「君……だれ?」
 
 僕は、びっくりしてその珍入者を見つめた。
 部屋に帰ると見知らぬ男の子が、窓際の椅子に座って、片手で窓枠に頬杖を突いていた。夕暮れに染まる横顔が綺麗で、一瞬女の子かと思った。
 
 入社当時にあてがわれた部屋に、僕はそのまま寝泊りしていた。
 着替えも含めて、生活備品はすべて揃っていたから、私物はいっさい置いていない。お金はカード一枚で何とかなるから、ポッケにそれを入れてるだけ。
 そんな訳で、僕はいつも鍵を掛けないで外出していた。
 しかし、だからと言って、人の部屋に勝手に入っていいものではないと思う。
 
「ふうん、あんたがタツミクン、ね」
 ぽかんとしてる僕に、つまんなそうに声を発した。
 どう見ても僕より年下だ。17、8歳くらいだろうか、高校生に見える。
 その不躾少年は座ったまま、僕を上から下までじろじろ観察する。
「なるほどね。でも俺の方が可愛いじゃん。どうかしてるよ」
「……はあ?」
 現状把握が出来ずに、入り口で突っ立っていると、ひょいっと椅子から立って近寄ってきた。
 華奢な身体で、僕より少し小さい。大きな吊り目。きりっとした眉。きゅっと結んだへの字口。くりくりの短い赤毛が、気の強さを表しているようだ。
 その赤毛の隙間から、大きな真っ黒い瞳がねめつけてくる。
「俺は智明。あんたと同じ、ここのペット。よろしくな」
 顔の割には、ガサツな喋り方で、握手を求めてきた。
 にこっと笑うと、とても可愛い。
「はぁ……」
 僕は生返事をしながら、思わず握手を返した。
「よっぽどいい声で鳴くのかな」
 可愛い笑顔が、意味深に歪んだ。
 あっ、と思う間もなく、握った僕の手首に手錠がかかる。
「なに………痛っ」
 抵抗して身体を退いたが、強引に手錠を引っ張られて、手首がものすごく痛い。
 引き摺られる様にベッドに連れて行かれ、ベッドの枕元のパイプに手錠の反対側を繋がれてしまった。
「ちょっ……何すんの……!」
 僕は、急な出来事に付いていけないのと、痛くて腹が立つのとで、とにかく喚いた。
「うるさいなあ。ちょっと鳴き声、聞くだけだよ」
 僕をベッドへ押し上げ、自分も登ってきた。
「………!?」
 なんか判らないけど、怖い。見た目よりかなり力がある。
 自由になる方の手で、圧し掛かってくる身体を押し退けていたが、その腕ももう一本の手錠で反対側のヘッドパイプに拘束されてしまった。
 大の字に両腕を開き、頭の上でそれぞれが手錠に掛けられている。
「まるで、イエス様だな!」
 智明という、この乱暴物が面白そうに見下ろしてくる。
「何……、これ。……外して!」
 太腿の上に跨られ、両脚の抵抗も抑えられている。
 僕はなす術もなく、訴えた。
 こんなことされる言われはないし、コイツが何者かもさっぱり判らないままだ。
 ただ、見下ろしてくる瞳の中に激しい憎悪が混じっているようで、それが怖かった。
 両手が僕の首に伸びる。一瞬首を絞められるかと思って、息を止めた。
 でもその両手は、僕の頬と顎を捉えた。
「ふん。大きい目だな……」
 観察するように、じろじろ見る。一番最初の視線と同じだった。
「唇は、俺より柔らかそう……。癖っ毛は、俺と同じだな……」
 親指で僕の唇を触ると、少しずつその両手を下に滑らせて、シャツのボタンに掛ける。
「…………」
 無意識に僕は、唾をごくっと飲んだ。上下した喉元に、汗が伝う。
 ボタンを一つ外したところで、智明の手がピクリと止まった。
「……へえ、あんたには、こんなの付けるんだ」
 胸倉を掴むようにシャツの襟首をひっぱり上げて、引きつった声を出した。
 僕は思わず赤面した。
 今日は実践の仕事だったから、さっき睦月さんが付けた赤い痣が、体中に浮いている。
「………っ」
 智明は、掴んだシャツを強引に左右に裂いた。
 ボタンが弾け飛んで、上半身がはだける。
 露わになった僕の身体を、恐ろしい眼つきで見下ろした。
 無言でベルトもガチャガチャいわせながら外し、ズボンのファスナーを降ろす。
「や……やめっ……」
 手錠とパイプが頭の上で、金属音をかき鳴らす。でも抵抗も空しく、下半身が剥き出しにされた。
 半擦りに下げられた下着が太腿の付根に寄せられて、腰が室内の冷気に晒された。
 ひやりとする。
 僕はそのせいで、動くのを止めた。
「………………!」
 智明が、息を詰めて晒された身体を、凝視する。
 上体を少し後ろに退いて、いくつ付いているかわからない赤紫の痣を、一つ一つ眼で追う。
 僕に手を触れてもいないのに、指で押されているような気がした。
 鎖骨、胸、脇腹、下腹部、股間、太腿の付け根……。
 目線が下に降りてゆくほど、僕は腰の辺りがむず痒くなった。
 ………視姦されている。
「………ふん、乳首はぴんくなんだ」
 憎悪の瞳とは裏腹に、静かな声で嗤った。
 僕の頬が、かっと熱くなる。
「腰は細いけど……筋肉ないな。下は……こっちもぴんく。はは、かわいいじゃん」
「もう……やめてっ」
 羞恥で無意識に身体が動き、太腿に乗っている身体を、跳ね除けようとした。
 腰を浮かせた瞬間に、智明は自分の体を膝立ちにして腰を上げた。
 自分の股下を潜らせて、半端に下げていたズボンと下着を僕の膝まで追いやる。
 膝に絡まったズボンのせいで、僕は両脚まで不自由になってしまった。
「こんなとこまで……。厭らしいなあ」
 眼を細めて、上唇を舐めながら嗤う。
 膝が少し立ったので、内股の付け根やその裏に付けられた痣まで、丸見えになっていた。
「………っ」
 僕は唇を噛んだ。
 やることがすべて裏目に出る。この状況が歯がゆい。
 恥ずかしいのと悔しいので、僕は涙を滲ませた。
  
