その声、イイ
  

 
「はぁ〜」
世の中って、すごい。……まだまだ逸材がいるんだなあ。
逃げ出した店の外壁に寄っかかって、溜息をついた。
その時携帯が鳴ったので、慌てて出た。
『ナナオ? オレ!』
俺は、どきっとする。この声が、実はとてもイイ声なんだ。
もうとっくに聞き慣れた声だけど、未だに不意打ちを食らうことがあった。
『今日遅くなるから、スマン! 当番替わってくれ。明日ウマイモン作るから』
「ああ、いいよ。明日と言わず、期待して待ってるから」
『感謝! ほんじゃな』
「ほいよ」
高明のこんなことは、しょっちゅうだから、今更当番も何もない。
気にすることないのに、律儀に電話を掛けてくるのだ。
 
「……さて。どうしようか」
自分で作るなら、何か買い足さなければ……。
俺は店内に入って、レジを見た。もう青野君はいなかった。
残念感と、安堵感が一緒に沸き上がる。
……なんか、アブなかったもんな、俺。
時々、見境がなくなる。どうしたいとか、最終目的があるわけじゃない。
ただ、聞いていたいんだ。そう思ってしまう。
でも、その子と付き合いたい訳じゃないから、結果的に何人も女の子を泣かせてしまったのは事実だった。
……ましてや、今回は男の子だし。
声を聞きたいから横に居てってのも、変な話しだよな。
大学でも、イイ声の男はいた。惚れた声の横に居たくて、さり気なく友達になったり、合コンにくっついて行ったりした。
でも、その程度だ。その度、高明もくっついてきて、「ホントにイイ声だなー」なんて、一緒に堪能してくれた。
その後、高明の方がついでのように女の子をお持ち帰りとか、してたからなー。
―――なんか腹が立ってきた。
なんで俺まで、浮気男のあだ名が付くんだ!
一人でウマイモン作って食ってやる!
豪勢に食材を買い込んで、再度店内を出た。
 
「あ」
裏口から飛び出してきた青野君と、会ってしまった。
うわ。また聴きたい。
「あ! 良かった!」
青野君は、ズボンのポケットから500円玉を取り出した。
「これ、まだ転がってました。さっきちゃんと見ないで帰ったですね?」
口をとがらして、また手を付きだしてくる。
「……わざわざ、見返してくれたの?」
俺は、またあの店の端っこまで行って、床に手を付いて棚の下を覗く青野君を想像した。
「……ハイ。最後に見たときに、これが無いような気がして」
顔を赤くしながら、500円玉をさらに突きだした。
「……ありがとう」
俺は嬉しくて、素直にお礼を言った。
せっかく会えたのに、このまま離れたくない…。
思わずまた、腕を掴んでいた。
「青野君、……この後、空いてる?」
目を見開いて、俺を見る。顔が赤いままだ。
「ぼ……僕、この後、仕事があるんです! 急がしいんで、すみませんっ」
そう言って、手を振り解くと、店の裏に走って行ってしまった。
……仕事? 掛け持ちしているのか。
もう20時も過ぎている。大変なことだ。
立ちつくしていると、自転車で走り出してくる青野君と目があった。
ちらりと俺を見ると、無言で駅の方へ走って行ってしまった。
 
 
 
「なんか、ほんとにヤバイ男になっちゃったよ」
遅くに帰ってきた高明に、ぼやいてしまった。
「はーん、仕事なんてウソだな。お前が恐くて、逃げたんだ」
笑いながら、ビールを飲んでいる。
「……そうだよね。後でそう思った」
「どうしたいんだ? その子。七尾が声掛けるなんて、珍しい」
俺は高明を見上げた。
高明は、俺をよく知っている。
ぼやきをいつも聞いてくれるからだ。そして、ぼやくだけなのも。
「わかんね」
「……」
「でも、聞いてると、どうしょうもなく身体が疼くっていうか。ずっと聞いていたい衝動に駆られる」
「身体が疼くって……」
高明が目を丸くした。
俺も、赤くなってしまった。
「や、……ヘンな意味じゃなくて」
あわてて弁解した。俺がヘンなヤツだったら、このシェアも不安になってしまうだろう。
 
