chapter11. a wave motion of living  -波動-
1. 2.
 
 1
 
「!! ………」
 
 ───まただ……!!
 
 あの悪魔が、昼に帰って来やがった。
 乱暴にドアを閉める音。リビングで、荒っぽくソファーに座り込む気配。
 
 俺の身体は、条件反射のように竦んだ。
 ……昨日もだ。その何日か前も。
 
 いったい、仕事はどうなってんだか……。それより、こうやって帰ってきたときのアイツは──怖い。
 
 
 
「……克晴」
 ドアの開く音と共に、俺を呼ぶ。
 ──来た……
 竦んだ身体は、じっと動けない。何をされるか、何を言い出すか分からないから。
 
「よかった……そこにいる……克晴」
 フラフラと近づいてくると、布団の中で起きあがっただけの、動けないでいる俺に覆い被さって、腕ごと抱き締めてきた。
「………っ」
 ビックと肩が跳ねてしまった。
 こんなことでも、気に障り兼ねないのに……
 煙草の臭いが鼻をつく。ジャケットは脱いでいるけど、シャツに紫煙が染みついている。それは仕事場帰りの、お決まりの手みやげだった。
 この時はいつも思う……“オトナ臭い”。思い知らされる。オッサンは“大人”で、俺は到底敵わない。
「克晴……何でだよ……」
「───ッ」
 また、心が竦んだ。
「僕のせいじゃない……僕は、悪くない……」
「………!?」
 俺を抱き締めたオッサンは、力を込めた腕を震わせて、泣き始めた。
 
 ──────!!
 
「くぅッ……うッ………」
 抑えながらも漏れる泣き声は、悔しさと哀しみが混在しているように、聴こえた。
「……………?」
 ───でも、そんなの俺には関係ないことだった。
「あっ……」
 いきなり身体を引き剥がしたオッサンは、俺を乱暴にベッドに押し倒した。涙の痕を残したまま、凶暴な目つきで襲いかかってくる。
 ──やば………これは、昨日と同じだ!
 俺は咄嗟に、身体を捩ってしまった。昨日の昼が余りに乱暴で、それを身体が思い出してしまったから……
「ッ痛……!」
 冷たい金属音。目の前で、手首が重なった。
 抗ったせいで、両掌をオッサンに向けたまま、バツサインを出した時のように手首が交差したまま、離れない。
「ま…雅義ッ……!!」
 
 せめて正気に戻って欲しくて、その手で必死に、下半身に覆い被さってくる頭を押した。
 破けそうな勢いで、パジャマのズボンが引き下ろされる。
 ──あッ……無理……! ムリだってのに……
 熱い塊を押し付けて、かなり強引に、入ってこようとする。オイルもゴムも使わないで、滑るはずが無いのに!!
 乱暴に足を開かされて、股関節が軋んだ。
「う………くッ……」
 ──やだ……嫌だッ…
 言いそうになって、必死に唇を噛んだ。
 ……だけど、限界だった。
 昨日の傷が全然癒えていない。あんな痛みは、耐えられない……!!
 
 
 
「……いやだ…痛いのは、嫌だ!!」
 大声で叫んでいた。
 
 
「……何か、使えよッ!」
 
 
「────えっ…!?」
 
 驚いた顔で、オッサンが動きを止めた。俺を押さえる手が、妙に震え出す。
 ………何だ…?
 気味が悪くて、俺も動きを止めた。
 
「……痛いの……ヤダ?」
 
 呆けたような顔になって、広げた俺の脚の間で小さく呟く。
 ───当たり前だろッ!!
「…………」
 俺はシーツに埋もれながらも、睨み付けて、顎を引いた。
 身体はまだ緊張していて、ガチガチに硬くなったままだ。額には変な汗が流れる。息苦しくて、肩で呼吸をしていた。
 
「そうか…そうだよね……こんなじゃ、痛いね…」
 呟きながら、俺の後ろを覗き込んで、指の腹でさすりだした。
「………!」
 そんな感触でさえ、今は辛い。痛みに顔を顰めた。
 
「どうしよう……下のお口が使えないんじゃ……」
「────!!」
 それを聞いた瞬間、背筋がヒヤッとした。“今度は、上のお口の調教もしようね”楽しそうにそんなことを、言っていた。
 ───冗談じゃない!
 
