たまには、シャッフル
 

 
 僕、浜中尚哉(はまなか なおや)。のんびりと基礎解析の先生をやってます。
 マイペースに、生徒に迷惑を掛けないことだけは配慮して、毎年なんとか平穏に教師をやってました。
 ……去年までは。
 年々、生徒の素行が悪くなっているのには、実際、困ってました。
 せめてプリントさえ見てくれたら、テストはクリアできるのに。それが、自分の成績として影響するのだから、そこだけはやって欲しかったんです。
 ほとほと困っていたら、瀬良君が助け船を出してくれました。
 僕のことを”ハマチュウ”と呼んでくれて…。
 その愛称が、今年赴任してきた濱中先生に移ってしまっても、ただ一人ハマチュウと呼び続けてくれた生徒がいた。
 
 ……それが瀬良君だった。
 
 瀬良君は、毎回僕のプリントを配ってくれる。
 僕は嬉しくて、その度お礼を言うのに、1回も振り返ってくれません。
 ……嫌われているのかな?
 でも、授業中、ずっと僕の顔を見てる。
 視線を合わせなくても、顔を上げてこちらに向けているのは瀬良君だけだから、教壇側に立っていれば直接見なくたってわかるんです。
 でも、いざ顔を見ようとすると、そっぽを向いてしまう。
 ……僕は、瀬良君がわかりません。
 でも、会話したり何か頼んだり出来るのは、瀬良君しかいなかったので。
 
「あ、瀬良君。丁度良かった、ちょっと手伝ってくれないかな」
 つい、聞いちゃった。
 友達といたのに、一人残ってくれて、手伝ってくれました。優しい子です。
 瀬良君とのプリント作りは、とても楽しかったです。
 必死で紙押さえをしてくれて、裁断するとき、思わぬ至近距離に何回も切り損ないそうになっちゃいました。
 ……瀬良君の髪のいい匂いに、ひたすらドキドキしてました。
 
 ───でも、僕は教師で……。
 
 瀬良君に「好き」と言われて…困りました。
 いきなりキスされたときも、一瞬くらっとしたけど…あんまり拙いキスに…心が痛くなっちゃって。
「……君はまだ子供すぎるんです。一時の気の迷いでこんなコトしてはダメです!」
 迫ってくる瀬良君のシャツを掴んで、肩を押さえて、とにかく冷静になってくれるよう、祈りました。
 どんなに大人びて見えても、本人がそう言っても、その行動は子供そのもの。
 衝動的で、後のことなど考えもしない。
 そう思い込もうとしたのに…… 
 だって、僕なんかに関わってはいけないんです。それなのに。
  
 ……びっくりした。
 ──なんですか、あのキスは!
 次の日、また迫ってきた瀬良君に…とうとう僕は……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……チュウ………」
 
 
 
「……ハマチュウ!」
 
「あ、ハイ」
「ハイ。じゃないだろ! 何考え事してんだよ」
「ごめんなさい…」
 僕は、顔が赤くなった。
 どうしても連れて行けと言われ、時々来るようになったホテル。
 僕が先にシャワーを浴びてベッドに入っていたら、瀬良君が潜り込んできて…。
「んっ」
 例のめちゃくちゃ上手いキスで、いきなり唇を塞がれた。
 瀬良君の舌が、僕の口内を探る。優しく撫でては、吸い上げて。その度背筋が痺れてしまった。
「……はぁ…」
 やっと解放されると、銀色の糸を伝わせて、瀬良君が微笑んだ。
「ハマチュウ、…色っぽい顔」
「…………」
「さっき、何考えてたんだよ?」
 また聞いてきた。鼻がくっつく距離で、僕を覗き込んで。
「顔、赤くしてさ。なんかヤラシイことだろ」
 僕は、もっともっと顔が赤くなっちゃいました。
「瀬良君との……初エッチの……ことです」
「──!!」
 瀬良君の顔も、真っ赤になった。がばっと身体を離して、僕をじっと見る。
 
「───ハマチュウ!」
 ぎゅっと抱きしめられた。
「ハマチュウ、可愛い!」
「か……かわいいって……」
 年の差、何歳だと思ってるんだか!
「あ……あぁっ!」
 耳、うなじ、首筋と唇が降りてきた。瀬良君の舌使いはどこの場所でも絶妙で、僕はどうしても声を上げさせられてしまった。
「あ、…ダメです! そんなとこ、跡付けちゃダメです!」
 首の付け根を、きつく吸われた。さすがに人目に触れそうで、僕は焦った。
「……じゃあ、ここならいい?」
 ちらっと僕をみて、楽しそうにそう言うと、脇腹に吸い付いた。
「んぁあっ…」
 ぞくりと、背中に疼きが走って、腰を捩ってしまった。
「ハマチュウ、俺のモノ! 跡付けた!」
 満足そうに笑う、瀬良君。
 実は毎回、どっかしらに付けられてはそう言って抱きしめられています…。
 
