その声、イイ
 

 
「おまえが……好きだ」
 
 
そう言った。
その唇は。
……俺は身動ぎもせず、それを見ていた。
 
「七尾……。オレはずっと、お前が好きだった」
「…………」
「だから、ルームシェアなんて持ちかけて、お前を独り占めしたんだ」
「…………」
「お前が誰かに気を取られると、横やりを入れた」
「…………」
「今回も、そのつもりだった。お前は俺のモノだと、そう言いに行ったんだよ」
 
「……モノ?」
 
その言葉が、俺の琴線に触れた。……悪い意味で。
憎悪が蘇る。
……アイツに、佐伯にそう言われた。
―――あきらめなさい。わたしのモノになれば、全てうまくいく。
 
 
俺はまた込み上げてくる吐き気に、片手で口を塞いだ。……思い出したくない、あんなこと。
「……高明は……狡い大人と、同じだ」
俺はそう思った。
何が違うんだ。本人には断りもなく、自分のために用意周到に周りを固めていく。
俺から、不本意に何かを奪っていく。
 
「……責められても、仕方ないと思ってる」
高明が言った。
「――――ッ!」
俺はそれにむちゃくちゃ腹が立った。
泣いて叫んで許しを請うたら、もっと違ったかもしれない。
……それも、わからないけど。
大人みたいに、分かり切った顔をして、当然のように謝る高明に無性に腹が立った。
バキっと激しい音がして、俺の拳が痛んだ。
意識する間もなく、俺は高明の横っ面を殴っていた。
 
「―――好きとか、そんなことで、許される事じゃないだろ!?」
 
取り返しが付かない、この気持ち。
―――痛い!
……信じてやらなかった愚かさ
……高明に裏切られた悔しさ
胸をギリギリと締め付ける。
八つ当たりだ! ……また八つ当たりをしてしまった!
でも、どうしようもない、この怒りは。
高明が発端なのだから!
悔しくて悔しくて、唇を噛み締めながら、俺は高明を睨み付けた。
頬を熱い涙が、伝い続ける。
遣り切れない怒りが、際限なく涙を流させる。
傷ついた青野君の心。その代弁者のように、俺の心が嘆く。
高明は、頬を抑えながら俺を見上げた。
その目に俺は怒り狂う。
悟った瞳。
許されなくていい、と物語っている。
……なんで、なんで、なんで!!
「……心をぶつければいい! 俺を好きだって、なんで、その時言わなかった!? ……何で今、後悔してるって、言わない!?」
悔しさのありったけを、高明にぶつけた。
殴ったってしょうがないんだ。
痛みだけじゃ、このやるせなさは伝わらない。
後悔なんて、したくない。
させられたくないんだ!!
「……気付かない、俺がいけないのか?……確かに、考えて見りゃ……信号はあったかもな。……でも、こんなことになって、はいそうですかって受け容れられるか? そんなチャンスも、お前は失くしたんだぞッ!!」
 
「………っ!」
 
高明の表情が、初めて崩れた。
眉が寄り、口が歪み、悲しみの表情に見る見るうちに変わっていく。
「………ぅっ」
歯ぎしりして、嗚咽を漏らす。
「……うぅ…ぅぅ…」
蹲って、犬が吠える見たいに、泣き出した。
体中を振るわせて、泣き続ける。
「ごめん、……七尾……ごめんなぁっ……」
 
俺はやっと、憤りが収まって、その姿を眺めた。
いつまでも。
泣きやまないその背中を。
許すなんて、言えなかった。
謝って欲しい訳でもなかった。
ただ、かっこつけて、大人の振りはして欲しくなかった。
 
 
「……………」
 
そうやって、剥がされた素の高明の背中は、俺がずっと見ていた背中より、とても小さかった。
怒りと平行して、別の感情が湧いてくる。
それは好きとか嫌いとか、そんなんじゃなくて……
―――高明だって、俺のせいで泣きたい事は、いっぱいあったはずだ。
俺のせいでカッコつけて、俺のために大人の振りをして。……卑怯もしたけど。
それはそれで、必死だったろう……
……気付けなくて、泣かせてしまった。
それは、青野君にも高明にも言える、俺の後悔。
八つ当たりする資格なんて、……俺には無いんだ。
 
 
 
