たまには、シャッフル 
 

 
「「え!?」」
 
 
 
俺と瀬良は、驚いた顔で見つめ合った。
駆けつけた待ち合わせ場所で待っていたのは、瀬良だったのだ。
ファミレスの4人掛けテーブルで一人、水だけもらって座っていた。
  
「「なんで!?」」
 
俺が聞きたい。…いや、聞いているんだ!
「瀬良……俺からの伝言、受け取ったのか?」
「知らね。……”ハマチュウは?”ってそこにいた先生に聞いたら、これ渡された」
 
――俺のメモだ……。
 
「それ、濱中センセの字か! 通りで変だと思った」
「…………」
「ハマチュウにしちゃ、汚い字でさ。よっぽど、慌ててんのかと思った」
………慌ててたがな。
「俺は、肉体労働なんでな! 字を書く必要がないんだ」
メモを握りつぶすと、浜中先生の携帯に電話をしてみた。
やはり、生徒が入れ違っていた。
 
「……ハイ、じゃあ待ってますので。すみません。よろしくお願いします」
席に戻ると、瀬良の向かい側にどっかりと腰を下ろした。
………なんで、瀬良なんかと向かい合って座んなきゃなんねえんだ。
「ハマチュウは?」
瀬良も、面白くなさそうに俺を見た。
「野原を連れて、車でこっちに来てくれる」
「……あいつ……ハマチュウの助手席、乗るのか」
瀬良はぶすくれて、顎を直にテーブルに乗っけた。
「……野原も、俺の正面におまえが座っているのを想像して、今頃胸が痛んでるだろうな。可哀相に」
冷ややかな目で、見下ろしてやった。
「センセー……ロリコン」
顎をテーブルに着けたまま、三白眼で睨み付けてきた。
「ロッ……ロリコン!? なんだそれは、違うだろ!」
ちょっと狼狽して、俺も睨み付けた。
「ロリロリじゃんか、あんなちっちゃいの」
「……ちっちゃいけど、歳は瀬良と同じだろうが! 浜中先生もロリコンか!?」
「はあ? やっぱセンセー、言うことがおっさんだな!」
「お…、おっさん!」
……かなりショックを受けた。まだ30前だぞ。
「だいたいね、ハマチュウは違うの。ハマチュウは……、俺がハマチュウを好きになったんだ」
身体を起こすと、背もたれに深々と寄りかかって、そう言い返してきた。
なんだか、変なことを言っている。
「ん? 意味がわかんねーな。おまえが、浜中先生のコトを好きで?」
「そう言ってんだよ!」
「浜中先生は? ……瀬良のこと、好きじゃないのか?」
瀬良は、目をしばたいた。
「……たぶん、…好き」
ちょっと考え込んで、小さく呟いた。顔を赤くしている。
「はは、いつもそんな顔してりゃ、かわいげもあるのに」
二人もいて何も頼まないのはなんだから、飲み物だけ注文した。
「へえ、瀬良もコーヒーでいいのか?」
「ハマチュウがコーヒー好きだから、俺も飲む」
「……へえ」 
聞かなきゃよかったぜ。 
 
 
「遅いな、ハマチュウ」
瀬良が窓の外に視線を放った。俺もつられて外を眺めた。ここからでは、駐車場はよく見えない。
「まだ、着くわけないだろ」
さっき連絡してから、まだ10分と経っていない。
「わかってるよ!」
うざったいとばかりに、睨んできた。
……しかし。
目の前でムクれている瀬良を、まじまじと見てしまった。
「……なんだよ」
「……あんな所で、何やってんだか。先生を襲うか? 普通」
「―――!!」
顔を真っ赤にして、俺を見据えた。言葉を失っている。
「……生徒ならいいってもんじゃないだろ!? 未成年じゃないだけ、むしろいいんじゃん! つか、マジ、すげぇお互い様だっつーの!」
運ばれてきたコーヒーがひっくり返りそうなくらい、捲し立てた。
「………まあ、お互い様だな」
”未成年”の所は、敢えて無視して、にやりと笑ってやった。確かに俺も、アレは急ぎすぎていた。
 
「……センセーは…野原と、いつ、くっついたのさ」
まだ赤い顔をブスッとさせて、またテーブルに顎を乗せた。
「つーか……センセーこそ、生徒に手ぇ出すなよ。心、痛まないわけ?」 
今度は、俺が言葉を無くした。
「―――そこは、痛まない」
瀬良が変な顔をした。
「……そこは? ……じゃあ、どこが痛むんだよ」
「……略奪婚したんだ。…おまえとそっくりなのから、奪い取った」
「―――!!」
瀬良が目を見開いて、俺を凝視した。
「ヒッデーッ」
「と言っても、野原はソイツとは未遂だったし、両思いではなかったからな、…あの時点では」
「へえ」
「でも時間の問題に見えたから、俺が先に奪ってやった。いきなり凄いディープキスでな!」
「!! ……唾つけたんかい、文字通り。なんちゅーセンセーだ……」
苦々しい顔で、首を横に振っている。
 
