真夜中のページ・ボーイ
 
9. 迷宮回廊
 
「うぁ……疲れた……!」
 途中の休憩時間で、僕は休憩室でのびていた。
 
 
 休憩室は奥に細長く、手前に8人掛けのスチールテーブルとパイプ椅子、左壁の脇に簡単なシステムキッチンと冷蔵庫が設置されている。
 その奧にカーテンで仕切られて、ちょっと横になれる畳スペースが二畳分ほどあった。
 旧館だけあって板張りの壁は、全体的に薄暗く重々しい。窓のないこの部屋は、厳かな静けさもあった。
 
 僕は今日という今日は、この奥の畳でノビていた。傷んでしまうから、もちろんベストは脱いで。
 
 ───またこのパターンに、なっちゃったな……
 
 真上の二畳分しかない、四角い天井を見上げた。
 寝不足でぶっ倒れてたのが、少し和らいでたのに。『また犯ってやるよ』捨て台詞と厭らしい笑い。取り残された僕は、真夜中のオーダー表がまた届くことを、呆然として感じていた。
「……なんでだよ…」
 酷い仕打ち、危険信号、それに……。考えてもわからない胸の内に湧くモヤモヤを、自分のつぶやきで掻き消した。
 ────こんなんじゃ身体が保たない…
 腰が変な痛みを、訴えていた。
「…………はぁッ…」
 そこが疼いたような気がして、慌てて溜息で誤魔化した。
 ──なんとか深夜のルームサービスを、辞めたいなぁ……。
 昼間も、アイツに会いたくないよ……。
 木目の浮く茶色い天井にあの男の顔がちらついて、ぎゅっと目を閉じた。
 
 
「……ん?」
 頭上に投げ出した手の先に、小さな本があった。摘み上げてみると、それは……
「うわっ! ……ポルノ小説!?」
 
 河霧八雲(かわぎり やくも)のだ……!
 エッチとサスペンスの王道の人!
 
 ───うわ……すっごいヤラシイんだよ、……これ。
 
 身体を起こして、座り直す。ドキドキして、表紙を眺めた。
 やっぱり、トレードマークのイラスト。下着一枚の美女だ。口元しか見えないのが煽情的で。乳首なんか、出しちゃってるし……
 ……このシリーズ、途中にも絵があって、それがまたすごくイイんだよね。
 新刊らしく、際どい煽り文句の帯も付いていた。
 
「………………」
 誰のだとか、どうしてここに、とか。
 そんなことより、1ページ目を開くかどうか、心の中で押し問答してしまった。
 
 その時、狩谷チーフが休憩所に飛び込んできた。
「……うわっ!」
 二人同時に叫んでいた。
 
 ──ちっ……チーフ!
 
 僕は手の中の本の所在に、慌てた。
 ──ど……どうしよ! こんな本!
 
 あわをくっている僕の手から、文庫本を拾い上げて、チーフが一言。
「これ、オレの。忘れたから、取りに来たんだ」
 
「えっ! チーフの……?」
 真っ赤になりながら、訊き返してしまった。そんなの、もうどうでもいいのに。
 
 狩谷チーフは僕を見て、意地悪そうに笑った。
「なに、これ見て勃った?」
「────!」
「今日出たばっかの新刊だぜ、汚すなよな」
 真っ赤になっている僕を、楽しそうに覗き込んだ。普段めっちゃ無愛想なのに、この人!
 
「───あれ……」
 その顔が、妙に真剣になった。
「…………?」
 
「───おまえ……」
「………はい?」
 
 まじまじと、畳に座り込んでる僕を、眺め始めた。
「……お前さ…」
 言いながらにやりと嗤うと、いきなり僕の股間に触ってきた。
「ひゃっ!」
 思いも掛けないチーフの行動に、飛び上がってしまった。
 
「……似てる」
「──え?」
 
 狩谷チーフの、きらりと光る目を、思わず見返した。
 
 
「須藤、変なバイト……してるだろ?」
 
 ──────!?
 
「……なんの…こと……」
 
 
 
 一瞬で、心が冷えていった。
 
 
「……んっ」
 肩を掴まれて、キスをされていた。あっという間の出来事で、頭が着いていかない。
「んんっ──!?」
 とにかく抗うと、チーフが興奮したように頬を染めて、また僕を眺めた。
「この反応、……そっくりだ」
 
 ───────!!
 
 僕はゾッとした。
 まさか、まさか…と、打ち消してみたけれど……
 
 瞬時に脳裏に蘇った、おぞましい光景。あの映像…………あれが、売られたのか!?
 