「なんで? ……なんなの君。なんでこんなことするんだよっ」
 怒りが沸いてきて、膝に乗っかっている憎らしい奴を睨み付けた。
「僕になんの恨みがあるんだ!」
 涙がこぼれてしまった。
「恨み!? 恨みってか、ムカツクんだよ! 大ッ嫌いだおまえっ!!」
 急に激昂して、首を掴んできた。
「んっ………」
 唇に噛り付くようなキスをしてくる。強引に舌をねじ込ませ、吸い上げる。
「んーーっっ」
 僕は、足をバタつかせて抵抗したが、蹴り上げることも出来ず、ズボンが絡まるだけだった。
 あまりのキツさに堪らなく、一生懸命、頭を振った。
 次の瞬間、突き飛ばす様に顔を離して、智明は唇を開放した。
「はっ、なるほどね、その声か!」
 首を掴んだまま、憎らしげな視線を浴びせてくる。
 僕は目を瞠って、相手を仰ぎ見た。
 目が益々吊り上がり、濡れた唇が恐ろしいほど紅い。
 呼吸が苦しくて咽ながら、僕の目には、混乱と恐怖で涙が滲んでいった。
 何が彼を、こんなにも怒りに駆り立てるのか、まったく解らない。
 見上げながら泣く僕の涙を見ると、智明はぐっと喉の奥を鳴らし、奥歯で激しく歯軋りをした。
「……その涙も! いっぱい手管があるんだな、おまえ。……よくわかった」
 首に絡んでいた手が緩む。大きな目を吊り上げて、睨み付けてくるその顔は、何故だか泣いてるようにも見えた。
 噛み締めた唇から漏れる声も、最後は弱々しい。
 僕は、思わずその瞳を覗き込んだ。
「………痛っ」
 いきなり首の下に、鋭い痛みが走った。
 鎖骨に噛み付かれたのだ。そこには睦月さんが付けた赤い痣があった。
 切れたかもしれない。顔を起こして嗤った智明の下唇が、少し赤かった。
 怒りの色を消した暗い瞳が、正面から覗き込む。
「……いいさ、わかった。俺にもその声を聞かせろ。俺が納得するまで、鳴き声をあげろ」
 静かにそう言うと、長い睫毛を伏せた。顔を僕の胸に寄せてくる。
「あっ……?」
 僕の身体は怒鳴られて、痛められてばかりで、かなり強張っていた。
 恐怖に竦んで、ガチガチになっていた。
 それなのに、急に耳が静かになり、激しい衝撃も止まり、ホッとして力が抜けてしまった。
 そこへ不意打ちの刺激に、思わず声が漏れた。
「ぁんんッ……!」
 乳首を舌先で弄られ、粘っこいその動きは、執拗に舐めては突付く。
 先端がつんと尖ると、それを押し戻すように舌で抉った。
「……やらしい身体……。俺の愛撫で感じてる」
 舐め回しながら、目線を上げて嗤う。
「………っ」
 悔しくて唇を噛むと握りこぶしが震えて、手錠がガチャガチャと鳴った。
「ほら、もっと鳴けよ……」
 鳩尾、脇腹、臍、下腹、と唇を下げていく。
 それは、さっきまでの凶暴さからは、信じられないくらいの柔らかさだった。
 唇はそっと触れるだけ、離れる瞬間に舌先が肌を掠る。
 特に太腿の付け根、内股、ペニスの周りを何度も何度も羽のように触れた。
 その度に、僕の身体は小刻みに跳ねてしまった。
「……ぅ………ん」
 顔が上気しだすのが、わかる。
 微かな疼きがだんだん、腰元に湧き上がってくる。
 じれったい快感が、僕を責め出した。けして急がない、柔らかな愛撫。
 僕は、この愛撫を知っている。
 ―――なんで…
「……ぁあ……はぁ……」
 口を開くと、喘いでしまう。
 疑問はなかなか、声に出せなかった。
「……くやしいけど、いい声」
 ちぇっという顔をして、唇の愛撫を止める。その頬にも紅が刺していた。
「イかしてやるよ。焦らして悪かったな」
 そう言って、僕の反り返ってしまっているモノを口に含んだ。
「!………やっ」
 僕はぎょっとした。生々しい感触。久しぶりの舌の感触に困惑した。
 フェラチオは光輝さんに初めて触られた時、以来だ。
 しかも、最後までやっていない。
 脳裏を、危険信号の色が掠める。
「いいっ、いいから、焦れたままで……もう辞めて!!」
 泣き声をあげた。
 光輝さんだってまだなのに!
 僕は取り返しの付かない心の痛みを感じた。
「やだ……やめてっ……ほんとにやめて! ……お願いっ」
 腰を捩りながら、悲痛な声で懇願した。
 こんなの酷いよ! こんな子に……!
 一瞬止まった動きが、すぐさま再開する。舌を絡ませて唇を上下させる。
「やああ!」
 生温かい、柔らかい生き物が纏わりついて、擦りあげる。
 指や道具とは比べ物にならない。
 背中がゾクゾクして、何度も快感が駆け巡る。
 途中から、智明は唇を離し、右手で握ってきた。
 くちゅくちゅと卑猥な音を立てて、上下される。
「ぁっ、ぁっ……」
 刺激が強まり、僕はもはや自制が効かなかった。
 噛み締める唇から嬌声が漏れ、智明を煽る。扱きが早まる。
「…………!」
 絶頂とともに、智明の手の中に白濁を吐き散らした。
 
