カバン返して。
 
7.
 
 ……ぁ…はあ…
 
「ほら、もっと声出せ」
「…はい…っあ、んぁああ!」
 激しく腰を打ち付けてくる。
 いつもより乱暴で、刺激が強い。
 
「どうだ? なんか言えよ」
「ぁあ…すごいです…」 
 腰骨の当たる音がするほど、打ち付けてきて、ボクの中を掻き回す。
 
「ケツ、もっと締めろ! そんなんじゃイケねえだろ!」
 抉るように突き上げられて、快感が走る。
「はぁっ…ハイッ…」
 言われた通り、ボクは内側を搾った。
 中を出入りするモノを、必死に締め付けて。
 ……ああっ
「もっとだ! もっともっと、奥の方まで締めろ!」
「……っあ」
 刺激が強過ぎる。擦られる快感に我慢出来ず、ボクは四つん這いで支えていた身体を、ベッドに崩した。
「あっ…ひ…ひでのりさんっ……」
 突き出した腰を押さえ付けられて、更に突きあげてくる。
「あ……ボク、いっちゃいます…」
 快感が絶頂に向かって、背中を突き抜けていく。どんどんボクをおかしくする。
「いく……いく」
 その途端、挿れられたまま、身体を仰向けにひっくり返された。
 高校に上がってからの秀徳さんは、ますます力が強くなっている。
「…イタっ」
 強引に腕を引っ張られて、ボクは顔を歪めた。
「おい、仕置きしてんだから、勝手にイクんじゃねえよ!」
「アッ、痛っ!」
 前髪を鷲掴みにして、ぐいっと引っ張られた。
「おまえ、今日学校で眼鏡外したんだって?」
「……!」
「俺が卒業したからって、油断してんじゃねえよ! オマエのことなんか、すぐに判るんだよ!」
 ……痛い。グイグイと髪を引っ張る。
 油断なんかしてない。そんなの、知ってるから。
 ボクは誤解を解こうと、必死に見上げた。
「絶対外すなって、命令してんだろ!」
 もっと引っ張られた。痛くて首が持ち上がる。
「ご…ごめんなさい…でも…今日、プールだったから…」
 命令って言われても、しょうがない時はあるのに…!
「アッ!」
 いきなり顔をひっぱたかれた。
「でもじゃねえよ! 言い訳はいらねえ!」
「ご…ごめんなさいぃっ!」
 また殴られそうになって、ボクは思わず腕で顔を隠した。
「手! 退けろ!」
「……」
「いつも言ってんだろ! 俺が殴るときは、避けるな!」
「……」
 ビシッとまた頬が鳴った。ボクは目だけつぶって耐えた。
 再び腰が動き出す。
「あっ…」
 殴られて萎えていた身体が、すぐに熱くなった。
「おい! こんなみっともねぇ淫乱な顔、見せていいのは俺にだけなんだよ!」
 掴んだ前髪を左右に揺する。
「……ぁ…はぁ」
 痛みより、下の疼きの方が強かった。ずんずんと体内に、快感が響く。また身体は絶頂を目指し出す。
「こんな恥ずかしい顔、他に晒すんじゃねえ!」
「…はぁッ……はい…ぁあああ!」
 動きが更に激しくなった。
 ボクの中の一番感じるところを、擦り上げる。
「あっ…ぅああッ…」
「まだイクんじゃねえぞ! いつもの言えよ!」
 ボクは喘ぎながら、朦朧とした頭で秀徳さんを見上げた。
 激しかった出入りが、ゆっくりとペースダウンしていく。
 代わりに足をもっと広げられ、挿入が深くなった。
「…ん」
 秀徳さんは真上からボクを見下げて、眉を上げた。
 
 
「誰の世話になってる?」
 
「…秀徳さんです」
 
 
 聞く度、答えるたび、一回づつゆっくりと出しては、奧の奧まで挿入される。
 
「誰のおかげで、生きていられる?」
「ひ…秀徳さんです……んっ」
 
 もどかしい感覚が、体内で疼く。
 刺激を欲しがったボクの中は、秀徳さんを更に締め付けてしまった。
「…よし」
 息を吐き出しながら、舌なめずりをすると、秀徳さんはまた激しく動き出した。
 途端に、ぞくぞくと後ろに快感が湧き上がる。
「ああぁっ……気もちいいです…」
「いいな、千尋! 命令を聞けよ!」
 秀徳さんの手が、ボクの勃ってるモノを包んだ。
「……ぁああ……はいっ…」
 返事をしなければ止められてしまう。ボクは何度も何度も、喘ぎの中で服従を誓った。
 満足げに、秀徳さんが口の端を上げる。
 打ち付ける音と擦れるいやらしい音が、部屋中に響いた。 
 
「千尋……千尋ッ!」
 激しいピストンと扱き…
「あッ、あッ……ひで…いく……!」
 散々焦らされたボクは、強烈な絶頂感に襲われた。
 
「あ…あああぁ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
「──────ッ!!」
 
 俺は、ガバッと跳ね起きた。
 ───また、夢……!!
 
 激しい動悸と、荒い呼吸、……苦しい!
 顔を両手で覆って、ゼエゼエと肩で息をした。
 ───今のは……!?
 
 隣で千尋が起きている。 
 闇の中で、同じように息が荒い。
 
 …………千尋!?
 
