その声、イイ
 

 
それでも、パエリアは美味しかった。
「高い材料使ってんだから、美味くて当たり前だよな」
自分で作っといて、そんなことを言っている。
「腕も必要だって! 同じモン作っても、味って違うよ」
「そうだな。お前の方が、ダンゼン料理上手い。お前に作らせりゃよかった」
「……何拗ねてんの?」
なにか様子が変な気がする。
「……別に。七尾が心配することじゃないよ」
「なんだそれ」
「じゃな、オレ、もう寝るわ」
自室に入って、ぱたんと扉を締めてしまった。
お互い鍵なんか掛けないから、開けようと思えば開けられる。
そんな何でもない扉一つが、大きな隔たりに感じられた。
 
 
 
「昨日のヒト、なんなんですか?」
レジで青野君が、聞いてきた。
「え?」
びっくりした。まさか、そんなこと聞かれると思わなかった。
「なにって、……トモダチ。悪かったね、態度最悪で」
「……いえ、最悪なのは、どっちかって言うとアナタです」
じろりと俺を睨みつけた。
うっ……。そうだった。2回も腕、掴んじゃったし。
「……ごめん。」
お釣りを受け取りながら、それだけ言った。
俺の背中に、”ありがとうございました”が響いて来なかった。振り向くと、何でもない顔をして次のレジをしている。
……円……円、と読み上げる声を、しばらく聞いていた。
―――あの声を、独り占めしたいなぁ。
それがどういう意味を持つのか、深く考えもせず、ただぼんやりとそう思っていた。
俺は知らなかった。青野君をじっと見つめる俺のことを、高明が店の外から見ていたなんて。
 
 
数日後、クレーム処理で外回りをしていた俺は、青野君が通りの向こうを走っていくのを見つけた。普段は降りない駅なので、すごい偶然だった。
……何、急いでんのかな。
目で追うと、ビルの一角に飛び込んでいった。
俺もそこまで行って、エントランスの奧のエレベーター横にある看板パネルを見る。
ボイススタジオというプレートが目に付いた。
「あっ」
思わず叫んでしまった。
なんだ、ちゃんと声のこと、管理してるんだ。よかった。
何が良かったのか、妙に安心して笑ってしまった。
「あっ」
後ろから、同じような声が上がった。
振り向くと、青野君だった。
「……やっぱ、ストーカーだったんだ!」
青い顔をして、そんなことを言う。
「うあ、違う違う!」
俺は慌てて、名刺を取り出した。
「普通に営業マンだよ。それより、青野君、ボイスレッスンしてるの?」
受け取った名刺をしげしげ見ていた青野君は、ぱっと顔を赤らめた。
「ハイ…」
「俺、安心した。そんな声、ほっぽっとくの勿体ないから」
「え……?」
「初めて聞いたときさ、めちゃイイ声だったから、びっくりしたよ」
俺は思い出して、また笑った。
青野君も、また顔を赤くした。
「……七尾…さん、ていうんですね」
「ん?」
「ヒトのネームプレート盗み見といて、自分は名乗らないから」
口を尖らせて、上目遣いに睨み付けてきた。
「ああ、そういやそうか」
俺は自分へのケアに無頓着なところがある。要するに、自分アピールを全くしない。仕事柄、名前を名乗るのがイヤな面もあるが。
……でも、盗み見てって。そこにあるから見ただけなのに。
 
「キミね、ストーカーとか、盗み見るとか、随分聞き捨てならないこと言うねえ」
 
俺も睨み付けてやった。
「! ……だって、そうじゃないですか! こんなとこにも現れるし!」
「……自意識過剰」
冷たく視線を放った。もっと怒らせてやる。
青野君は、真っ赤になって声を震わせた。
「あ――あなたが、僕の腕を掴んだり、付き合えって誘ってみたり……」
泣きそうな顔で、俺を見た。
「毎日僕を見つめて! ……なんなんですか? 付き纏われてるって、普通思いますよ!」
俺はもう、我慢できなかった。
青野君をぎゅっと抱きしめた。すっぽりと腕の中に抱え込んで。
「!?」
慌てた青野君は、腕の中で藻掻いた。
 
