僕のお仕事 index/novel
1.光輝さん  1.2.3.4.
  

 
ここかあ……
僕は、今からバイトの面接を受けるために、やって来たビルを見上げた。
ビルや会社の外観は、どうということはない。
……でも……
僕は、昨日道すがらに出会った、バイト斡旋のお兄さんを思い出した。
若い子達の雑踏の中で、一際目立つお兄さん。
思わず見惚れたのは、頭一つ飛び出しているため遠くからでも良く見える、素敵な笑顔にだった。
適当な子を捕まえては名刺を見せて、その笑顔を惜しげもなく振りまいている。
(かっこいいなあ…)
すらっとした体躯。日焼けした浅黒い肌。黒い髪。白いサマーセーターに真っ黒のスラックス。
サマーセーターの襟首が広く開いていて、鎖骨がむき出しになっているのが、色っぽい。
立ち止まって見ていると、行き交う若者の中から、何かを探すように目を彷徨わせて、任意にピックアップしているようだ。
(僕なんか選らばないよな…)
その笑顔を向けて欲しくて、なんとなくそんなことを思う。
その瞬間、お兄さんがこっちを見た。目が合ってしまった。
涼やかな瞳が、にっこりと僕に微笑む。
呼ばれた犬のように、その笑顔に僕は吸い寄せられた。
「君、合格」
「……え?」
差し出された名刺を無意識に受け取りながら、笑顔に見惚れた。
近くで見ると、益々カッコ良さがわかる。掻き上げた前髪が行く筋か、形のいい額に垂れている。
きりっと吊り上がった眉毛が切れ長の眼を更に涼しげに見せる。
すっと通った鼻の下に薄い唇。
どれもが上品で、凛とした印象を与える。
この眼が微笑んで細められると、信じられないくらい優しい顔になる。
「君、目がおおきいなあ。まん丸だね。会社勤め?」
その瞳が僕を覗き込む。
「えっ、あ、いいえ!違います、現在無職…」
僕はあわてて視線を泳がせて、言わなくてもいいことまで、口走った。
「はは、じゃあ好都合。君なら即、採用だよ。面接いらない」
「……はあ……」
「よかったら、ここに来て。」
名刺を指差すと、またにっこり微笑む。僕はぽわんとなって、見つめ返した。
「…………はい」
 
 
 
 
 
