夜もカエサナイ
 
4.
 
「徹平さん……」
 
 首を振って、泣き続けている。
「ありがとうございましたぁ……でも、ボクぅ……」
 下を向いて、涙をポタポタと床に落とす。
 
「……来い」
 
 両肩を掴んで立たせると、着衣も乱れたまま、レントゲン室から出た。
 
 手近のトイレに連れて行って、洗面台に頭を押し付けた。
「……!!」
「うがいしろ!」
 水を目一杯出して、顔に浴びせた。
 千尋は口に含んでは吐き出して、咽せ返った。
「そのままでいろよ」
 洗面台に手を突いて、腰を突き出している。そこに引っ掛かるように留まっているデニムとトランクスを、一気に足首まで引き下ろした。
「!! ……徹平さん!?」
「動くな」
 出しっぱなしの流水に指を浸けては、千尋の後ろの口に持っていった。
「ひゃあっ……!」
「洗い流してやる。アイツが触ったところ、全部!」
 蕾の外側を擦って洗い流すと、指を挿れた。
「ん……」
 何度も指を洗い流しては、また挿れて、アイツの指のバイキンを掻きだした。
「お前の唾液でよかった……」
「ぁ、ん……ん」
 洗面台にしがみつきながら、千尋が悶えている。
「……感じてるのか?」
「…………」
 無言でぷるぷると首を振る。
「千尋…俺、スッゲー嬉しかった。あんなことされてんのに、お前、勃たなかったろ」
 後ろを出し入れしながら、頭を撫でた。
「……あ……当たり前…です…」
「でも今、感じてる……よな。俺の指で」
「…………」
 またぷるぷると首を振る。
「? ……千尋?」
 顔を覗き込んでみた。
 洗面台に突っ込んだ顔は、悲しげに眉を寄せてボロボロと泣いていた。
「ボク……もう、誰にも触られたくなかったのに……」
「………」
「徹平さんに、やっと人間にしてもらえたのに……妻に……」
「……千尋」
「うぅ……ううぅ……」
 俺は洗う手を止めて、千尋を抱き起こした。
「触っちゃダメです! ボク、汚いんです……徹平さんに感じる資格も、もうないんです!」
 暴れ出した身体を押さえ付けて、キスをした。
「…やっ……!」
 舌をねじ込んで、歯の一本一本を舐めていく。
 舌を絡め取ると、その表面もこすり取り、一回そのつばを吐き捨てた。
 もう一回舌を入れて、俺の唾液を送り込んだ。
「ん……」
 顎を持ち上げて、舌を絡ませ、呼吸さえ許さないほど吸い上げた。
「ん……んんッ……」
 身動ぎながら、千尋の喉が嚥下する。
 俺はそれを確認して、唇を離した。
「浄化終わり」
 千尋の目を覗きこんで、微笑んでやった。熱っぽく火照った目が、俺を見返す。
「……徹平さん」
「もう、元の千尋だ」
 言いながら、もう一度背中から抱き込み、正面の鏡に二人の姿を映した。
「お前……、こんな顔、絶対アイツに見せなかった」
「……はい」
「操を守ろうとして…、フェラを選んだんだろ?」
 鏡の中の千尋が、唇を噛み締めた。悲しげに瞳を潤ませて、小さく頷く。
「……辛かったな」
 頭を撫でてやった。
「……怖かった。……気持ち悪かったです……触られるの……」
「千尋のせいじゃない。あんなので、お前が傷つくことは無いんだ」
「でも……」
「お前が穢れたなんて、思ってない! 他に何が気になるんだ?」
「…………」
 少し愁眉を開いたように、顔色を明るくして、俺を再度見上げた。
「……可愛い。……千尋……心配すんな。俺が全身浄化してやる」
 胸の中心も洗ってやった。
 冷たいだろうに、千尋はじっと動かないで俺のされるがままで、腕の中にいる。
 脇から顔を胸に寄せて、ソコも舐めてやった。
「ぁ、ん……」
 こりっと、小さな粒が立ち上がっている。
(う……)
 俺の舌先から股間に、ダイレクトに衝撃が来た。
「む…胸もオッケー! 後は……」
「……え」
「こっち、来い!」
 脱がした衣服を掴んで、千尋を引っ張り、個室に入った。
「便座に手、突け」
「……えぇっ……」
 振り返って戸惑う千尋に、ニヤリと笑ってやった。
「浄化してやる、中まで!」
 洗って冷たくなっている蕾に、唇を寄せた。
「んぁあっ……!」
 舌を差し込んで唾液を送り込む。
「んンッ……」
「イクゾ……」
 自分の熱くなってるモノを取り出して、そこに押し付けた。
 一瞬、ぐっと硬く反発する。
 その後はヌルリと先っぽを咥え込む。
「ぁ、ん……」
 はぁと、吐息を吐き出した。少しずつ挿入を進めていく。
「ぁ、ぁあ…」
 きゅっ、きゅっと、リズムをつけて、俺を締め付けてくる。
「ちひろ……やらしい動き」
「………ん」
 全部挿れると、胸を愛撫しながらキスをした。
 かなり無理な体勢で振り向く千尋。
 キスの合間に漏れる、ハァハァという吐息が、堪らない。
 
