真夜中のページ・ボーイ
 
10.
 
「なんだ、元気ないな」
 
 深夜零時。
 宣言通り、真夜中のオーダー表は僕に届いた。
 4回目のルームサービス。今日のオーダーは、ワインの他にスコッチとブランデー。摘みにドライシードと、フルーツの盛り合わせだった。
 
「────」
 一言も喋らない僕に、呑気にそんなことを言ってくる。
 全てをローテーブルに並べると立ち上がって、ソファーの男を睨み付けた。涼しい顔して、ふんぞり返っている。
 
 こんな何事もない顔して、やることやってて、その間も僕を……そう考えると、怒りが湧き上がる。
 お望み通り、行ってやるよ! いやらしい顔で見下ろしてきた仮谷チーフの背中を睨みつけながら、受け取った紙を握りつぶしていたんだ。
 
「……あの映像、売ったでしょう!!」
 
 押さえられない憤りに、もう、我慢はしなかった。拳を握り締める。
 
「脅しておいて!! ……とっくに、売ってたなんてッ!!」
「……なんのことだ?」
「あんた、最低だよ! 何のために我慢してたんだ、僕ッ!」
 
 男はソファーから立ち上がって来ると、僕を捕まえて睨んだ。
「煩い……喚くな」
「離せ!」
 僕は掴まれた手首を捻った。
 
 顔が近づいてきて、キスされるのが判ったから。
 またいつものが始まろうとしている。そう思うと、遣り切れなかった。心も体も……今日はすでにボロボロだ──!
 
「もう嫌だ! 我慢する必要なんか、もうないんだッ!!」
 
 激しく抵抗してもつれ合った。男の腕を振り解き、よろめいた。
「…………!」
 男の手が追ってくる。
 ────くそっ……!
「触るなッ!!」
 その手を叩き払って、後ろ向きのままソファーに倒れ込んだ。
「───っ!」
 男もそのままのし掛かってきて、ソファーと男の身体で動けなくされてしまった。
「んんッ」
 顎を掴まれ、いつもの濃厚なキス。
 ───やめろ……ッ!
 このままなし崩しは嫌だ! 厚い胸板を拳で叩いた。
 
「んっ──……ん……」
 
 舌を絡みつけ、吸い上げ、僕の感じるところを探り出そうとしてくる。その舌すらもはね除けて、首を振った。いつまでも抵抗する僕に、男の手も苛ついたように、乱暴に制服をはがし始めた。
 
「────!!」
 
 息を呑む気配と同時に、男の手が止まった。
「なんだ、この痕は……!」
 はだけられた僕の胸に、驚いて目を瞠る。体中に狩谷チーフに蹂躙され……赤黒く変色した小さな痣が、たくさん付いていた。
 
「貴方のせいでしょう!? 早速あのビデオを見たチーフが、僕を脅したんですよ!」
 僕はその顔に呆れて、笑ってやった。
 
 琥珀の目が、揺らめく。
「何を言っている? 売ってないぞ……あれは」
「…………」
「おい、全部脱げ!」
 カフスも外され、シャツを全部剥ぎ取られた。手首には、ベルトの痕がクッキリと残っている。チーフの無茶な拘束は、肘近くまで赤い螺旋を巻いていた。
「────!!」
 
 
「……この制服のおかげで、誰に何されたって、バレませんね」
 余りに酷いこの有様に、僕はまた笑った。こんな酷い痣……ぴったりしたシャツは、手首も首元も見事に隠していた。
 
 休憩室から逃げてシャワーを浴びた時、僕はこの痕を正視出来なかった。
 初の晩…初めてこの男に付けられた痕が、せっかく消えてくれてたのに。……洗い落とせたのは、チーフの臭いと僕の涙だけだった。
 
「……チーフって、どいつだ……」
 
 押し殺した男の声。
「……旧館か? ……新館か?」
 
 僕は口を噤んで、首を横に振った。コイツに教えたってしょうがない。
「─────」
 得体の知れない底光りをさせて、琥珀が僕を睨み付ける。
 
「───あ……?」
 その視界を不意に塞がれた。布で両目を覆われて、頭の後ろで結ばれてしまった。
「なに……」
 制服のシャツかも……そう思ってヒヤリとしたけれど、その布からは、男がいつも匂わせているコロンの香りがした。手首も何か、柔らかい布で束ねられた。
 