 
「……たかあき」
その名前を、改めて呼んでみる。
「……高明、俺も―――ごめん……」
 
 
泣かせてしまって、ごめん。
……傷ついたからって、傷つけてしまって…ごめん。
コイツの好きな部分と許せない部分、交互に胸に寄せるけど……それ以上に、俺自身に、卑怯な部分があったと、感じていた。
 
俺は……俺も、また、心の鎧を一枚脱いだ。
”高明”という人物にレッテルを貼って、勝手に高明像を作り上げていた。
コイツはこんなヤツ、俺はこういう人間、そういうスタイルを作り上げて。
それは俺の虚勢。
対等でいたくて、判ろうとしないで、判ったような口を利いていただけだ。
大人の振りするな…なんて、なにを偉そうな――― 
 
 
 
「……お前が謝るな」
顔を起こした奴が、俺を睨み付けてきた。
オレが全部悪いんだ!て、瞳で。
……どこまで行っても、高明は高明なんだ……。
そう思った。
俺はどれだけ、こんなふうに許されて守られていたんだろう。
 
「俺たち、……かっこ悪いな…」
俺がそう言うと、高明も笑った。
「ああ、……超カッコわりぃ」
涙を流しながら、笑ったりして……ほんと、かっこ悪ぃ……
 
 
 
俺たちは次の日、会社を休んで眠りこけた。
何もかもに疲れて、泥のように眠りたかった。
それを切っ掛けに、リセットしたかったんだ。
自分の気持ちに。
俺たちの関係に。
 
目が覚めたら、今までのように笑って話せるかな。
今度こそ、心を伝えることが出来るだろうか。
俺は、どこまで受け容れられるだろうか。
 
忘れられない傷。
忘れたい痛み。
 
どこまでお互いを許して、癒しあえるだろう。
 
俺は、思い出しては、泣いてしまうかも知れない。
お前はその度に、傷つくかもしれない。
 
でも、……なかったことになんて出来ない。
それらを含めて、俺たちは分かり合っていくんだ。
それが、大人になってくって、ことだろ?
……俺は、そう思う。
 
自分のために他を犠牲にして、その痛みを知らないフリするなんて、そんなの絶対許さない。
悪いって判っててやりました…なんて、事が発覚したら反省してるようなのも、許せない。
そんなの、全然誠意がないじゃないか。
 
俺は、……俺たちは、そんな世界をひっくり返してやるんだ。
だって、嫌でも、俺たちの世代がこの世を引き継いでいく。
同じ過ちなんか、踏ませるもんか。
 
―――少なくとも、犠牲者になりかけた俺は、そう誓う。
 
 
 
 
 
 
 
********
 
  
 
 
 
「……高明、いつ俺のこと好きになったんだ?」
あれから一ヶ月。
ぎこちない再スタートも、やっと馴染んできた頃だった。
 
 
  
「……七尾、お前が好きだ」
 
改めて、高明から告白された。
「……うん」
俺は、その気持ちは受け取った。
「でも、俺はまだ……痛い。まだ……ちょっと無理だわ。高明を受け容れるようになったら、言うから」
自分の心臓んとこ掴みながら、正直にそう返した。
高明は、辛そうに笑った。
「……ああ」
 
そして、聞きたかった疑問。
俺は高明には悪いけど、いつから俺がそんな対象になったのか……
その瞬間に、そしてその後も、全然気付けなかった。
高明は笑った。
「わかるわけ、ないよ」
「なんで?」
「だって、前にも言ったろ。七尾は目で殺すって」
「…………」
「オレ、一目、お前に見つめられて、コロッといっちまったんだ」
「!?」
「要するに、一目惚れ。初めて会った瞬間が、その時」
ええ〜! って、冗談じゃなく、心底驚いた。
そこまで、根が深かったとは……。
「さっさと振ってくれりゃ、諦めもつくのにさ」
「……あの話しは、お前の事だったのか…」
「オレも含めて」
「は〜ん……」
しかし振るも何も、こっちは気付いてもないのになあ…。コレばっかりは俺のせいにされていると、思った。
 
「でも、これも言ったけど、オレは反対に捕まえてから、落とすって」
「うん?」
「気が付かなかった? 七尾の声フェチ。オレと同居し始めてからなんだよ」
「えー、そうだっけ?」
「ああ。だって七尾、オレの声イイって、言ってくれたろ?」
「………うん」
「だから、毎朝お前の枕元で、オレの声聞かせてたんだ」
 