「千尋……愛してる」
「……徹平さん…」
「無事でよかった」
「……はい」
 
 ゆっくり腰を動かしていき、俺の熱を千尋の蕾に擦りつけた。
 さっきの気色悪い感触を、払拭してやりたかった。
(……あの野郎……、ここに指、ツッコミやがった!)
 そう思うだけで、怒りがいくらでも込み上げてくる。
「千尋……ごめんな、守ってやれなくて……ごめんな」
「ん……はぁ、……っ!」
 乱暴になりそうな動きを堪えながら、囁いて後ろを突いた。
 前も扱いてやると、中の奧で搾ってくる。
「んんぁあ……!!」
「クゥッ……!」
 同時に呻いて、荒い息を吐いた。
「いぃっ……てっぺーさん……いいよぉ……気持ちいい…」
「千尋、……サイコー……」
 
「あ、ん…、あぁっ…い……イキます…ぁあああッ!!」
「イクッ……!」
 
 二人して、絶頂を迎えた。俺は全てを千尋の中に注ぎ込んだ。
「……はぁ、……はぁっ……」
 挿れたまま、千尋を抱き締めた。
「これで、浄化出来た……もう汚染されてないぜ」
「……はい…」
 また泣き出す千尋の涙を、拭ってやった。
 
 トイレの外では、騒がしい足音と叫び声が聞こえる。
「……行こう。ここも人が来る」
「…ハイ」
 ビクッと身体を震わせて、不安な声を出した。
 
 やっと、本物の笑顔が見れるようになったってのに……!
 悔しさが、胸を灼く。後悔が俺を苛んだ。
 俺は、ちらっと思っていたことを、決心した。
(恥も外聞も、エゴもねぇよな……この際)
 やっぱコイツを無防備では、いさせらんねぇ!!
 虫が寄り付かないように、しなけりゃなんねえんだ!
 
 俺は翌日、早速それを買ってきて、他に用意していた小さな包みの横に置いた。
 
 
 
 それにしても、今回の代償はまた大きくて……
 窓枠を乗り越えるときに、右手の平を思いっきり切ってしまった。
 千尋のことを何とかしたくて、ケガは後回しにしていたけど……
 廊下からトイレの床から、千尋の体中にまで……
 そこら中に赤い染みを垂らして、擦り付けていた。
 それを見た千尋の方が、貧血起こしてぶっ倒れそうになった。
 
 布でグルグル巻きにして、一度帰って着替えてから外科に向かった。
「……てっぺーさぁん」
 千尋は大量出血を見て、泣き出すし…俺は痛いわで、散々だった。
「千尋……警察沙汰になると、お前の名前が出てしまう」
「…………!!」
 訴えれば、あの医院長を裁くことが出来る。復讐はできるけど……
「だから、絶対何があったかは、言うな。病院と警察は、繋がっているんだ」
「……はい」
 やっと聞こえるような小さな声で、返事が返ってきた。
 
 犯罪が行われた結果かも知れない、怪我……。
 それを見極めて通報するという、医者の善意の義務。
 でも今の俺たちに、そんなモノは必要無かった。
「千尋」という名前が世に出ることの方が、俺たちが最も恐れていることだったからだ。
 
 傷は手の平を横一文字に横断していて、5針縫う深さだった。
「当分、運動は禁止です! 運転もダメですよ。お風呂も一週間は控えてください」
 千尋の細かい傷も、看てもらった。破片が入り込んでないか心配だったから。
「お兄さん、弟さんの心配している場合じゃないですよ! とにかく、神経を切らなかったのは奇跡ですね、抜糸するまで消毒するから、毎日来なさい!」
 家の窓ガラスをふざけていて割ってしまったと、適当なことを説明した俺に、いい年して何をやっているんだと、先生は呆れながら、痛み止めと化膿止めも処方してくれた。
 
 
 
 
「……てっぺーさぁん」
 部屋に戻っても、泣き続けている。
「千尋……来い」
 俯いてる頭ごと片手で抱き寄せて、ベッドに腰掛けた。
 脚の間に座らせ、背中から全身をくるみ込んで抱き締めた。
 
「……予兆は、あったんだな?」
「……え?」
 
 唐突な俺の問いに、千尋が泣きやんだ。
「アイツに一回、襲われてたんだろ?」
「………!!」
 ビクッと、身体を振わせる。
「バカ野郎!」
 顎で頭を小突いた。
「なんで、そん時言わない?」
「…………」
「俺とお前の間で、隠し事か?」
 深層心理の夢まで覗いたって仲なのに……
「……ごめんなさい…」
「何で、言わなかった?」
 