俺は、あの時の焦った気持ちを思い出していた。
体育倉庫で俺を見上げた、あの目。
独り占めしたくて、俺のモノになって欲しくて、強引に唇を奪ってしまった。
それなのに、三浦や浜中先生に、無防備すぎて…。
どうしても野原が欲しかった。
自分の腕の中に閉じこめてしまわないと、心配で気が変になるかと思った。
暴走する性欲に、俺自身が振り回されて…、野原を壊してしまいそうで、恐怖した。
「実際、無理矢理は……ちょっと可哀想だったな」
思わず呟いてしまった。
「はっ? 無理矢理?」
瀬良が耳ざとく、突っ込んできた。
「……まあ、そんなようなもんだった」
口だけ、とはいえ、嫌がっているのに強引にイかせて、泣かせてしまった。
「あんなちっちゃいのに、無理矢理? 犯罪だろ! センセ、自分の体格わかってんの!?」
勘違いした瀬良が、言わんでいいことを言ってきた。
「先生が無茶苦茶したら、壊れちゃうよ! …どうせ、あれだろ、好きだとか告白だけのつもりだったのに、欲情して止まんなくなったとか。……センセー精力絶倫そうだもんな! ついでに馬並み? 野原、よく付き合ってんな!」
俺は、ゲラゲラ笑い出した瀬良の腕を掴んで、無理矢理テーブルのこっち側に引き寄せた。
「―――!!」
驚いて笑いを止めたその顔を、もう一方の手で捕らえた。
顎を掴んで俺に向かせ、鋭く睨み付ける。
「…随分、言いたいこと、言ってくれるな」
図星の所を、ゲラゲラ笑いやがって。茶化されたことに、一瞬で怒りに火がついた。
コイツなんかに言われなくたって、酷いのなんかは、わかってる。
傷付けたいわけじゃない…あの時はしょうがなかった。
そう自分に言い聞かせてるけど、罪悪感が拭えない。それが怒らせる原因だった。
「馬並みかどうか、確かめさせてやろうか?」
「――――――」
「お前の身体が良かったら、俺の小姓か2号さんにしてやっても、いいんだぜ」
「………………」
凄んだ俺の目線に、瀬良は何も言い返さない。
しばらく瀬良と睨み合った。
 
「―――チッ、…お前を抱く気はしないな」
ポイっと瀬良の手を離した。凄むのも馬鹿馬鹿しくなって。
こいつらのせいじゃないとは言え、貴重な時間が潰れていることに、苛ついていた。
「浜中先生に悪いしな」
ついでのように、付け足した。ま、コレはホントだけど。
 
瀬良は、ほっとしたように息をついて、手首をさすった。 
「センセ…ごめん。…俺、ずっとイライラしてて。…思ってもないコト言った」
瀬良の愁傷な態度に、俺も大人げなかったと、自分が情けなくなった。
「いや……俺も、悪かった」
瀬良は俺をチラリと見ると、手元のコーヒーに目線を落とした。
「センセー。…俺もやや無理矢理……同じだよ。…止まんなくなった」
「…………」
「さっきセンセー茶化してて、ホントは俺、自分に言ってたんだ」
熱いコーヒーを口まで持っていって、飲まずにテーブルに戻す。さっきまでの憎たらしい顔が、急に暗く陰った。
「ハマチューにさ…俺が自分の感情押し付けなかったら、よかったのかなって思うときがある。でも、顔見ると止まんなくなる」
「……………」
こいつも俺と同じようなことで悩んでいるらしい。
あんな強引なキスで、振り向かせてしまった。
俺に付き合わせてしまって、よかったのだろうか…。 
「はっ! いっちょ前の悩みだな」
ニヤリと笑ってしまった。俺が子供なのか、瀬良が大人なのか。
言葉では笑ってみても、今は瀬良をガキ扱い出来なかった。
  
 
 