「!!!!!!」
 
はっ!?
知らないぞ! 俺は全く、知らない!
「お前って、まったく鈍いよな。ほんと感心する。しかも、オレの努力が変な方向に出やがって」
「!!!!!!」
いや、………ちょっと待てって。
「オレは、いつかオレの声にお前がトキメクかと、信じてやってたんだ」
「……………」
「そしたら、他のイイ声にトキメキ出した」
じろーっとした目で見てくる。
……俺の責任なのか!?
「それでも、ひやかし程度だったのに……。マジ恋、しやがって」
「!!!!!!」
「携帯でもかなりアピールしたんだぜ。マメに掛けてさ。携帯は直接耳だから、少しは効果あるかと思って」
「!!!!!!」
……あった、効果はあったぞ。
「しかも、”その声で嫁さん探せ”だと? もう目の前に居るってのに」
「!!!!!!」
そういえば、よく言っていた。俺は料理がうまいって。
……そう言うことか!?
「心はまだいいから、身体だけくれない?」
「!!!!!!」
キャ……キャラが違うぞ! 吹っ切れすぎだ、高明!
 
 
  
俺は、目をぱちくり。
開いた口も塞がらない。
用意周到って、俺、言ったけど……。
すんげー、努力家……?
涙ぐましいだろ……。
気付かない俺が、どう聞いてても、馬鹿だ。
  
 
だけど、……俺はそれでも出会ってしまったんだ。
悲しい恋に。
 
 
 
 
「……あ」
まただ。
一年も過ぎた頃、テレビを点けていると、頻繁に青野君の声が聞こえてくるようになった。
あちこちの番組の、声優やナレーションをやっている。
「…………」
俺たちは、黙ってその声を聞く。
悲しい宿命を背負っている。
そのハズなのに、彼の声は……
 
この世に生を受けたことを、全身で喜んでいる。
生命に満ちあふれている。
”声”を出すことの喜びを、演じられることの幸せを、画面いっぱいから零れるほど伝えてきた。
経過はどうであれ、彼は自分の”声の居場所”を手に入れたんだ。
俺がスーパーで怒ったのなんか、本当に大きなお世話だった。
……こんなに声を生かすことに真剣で、切望していたのは、彼自身だったのに。
 
俺はいつまでも悲しがっていては、いけない。
そう教えられた。
 
―――忘れないで、僕の声を―――
……ああ、忘れない。
……その上で、強く生きる。
 
 
 
 
「イイ声だな」
「……ああ」
俺たちは、笑い合う事ができた。
 
 
「……高明」
俺は、高明に向かい合った。
「俺、お前の声に、ときめいてたよ。ちゃんと」
「―――!」
「携帯とか、耳の側とか……」
「………」
「でも、当たり前すぎて。高明が俺の隣にいるの。……だから、甘えてた」
「…………」
「お前そっちのけで他の声に気が行ってたのは、お前が居なくなることはないって、……タカをくくってたからだと思う」
「……そうか」
 
「でも、恋愛感情は、なかったよ――ごめんな」
「……そうか」
 
「でもさ……高明とのことで、俺は傷つかないようにしてた」
「…………」
「喧嘩したり、嫌いになったり、……最終的に別れ別れになっちゃうのは、嫌だった」
 
「……それで?」
「……うん。傷ついても、お前と――高明と……恋したいかなって…」
「……七尾」
 
「だから、いい加減、俺のこと……名前で呼んでくれる?」
高明の、最大限の遠慮アピールはそこだった。
一歩踏み込んでこない。
トモダチの枠を、壊さなかった。
 
目を見開いて頬を赤くした高明が、息を呑む。
ちょっと頷いて、俺をじっと見た。
  
 
「……トオル」
 
 
うわ……。
俺の心に、新しい風が吹く。
 
「……もっと、呼んで」
ぞくぞくする。
 
「透……透……」
俺を引き寄せて、耳元で囁く。
「ん……」
俺はくすぐったくて、笑った。
「可愛い、トオル。……オレの透」
高明……。
 
「高明……お前、イイ声」
俺たちは、初めて触れ合うように、ぎこちないキスをした。
 
 
 
 
出会ってから、6年も経ってる。
7年目の真実……ってか。俺たちは今、やっとスタートラインだ。
待ち続けたコイツの想いを、俺は……宝に思う。 
 
 
 

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