夜もカエサナイ
 
10.    
 
 
「ひゃあああ! 綺麗ですーーーっ!!」 
 
 
園内は、確かに大人しかいなかった。
 
子供が忙しなく走ったり、大声で叫んだり……遊園地特有の騒がしさが、まるで無い。
その代わり、殆どがカップルで、人目も気にせずにイチャイチャしている。
そして、クリスマスのデコレーションが、半端じゃなかった。
周り中の木という木に、金と銀のモールがかけてあり、青や赤の光る球がぶら下がっている。
電飾のイルミネーションがそれらを輝かせて、幻想的な色を作り出していた。
幹の足元には雪をあしらった、真っ白な綿が敷き詰めてあり、下からの乱反射も、現実感を無くしている。
「……スゴイですねえ」
千尋は、煌めく光を瞳に映しながら、あちこちを見渡してはしゃいだ。
「ああ…なんか、クリームたっぷりのクリスマスケーキの上に、乗っかってるみたいだな」
 
バックミュージックには当然のように、いろいろなクリスマスの曲がメドレーで流れている。
「あ、なんかいい匂いします!」
人集りのする方へ行ってみると、なにやら香ばしい匂い…
「えっ、珍しいな。団子かよ!」
広場に屋台が並んでいて、いろいろな食べ物屋が賑やかに客寄せをしている。
その中で、一際客を寄せ付ける匂いを放っているのが、焼き団子屋だった。
「普通、クレープとかじゃねえ?」
近寄ると、買い終わった若いカップルが、さっそく食べ始めていた。
(……おいおい)
お互いに串団子を、食べさせている。
腕をクロスさせて、相手の口へ団子を運んで。
「…………」
千尋が、穴の空くほどそれを見ている。
「こら、凝視すんな」
俺は掌で目隠しをして、頭ごと胸に引き寄せた。
「…………」
腕の中から、上目遣いに俺を見上げる。頬を紅くして、口元が何か言いたげ……
「まさか……アレが、やりたいのか?」
こくっと頷く。
(マジかよ……)
期待した子供みたいな顔に、俺も負けた。しょうがねぇな…。
俺はみたらし、千尋はあん団子を買った。
焼きたての熱い団子のせいで、トッピングも柔らかくなっていた。
「美味そーっ!」
しかし食べにくい。
「口に刺すなよ!」
串団子を食べ合わせるなんて、危なくてしょうがない。咥えた団子を上手く串から引き抜けないでいると、あんこが剥がれてすべり落ちてしまった。
「あっ!」
千尋のは、タレが滴り落ちた!
「ははは!」
もう、情け無くて大笑いだ。泣きそうな千尋に、しょうがないからもう一本買ってやった。
「美味しかったですー!」
上機嫌に戻ったところで、どこで遊ぶかマップを見てみた。
「これ、なんですか〜?」
 
”相棒を探せ! 暗闇でサーチライト”
 
「面白そうだな!」  
「面白そうですね!」
 
行ってみて、驚いた。
真っ暗な室内の真ん中に、灯台みたいな建物。てっぺんのサーチライトが一筋の光を放ち、ランダムに床や壁に円を描いていた。それに照らし出された者だけが、姿を現す。
入り口で、仄かに発光するブレスレットを手渡された。
「これを嵌めて、お互いのを奪い合う。取られた方の負けだと! 声を出して呼び合うのは禁止。土足厳禁」
壁に貼ってある説明書を、読み上げた。
「捕まえたらもう、貴方のモノです……襲ってしまいましょう! ……なんだこりゃ!」
「ボク、がんばります〜!」
ガッツポーズの千尋……。おいおい、お前が勝つつもりか?
「徹平さん?」
「いや……じゃあ、入るぞ!」
よからぬ妄想に、思わず気をとられた。
でも真っ暗な室内に入った途端、本来の楽しさが味わえた。
某泥棒と刑事になったような気分だ。照らされない場所は真っ暗で、自分の足元さえ見えない。
 
床を這う、円状のスポットに入らないように走って逃げ回る。そうしながら、千尋の気配を探した。
サッと光が通った時、人影が見えた。
(お!)
俺はそっちに走って、腕を伸ばしてみた。何か柔らかいモノが触れた。
「千尋、めっけ!」
掴んで引き寄せると、ブレスレットがある手首をねじ上げた。
 