 頭の中に、まだ響いている。
 俺を呼ぶ…その名前は……
 
 
「なんだ…? 今のは……」
 
 
 
「ボクの夢……見た?」
 
 
 
「!?」
 暗がりに浮かび上がる、掠れた声。
 せっぱ詰まったように、胸に突き刺さる。──意味が……解らない。
 
 
「ボクの悪夢……見ちゃったんですね…」
 
 
 …………なんだ。…何が起こっている?
 
 
 苦しそうに息を吐いて、千尋は続けようとした。
「ボク…もう……」
 
 
 声を詰まらせたその気配に、俺は有り得ない危機みたいなものを感じた。
 脂汗と冷や汗が、交互に背中を伝っていく。 
「…お前なのか……?」
 今の…本当に、この千尋なのか…?
 闇の中の、黒いシルエットを見つめた。
 一瞬、ビクンと怯える気配。
 その影が、肩を震わせて啜り泣きだした。
「徹平さんには、……知られたくなかったのに…」
 
「──────」
 何がなんだか、わからない。
(とにかく、こんな真っ暗じゃ…)
 照明を点けようと、立ち上がった。
「あっ、つけないでくださぁい! …ボクを見ないで…!」
 千尋がか細い悲鳴を上げた。
 
「…………!」
 
 足元の黒い影は、子供みたいにしゃくり上げて泣きだした。
「……何があったんだ?」
 
 ───そんなバカなとこあるか…他人の夢、見たってのか?
 ───あんな事されてたのが、コイツだって…?
 
 理解出来ない疑問が、頭の片隅で主張している。
 だけど、泣いている千尋を放って置けない。
 俺は、泣きじゃくる影の横に、跪いた。
 
「…………っ」
 千尋は、目を瞑って首を横に振るばかりだ。
 俺はまたその頭に、手を掛けた。
「落ち着け!」
 自分の胸に押し付けて、肩を抱きしめた。
「子供みたいに泣くな! 怯えんな! こんなことで嫌ったり、追い出したりなんかしねぇから!」
 
 いつもコイツに触れるとき、一瞬震えた。
 ……触られるのが、怖かったのか。
 
 それでも、その後は無抵抗で身体を預けてくる。
 今も抱えられたまま、じっと動かない。
 俺は夢を思い出して、胸が痛くなった。
 抗っちゃいけないと、そう本能で解るくらい、躾られているのか?
 助けてと、いつも泣いてる声が、俺にははっきり聞こえていた。
「教えてくれ…あれは何なんだ」
「……」
「何で、お前…あんな目に遭ってたんだよ!」
 
 
「……ほんとに…追い出さないでくださいね…」
 小さな呟きが、聞こえた。
「…当たり前だろ!」 
 
 
「……ボクが…」
 胸に顔を押し当てたまま、暖かい息を漏らして、千尋は喋り始めた。
「ボクが6歳の時、ボクの両親と妹が事故にあって、死んでしまったんです」
 ────ッ!
「独り残されたボクは、親戚中たらい回しにされたあと…里親になってくれる家に引き取られました」
「…………」
「そこに、…秀徳さんがいました」
 ……アイツ、義理の兄貴ってことか!
「秀徳さんは一つ年上で…兄のフリをしながら、言うことを聞かないとこの家から追い出すって、ボクを脅しました」
「…………」
「6歳の子供にわかるのは…追い出されたら行くところが無いってことだけでした」
 
「─────ッ」
 俺は知らずに、抱きしめた腕に力を込めていた。
 
「年を追うごとに過激になっていく…あれは」
 千尋も言葉を詰まらせた。
 唇を噛んで、息を漏らす。
「……ボクを…引き返せない所まで、作りかえていました」 
 俺の身体が思い出す。夢を通して千尋が受けていたあの快感を……
 ずくんと、腰が疼いてしまった。
「……ッ」
 ──情けねぇ…俺の体!
 舌打ちして、感覚を散らした。
 千尋はまた、ぷつりと言葉を止めてしまった。
 
「…………」
 俺にはまだ、疑問が残った。
 ───前回の…あれは? …あのオヤジは……
 
「就職したって、言ったよな?」
 
 働ければ、呪縛はとけるんじゃないのか…
 ……すぐ辞めたけどって、言ってたよな……
 
 千尋はまたピクリと、身体を震わせた。
 小さく溜息をつく。
「…義理の両親は、ボクを大学まで出してくださいました」
「…………」
「ボクは働いて、独り立ちして…恩を返すつもりでした」
 
(───!)
 寄り掛かっていただけの腕が、俺にしがみついてきた。
「でも、就職先は……秀徳さんの斡旋だったんです」
 最後は、また泣き声だった。
 
 俺は跪いたままの格好で、その身体を抱きしめ返した。
 
 
 震えて泣き出す、22歳にもなる男……
 ──その中身は、6歳の子供だと思った。 
 
 
 
 マイペースで、調子っ外れで……
 えらいモノを拾っちまったと、思っていた。
 でも、ちょっと怖がりで、懐っこい。
 そんなコイツの笑顔が待つ部屋を、俺はなんだかんだ、気に入りだしていた。
 
 
 不可解な千尋。
 訳有りだとは、思っていた。
 
 
 ───それにしたって。
 時々見せる影の意味が、こんなことだったなんて……!
 
 
 身体が疼く…でも心は泣いてる…
 
 その思いを味わった俺は、目眩がしそうだった。
 


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