夜もカエサナイ
 
7.
 
その後は、ケガも順調に回復していき、平穏な日常が流れていった。
 
ただ千尋に、妙なクセが残った。
朝、スーツに着替えようとクローゼット前に立つと……
 
(……また来た)
 
頭一つ低い、頭頂部が視界の端に入る。
そそと寄ってきて、俺にシャツを着せようとする。
首に手を伸ばしてきて、ボタンをはめようとする。
 
「千尋、俺はもう完治してて、自分で着替えられるんだって、何度言ったら!」
「えぇ〜……、完治してたって……」
情け無く眉を寄せて、なんでダメ? という顔をする。
「うっとおしい!」
伸びてくる手を払って、さっさと着替えなければならなかった。
 
毎日毎日朝晩、俺の着替えを手伝っているうちに、楽しくなったらしい。
嬉しそうに口元を綻ばせて、目の前に顔を寄せながらボタンをはめてくれる姿は、めっちゃくちゃ可愛い。
―――だからこそ、俺には地獄だった。
朝っぱらからそんな顔見せられて、首元に息を吹きかけられたら、堪ったもんじゃない!帰宅後の着替えなんて、脱ぎながら襲ってしまう始末だった。
 
 
「はい、お弁当です〜」
玄関で、必ず弁当を渡してくれる。
俺も感謝のキスを、返してやる。
「毎日、あんがとな!」
パンダがプリントされてる青い巾着袋を受け取って、唇に軽くキスをした。
顔を離すときの、潤む瞳……ヤバイ。
「いってらっしゃ〜い」
「行ってくる」
 
結局俺は、股間を隠して車まで走った。
そんなことを、毎朝繰り返して……
 
  
 
母親も時々、泊まりに来るようになった。
「来てみりゃ、近いじゃないさ」
なんて言って。
親父を置いて、一人でひょいっとやってくる。
その時だけは、俺たちも我慢だ。
勃起してるソコを隠すのに、必死だった。 
 
「なに、その眼鏡は!?」
新しい眼鏡姿を見たときは、「似合わない!」と、驚いていた。
「どんなんなら、似合うんだよ?」
俺が訊くと
「もっとあるだろう、普通のが!」
苦々しい顔をして、眉を寄せる。
「普通のって、どんなんだよ!?」
「母さんにだって、わかんないよッ」
「なんだよ、それ」
「なんかさ、千尋ちゃん、無理してるように見えてさ。……それ、本当に千尋ちゃんの趣味かい?」
覗き込んで、聞き出す始末だ。
( その違和感が、俺の安心を買ってんだよ!)
俺と千尋は引きつり笑いを堪えるのが、大変だった。
  
 
「千尋ちゃんがいて、よかったわぁ」
部屋の中の整然とした様子に、いつも目を丸くしていた。
「え〜……」
「徹平一人じゃ、心配で心配で……。前回の狭いトコだって、どうだったか判りゃしない!」
「何、言ってやがる! 寂しいっていっつも言ってたのは、そっちだろ!」
照れる千尋の横で、調子に乗って子供扱いするから、俺も応戦する。 
頼りねぇのは、どっちだよってんだ!
「ああ、この子は! 親に向かってその言葉遣い、変わらないねぇ、全く!」
「あはは……」
 
千尋も、笑い出す。
母さんが来ると、別の風が吹き込むようで、俺たちにはとてもいい刺激だった。
ちょっと煩すぎるそれさえ、俺は聞けるようになっていた。
 
 
自慢の絶景ポイントにも、連れて行った。
朝も早いし、道がキツイ。母さんは、ブツブツ言いながら、やっとこ着いてきた。
「ココが、俺が惚れ込んだ場所!」
夏に差し掛かる季節。
冬ほど空気は澄んでいないから、かなり印象は違う。
でもやはり、圧倒的な迫力だった。
朝陽に照らし出される山脈の尾根、大パノラマ。
不動の存在感……。
 
「俺……これを見れる限り、ここに住む」
「………」
景色に目を瞠っている母親に、つい言ってしまった。
「ごめんな……不肖の息子で」
 
反対側に寄り添っていた千尋が、俺の袖を握った。 
「ボクも……連れて来て貰うたび、感動してます」
真っ直ぐ視線を前に向けながら、透明な滴を頬に伝わせる。
千尋はここに来るたびに、静かに涙を流した。
「山が懐かしくて帰ってくるって……ほんとによく…解ります…」
 
