズ。
 後ろのポケットはレザー張りで、浅い腰回りにはチェーンも付いている。
 要するに、着る人が着れば、とても男らしいくカッコイイ……そんな格好だった。(と、思う)
 
「…男…らしい…?」
「……そのつもり……」
 
 とにかくそれを意識した服を、選んでいた。
 二人で歩いてて、間違っても男女のカップルになんか、見えないように。
 哮さんが、僕を女の子扱い出来なくさせるために。
「……僕、男だから」
「ぶっ」
 哮さんが、噴き出した。
「あははははっ!!」
 ゲラゲラ笑い出した!!
「…………!!」
 僕は、恥ずかしいのと、悔しいので、顔がどんどん熱くなっていった。
「そんな、笑わなくたって! ……真剣なのに!」
「あー、悪ぃ。……ウケた!」
 涙を拭きながら困り笑いで、僕を見下ろしてくる。
「………哮さん!」
 僕は恥ずかしさMAXで、その身体を突き放しながら、乗せられた後部座席から飛び降りた。
 地面に転がったままのヘルメットを、拾おうと思ったんだ。
「…………あッ」
 着地した途端、脚がふらついた。
 手を付きそうになって、身体がふわりと浮いた。
「……!!」
「なにやってんだ、ばか!」
 哮さんが後ろから腕を回して、身体を引き上げてくれていた。
 そのまま抱き寄せられて、耳に囁かれた。
「俺のキスで……腰砕けだろ」
 ───!!
 僕はまたもや真っ赤になりながら、間近な顔に、振り向いて睨み付けた。
 悔しいけど……怒れない。
 不敵に笑うその吊り目に、見惚れてしまった。 
 
「……ばかって、言わないでください……」
 泣き声になってしまった僕の耳に、また唇が押し付けられた。
「……口癖だ……悪ぃ」
 ───んんんっ!
 ぞくりと腰に響いてしまい、ますます自分で立っていられない。
 抱き締められるのに身体をまかせて、慌てて顔だけ反らせた。
 
「……あ、綺麗……」
 
 崖っぷちの手摺りの向こう側に広がる街が、最後の夕焼けに染められている。
 赤と黒のグラデーションの中に、街灯や家の明かりを、浮かび上がらせ始めていた。
 
「……手摺りのとこ、行こう! あそこで見てみたい!」
 哮さんの胸にしがみつきつつ、そっちに首を伸ばした。
 バイクを止めたこの位置から手摺りまで、ちょっと離れている。
 あそこから乗り出して、下を見てみたくなったんだ。
「…………ああ、いいけど」
 哮さんが、一瞬変な顔で僕を見下ろした。
「…………?」
 なんだろ?
 見上げ直すと、僕を抱き締めたまま哮さんは、おかしそうに笑い出した。
「……和希ってさ」
「…………?」
「……いや、何でもない」
 クスクスと笑いを堪えて、言葉を濁してしまった。
「……なんですか?」
 気になる!
 問いつめても、苦しそうに笑いを堪えているばかりで、答えてくれなかった。
 一見、無愛想な顔なのに。
 黙ってると冷たくさえ見えるその顔は、意外にも笑い上戸で……
「…………」
 憎らしいほど、カッコよかった。
 見惚れた僕の視線に気付き、哮さんは笑いをとめた。
「ほら、空の色がまた変わったぞ。見るんだろ?」
「あ……うん!」
 上手いことカワされた気がするけど、あっちも気になる!
 手摺りまで数歩の距離を走って、二人で並んで肘を付いた。
 と言っても、僕は足元のコンクリ台に乗り上がって、更につま先立ちだけど。
「うわー、気持ちいい!」
 秋の心地よい風が、そよいでいる。
 もう太陽は完全に沈み、眼下の街は夜の顔になっていた。
 
 ──だいぶバイクで走ったよなぁ。どこなんだろ……ここ。
 知らない街並み。右側一帯は一軒家、左側には団地。その向こうには。大きなマンションの群れ。
 それぞれの高さで、それぞれの窓明かりが並ぶ。
 ……あの一つ一つに、ヒトが住んでんだなぁ。
 
「小さい頃、俺さ」
「……?」
 唐突に喋りだした真横の哮さんを、思わず見上げた。
 短い前髪をそよがせて、真っ直ぐに街を見下ろしている。
「あの窓の一つ一つに人間が住んでいるのかと思うと、気持ち悪くなった」
「……えぇ! …何で……?」
「…なんかな、自分の知らない人間が、それぞれ世界作って、自分と同じように生活してるってのが、受け入れられなくて」
「……………」
 切れ上がった吊り目を懐かしそうに細めて、街の灯を映している。
「……僕は、反対……」
 僕も眼下に目を戻して、きらきら揺らめく街並みを眺めた。
「……へえ?」
「世界には、いっぱいヒトがいるんだなぁって思うと、嬉しかった」
「へえ……」
「僕は、寂しがり屋だったから……」
「──────」
 
 ………………?
 
 黙ってしまった哮さんに顔を向けて、またもやドキンと心臓が跳ねた。
 ────うわ…!
 すぐ横……肩や腕はくっついてる。
 息がかかるような距離に、その目はあった。
 いつの間にか、じっと僕を見てる。
 信号待ちで見上げた時みたいに、真っ直ぐ…僕だけを…
 僕も見惚れて、視線を外せなくなってしまった。
 
 ……どっ……どうしよ……また、キスかな………
 そんな、何度もされてると、……僕……
 
 手擦りを握る掌が、汗で滑り始めた。
 
 


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