 
 
 
「てか、え…否定しないのか…?」
 ちょっと笑って、ちょっと驚いて……僕の驚きにシンクロしてるみたいに。
「………」
「マジなのかよ……おい…」
 ごくりと唾を飲み込んでいる。
 
 チーフは眼を見開いて、好奇心でいっぱいって感じで、僕の全身を眺めた。
「……なあ、内緒にしといてやるから、オレにもヤらせろよ」
「─────!」
 
 真っ白になって動けないでいる僕を押し倒して、手首を引き抜いた僕のベルトで縛った。
 
「こうすると、胸、感じんだろ?」
「あ……」
 
 シャツをたくし上げられ、尖りを吸われた。ショックで頭がボウッとしていても、身体は身悶えた。
 
 最近特に弄られているから、感じやすくなっている。
「や……」
「キスは、舌の裏が感じやすいって?」
「──!? ……んんっ…」
 舌を突っ込まれ、舐り上げられた。
 苦しい……でも僕は、まだそれどころじゃなくて…………
 
 混乱した頭を、纏めようと必死だった。
 ───そんなこと、あるのか?
 ───アイツ、それをネタに僕を脅してたくせに……
 ───ていうか、あんなの、ほんとにバラまかれたんだとしたら……
 
 
「胸はないけど、ここはその通りだな。透けるようなピンク。尖った先は、白いハイライトをちょんと付けたような艶……」
 舌先を尖らせて、胸の先端を突いてきた。
「んうぁ……あぁ……」
 再び吸われて、身悶えた。腰がゾクゾクし始める。
 
 ───ちょ……チーフ!?
 やっと頭が冷静になってきた。
 
「ピンクの割れ目ってのは」
 スラックスの前を開けると、手を突っ込まれた。中で半勃ちになっているものを取り出される。
「ここのことだよな」
 親指の腹で、鈴口をさすられた。
「や…やめ……」
 
「すっげー綺麗……お前、ホントに女みたい」
「…………!?」
 
 どんどん興奮していく、チーフの目。興味津々で、僕の痴態を観察する。
 
 ───何か、おかしい……
 僕は違和感を覚えた。
 
 あの映像は、犯っているところを足元から固定で撮っていた。
 ワインは始めに飲まされてたけど……濃厚なキスシーンなんて、映って無かったはずだ。
 
 
 ───狩谷チーフ……?
 
 
「挿れると甘くて高い声で、鳴くんだってな」
「……や…」
 ゾッとした。
 チーフの目の色が、恐い。挿れるって……まさか……
 
「あっ……やああぁ!」
 脚を広げられ、指が無理矢理入ってきた。僕はベルトを解こうと、必死に腕を揺すった。
 ───こんなとこ、誰かに見られたら!
 でも、休憩はローテーションだから、まだ誰も来るはずが無かった。
 
「うるさい! ……静かにしろ」
 口を掌で塞がれ、顔を覗き込んできた。
「バラすぞ! アレがお前だって……皆にバレてもいいのか?」
「────!!」
 黙らざるを得なかった。
「でも、……甘い声は……聞かせろよ」
 また、にやりと嗤う。
 
 ─────!!
 
 数時間前に、アイツに指でイカされたばかりだった。
 でも解されていたそこは、すんなりとチーフを受け入れてしまった。熱い滾りが、どんどん僕の中に入ってくる。
 
「あッ……ぁああ………!」
「すげー……すげー気持ちいい……」
 
 僕の上で、チーフは夢中になって腰を振りはじめた。それは嫌でも数時間前の快感を、蘇らせる。
 
「や……あぁっ……ああぁ……!」
 僕は突き上げられるたび、喘ぎ声を出してしまった。
「須藤…イク……イクッ……ぅああッ!!」
 
「…………ッ!」
 
 下腹が熱い……。チーフだけ僕の中でイクと、抱きついてきた。
「……お前……サイコー……」
 僕は首を振って、まだ抵抗を示した。涙が畳に零れる音が、聴こえる。
 
「今度はオレが、イカせてやる」
 湿った舌で唇をぺろりと舐めて、その口の端を上げた。
 ─────!!
「……いい! やめてください、チーフ!」
 僕の声なんかまるっきり無視して、身体を下げたチーフは膝の間に屈み込んだ。
 
「……んっ!」
 ビクンと腰が跳ねてしまった。生温かい舌に包まれて、気持ち悪い。
「ぁあっ……やぁぁ……!」
 扱き上げられたら、どうしょうもない。スラックスは完全に脱がされているので、脚を開くことに躊躇はない。
 膝を外側に押され、根本から開いたそこがどんどん、手と口で高められていく。
 
 ───やだ……嫌だっ……!!
 
「やめ……チーフ………」
 限界がきて、僕はやっとそれだけ、涙声。
 ───あっ…………もう………
 
「…ぁぁ……んぁあっ!」
 チーフの咥内で、絶頂を迎えた。
 
 
 
「…………はぁ……」
 
 こんな無理矢理、すぐに熱が覚める。吐精した直後から、気持ちが急転直下のように落ちていった。
 そして次は、どうしようもなくいたたまれない痛みみたいのが、湧いてくる。ベルトを食い込ませたまま、腕で顔を覆った。
 
 泣きながら足元のチーフに、視線を向けた。悔しいのと、何でこんな事になったのかという困惑と……早く解放して欲しい……
 そんな、懇願の目で───
 
「そんな表情も、そっくりだな……すげぇ」
「…………?」
 下から見上げてくるチーフの顔は、頬を紅潮させて、好奇心一杯に目を輝かせている。
 
 
「オレ、めちゃくちゃ興奮する……」
「あ……」
 
 
 もう終わったのに……
 チーフは僕の身体を舐め回して、あちこちを吸い上げて赤紫の痣を付けた。
 
 


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