「――会社をクビになりゃ、帰ってくるかねぇ…と、思っていたけど」
はぁと、深い溜息をついて、母さんが首を振った。
「相手がこれじゃあ、敵わないね」
ふふと、口の端を上げる。
「母さんも、こっちに住もうかね」
 
「えっ!?」
 
思わず二人で叫んでしまった。 
「なんだい、いけないのかいッ!?」
じろりと、眉を寄せた。
「いや…親父は、どうすんだよ!」
焦った俺に、大口を開けて「ははは!」と笑い出した。
「バカだね! もちろん定年してからだよ!」
 
腰を抜かしそうな発言は、俺と一緒に住む…ってことではなかった。
将来世帯を持つであろう俺の近くで、孫を見たいと……
それを知った俺と千尋は、やはり見つめ合って、冷や汗を垂らした。 
「お前……産める?」
「そ……それだけは、ムリですぅ」
「俺も、ムリだ…」
「……そうですよねぇ」 
 
こっちに移住してくれるのは、正直、スッゲー嬉しい。
……でも、孫だけは諦めてもらわんとな――― 
 
奥さんと子供…そんな当然の家庭を、俺もいつかは築くだろうと思っていた。
でも……母さんには済まないと思うけど……
俺には千尋が居てくれれば、それだけでいいんだ。
 
 
影が薄いが、千尋を親父にも会わせた。
夏前の大型連休に合わせて、母親が帰る時、一緒に3人で上京して。
「よろしくね、千尋君」
「……はいぃ」
二人とも照れて下を向いていた。 
 
 
「徹平さんは、お母さん似ですよね〜」
「……認めたくないが、そうだろうな」
後日、風呂の中で、しみじみ語ってしまった。
 
 
 
 
 
 
同じ時期……7月には、七夕もやった。
二人して用意した短冊は、一枚づつ。
 
「お前、それだけか。……何、書いたんだ?」
「あっ、徹平さん! ズルイです〜!」
奪い合って、お互いの短冊を見てみたら……
 
”ずっと、このまま”
 
お互いに、同じコトを書いていた。
「……はっ、これじゃ一枚だけでいいな」
おかしくて、笑ってしまった。
「え〜っ! ダメですよぉ! 二人でそう思ってることに、意義があるんです!」
デッカイ笹竹に、一枚づつピラピラ……。
ベランダから外にかざして、二人で夜空を見上げた。
 
「天の川……綺麗ですねぇ…」
うっとりと眺め上げる後ろに立って、両側から腕を伸ばして柵を掴んだ。
千尋は俺の胸に背中を預けて、じっとしている。
青天に浮かぶ月は、糸のように細かった。おかげで、星が比較的見えた。
「雨、降らなくてよかったな」
「はい〜! でも降ったら、カササギさんの背中に乗っけてもらうから、大丈夫ですぅ」
「……なに……かささ…?」
「えぇ〜、知らないんですか? 雨で天の川が氾濫して渡れないときは、カササギっていう鳥が背中に乗せて、二人を合わせたんですよ〜!」
驚いた顔で、俺を振り向く。俺だって、ビックリだ…
「へえ……、お前、変なこと、知ってんなぁ」
「あ、絵本に載ってたから、覚えてるんです……」
「……そうか」
妹に読んでやってたって、言ってたな。
「…………」
腕の間で、黙り込んだ身体を抱き締めて、横から千尋を覗き込んだ。
「俺と彦星、どっちがカッコイイって?」
「えっ……そんなの………てっぺーさん……です」
真っ赤になって、目を見開く。
「今日は、俺の誕生日だよな」
「……はい?」
千尋からは、心づくしの手料理と、ちゃんとした弁当箱をプレゼントしてもらっていた。
「プレゼント、もう一つ欲しい」
言いながら、唇にキスをした。
「………徹平さん…」
星明かりに瞳を潤ませて、熱っぽい視線を返してくる。
さわさわと心地よく笹が鳴るのを聴きながら、今度は深く舌を入れた。
「……はぁ…」
「…とびきり可愛い、千尋をくれ」
耳に囁いて、シャツの胸の隙間に手を差し込んだ。
ぴくんと肩が揺れる。
「……ん」
すべらかな肌の上に、小さな突起……
「あっ……ぁん…」
豆粒みたいなそれは、指の腹にも心地いい。
「あ……ぁ…」
「……早速、いい感じ」
撫でるように、そっと転がした。
「くぅ…ん」
下唇を噛んで、全体重を預けてきた。
「――ベッドにいこう」
「……はいぃ」
 