「……濱中センセーは、どうするつもりさ?」
「ん?」
「野原のこと」
「…………」
――どうするもなにも……。
通りすがりは嫌だと言って泣いた、野原の顔が思い浮かんだ。
つまみ食いみたいにされたくないって。
……そんなこと、俺がするはずがない。
でも……。
「ハマチュウがさあ……泣くんだよ」
「…………!」
「俺が卒業するときは、自分を見捨てろだとか……今だけよろしく、なんてさぁ」
「……瀬良」
「そう言って、泣くんだよ……」
コーヒーカップから登り立つ湯気を、じっと見つめている。
「俺…どうしたらいいのか。どういうモノなんか、わからないんだ。ただずっと一緒にいたいと思ってちゃ…いけないのかな」
目線を上げて、俺を見た。
じっと見つめてくる。
「兄貴にいろんなコト聞いて…いろいろベンキョしたつもりだけど……こればっかりは、聞けなくて」
眉を顰めてから、また俺を見た。
「……センセーならどうすんのかなって…思って」
「………」 
真っ直ぐな瀬良の視線を、正面から受け止めた。
”卒業”は俺にとっても、厳しい現実だった。野原の今後を、俺は責任を持ちたい。
でもそれが反対に、野原を辛い目に遭わせることばかりな気がして、躊躇ってしまうのだ。
「……俺は…。―――俺も同じだ」
「…………」
「野原と、ずっと一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいたいよ」
小さい野原が横にいるような気がした。視界の下線ぎりぎりの所で、いつも、もそもそと動いている。
思わず笑みが漏れた。
「……許されるなら…ずっと…な」
「―――うん」
瀬良も、目を細めた。
「浜中先生に、そのまま言ってみろよ。俺は、野原に同じコト言うから」
「…………」
この不安は、黙っていると勝手に大きくなる。それはマズイんだ。
もう、すれ違っちゃいけない。もう、野原を泣かせたくない。
そのためには、考えたくない不安と真剣に向き合っていかないと、いけないんだ。
そうすれば……
「――許されるかも、しんないぜ」
片眉を上げて、笑ってやった。
あんまり真面目な顔して、しんみりしてるから。
「自分でゴールを決めてな…そこに向かって走るんだ。走っていれば、辿り着くことはできるだろ」
俺はいつもそういうつもりで、グラウンドを走っていた。迷いがあるときは走るのが一番なんだ。
「……うん。そうだね」
明るく笑って、瀬良は声を大きくした。
「やっぱ、濱中センセーは”先生”だな!」
「ん?」
「俺のハマチューは、”ハマチュウ”だから、ちっと、ね」
「なんだ、そりゃ」
「はは、なんでもない!」
楽しそうに笑うと、コーヒーを苦そうに一口すすった。
「瀬良…ほんとは飲めないんじゃねーの?」
ついそう聞いた。どう見ても無理している。
「うるさい、ほっとけ」
瀬良は笑っていた顔を不機嫌に歪めた。
俺は呆れて、ガキにも大人にもなるその顔を、睨み付けた。
「その教師を教師と思わない喋り方、やめろ」
「どの面下げて、教師だって?」
瀬良は苦いコーヒーに悪戦苦闘しながら、ニヤリとやり返して来た。そして悪戯っぽい顔で、笑う。
「さっきも言ったけど、俺、ちゃんと濱中先生のことはセンセーだと思ってるよ」
「……へえ」
まあ、その言葉は、ありがたく受け取っておこう。
 
「浜中先生たち、遅いな」
今度は俺が呟いた。
腕時計で時間を確認すると、もう小一時間は過ぎている。いい加減、瀬良とばかり顔を付き合わせていても面白くない。 
瀬良も同じことを思うらしい。チラチラ入り口に視線を飛ばしては、ブスッとした。
その顔が、余計なことを思い出して、急に興味ありげに聞いてきた。 
「ところで、……俺のそっくりさんは?」
「―――!」
俺の、痛い所のもう一つだ。
三浦のいない隙をついた俺は、卑怯だった。
「安心しろ。他のあてがっといた」
瀬良が、さっきみたいに目を丸くした。
「……!! ひっで―――ッ!!!」
「へんな勘違いすんなよ、キューピッド役をやっただけだ」
「ぐはは! このツラでキューピッドだって!!」
「ツラって……おまえなあ」
まったく、口の減らないヤツだ。言った俺も恥ずかしくなったが。
……どうなったか、なんて詳しく聞いていない。
あの子に泣きつかれて困った俺は、そのまま全部、三浦に打ち明けた。
夏休み明けから、毎日体育館の端に小さな姿がちょこんとあるのを見ると、三浦はそれをOKしたんだな…と勝手に思っていた。
  
 
「あ、ハマチューの車だ!」
瀬良が嬉しそうに目を輝かせた。
道路に、駐車場に入ろうとしている浜中先生の車が見えた。 
 
「濱中先生、コーヒーのこと、ハマチュウに言うなよ!」
瀬良が俺を見上げてきた。
こんな時ばっか、”先生”だ。
「……ああ。俺のことロリコンとかジジイとか言わなきゃな!」
「言わない!」
「……即答かよ! 調子いいな、ったく」 
片眉を上げて、瀬良を見た。すっかり元気な顔になって、入り口を気にしている。
「……迷ったら、グランド走れよ。俺も付き合ってやるから」
「…………」
目を見開いて、俺を見る。
「……うん! サンキュー、センセ! やっぱ、センセーは先生だ!」
またそれを言う瀬良に、俺も笑った。 
 

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