「そのチーフと俺と、どっちが上手いか教えろ」
 
 ────!!
 なに言ってんだ、コイツ……僕は、もうこんな事そのものがイヤで……
 
「……あ…」
 
 首筋に息が掛かった。鎖骨の上あたりを、きつく吸われた。
「……痛ッ…」
 チーフが付けた痕を一つ一つ、上から塗りつぶすように強く激しく吸っていく。唇が肌に触れるたびに、身体が震えた。熱い息遣いまで、敏感に感じる。
「…………はぁ……」
 見えないから、次に何をされるか判らない。ちょっとでも唇が止まると、不安になった。
 
 男の両手も妖しく蠢く。
「っあ……!」
 胸の尖りを摘まれたのか、そこに鋭い刺激があった。ピリピリと腰に響く疼きが、止まらない。いつまでも指先が尖りを弄くる。
「ぁ…………ぁあ……んっ……」
 堪らない──この刺激は……!
 ──見えない、避けられない──こんな状況で、疼きの散らしようがなかった。
 
 カチャカチャという金属音が響いた。ベルトを外されたらしい。前が少し楽になった気がした。
「もう勃ってんのか。口ほどにもねえな」
 ─────!!
 男の嗤い声に、僕は唇を噛み締めた。
 
 
 
「……………」
 スラックスもインナーも全部脱がされて、目の部分と両手だけが布を巻いていた。
 うすら寒くて心細い、横になったソファーで、全てが心許なかった。
 
 何も言わなくなった僕を、男は見下ろしているみたいだった。気配を近くに感じるけど、触ってこない。
 禍々しいオーラ……側にいるだけで、見えなくても感じる。──キケン、キケン── 相変わらず点滅する、警報。
 
 
 僕はそのままじっと動けないでいた。奴も何も言わない。こんな恥ずかしい格好、今どんな目で見てんだか…。
 何者か判らない男に次に何をされるかわからない、そんな恐怖も湧いて、知らずに呼吸も止めていた。……そうだ。今日はスコッチやブランデーまである。あんなアルコール度の高いモノで、何かされたら……。
 
 へんな汗をじっとり掻きだした。
「……………」
 自分から何か言うのは悔しい。けど、このまま視姦されているのも、イヤだ。
 
「……!」
 ───さっさっと終わりに………大きく息を吸ってそう言いかけて、言葉をのんだ。
 
ヤツが触ってきた。膝を立てて、開かされる。
「………ッ」
 更に恥ずかしい格好に、唇を噛んだ。蹂躙の痕がどこまでも付いているはずだ。僕自身、把握なんてできてないけど。
 
 男の唇はその痕を、一つ一つ、また吸い始めた。脇腹、下腹部、足の付け根、太股の内側………ピクリと、敏感な部分を掠めるたび、僕の身体は揺れた。
「………ん…」
 焦らすように、中心を避けて周りを優しく唇で愛撫する。半勃ちの僕のそれに、男の頬が時々当たる。長い髪が内腿をくすぐる。
「………あッ…」
 指が添えられた。内腿から、滑るように中心に向かっていく。唇も合わせてそこへ向かう、舌先が裏スジを辿り始めた。
「ぁ……はぁ……」
 ついばみながら、舐めては指を絡め出す。時々、後ろもつつく。
「んっ…」
 思わず出る声に、また唇を噛んだ。
 指はゆっくり僕の先走りを絡めながら、全体を包んでいく。唇と舌は鈴口に吸い付き、割れ目の奧を探るように、蠢いた。
「ん………ぁ……」
 はぁ、はぁと、荒くなる自分の呼吸が、聴こえてくる。
 
「……も…や………ぁあっ…」
 
 焦れて腰を振ってしまった。いつもならとっくに後ろに指が入っている。無理矢理、挿れられてる。それだから……
 
「待ってな。ちゃんと、最後までやってやる」
 
 見透かすように、男の声は嗤った。
「…………ッ!」
 僕は口を引き結んで、首を横に振った。
 
「…………あ……」
 言ってるそばから、指を挿れてきた。
「ん……ん……」
 締めてる壁を掻き分けて中に入ってくるのが、生々しくわかる。腰を反らせて逃げてみたけど、男を悦ばせただけだった。
「……どれだけイヤラシイ格好で誘ってるのか…」
 溜息交じりに、足元で囁いた。
「わかってないだろう……またビデオに撮って、お前に見せてやりたいところだ」
 そう言って笑った。
 
 ───こいつッ…………!
 
 


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