「ん……」
 愛撫の舌先が、後ろの蕾まで辿り着いた。
「あっ、……はぁ……」
 僕は仰け反って、疼きを逃がした。
 尖らした舌先を、蕾の淵に沿わせて何度も円を描く。
「んっ……ぁぁ…」
 我慢できない僕の身体が痙攣し出すと、その舌先を中心に埋め込んでくる。
「あ! ……はぁ!」
 吐息とともに喘いでしまった。
「…瀬良君……上手すぎです…」
「へへ。大巨匠、直伝に、教えてもらってっからね!」
 腰の向こうで、そんなことを言った!
「お…穏やかじゃ、ないな! その発言!!」
 僕だって、怒ること、あるんです。
「誰ですか? ……気になってたんですよ…!」
「ハマチュウ、やきもち!?」
 嬉しそうに、瀬良君が目を輝かせた。
「…………」
「ウソ、だよ。うそ! 直伝はキスまで。後は知識だけ」
「……ダメです! キスだけでも、ダメです!」
「…うるさいな。これ、上手くならなきゃ、ハマチュウいつまでも俺のこと子供扱いだったろ!?」
 また、唇を塞がれた。
「んん───っ」
 今度は手で愛撫してくる。
「ぁあっ……」
 指が進入してきて、蕾を刺激する。
「ハマチュウ…もう、焦らしはナシだ…」
 僕もコレには異議は無い。
「ハイ……久しぶりですね…」
 
「ん……」
 瀬良君が、入ってきた。熱い、僕の瀬良君……。
「あっ、……はぁっ…!」
「ハマチュウ……ハマチュウ──!!」
 激しい、腰をぶつける音。恥ずかしい水音も響く。
「あッ……あッ、あぁッ…!」
 
 ドクン、と僕の中で熱が弾けた。
「んあぁっ…!」
 僕も、瀬良君の手を白濁で汚した。
 
「……ハマチュウ」
 息を切らしながら、僕を抱きしめてくれる。
 僕より、若干一回り小さい瀬良君。それでも僕はその腕に暖かい包容力を感じていた。
 
「ハマチュウ……今度、ちゃんとデートしよ…」
「…そうですね。まだ一回もしたことなかったな……」
 首筋に暖かい息を吐きながら、瀬良君は嬉しそうに笑った。
「やった! 約束!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ハ・マ・チュ~!」
 
 印刷室で、瀬良君が口を尖らす。
「ごめんなさい、本当に時間がないんです」
 約束したまま、どこにも行けず、それどころかエッチもままならなくなっていた。
「学校の新校舎建て直しと、体育館移設の会議で、先生達は総出で忙しいんです。もうちょっと、待っててください」
「……やだ。待たない!」
「…えっ」
 印刷し終えた紙の束を移動させると、瀬良君はいきなり僕に飛びかかってきた。
「あっ! ダメです、瀬良君!……こんなトコで…」
「しっ…、すぐ終わらせるから、ダイジョブ!」
「ダイジョブって……」
 僕はもう校舎内で、あんなコトは絶対ダメだと、自分に言い聞かせていた。
 もし誰かに見つかったら大変だし、……それに…。
 焦って抗おうとしたら、バランスを崩してしまった。
「あっ」
 二人で床に倒れ込んでしまった。
「…痛ってー」
「瀬良君! 大丈夫? ……ごめんね」
 心配して、僕に乗っかってしまった瀬良君を覗き込んだ。
「センセ…キス」
 真剣な顔をして、首を伸ばしてきた。
 僕はその両肩を押さえて、止めた。
「……せ…瀬良君!」
「……なんでだよっハマチュウ!」
「ダメです…。瀬良君……こんなとこではっ……」
「だから、なんで……!」
 その時、隣の部屋から机が倒れるような激しい音が響いた。同時に、さっき自分達が立てたような、人が倒れ込む音。…小さな悲鳴。
 
「────!!」
 
 びっくりして、僕と瀬良君は無言で、見つめ合ってしまった。
「ちょっと……俺、見てくる…」
「え……ダメ……」
 そんな危険なこと…! 僕が止める間もなく、瀬良君はドアを開けて顔を半分出していた。
 