 俺は唇を引き結んで、いっそう睨み付けた。そんななら、薬を使ったって後ろでいいとさえ、思った。
 あんなの、二度と御免だ!
 アレをまた口に入れるのかと思うと、今ここで吐きそうになる。
 でもオッサンの出した言葉は、予想外だった。
「そうだ、克晴! 久しぶりに、あれやろう!」
 スラックスと下着を脱ぎ捨てると、俺の背中に沿うように寝そべった。
「……6年ぶり…ううん、7年ぶりだね!」
 楽しそうに弾んだその声は、さっきまで泣いていたオトナの声とは思えないほど、無邪気だった。
 
 二人とも上だけ着ていて、下は全裸。
 背中から抱き締められて、生肌の腰が密着している。曲げてる腰や膝の角度まで、多分一緒だろう。
 こんな格好……誰かが見たら、大笑いだ。
 でも今の俺には、内腿に当たる気色悪い感触に、こんな滑稽な状態にも笑うどころじゃなかった。
「…克晴……いくよ……」
 肩口で、興奮を抑えた声が囁く。
 オッサンは、後ろから俺の内股に熱い滾りを挟ませていて、その腰を動かし始めた。熱を持った塊が、腿の間を蠢き始める。
 ぬるぬるとしたモノが脚の付け根を擦るのは、かなり気持ちが悪かった。
 前も握られて、一緒に上下する。
「ん……ぅあ……」
 俺は変な角度で繋がれたままの両手で、必死にシーツにしがみついた。
 細くなった俺の腿では、オッサンのそれをしっかりとは挟みきれなかった。
 最後は尻に押し付けられて、蕾の表面を擦られた。
 ───う……うぁ……
 さっき指でさすられたのとは、全然違う。
 ぬめりを帯びたそれの動きは、体内に響かせるような疼きを生んだ。
 前を扱く手も、容赦がない。俺の腰は否応なしに、高められていった。
 
「……ぁ…ああ……」
「克晴……いく…イクッ……!」
 
 ────んっ!!
 
 オッサンに逝かされた俺は、シーツを汚した。そして自分のとは違う白濁で、内腿が汚れた。
 ───これは……
「………………」
 昔の気持ち悪かった感覚が、蘇った。
 俺はこれがキライで、“素股”を露骨に嫌がっていた。
 
「克晴が、出したみたい……」
 弾む息で、嬉しそうにオッサンが言う。
「……………」
 ……そのセリフも、同じだ。
 自分じゃない事を自分がやったように辱められるのが、とても悔しかった。
 嫌がることを敢えて楽しそうにやる、この悪魔が憎らしくてしょうがなかった。
 
「……かつはる……」
 身体をピッタリと寄り添わせて、後ろから抱き締められた。腕枕をするように、首の下から腕を回して両肩を抱く。反対の腕は、胸を締め付けた。
 ……背中に体温、後頭部に支え……。
 こんな格好も、あの時と同じだった。
 オッサンに触りたくない両手は、前のシーツを掴んで、弧を描くようなシワを作った。
 
「……どうしたの?」
 ピクリともしない俺に、耳横で、訝しむような声。片手で頭を撫でながら、顔を少し持ち上げて覗き込んできた。
「…………」
 俺は前を見つめたまま、首を軽く横に振った。
 ただ……いつもの倦怠感。……それと、一緒に思い出した感覚…それを探っていた。
 ───夢で見た。
 “指だけってのは嫌だ!”
 そう言った俺の言葉を、オッサンは聞き入れて…後ろから抱き締めて来たんだ。
 “これなら、いい?”そう言って胸の中に、抱え込まれた。
 
 ───背中が温かいのが、安心するなんて……
 ……そんなの、ウソだ……
 こんなヤツに……
 
 
 あまりにもあの時のことが、再現されていて、戸惑ってしまった。
 子供だった俺は、きっと何かに縋りたかったんだ。
 ……今だって、ちょっと俺の言葉を聞いたからって…騙されるもんか。
 拘束された手首からも、現実の非道性を思い知らされる。俺はぎゅっとシーツを握り締めて、変な弱気を吹き飛ばした。
「──クッ…」
 もういいだろ! とばかりに、身体を引き剥がして起きあがる。
 驚いて見上げてくる、横になったままの顔に、じろりと一瞥だけくれてやった。
 それが、俺の返事だ。
 ──終わったんだから、さっさと出て行け──
「……………」
 オッサンは何も言わずに起きあがると、プレートの拘束を解除して、出て行った。
 
「…はぁ……」
 ドサリと引き寄せたクッションに顔を埋めて、溜息をついた。
 
 緊張の緩和と、倦怠感と……妙な心の動揺。
 戸惑った心は、波紋のように広がった何かを、掻き消せない。
 
 ………いったい、なんだってんだ………
 


NEXT /1部/2部/3部/4部/Novel