「……心配かけると……思って」
 
 はあ、と、俺は大きな溜息をついた。
 そんなこったろうとは、思ってたけど。
「そのせいで、こんな危ない目にあったんだぞ!」
 アイツを思い出すと、怒りが再燃だ。
「ごめんなさい……ボクのせいで……徹平さんが……」
 千尋を抱き締める俺の手を、両手でさすった。
 右手が真っ白い包帯で、グルグル巻きだった。
「これは俺の不注意だ! 気にすんな!」
「…………」
「それより、もう一個」
 俺はニヤリと笑って、千尋の顔を横から覗き込んだ。
「お前、接骨医院で俺見てボッキしてたんだ?」
 
「───!!」
 
 目を瞠って、顔が真っ赤になっていく。
「だって……だって……」
「なんだよ?」
 
「捲り上げた袖から出る、徹平さんの腕、……格好良くて」
「!!」
「片足だけズボンから出してるとこなんか……もう」
 それ以上は、言葉を濁してしまった。
「俺も。お前が肌を露わに、看護師に触られてるの、スッゲー気になってた」
「……ボクは、あの腕がボクを……って思って、幸せでした」
「!!!」
「そしたら、夜のこととか、思い出して、……その……アレしちゃってたんですねぇ」
 照れて、半泣き笑いな顔を作っている。
 
「───千尋ッ!」
 
「あぁ! ダメですよぉ! 運動は禁止です~っ!!」
 
 白い胸をまさぐり始めた俺の身体を、必死に剥がそうとする。
「何言ってやがる! とっくに一運動してんじゃねえか!」
 こんな可愛い千尋を目の前に、お預けもクソもあるか!
 ズボンをズリ下ろして、中の温かいモノを左手で握った。
「ああぁ! てっ……徹平さんッ!!」
「もう、カチカチじゃんか!」
「ひゃああぁっ」
 
 全部脱がして、脱がされて…ベッドの上でもみくちゃになって、抱き合った。
「千尋」
 顔に再び作ってしまったかすり傷を、一つ一つ、キスで辿っていく。
「ん……」
 くすぐったそうに、目を細める。
「ちひろ……隠し事は、無しだぞ」
「……はい」
「あとでこんなコトになるなら、先に言っといた方がよかったろ?」
「……はいぃ」
「なんか危険を感じたら、すぐ俺に言え。いいな?」
「……はい~っ……ゴメンナサイ…」
「……んじゃ、もういから」
 俺の身体も限界。
「入れるぞ」
 
「えっ!」
 千尋がギョッとして振り向いた。
 起きあがった俺は、さっさと千尋の腰元に陣取った。
「あ…あのッ、ほぐしとか……その…そういうのは!?」
「さっきヤッたから、まだイケル」
 四つん這いにさせた白い腰を、抱え上げた。
「むっ、無理です~~」
 俺は喚く声を無視して、再び桜色の蕾に唇を寄せた。
 舌を挿れて、唾液を送り込む。
「んっ……ぁああ」
 すぐに自分の怒張をあてがい、先端を小さな口に埋めていった。
 軽い締め付けと、柔らかくまとわりついてくる内側。
 
「……熱い…お前の中」
「あ、…あぁ…っ」
「千尋……」
「徹平さん……っ」
 
 右手を庇いながら、上になったり下になったり。
 千尋を突いて突いて、責めまくった。
「お仕置きだ……黙ってた事の!」
「ぁああっ……ごめ…ごめんなさいー……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 寝室にシングルベッドが二つ。真ん中に道を作って、8畳のフローリングの左右に置いてある。
 だけど俺たちは、毎晩どっちかのベッドで一緒に寝ていた。
「ダブルベッドが、よかったのになぁ」
「それは、さすがに……」
 クタクタになった千尋が、腕の中で息も絶え絶え、困ったように笑った。
「お母さんが……」
「ヤバイよな」
 俺も口の端を上げた。
 
「でも……ベッドが小さい分、密着できますから…」
 暖かい息を俺の顎にかけながら、上目使いに見上げてきた。
 キラキラと輝く瞳。
 ガラスの向こう側で悲しく揺らしてても、……澄んでいて綺麗だった。
 
 
 それを見て、思う。
 やっぱ、この目を直接見ていいのは、俺だけなんだって。
 
「……そうだな」
 甘えてすり寄せてくる頬に、キスをした。
「この狭いのが、いいんだ」
「ハイ。…前向きな、”しょうがない”です~」
「はは……、それだ!」
 
 もう一度キスをして、相変わらず情事の跡もそのまま……
 やっと俺たちは長い一日を終えて、眠りについたのだった。
 


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