「ふぅ…」
ため息を一つついて、貰った名刺をもう一度見た。
 
 「尾崎コーポレーション(株)」
   人事担当:倉橋 光輝
   〜求む:感度のいい方〜
   20代の男子、尚良し
 
 
……これって、どんなバイト?
仕事内容や詳しい話は、してくれなかった。行けば判るからって。
不安になるけど、しょうがない。僕はぎゅっと名刺を握り締めて、ビルの中に飛び込んだ。
目指す階に着くと、受付嬢に面接の旨を言う。
「……はい、お待ちください」
受付嬢はたっぷり30秒は僕を凝視してから、納得したように微笑んで、対応してくれた。
「こちらに、どうぞ。直ぐに社長が見えます」
通された面接室は小綺麗な個室で、窓は一つもない。奧にまだ部屋があるのか、正面の壁に扉が一つ付いている。あとは、やたらとでかいソファーがど真ん中に置いてあり、手前の壁際に、申し訳ていどのデーブルとパイプ椅子が二つあるだけだった。
その一つに腰掛けて、待った。
(……変な部屋だなあ)
しげしげと中央のソファーを見る。僕はそんなに背は高くないけど165cmはある。
その僕が横に寝そべっても、きっとまだ余るほど長い。
「……ふう」
また溜息を一つ。僕は今、生命の危機に瀕している。
僕の家は母子家庭で、自分と弟の二人兄弟。奨学金で高校は行ったけど、大学は諦めて就職。
母親を助けるために、ひとり立ちして、家を出たのだ。仕送りもするつもりだった。
それなのに、何故か、勤める仕事がことごとく続けられない。嫌がらせに挫けたり、貞操の危機だったり、最後はいきなり解雇だ。訳がわからない。
それでも、実家の世話にはなれないから、部屋代と食費は稼がねばならず、懲りずに面接に行く。
受かる。でも大抵研修中に辞めてしまうので、その間の収入があまりにもあやふやで、ひどい時はもらえなかった。
いよいよ食うに困って、友人の部屋を梯子して凌いできたけれど、それも限界だった。
もはや、寝るところすらない。
なんとなく、ソファーに眠気を誘われて、大あくびをしてしまった。
「あら、いい声」
その人は、頭のてっぺんできちっと髪を結い上げた、超美人のお姉さんだった。
急にドアが開いて、間抜けな声を出した僕を嬉しそうに見る。
(えっ、このヒトが社長!?若い…)
「あっ、あの…僕、昨日ここの人に名刺もらって…、あの… 僕なら、面接なしで即採用って言ってくれたから…」
あわてふためいて、説明する。
そう、もうこの仕事を落とす訳にはいかないのだ!!
昨日のお兄さんが、確約してくれたし。落ちない面接!
これにしがみついてやる!
「ええ、聞いているわ。報告どおりね。」
ドアの前で立ったまま、あわてて立ち上がった僕を舐めるように見る。
「ふうん…」
腕組をしていた右手をゆっくりと持ち上げて、人差し指を自分の下唇にあてる。
口笛を吹くように突き出したその唇は、ぷるんとしていて、すごいセクシーだった。
「あなた、何歳?」
そのままのポーズで聞いてくる。
ちょっと吊り眼で、思案しながら値踏みするように見開かないその瞳が、また堪らなく色っぽい。
「……今年20歳になりました」
思わず唾を飲み込みながら、僕は答えた。
「ふふふ…ストライクゾーン、ど真ん中ね。いいわ、その真っ白い肌。」
怪しげな笑みをみせて、彼女は肩に掛けていた、でっかいカバンをテーブルに置いて中を探りはじめる。
「癖っ毛?それとも寝癖?」
カバンを覗きながら、聞いてくる。
僕は思わず、頭の後ろに手を当てた。
「あ…、癖っ毛です。……まずいですか?」
どんなにブラシで梳かしても、毛先が上を向いてしまう。
「いいわ。それも可愛い。合格よ。ちょっとそのソファーに寝てみて」
「……は?」
「早く。仕事を始めるのよ。さっさとなさい。」
人差し指を、ぴっとソファーに向ける。
「仕事って…あの…」
「どんくさいとクビよ!」
尚もカバンをあさりながら、イライラしたように言う。
「えっ…あ、はいっ!!」
わけが解らないが、クビは嫌だ。僕は靴を脱いで、ともかくソファーに横になった。
すると、ノックとともに、昨日のお兄さんが入ってきた。
「おっ、来たな」
嬉しそうに、僕を見て微笑んでくれる。飼い主を見つけた犬のように、僕は嬉しくなった。
お兄さんが横になってる僕の顔の前に、跪く。
「即効、受かっただろ。よかったな、もう仕事?」
僕の顎をくいっと持ち上げ、瞳を覗き込む。
僕はなんとなくドキッとして、あわてて、顔を逸らせてその手を振り解いた。
「……はい、あ…、ありがとうございます。おかげさまで…。でも…仕事って…?」
僕はどちらかというと、マルチだと思う。肉体労働も、デスクワークもある程度できるから。
飲食店のバイトも多かったから、料理もできる。だから、来るもの拒まずの精神なんだけど。
……でも……。
「これが、いいかな」
明るい声で女社長が何かを先程のカバンから掴み出した。
「う…、すごいね。」
お兄さんが、一目見て苦笑いする。
「なんなら、あなたでもいいのよ、これ」
「いやー、遠慮、遠慮。それより、初心者なんだから、基本で何が合うか調べるべきでない?」
「…そうね。あたしったら、早くこれの結果が知りたくて」
笑いながら、違うものをカバンから取り出す。
「ほいじゃ、手伝うよ」
楽しそうに何やら二人で喋ってから、お兄さんが僕にくっつようにソファーに座った。
「俺は、光輝。あ、名刺あげたよね。君は?」
「矢野巽(やの たつみ)です。」
「ん、巽ね。タツミ、君」
口の中で、転がすように言う。
「それじゃあ、タツミ。まずね…」
おもむろに僕のズボンのベルトに手を掛けてくる。
(…は!?)
「ちょ…待って。何?」
かなり力が強い。びっくりしてる僕のズボンなど、たやすく脱がしてしまった。
長袖のカジュアルシャツをGパンにも入れず、ぼさっと着ていただけだったので、なんとも間抜けな格好になった。
「ほほう、これは期待以上だよ、社長。」
僕の、パンツからにょっきり生えている靴下だけの脚を、嬉しそうに撫でてくる。
「ちょっと待って…。ズボン返してください。」
恥ずかしくて真っ赤になりながら、訴えた。
「巽…いいかい?」
僕の鼻の頭に、人差し指をぴっとあてて、光輝さんが真剣な顔をした。
「いやがってもいい。嫌なら、嫌。良いなら良い。それはきちんとはっきり言え。だけど、絶対、逆らうな。社長にも、俺にも。」
目が怖い。僕は身じろぎもせず、息を止めて聞いていた。
「それが嫌ならクビだ!いいか?それだけが、この会社のルール。」
「……はい…」
クビは困る。僕はともかく返事だけはした。意味はわからなかった。
逆らうのと「嫌」と言うのと、どう違うの?
「よし、いい子だ。」
怖い顔は影を潜め、優しく破顔すると、頭をくしゃっと撫でてくれた。
びっくりして、ドキドキしてたからよけい、泣きたくなってしまった。ちょっと嬉しくて。
「じゃあね、パンツぬいで。」
「!?」

 
                                           
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