 
 悔しくて、自分が嫌で、果てた後も、閉じた目を開けられない。
 顔を俯けたまま、零れる涙を頬に伝わせていた。
 繋がれたままの手首が、どうしようもなく痛い。
 暫らく身体を震わせていると、ずっと腰の上で動かなかった智明が、枕元に移動する気配がした。
 カチャカチャと鎖の音をたてて、両手の拘束が外れた。
 やっと腕が下に下りる。その左手首をそっと掴んだまま、智明が動かない。
「………?」
 薄く目を開け、横目でみる。
 僕の手首をじっと見ているみたいだ。
 ぴくり、と力を入れて左手を動かしたら、鋭い痛みに襲われた。
 思わず顔を顰めると、智明がはっと顔を上げた。
「……痛いよな……。ごめん」
 ボソッと呟く。
 痛みを我慢して目の前まで、手首を持ってくると、自分でも驚いた。
 抉れたような擦り傷が、行く筋もの円を描いて、手首中を真っ赤に腫らしている。
 特に、親指の付け根や、関節が引っかかる辺りが切れて血を流している。
「……すごい……痛い……」
 泣きたくなって、呻いてしまった。
「ごめん、悪かったよ。ほんと」
 智明はすぐ横で座り込んだまま、謝ってばかりいる。
 顔は蒼白になり、やり過ぎたことを後悔しているように見える。
 ……僕、こんな顔ばかり見ている気がするなぁ。
 許す気にはなれず、返事をしないで蹲っていた。
 痛む両腕は前に放り出して、智明に背を向けて身体を丸める。
 イかされた、とは言え、反応したのは僕自身だ。
 それが嫌で、気怠い身体を動かすのも、何かを考えるのも、自分への罰のように放棄した。
 智明は、謝るのをやめて、ベッドを降りた。
 タオル類と医療品をいくつか持ってきて、僕の身体を清め始める。
 手首にも、それぞれにガーゼを巻く。
 擦り下げた下着とズボンを引き上げて穿かせ、肩まで布団を掛けた。
「…………」
 ぼんやりと、その行動を目で追っていた。
 あどけなさが残る、大きな瞳と頬。無言で作業するその顔は、さっきの激昂が嘘のように、真っ白で人形のようだ。何を考えているのか、まったく表情が読めなかった。
 真剣な眼差しと、きゅっと結んだ口だけが、気の強さを感じさせる。
 