 
千尋の手首は完治していて、どんな体位でも、もう心配は無かった。
「てっぺーさん、27歳…おめでとうございます」
ベッドの上でぺたんと座り込んで、上気させた顔を向けてくる。
 
「プ……プレゼント……どうぞぉ…」
 
真っ赤になって、両腕を差し出してきた。
その首筋と鎖骨には、既に俺が付けた赤紫の斑点……。
はだけた寝間着が、エロ度を更に演出している。
(う……これ、一番サイコー)
俺は鼻血を噴く思いで、遠慮なく受け取った。
その夜は、いろいろな角度で責めたり、試したり……やりたい放題してしまった。
―――なんてったって、プレゼントだからな!
「徹平さん……こんなの……ムリですぅ…」
「千尋……可愛い……」
「そうじゃなくて、……あっ、…ぁああっ!」
  
翌日は、お返しプレゼントをくれてやった。
同じコトをして、千尋をヘトヘトにさせ、翌々日は一日中動けなくさせるほど……。
 
 
 
 
 
夏も終わる頃、母親がまたひょいと顔を出した。
「夏バテしないようにね、これからの残暑が厳しいんだからね」
そう言って、持ってきてテーブルに並べたモノは……
「キャベツの千切り……にんじんの千切り……」
俺は呆れて、そのシオれた野菜の慣れ果てを眺めた。
「母さん…なんで切ってくるんだ?」
「すぐ使えるようにと、思ってさ……」
そう言えば、思い出した。
もう何年も前だ。俺がこっちに来たての頃。
同じものをタッパに詰めて、送ってきたことがあった。
不在で、すぐに受け取れなかったのも悪かったんだけど。
開けてビックリだ。みんな腐っていた。
普通の宅急便で、生野菜刻んだのなんか送りやがって……!
その悲しい親心と、捨てるしかない残骸に、何とも言えない悶絶を味わった。
今なら、笑いながらもう止めとけって言えるけど……。
あの頃は何故か、悔しさ、腹立だしさが勝って、怒鳴りつけてばかりいた。
 
「ま……まだ、使えます! お母さんっ!」 
励ますように、千尋がガッツポーズを作った。
「そうだね、じゃあ始めるかい。手伝っておくれ! 鍋は何処だい?」
へこたれない母親は、自分ちの台所のように占領して、千尋をこき使った。
  
 
 
「お母さん……パワフルですぅ」
「俺と話せるようになって……喜んでんだ、アレ」
夜、それぞれのベッドの中から、向かい合ってひそひそ話していた。
「千尋……こっち来い」 
「えっ」
母さんの相手をしてくれるコイツに、感謝をしたかった。
ただ抱き締めて眠るだけでいいから。
 
「だっ……だめですよぉ〜! 見つかったら……」
「夜中に、寝室なんか来るわけ無いだろ! おら、早く来い!」
母さんは、壁一枚隔てた隣のリビングで、布団を敷いて寝ている。
音や声を立てたらヤバイけど、抱き合って寝るくらだったら…平気だろう。
「…………」
千尋が目を見開きながら、緊張したカオでベッドに入ってきた。
「……サンキューな」
「え?」
背中から抱きかかえて、丸くなった。 
振り向こうとする頭も肩も押さえ付けて、ぎゅっと丸くなった。
掛け布団を頭まで被って、真っ暗な中……
二人の息遣いが、妙に大きく聞こえる。
 
「キスしたくなるから、こっち向くな」
 
「……ハイ」
素直な千尋。ピクリとも動くのをやめて、前を向いたまま抱き締められている。
サラサラの髪が流れて、頬にかかっているのを、後ろに梳いた。
そこに俺の頬を合わせて、柔らかさと体温を共有する。
胸に回した手に、千尋のトクントクンと脈打つ鼓動を、感じる気がした。
 
「キスしたら、それだけじゃ…済まなくなるよな」
「……ハイ」
 
 
 
「………声、出さなきゃ……イケるか?」
 
 
 
「えぇっ? ……ムリで…………ぁあっ!」
  

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