「え!?」
「きゃああぁ!!」
 
目に入った赤い光。
俺たちのブレスレッドはグリーンだった。
同時に女の子の悲鳴……
「うわっ! ごめ……」
俺は慌てて、身体を離した。
(うっげー! 他にも客が交じってんの……!)
闇鍋状態だということに、驚いた。
(千尋……!)
他のヤツに間違えられて、捕まえられたくなかった。
 
「あっ……!」
小さな叫び声と、もみ合う気配。
「千尋!?」
そっちに走っていこうとして、光に照らされてしまった。
「徹平さん、めっけーっ!!」
後ろから不意に抱きつかれた。
「あっ! クソッ」
あっちは違ったか……なんて思いながらも、千尋が無事で安心した。
早速、俺に抱きつく手を掴んで、反対にねじ伏せた。
「あぁっ……」
倒れ込んだ身体にのし掛かって、ブレスレッドを奪った。
もちろん、グリーンだ。
「てっぺーさん……」
悔しそうな声が、聞こえてくる。
「俺の勝ち……大人しく、襲われろ」
「……はいぃ」
真っ暗な中、手探りでキスをした。
 
「面白かったですねー!」
「ああ!」
キスと同時にタイムアップだった。ブレスレッドがバイブレーションで、帰れコールを知らせた。
闇から抜け出して、改めてキス。
「やっぱ、顔が見えた方がいいな」
「はい〜!」
お互いの唇を舐め合ったりした。後続が出てきそうだったので、それ以上はできなかったが。
「次はどこですかぁ?」
「ん〜、ここはどうだ?」
 
”宝物を探せ! 貴方の真のお宝が見つかります”
 
「宝物〜!」
「持ち帰りOK? 見っけたら、貰えるんか」
行ってみると、サバイバルな格好に着替えさせられた。
「徹平さん、アーミースタイル、似合います〜!」
「お前は、イマイチだな」
迫力に欠ける千尋の優しい空気は、衣装負けしていた。
「え〜! ボク、負けないですよー!」
また勝とうとしているガッツポーズに、笑ってしまった。
「ええっと……、貴方が一番に思うモノをキーワードとして、こっそりインプットしてください?」
(こっそりって……)
苦笑いしながら、それぞれに入力した。
「んで? 箱の中に、一番大事なモノを入れてください。ナマモノOK。金銭物は禁止です……」
一番大事なモノ……ナマモノ?
俺は千尋を横目で見た。そして、箱を見た。
(……入る…)
千尋も俺を見ていた。……おいおい。
「ボク……徹平さん。……それ以外、大事なモノなんて…無いです…」
(マジか……)
「いや、ダメだ! こんなモンにお前を入れて、何かあったらどうするんだ!」
箱にはレールが付いていて、入れたら蓋が閉まってすべり落ちていく様になっている。
「そうですよねぇ〜」
千尋が思案顔で箱を眺めていて、何かを閃いたように変なジェスチャーをしだした。箱の上で掌を下にして腕を振っている。
「……? 何してんだ?」
「えへへ……”気持ち”を入れてるんです」
「は?」
「一番大事な、気持ち……徹平さんへの。これ、ナマモノですぅ〜」
「!! ……千尋!」
グイと引き寄せて抱き締めて、思いっきりキスをしてしまった。そして俺も真似をして、アホっぽいと思いつつも箱の上で手を振った。
「こんなんでいいのか!?」
笑っていると蓋が閉じて、ヒトが一人入る大きさのそれは、坂を滑り落ちていった。
「えっ」
 
《ゲームスタートです。奪われた宝物を、探し出してください》
 
頭の中に、アナウンスが響いてきた。
気が付くと、鏡張りの迷路の中に一人で立っていた。
―――なんだココは……千尋は?
無数の合わせ鏡の中で、自分の姿が無限に映し出される。
総ての俺が、一斉に横を向いた。
その中で一枚だけ、細い通路の奥の鏡に、走っていく千尋の後ろ姿が映った。
(千尋……!)
 