 
「…うわ───っ!!」
 
 
 思いがけない、瀬良君の悲鳴。
 慌てて起きあがって、僕も半分だけ覗いた。
 その声に危険信号はなく、単純に驚いているようだったから。
 
 
「……………」
 二つの並んだドアから、それぞれ2つづつ、半分だけ顔が出ていた。
 
 
「………ハマナカ先生」
 
 
 僕と濱中先生は、見つめ合って、同時にお互いを呼んでしまった。
 どっちも、顔が真っ赤で。
 
「ナニ……してんですか? …先生」
 濱中先生が、虚ろな目で聞いてきた。
 
 ナニをしてたんです……って、いきなり告白しだしたのかと勘違いして、僕は酷く泡を食ってしまった。
 
 ナニって、ナニって……!
 いきなりナニ言ってんですか、センセ──ッッッ!!…って。
 
 
「…先生こそ」
 聞き違いだと気が付いて、とにかく返事を返した。
 引きつる顔を、無理矢理笑顔にして。
 まともに、喋ることもできない。
 
「……ナニも」
 濱中先生も、にっこりしてきた。
 
「僕もです……では」
 それ以上、会話は無理だと思った。引っ込んでしまえ。きっと濱中先生もわかってくれるでしょう。
 笑顔のまま顔を引っ込めると、瀬良君も引っ張り込んで、ドアをパタンと閉めた。
 
 
「はぁ──────っ!!」
 閉めたドアに背中で寄りかかって、深い溜息をついた。
「びっくりした!!!」
 瀬良君も、目を見開いて、黙ったままだ。
 
「……まさか、濱中先生が…驚きです……」
「──うん、ほんと」
 瀬良君も、やっと声を出した。
「しかも、あいつ…下から顔出してたちっこいの」
「……野原君…ですね?」
「うん…。一学期の終わりに廊下で…ハマチューと話してたヤツだろ」
「…はい。彼でした」
 よく覚えているなあと、僕は瀬良君の顔を見つめてしまった。
「ハマチューと笑顔で話してるヤツなんて、珍しくて……覚えてた」
 じろりと、僕を睨み返してきた。
「あんまちっこいから、始め新入生かと思ったし」
 僕は嬉しくて微笑んだ。瀬良君、ヤキモチだ…。
「…あの時は、野原君があんまり寂しそうに、下を向いて歩いてたから。…声を掛けずにはいられなかったんです」
「それで、あいつが……ハマチュウにころっとイッちゃったら、どーすんだよ」
 ぶすくれて、ますます睨み付けてくる。僕はそれに、また笑顔で返した。
「…あの時、たぶん彼の目は…」
 僕は、何か言いたそうだった野原君の顔を思い出す。
「濱中先生しか、見えてなかったですよ」
「…………」
 ……まだ睨み付けてくる。
「瀬良君……怖いです」
 僕はドアから離れて、一歩下がった。
「……センセ。俺、やっぱしたい…我慢できない」
 ────!! …やっぱり!
 にじり寄ってくる瀬良君に、恐怖を感じた。
 
 ……嫉妬心から、性欲を煽ってしまった!!
 
「……見つかっちゃったんですよ! 事件だったんですよ? そんな後でもヤルなんて」
「関係ない。影響なかったんだから、そんなの、俺にとって何もなかったのと同じだ」
「そんな理屈は……」
「リクツ? そんな難しいもんじゃないだろ!」
「……ダメです。いい加減、…諦めて」
「…なんでだよ!!」
「ガッコウでは、やっぱり…」
「だって、センセー、忙しい、忙しいって、ちっともホテル連れてってくれないじゃんか!」
「……瀬良君」
 胸が締め付けられてしまった。
「なんだよ! ハマチュウ、俺とヤリたくないのかよ!」
 胸ぐらを掴んで、揺さぶられた。そして、悲しげに眉を寄せた。
「俺、…こんなに、ハマュウとしたいのに……」
 ────瀬良君!
「だって……だって、だって」
 僕はもう、言うしかなかった。すっかり涙目になっていた。
「クセになってしまうのが、怖くて……」
「………!」
「こんなトコで、”すぐできる”なんて、身体が覚えてしまったら……」
「…………」
「僕は忍耐の効かない、だらしのない大人になってしまう…」
「……ハマチュウ」
「瀬良君を見るたびに、求めてしまいたくなったら……僕は、それが怖いんです」
「……………」
「”今”しかなくて、いつも…こうやって二人で向かい合っている”今、この時”だけを、見ていられるなら……僕は、こんなに怖がらない」
「…………」
「でも、見えてしまうんです。僕が我慢しなければ。僕がコントロールしなければ……あってはならない未来が来てしまう」
 目から流れるものを隠そうと、両手で顔を覆った。
「僕は、それが怖いんです……」
 
