カバン返して。
 
13.
 
「行ってらっしゃい〜」
 
俺はその言葉に見送られて、長期出張に出た。
2ヶ月の宿代となると、さすがに出せるはずもなく、千尋を置いていくしかなかった。
でも、そんなのはあっという間だった。
前半1ヶ月は目が回るような忙しさで、気が付いたらもう、長期滞在の半分が過ぎていた。
 
 
昼は営業の小林とあちこち回って、契約のサポート。
後続の竹村とは、納品日、生産可能実数の割り出しなどを打ち合わせて、本部と連絡を繋げた。
必ず不良品は出る。迅速なメンテおよび現品交換。そのための予備数の確保。
一日に生産出来る量は決まっている。
契約の取れた納品日も、これこそ遅れてはならない。
「できない」を禁句に、ハッタリをかましながら、実納をこなしていく。
日時と絶対数を駆使した、駆け引きの連続だった。
 
夜は千尋と、携帯で話しをした。こっちの飯もいいけど、飽きたとか。
安い定食続きで、千尋の手作りが懐かしくなっていた。
1ヶ月も過ぎると話題も他愛なくなるが、なんとなく千尋が心配で、毎晩俺からコールしていた。
『お疲れ様ですぅ。今日はどうでした〜?』
千尋は必ず飛びつくようにして、すぐ出る。毎回、その日の成果を聞きたがった。
「あー、昨日の3社が、無駄足になっていた!」
『えぇーっ』
「やっぱ、安い方がいいからな……あっちに契約取られた」
『……』
「おい、何か喋れ! お前が落ち込むな!」
『はい〜』
 