俺はその後を追って、迷路に迷い込んで行った。
消えては、何処かの鏡に映る。 
何枚にも、同時に映ったりもした。
(……どれが、本物だ?)
後ろ姿が、同時にちらりと振り向いた。
(……!! あれか!)
振り向いた横顔は、微妙に違っていた。
丸眼鏡、長方形眼鏡、素顔……。
俺は迷わず、真ん中の長方形眼鏡を追いかけた。
いつの間にか道が一本に搾られ、出口のような板戸が一つ、突き当たりにあった。
「……」
そっと開いて外を覗くと、そこは千尋がさっき拭き掃除をしていた裏戸だということが判った。
それは、外ではなく、中を覗いていた。
 
(あ……!)
千尋が、作務衣姿で働いている。
その顔に、眼鏡がない。
擦れ違う研修生が、声を掛けた。
「お前、眼鏡は?」 
「めんどくさいですぅ…あんなの。本当はしたくなかったから、いいんです〜!」 
嫌悪するように、眉根を寄せて……
 
 
(……!!) 
 
 
「ボクが辛いのわかってて、あんなのさせるなんて。……無理して掛けてたけど、もうイヤになっちゃったんです〜!」
見たこともない、嫌悪した表情。
 
 
――嘘だ…こんなの…
 
 
愕然として見つめていると、その顔がゆっくりと俺を見た。
目を細めて、笑う。
 
 
 
「――本当に、…うそ?」
 
 
 
そう言うと、千尋はまた背中を見せて走り出した。
―――――!!
俺はそれを捕まえたくて、必死に追いかけた。
気付くと、いつの間にか山の中を登っていた。
「――え!?」
うっかり滑って、手の平を切ってしまった。
(痛ってー!!)
舐めると、血の味がする。ホントにケガしている……。
 
――なんだこれは……悪趣味にも、程がある!!
 
「……………」
千尋が心配になった。
何を見せられていることか……ドジだから、大ケガをしてなけりゃいいけど。
山を登り切ると、見慣れた風景が広がっていた。
―――あの山脈だ。
 
「ボク、コレを見るの………本当は辛いんですぅ」
すぐ横で、千尋が立って泣いていた。
「……!!」
「だって……コレを見せられたって、いくらお父さんがここを好きだったからって、……もう帰って来ないんですよ……」
透明な涙を、頬に伝わせ続ける。
「……千尋」
思わず抱き締めた。
(あっ……)
身体がかき消えた。
 
「……クッソ!! 宝探しって何だよ! いい加減にしろよッ!!」
 
腹が立って、思いっきり叫んだ。
いきなり風景が変わって、厨房の中だった。
(……!?)
桶みたいな大きいステンレスの流し。打ちっ放しのコンクリの床。
後ろの作業台には、人が横になれそうな、大きな白いまな板……。
その奧の暗がりに、人影が二つあった。
(千尋……!)
 
「や、……やめてください」
「言うことを聞け……クビにするぞ…」
「親方……」 
 
シルエットがもみ合いながら、そんな会話を聞しているのが、聞こえてくる。
(……!!)
 
「働きたいんだろう?」
「でも……」
「ちょっと我慢すれば、いいんだ」
「やぁ……」
 
 
嫌がりながらも、逃げない……。
逃げられないよう、押さえられているのか……?
(………………)
でも俺には、何かが不自然に感じた。
さっきから俺を煽る、この不愉快な感情は……!!
 
 
(クソッ…!)
俺は敢えて助けに行かずに、じっと耐えた。
―――約束したんだ。
俺が助けに行ける所まで、逃げて来いって。
何かあったら、絶対逃げろって!!
 
「……徹平さん……徹平さん!!」
影が叫び出した。作務衣を引き裂かれ、前掛けも外されて……。
(……千尋!!)
目をつぶって、心の中で叫び続けた。
さっきまでキスして抱き締めていた身体……。
俺に寄り添っては、上目遣いで見上げる。
『ボク…あんなのホントにもう、イヤです…』
そう言っていた。襲われた時のことを思い出して。
だから、約束したんだ。絶対に逃げるって――――
早く……早く、ココまで逃げて来い!!
そしたら助けてやる!
 
(そいつが、本物の千尋だ!!)
 
そう心で叫んだ瞬間、千尋が俺の名を叫んだ。
 
 
「徹平さん! 見つけた……!!」
 

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