2.
 
「そう、いい子だね」
 僕の返事に、優しく頭を撫でてくれる。
 バスローブの紐を解くと、全部脱がせた。
 そして、ホールの内側をローションでたっぷりとぬめらす。
「想像して。巽君が恋い焦がれる人を。これは、その大好きな人の陰部…またはお尻」
 撫でた手で僕の頭を抱えながら、耳元で囁く。相手が男でも女でも…という想定だ。反対の手の指先でホールを半回転させた。
 なまめかしく、テラテラとその入り口が光った。
「…………」
 ごくりと、生唾を飲んでしまった。
「その人が、巽君の身体をあちこち触りまくっているの。始めは乳首」
 僕の胸に付けられている吸盤を、ちょんと触る。
「んっ………」
「それからここ……」
 鳩尾、脇腹、下腹部と指は滑っていき、半分持ち上がっている僕のモノを優しく手のひらで包んだ。
「………はっ……」
 温かくて戸惑う。いつもながら、優しい手。呼吸が上手くできない。上下に少し擦られる。
「……あ……睦月さん……」
 恐くて、思わず呼んだ。
「……呼ぶときは、ぼくの名前。嬉しいな。やっぱりそれがいい」
 仰け反った僕の左頬に、右頬を擦り付けてくる。柔らかい。
 ……君の愛しい人。そう言うたびに、睦月さんの悲鳴が聞こえる気がした。
 無理をしなくていいのに。優しい睦月さんの指。睦月さんの指が大好き。睦月さんに触られるだけで、僕はこんなにどきどきするのに。
 睦月さんを見上げて、そう目線で訴える。
 それに気づいた睦月さんは、優しく微笑んで、おでこにキスで応えてくれた。
(気にしないで。ぼくの声だけを聞いて……)
 優しく囁かれた。
「この指は、巽君の愛しい人の指。………想像して、体感するんだよ」
 自分の右手中指をぺろりと舐めると、指全体を濡らした。
 脚を閉じたまま膝を曲げさせると、腰を少し突き出す格好にさせられた。
 後ろから、指を蕾にやんわりとあてがう。
「………ぅ………ん」
 ぴくりと動く僕。
 やわやわと揉んで、解していく。指先で探るようにつつきながら、ちょと入ってくる。
「ん……」
 腰を捩る。
 僕を逃がさず、入ってくる。
 あ……。
「はぁ、………」
 呼吸が乱れる。愛しい人って………。そんな人にこんなされたら……。
 ズクン。僕の前が、大きく跳ねた。
「んんっ」
 どんどん入ってくる。
「あぁ………」
 僕は、睦月さんの腕の中で身体を横向きにして、背中を反らせた。
 左腕にしがみつく。
 益々身体を反らせ、愛撫をもっとお強請りをするように腰を突き出してしまう格好になった。
 恥ずかしい。
 差し込まれた指の回りから、ぞくぞくっと疼きが沸き上がる。抜き差しするたび、内蔵が引っ張られる。
「はぁ、……はぁっ……んん」
 膝を摺り合わせて、逃げを打つ。
「………気持ちいい?」
 心地よい睦月さんの声。僕はうっとりして首を何度も縦に振った。
「脚、開いて」
「……………」
 僕は霞む頭で、言われた通りにした。
 身体が正面を向いたので、後ろから入れられていた指は前から改めて、挿入された。
 ぬぷりと音をたてて、指も2本に増やされる。
「ん……む……むつき……さん……」
 喘ぐ僕。
 ホールの皺の面をこっちに向けて構えると、僕に持たせた。
「しっかり持っていて。ぼくが君を誘導するから」
 睦月さんは、また僕のペニスをやんわり包み、軽く扱く。
 後ろの指も2本、ゆっくりと出し入れを繰り返している。
「んっ……ん……」
 たやすく握られたソレは、大きくなる。透明な露が滴って、睦月さんの指を濡らす。
 その先端を、僕が握っているホールの入り口にあてがった。
「そのまま、下に降ろして。ゆっくり」
 僕は、怖々ホールの穴に自分の先端を埋めてゆく。
 後ろの指が止まらないせいで、身体がヒク付く。うまく入って行かない。
「ゆっくり、上下しながらね。ホールの穴を解すように」
「ん………はぁ……」
 少し埋まっては、出るようになった。埋まった瞬間、もの凄い吸い付いてくる。
 出すときに、異様に引っ張られる。
 亀頭部分が全部入る頃には、要領を得てきた。
 行き止まりの奥のほうから空気を絞り出すように、外側から握り込み、なるべく一回で奥まで入れる。
 真空になった筒の奥は、こないだのホールとは違う吸引力を生み出していた。
「んっ、はぁ、はぁ、………」
 上下に扱くと、まるで挿入した体内の肉壁が吸い付いて来ているような、そんな錯覚に捕らわれる。
 入れたことなんて、ないのに……。
 僕は不思議な感覚に陥った。
 入れたことも入れられたこともない。なのに、今の僕は誰かの体内に身体の一部を埋めている。
 後ろをいじくられて、翻弄されている。
 ………誰に?
 睦月さんの指。それは、判る。
 じゃあ、この気持ちいい体内は誰?
 優しく僕を包み込みながら、強引に引っ張り、吸い付き、擦り上げる。
 思ったより素材が延びて、出し入れするたびに中は擦れるのに、外側はすっぽりペニスをくわえ込んで離さない。最奥の触手のような突起が、亀頭を包み込んでは離れる。途中の突起が刺激を呼ぶ。押しても引いても違う快感を生み出している。
 僕はもう、上下する手を止めることは出来なくなっていた。
「ん……ふぅ……」
 吸い付きも凄い。唇の回り中でペニスを覆い、喉の奥まで吸い上げているみたいだった。
 僕は気持ちよすぎて、後ろまできゅっと締め付けてしまった。締まって、指を貪る。
「あぁ……あぁ……っ」
 僕の嬌声が激しくなる。恥ずかしい。でも止まらない。どこに力を入れたら止まるか、もう、わからない。
 いきそう……。
 込み上げてくる、絶頂の予感。
 この中に放出していいのだろうか。朦朧としつつ、不安になる。
「いいよ、そのままいこう……」
 睦月さんが、後ろの指の出し入れを早くした。
 その動きに吊られて、僕も早く上下させる。
「あっ、あっ、はあ、……む……むつき……さんっ!」
 睦月さんの左手が、僕の胸の吸盤を小刻みに動かす。ぞくぞく、ぞくぞく、快感が背中を走る。
「はぁ、んんっ……もう、…もう……いく……いく……」
 大きく仰け反って、身体を痙攣させた。
 びくんびくんっと、跳ね上がる。握っているホールの中に、滾りを幾度も吐き出した。
 激しい脱力感。
 後ろの指と一緒に、ホールをずるりと外して投げ出した。
 