この情け無い声を聞いていると、上目遣いで見上げてくる澄んだ目を、思い出す。
「………」
身体まで思いだす。
そうなると、疼いて寝れなくなる。しょうがないから、独りでヤッてたけど…。
簡易ビジネスホテルだけあって、ベッド以外何もない。そのベッドに上がり、壁に寄り掛かって話していた。
「千尋…もっと声、聞かせろ」
『えっ』
「なんでもいいから、喋れ」
俺は携帯を左手に持ちかえると、膨らんだ股間に手を伸ばした。
『なんでもって〜っ……!』
「飯、食ったのか?」
『あ、はいっ! 今日は昨日の残りで、魚の煮付けと…』
「…風呂入ったか?」
『…えっ、ふ、風呂? ……まだですぅ!』
俺は自分の息が荒くなるのを、携帯にわざと吹きかけた。
「……じゃあ、今脱げ」
『ぇぇえ! なに……』
「俺も今からだ。……上から脱いでいく」
『……てっぺー…さん……』
千尋の声が、怯えたように小さくなった。
「千尋の裸……早く見たい」
思い出すと、腰がどんどん熱くなる。
『……』
千尋が戸惑っている様子が、伝わってくる。
暫く無言だったが、蚊の鳴くような声が返ってきた。
『……ボクも…ですぅ』
受話器を両手でもって、俯く姿が目に浮かぶようだ。
家電の前で畳に座りこみ、丸く蹲っている。
俺は堪らなくなって、テントを張っているスウェットの上を、右手で擦った。
「上、脱いだか? 俺は上半身脱いだぞ」
『えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいね!!』
受話器を台に置いて、ごそごそと音を立てている。
『ぬっ、脱ぎましたぁ!』
俺は口の端で笑いながら、目をつぶった。1ヶ月前の夜のことを思い出す。
「……千尋の、乳首が見える」
『えぇ!?』
「ピンクで綺麗だ」
『てっ、徹平さんっっ!』
「小さくて、ツンと先が立ってる」
『なに言ってるんですかぁ……』
泣きそうな声を震わせ始めた。
「…下も脱げよ」
『ひゃーっ』
「俺はもう脱いでる」
俺、なにやってんだろう。冷静な自分が、遠くからそう思った。
今までの自分からは、有り得ねぇ……。
3年間独りで平気だったのに、たった1ヶ月が、こんなにも我慢出来ない。
千尋の声を聞いて、姿を思い浮かべていると、もう理性は何処かへ行ってしまった。
まるで、ここにいるような感覚。
腕の中にくるまれて、照れた顔が俺を見上げている。目も頬も唇も、真っ赤に染めて…。体温…髪の匂いさえ感じる。
抱きたい…抱きたい…
下半身がそう叫んで、俺を狂わせた。
「千尋……下も脱いだか?」
『……はいぃ』
「お前の…綺麗なピンク……どうなってる?」
『えっ! ど…どうって……!』
「俺はもう、ビンビン。お前の声で、スゲー感じてる」
スウェットを下ろして、ボクサーだけになった。その上からまた擦る。
「お前は……俺の声、どう聞こえる?」
向こうで、息を呑む気配があった。
『……てっぺーさん…すごい、…………えっちですよぉ…』
「…………」
『ボ…ボクも、徹平さんの声、気持ちいいです…』
「……それで?」
『……ボクも……勃ってます……』
消え入りそうな、泣き声。
「それ、今から舐める。声…聞かせろ」
『はっ!?』
「テレフォンセックスだ。今からお前とヤル」
『はっ? えっ!? テレ……』
絶句してしまった、真っ赤になっているであろう千尋に、俺は囁きかけた。
「タマの裏…舌先が触れたぞ。上に…少しずつ上がっていく。お前のピンク……舐めていく」
『……え…え……そんな』
「唇でキスしながら、舌先で裏スジなぞっていく……お前の腰が、ビクッと跳ねる」
『…………』
「くびれの手前で止めて、また降りていく……お前は我慢が出来なくて、腰を振り出す」
乱れ始める千尋を想像しながら、言葉で教えてやる。
千尋はまた、呼吸を荒くしていった。
「先端、どうなってる? 千尋の…やらしい液体…垂らしてるか?」
溢れる千尋の愛液を、俺は掬っては後ろに塗ってやるんだ。
『……はい…』
はぁ…と喘ぐような吐息が、耳にかかった。
俺のソコは、もう限界とばかりに反り返っている。
「脚…開け。指挿れてやる」
『……っ!』
息を詰めた、小さな悲鳴。呼吸が少しずつ、荒くなるのが聞こえる。
「力、抜いてろよ」
『…ん…』
「……指1本…入った」
『……はぁ…』
頬が染まる、目を閉じて下唇を噛む、その様子が瞼の裏に蘇る。
「柔らかいな……千尋のなか」
『…や……』
「2本…根本まで入ったぞ。締めろ」
『ん……はぁ…』
「可愛い…千尋の声。指締め付けて、中までキツイ……」
『……ぅん……ぁあ』
「乳首、スゲー立ってる。千尋……自分で、触ってみ」
『んっ……やぁ……そんなの……』
恥ずかしがりながらも、言う通りにしてる…そんな色っぽい声が返ってくる。
俺の興奮は抑え切れない。
「俺の、もうはち切れそうだ……挿れるぞ」
『……はい』
俺はボクサーもずらして、痛いほど反り返っているそれに直接触れた。
しっかり掌に包んで、先端から下に扱いていく。ゆっくり、ゆっくり…
「く……」
千尋の腰を掴んで、先端から埋め込んでいく。飲み込まれるような感覚。
挿れた先から、熱い体内を感じる。どんどん包まれていく。
『っぁあ……はぁ…』
幻聴なのか生の声なのか…
「熱い…全部入ったぞ」
『ぁああ…はぁっ…』
「千尋の可愛い後ろが……俺の、全部咥えてる」
『ぁあ、…や…言わないで…ください』
頬を真っ赤にして、泣きそうに眉を寄せる。でも身体はうらはらに、俺を挑発する。
吸い付くように寄せる肌。脚を開いて腰を密着させ…これでもかと俺を締め付ける。
「ん、千尋……スゲ…気持ちイイ」
『はぁ……徹平さん…ボクもですぅ』
乱れた吐息だ。短く喘いで、その声でも俺を煽る。
(……はぁ……スゲ…) 
電話越しなのに。テレセなんて、初めてだった。
声だけで、んなアホらしいこと出来るか! って思っていた。
なのに……
ここに千尋がいるような感覚だった。生の体温、生の吐息。
丸い頭、肩、背中。腰……今、この腕で抱きしめている。
『…はぁ……はぁっ』
「俺、千尋ん中だ。……今……スッゲー後ろから、お前…突いてる」
右手を激しく、上下させた。俺の喘ぎも、ヤラシイ音も、みんな千尋に聞こえているだろう。
『あ…っ、…ぁあぁっ! 徹平さん! 徹平さんっ!』
千尋も嬌声を上げた。
「イク……イクぞ!」
『はい……ボクの……ボクの中っ…!』
「…千尋ッ」
『あっ……ぁああっ!』
 
吐精感と激しい絶頂――気持ち良すぎて、目眩を起こした。
  
 
気が付くと、俺は自分の腹に白濁を飛ばしていた。
―――なんだこれ…今の、うそだろ…
 
「……ちひろ?」
力の入らない手で、落としそうになっていた携帯に耳を付けた。 
『……てっぺーさん……ボク……』
放心したような声が、遠くから聞こえる。 
『徹平さんが、今、ここにいましたぁ…』 
同じ様なことを言っている。
『……てっぺーさん…』
受話器を握り直したのか、声が近くなった。
『徹平さんが…ボクを…抱いてくれてました』
そう言って、小さい声で啜り泣きだした。
『……今、ここにいたのにぃ……』
(………!)
 