 この不可解な少年は、やることを終えて、枕元に突っ立っていた。
 虚ろな僕の顔を、じっと見ている。
「…………」
 僕は大きな溜息をついてから、しっかりとした目線を、智明に向けた。
 確信をもって聞いてみる。
「君は……、睦月さんの……?」
 急に訊かれた智明は、顔に紅をさした。
「えっ?」
 なんでと言わんばかりの驚きように、僕は苦笑いだ。
 言いたくない……。
「だって……、同じなんだもの。君の……愛撫が。……睦月さんと」
「………っ!!!」
 智明の驚いていた顔が、一瞬にして怒りに変わった。
 顔がどんどん赤くなっていく。
「あ……、愛撫とか、いうな!! 睦月を名前で呼ぶなよ!」
 叫んで、歯軋りする。
 握り拳を、ベッドの端に押し付けて、身体ごと震わせた。
「おまえ……、睦月に可愛がられてるからって……、キスマーク付けられたからって、いい気になるなよな!」
 凄い形相で、睨み付けて来た。
 僕は今度こそ絞め殺されるような気がした。
「……睦月は俺のだ。あいつのペットは俺だけだ! ……なんで」 
 その目は真っ赤で、今にも泣きそうに見えた。
「なんで、おまえなんだよ。……おまえなんか、やっぱ、大っ嫌いだー!!」
 大声で叫ぶと、身体を翻して部屋から走って出て行ってしまった。
 ドアが乱暴に閉められる物凄い音がする。
 僕はびっくりして、ただ呆然と、閉められたドアを見ていた。
 嵐のように突然来て、いきなり去って行ってしまったのだ。
 
「……………ふぅ。」
 天井を仰いで、枕に頭を沈める。
 大きい深呼吸をして、しばらく呆けた。
 怠くて、受けたショックも把握出来ない。
 なにが何だかもう……、激し過ぎて着いていけなかった。
 
 急に怒り出したのには、参ったけれど、ともあれ僕は生きていた。
 絞め殺されなくてよかった。
 
 ……それに、なんだかんだ、未遂だったと思う。
 あのままじゃ、すぐにイっちゃいそうだった。口の中に……。
 想像しただけで、心が冷える。
 胸の中がちくりと痛くなった。
 ……逢いたいな、光輝さん。もうずっと、顔も見ていないよ……。
 
 
 
 次の日、手首の怪我から体調不良を起こし、しばらく仕事ができなかった。
 傷の原因を追求され、やむなく智明の名前を出した。
 その時の睦月さんの顔を、僕は一生忘れない。
 睦月さんを怒らせた智明が、どうなったかは、僕は聞かなかった。
 
 
 


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