「……お前の声フェチにも、困ったもんだな」
高明は、ヘンな空気を笑い飛ばしてくれた。
「うん。……俺、いつからこんな声に拘るようになったのかな」
付き合って飲んでいたビールの缶を弄ぶ。
「さあな。オレに会った頃は一言も、言ってなかったぞ」
「そうだっけ?」
「ああ。オレの声、ちょっと褒めたくらい」
「へえ、そうだっけ。覚えてないや」
俺は笑った。かなり前だから。
高明と出会ったのは大学に入ってすぐだった。
同居するようになったのは、二年に上がった時。お互いビンボ学生で、利害が一致したからだ。
そう考えると、もう5年目の付き合いになる。
「そうだなぁ、あの頃はそんなことなかった。どっちかゆうと、可愛い女の子に目が行ってたはずなんだけど」
最後は、苦笑いだ。
結局数える程しか、女の子と付き合った事なんてない。
今は、まず声に惹かれてしまう。可愛いとかの見た目の印象は、二の次なのだ。
「……あ、でも青野君は可愛い顔、してんな」
「は?」
「そのレジの子。声と顔のギャップが激しくて。余計気になるのかも」
「……ふ〜ん。顔のこと言うの、初めてだな」
「え、そう?」
「ああ。今までの連中は、声のことしか言わなかった」
高明は、本当に俺のことをよく知っている。自覚がないから、高明を通して自分を見ることがよくあった。
「今度、みして」
「うん、ほんとに可愛い顔してるよ」
俺は共通に実感して貰えるのが、嬉しかった。
だから、”イイ声”の主を一緒に見てくれるのは、いつも喜んだ。
「俺が暴走しそうになったら、止めてね」
「はは。面白いから、傍観しててやる!」
 
 
でも高明はしばらく忙しくて、とても平時には帰ってこれなかった。
だから毎晩俺がスーパーに通うはめになった。
(その子、どうしたいんだ?)
高明の言葉が、蘇る。
……どうしたいって、……そんなの。
自分がわからない。
でも、声は聞きたい。なんでこんな所にいるのか、責めたい気分だ。
「なんだそりゃ」
自分で笑ってしまった。お門違いにも、程があるよな。
俺は、それ以上のリアクションは起こさず、素通りすることにした。
でも声を聞くと、思わず見つめてしまった。
「いらっしゃいませ」
その声は、レジ打ちを始める前に、必ず掛けなければいけないらしい。
俺がつい見つめるたびに、青野君は顔を赤くした。
 
「明日はオレが、作るよ」
やっと仕事が一段落ついたらしい。
高明が、寝不足で酷くヤツれた顔をして帰ってきた。
俺の作った料理の残りを食べながら、そう言う。
「無理しなくて、いいよ。俺ますます腕上げたし」
最近食材に凝ったので、レパートリーが増えていた。
「ダメ。これ以上、散財させない!」
「……う」
「共同財布の中身が、異常に減ってんの、知ってるぞ」
恐い顔をして、高明が睨み付けてきた。
「……ごめん。なんか、毎日買い物してると違うモノ買いたくなってサ」
言い訳がましく、高明を見上げた。
頭一つ背が高くて、やたら図体がデカイから、怒らせると迫力がある。
いつもはがなり立てるのに、今日は冷たい一瞥だけ寄越しただけだった。
 
「ほほう、確かにかわいい」
右手を目の上でかざして、高明は声を上げた。
「やめろって、みっともない」
俺は苦笑しながら、高明の袖を引っ張った。
「そんで、何ご馳走してくれんの?」
高明の注意をレジから、商品棚へ移させた。
「パエリア。お得意さんから、両手持ち用のフライパンもらったんだ。レシピ付きで」
「へえ! でも海鮮ものじゃ、結局高く付くじゃんか」
俺は口を尖らした。
「うるせい。オレにウマイモン食わせない気か!」
高明は、仕事で事務所に缶詰の時は、ほぼ全食レトルトで済ませている。だから、それが明けると豪食に走るのだ。
何だかんだ言いながら、レジに並んだ。
 
「いらっしゃいませ」
いつものイイ声が、俺を出迎える。
俺は青野君の顔を見つめる。未だに、ギャップを楽しんでいるんだ。
「なんか、こいつがお世話になっているようで」
高明が横から、いきなり青野君に言った。
「……は?」
青野君がびっくり顔で、聞き返している。
俺も慌てた。
「おい、何言ってんの高明! 青野君、いいから精算済ませて」
「あ……ハイ」
高明は、青野君が品物をピッピと鳴らしながらカゴに入れ替えていく様子を、じっと見ていた。
「298円、525円……合計2,360円になります」
レジ打ちが終わると、俺を見て青野君はそう言った。
「今日のお客様は、オレ。オレ見て言ってくんない」
「!……」
青野君は、またびっくりして高明を見た。
「……スミマセン」
小さく言うと、高明からお金を受け取って、「ありがとうございました」は、高明に言った。
 
「何くだらないこと、こだわってんの。大人げない」
俺は情けなくて、カゴから袋に詰めながら文句を言った。
「べつに……」
不機嫌そうにそう言う。
「?」
高明が機嫌悪くなることは、あまりない。
なんだか、気分の良くない顔合わせになってしまった。
 

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