「……千尋…」
 
 
 
『…徹平さん……あいたい……』
  
 
 
――――ッ!
聞き間違いかと思った。千尋が心を漏らすなんて。
(…………)
俺は胸が痛くなった。
やっぱり寂しかったんだ。ずっと独りで…。
6畳間のタタミの上に、一人で蹲っている。裸のまま受話器だけ握り締めて。
……その姿が見えるようだった。
―――本当なら、二人で余韻に浸っているところだよな…。
「そうだ、こっちに来いよ!」
『…えっ!?』
俺は、思いついたまま叫んでいた。
「一泊くらいなら、大丈夫だ。切符を送るから、来い!」
 
『ええええぇ〜〜〜っ!!!』
 
 
  
 
同じ宿を相棒達も使っているが、接待や何だで、夜の行動はバラバラだった。
安いビジネスホテルで、監視なんか24時間いやしない。
一晩くらい忍び込ませても、バレないと思った。
「明日切符送るから、すぐ来い!」
『……はいぃっ!』
そう嬉しそうに返ってきた声が、耳に残った。俺はずっと忘れないだろう。  
俺が拾ってやる……帰ってくるまで、待ってろ……
そう言った時の、嬉しそうな顔。 
なにも期待しない千尋が、全身で喜ぶ。
俺の言葉を大事そうに、胸にしまう。そんな喜び方をするヤツが、愛しくてしょうがなかった。
俺は、いつまでもアイツに、その顔をさせてやりたかったんだ。 
 
 
 
「徹平さん……」
頼りなげなシルエットが、出迎えたドアの外に、ぽつんと立っている。
「……来たな」 
俺はその身体を抱き寄せ、ディープキスをした。
毎晩話していたせいなのか。
恥ずかしそうに入り口に立つ姿は、出発前と何も変わらなかった。
うっとおしい前髪も、眼鏡も、着てきた服まで。
 
その夜、今度こそ本物の千尋を抱いた。
腕を絡め、胸を合わせて肌を実感したとき、思わず溜息をついた。
「本物だ」
「本物ですねぇ…」
ついそんなことを言い合って、笑った。
 
感度のいい綺麗な身体は、俺を挑発して、暴走させた。 
「あっ、……ああ、てっぺーさんっ」
「千尋……」
「すご…すごい……ですぅ…! …ぁああ、…待って……まって…」
激しく突きあげて、泣き出してしまっても止められなかった。
バックから腰を掴んで、骨が当たるほど突く。 
「も…ダメです……はぁっ……ぁああっ!」
体位が保てなくなったら、仰向けにさせて、両脚を高々と持ち上げた。
艶めかしい肌が紅く火照り、目の前に晒す秘部は、透明な露が迸る。
それにしゃぶりついて、扱いて、また挿入する。
「ぁああぁ…! いい…いいよお! 徹平さん! てっぺいさん……!!」
俺の腕を掻きむしって、千尋も悶え喘いだ。
「ぁああッ…も……いくっ! ……イキますぅ……!!」 
「……ちひろ…」
「徹平さん…お願い……ぁああっ!」
ねだる濡れた目線は、俺の方がおかしくなるくらい色っぽかった。
後ろを突きながら、前を扱いてやる。
先に掌中の屹立が、白濁をとばした。
「ンッ! ……千尋ッ……俺も!」
「ぁああ! ぁっ……はぁ……ボクの…中…」 
「クゥッ……」
先に達したせいで、すごい締め付けられる。それに煽られて、俺も熱い体内へ放出した。
「あ……気持ちい……」  
最後にまた、俺を締め付ける。
 
「……はぁっ!」 
俺たちはやっと、ひと心地つく思いだった。身体も洗い流さないで、抱き合う。
腕の中の千尋は、安心しきった顔で目を瞑っていた。 
 
 
 
千尋には必ず言う、2つの台詞があった。
「イかせて」 
「ボクの中へ」 
そんな台詞、言わされてきたモノに他ならない。
俺はやめさせたかった。そんなこと言われなくたって、ヤッテやる。
 
でも、躾られた習性は、やはりすぐ抜けるもんじゃなかった。
お願い…と喘ぐたび、あの泣きそうな潤んだ目を見るたび、胸が痛くなった。
ヒデノリって男に、憎悪するほどの嫉妬まで覚えていた。
   
でも、一つだけ、納得することがあった。 
あの眼鏡と、髪の毛を伸ばしとけって命令は……。
俺は毎回千尋を突きながら、喘いでいる顔に見とれた。
寝顔が可愛くて、しょうがない。
 
「……他のヤツに、見せたくなかったんだな」  
 
それは納得いってしまった。
 
 
 
  
でも…反対に納得出来ないのは……
まだ頑なに、眼鏡に固執している。
ヤツから逃げ出してきたくせに、その呪縛を離そうとしない。
寝るときと風呂以外は、必ずかけていた。
 
……なんでなんだ……?
 
俺はまだ、千尋の背負う孤独さの、本当の意味を理解していなかった。 
 

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