「その声……。最高に好き」
 
思わず呟いた。これじゃ、愛の告白だ。
青野君は腕の中で、大人しくなった。
 
 
「……声、だけですか?」
 
「……え?」
くぐもった声に、俺は聞き返した。質問の意味がわからなかった。
青野君が、ゆっくり顔を上げる。
その頬は相変わらず真っ赤だったけど、目は怒っていない。
「僕の、他のとこはどうでもいいですか?」
「……青野……君?」
「あなたが、そんな目で見るから……。僕は……」
恥ずかしそうに、下を向いてしまった。
さすがにニブい俺でも、わかった。
これか――高明が言っていた、目で殺すってのは。
俺は、この声を手に入れたかった。
無意識に、顎を捕らえて上を向かす。
「ん……」
口づけで、青野君が甘い声を出した。俺の頭はそれだけで痺れる。
もっと、もっと、聞かせてくれ。その声…すごくいい。
夢中で舌を入れて、吸い上げた。
「ん、んん!」
苦しそうに藻掻いて、顔を反らし、青野君は俺から唇を剥がした。
目が潤んでいる。
俺は逃がしたくなくて、抱きしめている腕に力を込めた。
 
「その唇……その舌……、可愛い顔……それも好き」
全てが、その声を引き立たせる。
「七尾……さん……」
 
見上げてくる目の縁も、唇も赤い。
俺はもう一度、その唇に熱い口づけをした。
青野君はもう抵抗しないで、もっと甘い声をだしてくれた。
俺は身体が熱くなっていった。
……どうしよう。
こんなの初めてだった。
「青野君……キミと、……したい」
単刀直入に言った。
暫く見つめ合ったあと、青野君がこくんと小さく頷いた。
「今、使ってないスタジオが開いてます……」
俺をそこに導いてくれた。
 
狭い個室。ガラスで半分に区切られ、一方はマイクが沢山天井から下がっている。もう一方はシンセザイザーみたいな音調律ボタンがいっぱい並んでいるパネルがあった。
「……こっち」
マイクの部屋の隅に、ベンチが壁一列に並んでいる。
そこに腰掛けて、青野君をもう一度見つめた。
「……声、聞かせて」
言いながら、キスした。
青野君は、目を瞑って俺を受け容れる。
舌を探し出しては絡ませ、逃がしては探す。
「ん……」
青野君は、掠れた声を出した。
「かわいい……」
首筋に唇をずらしていく。熱い吐息さえ、俺の頭は痺れた。
”男同士がヤル時はさあ……”
何かの話しのついでの時、高明が話していたことを、思い出す。
その手順で、青野君の身体を解していく。
後ろをやさしく触る。
「あ……」
ぴくん、と身体が跳ねた。
「……イイ声」
耳に唇を押し当てて喋る。
「ん……。七尾さんも……素敵です…」
熱っぽい目で、俺を見る。
ぞくりとした。その声で呼ばれたから。
そして同時に心の内側から、何かが込み上げてきた。
「青野君……」
愛しい気持ちが、愛撫を丹念にさせる。
全身にキスを落としていく。
「はぁっ……」
指を動かすたびに、青野君は可愛く悶えた。
 
指で解したあと、自分の熱くなったモノを、押し当てる。
「……」
青野君が、緊張して息を止めたので、俺は顔を撫でて優しく言った。
「大丈夫。痛くしないから。……イイ声、聴かせて」
軽くキスをする。
こくんと頷いて、青野君は息を吐いた。
「……あぁっ」
青野君が呻く。
痛くしないと言っても、わかりきれない。
どんなに優しく動いても、身体の負担は青野君に来る。
「んぁっ……、はぁ……」
仰け反りながら、青野君は喘いだ。
その声は、俺を正気ではいさせなかった。
腰を動かすたびに、俺を包む熱い肉壁。痺れる声。甘い吐息。
気が付くと、青野君のそれも熱くなっていた。
俺は手の平でそっと包むと、上下に動かした。
「ああっ……」
青野君がしがみつく腕に力を込めて、顔を俺の胸に埋めた。
「ななおさん……、ななおさんっ……!」
青野君が俺の名を呼んだ。
「青野君……」
俺も呼び返し、益々腰を激しく動かした。
「ああ! はぁあ……!」
頭を痺れさせるカッコイイ声が、スタジオに響き渡る。
「んんっ……」
青野君が、俺の手の中で震えた。
俺も青野君の中に、熱い滾りを放出した。
 
「七尾さん、……ありがとうございます」
しがみついたまま、荒い息で青野君が言った。
「?」
顔を覗き込むと、頬に涙が伝っていた。
「なに……どうしたの。……そんな、痛かった?」
俺は心配になって、聞いた。なんで、お礼を言いながら泣くんだ?
青野君は顔を横に振って、それ以上は何も言わなかった。
  

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