「……ハマチュウ……」
 瀬良君が、僕の頭を抱えてくれた。
「俺……ごめん。俺…また、子供やってた……」
 僕の両手をそっと顔から剥がすと、辛そうな顔を覗かせた。
「こないだも……それでハマチュウ泣かせちゃったのに……」
「…………」
「ごめん。もう無理言わないから………泣くなよ……」
「…………」
 僕は、まだ泣きながら……口元がほころんでしまった。
 瀬良君の言葉、好きだ。
 それに、自分こそ、そんな顔して…。
「……うん。僕の方こそ、ごめんなさい……瀬良君を泣かせてる……」
「えっ」
 驚いて、慌てて自分のほっぺたを触っている。
「うっ……ウソ言うなよ、ハマチュウ!」
 真っ赤になって、睨んできた。
「痛い心が、僕にはわかります。僕は…100%生徒の味方なんですから」
 涙も止まったから、にっこり微笑んだ。
「っ……こんな時だけ、大人になるなよな!」
 眉を吊り上げると、ぷいっと立ち上がって印刷室から出て行ってしまった。
 
 ………あ!
 その背中を見て、胸がまた痛くなった。
 今度こそ、怒らせてしまった。
 自分の都合と気分で、教師になったり甘えてみたり……
 
 そりゃ、怒りますね……
 
 瀬良君の、振り向かない背中を思い出した。
 まだ瀬良君が怖くて、僕をどう思っているか判らなくて……でも、感謝の気持ちは伝えたかったから、「ありがとう」って。…お礼を言ったとき、いつも振り向いて欲しかった。
 振り向かない背中を、見つめ続けて……とても切なかった。
 
「また、泣いてる」
 瀬良君が呆れた声を出した。
 戻ってきて、戸口に立って僕を見下ろしていた。
「……瀬良君」
「ほら、もう泣くなって」
 僕の前でしゃがみ込むと、持ってきた濡らしたハンカチで僕の顔を拭き始めた。
「……………」
 僕は、されるがまま、顔を拭いて貰っていた。
「……ハマチュウ……ほら」
 拭ったハンカチを僕に向ける。インクで真っ黒になっていた。
「……あ」
 自分の手を見ると、インクが指先から肘の内側まで擦れたように付いている。
 きっとさっき、乾かないうちに印刷物を抱えてしまったのだ。
「まったくなあ。……前言撤回」
「…………」
「ハマチュウ………大人のふりするな!」
 厳しい目で睨み付けられた。
「ハマチュウは、”ハマチュウ”なんだ! 前も言ったけど、教師とか大人だからとか、難しいこと考えるなよな!」
「……………」
 僕はふっと笑いながら、また目頭が熱くなった。
「拭くから、手ぇ出せよ!」
 ぶっきらぼうに、僕の手首を引っ張る。
 自然、引っ張られた僕は、上体も瀬良君に引き寄せられた。
「……ぅん」
 
 瀬良君の……優しい、優しい……触れるだけのキス。
「……これくらいは、許してくれるよな?」
 上目遣いに、悪戯っ子の顔が覗き込んでくる。
「……大人じゃない僕に、許可を取るんですか?」
「うん。…子供じゃないから」
 僕は、おかしくて、とうとう声を出して笑ってしまった。
「あーっ、その手で顔触るなよ!」
「……ハイ……」
 手を拭いて貰いながら、いつまでも笑いが止まらなかった。
 
 
 
 
 
 
 すっかり忘れてしまっていたけれど。
 濱中先生とはその後、膝をつき合わせて話すような内容ではないので、本当に何事も無かったように接した。
 
 
 そして……困ったことに、瀬良君と決めた日にちに、また職員会議が入ってしまった!
 会議に出ない美術の安藤先生が職員室に残っていたので、慌てた僕は、安藤先生に伝言をお願いした。 
 もう、キャンセルは効かない。今度こそ本当に怒らせてしまうだろう。
「僕を訪ねて来る生徒がいます。その子に、この場所に先に行くように伝えてください」
 メモの走り書きを、握らせた。
「はいはい」
「必ず、後から行くからって!」
「はいはい」
 初老の安藤先生は、にっこりと快く引き受けてくれた。
 その返事を確認して、僕は慌てて会議室に向かって走っていった。
 


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