 はぁ、はぁ、……
 肩で息を切らせて、ぐったりしてしまった。
 すごい体力を消耗した感じだ。睦月さんの太腿に上半身を乗り上げるようにして、腕をベッドの端に放り出した。頭も下に垂れさせて、逆流していく血を、そのままにした。
 動けない。僕はいつもそうだ。
 イった後は、なかなか動けない。
 上気した頬が熱い。
「……………」
 睦月さんが、逆さになった僕の頭を撫でてくれた。髪の毛を指で梳く。
 うなじから後頭部にかけて、髪の毛が絡むのを楽しむように、ゆっくりゆっくり梳いてくれる。
 僕は気持ちよくて、そのまま気が遠くなりそうだった。
「上出来、お疲れ様。よく最後まで自分でできたね」
 優しくそう言ってくれた。
 そう言えばそうだ………僕はこれでも成長しているのかな。
 声に反応して、ちょっと微笑んだ。
「………!」
 急に上半身を抱え上げられ、腕の中に抱き込められた。
 頭に行っていた血液が身体の方へ戻っていく。
 目が眩む。上下が判らない。
「ぁ……」
 僕は視界の中で、睦月さんを一生懸命探した。
 やっと目の端に優しい笑顔を捕らえたと思ったら、頭からぎゅううっと抱きしめられてしまった。
「ん……むつき……さ……」
 僕は苦しくて呻いた。抱き込められた胸に、しがみつく。
 ……巽君が誰を想おうと、君を導くのは、ぼくだ……
 ……巽君がぼくの名前を呼ぶ限り、君の相手は、ぼくだ……
 そっとそっと囁かれた気がした。
 もしかしたら、それは心の声だったのかもしれない。
 後になって思い出すたび、僕はそう思った。
 
 それでも僕は、思わず応えてしまったんだ。
「後ろは……後ろの指は睦月さんでした。睦月さんの指を感じて、僕は……」
 唇を塞がれた。しがみついた指がほどける。
 
 ──それ以上は………!
 ──何も言わないで。君の瞳が、言葉が、仕草が、素直すぎる。
 ──語れば語ろうとするほど、君の想いは、……ぼくを打ちのめす。
 
 今度は、はっきり聞こえた。
 鮮烈な、心の悲鳴だった。
 僕は睦月さんの口づけを受けながら、涙を流していた。
 
 ……僕は、……僕の想いは
 どこまでいっても、睦月さんを傷付ける……
 
 
 
 
 
 *****
 
 
「今回はなんだか、大人しいわね」
 金箔の粉が降りかかったホイップクリームの乗ったザッハトルテを口に運びながら、報告書を斜め読みしている。
 今日の社長は何かのパーティーのお呼ばれだったとかで、むちゃくちゃ綺麗に着飾っている。頂き物のケーキを届けに、ちょっと寄ったのだそうだ。
 僕は、高級そうな紅茶と、高級なケーキを惜しげもなく一社員にふるまっている社長を、ちらりと見た。
「………社長は、精神的ケチなんですかね……」
 なんだかむすっ垂れた気分で、僕はぼそっと呟いた。
「なに!? なんですって? 聞き捨てならないわね!」
 耳聡く聞きつけ、食い下がって来た。
「な、なんでもありません!」
 僕はびっくりして誤魔化した。慌ててケーキを飲み込む。
 回転椅子から危うくずり落ちる所だった。
「僕がテンション低くて、睦月さんが気を遣ってくれたんです」
「何よ。生理?」
 三白眼で聞いてくる。そんな馬鹿な……。
 苦笑いでやり過ごす。
「それより、感想はきちんと書いてますよ! とにかくあのデザインは最悪です。何とかしてください! あれじゃ百年の恋も冷めますよ!」
「あら、そんな言葉、よく知ってるわね」
 機嫌をなおして、社長が僕を見つめた。
「そんな言葉を思い出すほど、アレは酷いんです!」
 渋い顔で僕は言った。
「でも、中は良かったでしょ?」
「え? ……あ、ハイ」
 僕は赤くなって、小さい声で言った。
「外はともかく、あれは内側の試作物なの。素材と共にテーマと機能。これが決まれば外側なんて、何とでもなるのよ」
「あ、そうなんですか……テーマって?」
「そうよ。今回は幻の名器シリーズ。他にもあるのよ。処女シリーズとか、ベテランシリーズとか」
「へえ~、なるほど。…確かに、あれはメイキでした!」
「……キミ、ほんとに分かって言ってんの?」
 腕組をして、横目で見てくる。僕は、笑い飛ばして、誤魔化した。
 わかるもんか、そんなの。
 しかし、……ベテランシリーズってなんだろう?
 
 とにかく僕は、綾ちゃんの忠告通り、触らぬ神に祟りはなしにしてもらう線でいくことにした。
 腑に落ちないこと、納得できないこと、心配ごと、解決できない悩みが、たくさんあるけど、今は全部、保留にした。
 
 僕はとにかく、今日を生きていく。
 
 
 


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