………でも!
 睦月さんは、甘いだけじゃなかった。
 ちょっと非情だと思う。
 
「ええっ、睦月さん、そ……それは……!!」
「うん。今日はちゃんと、お仕事しないとね」
 相変わらず、優しく微笑んでくれるけど、その手には、”アレ”があった。
 
 次の日、睦月さんは改めて社長にお説教をし、僕に謝罪させた。
 僕には恐縮の限りだった。あんなことされたにしても、相手は僕を雇っている、大会社の社長なのだから。
 その後、睦月さんと社長の2人だけで仕事の話しになったので、僕だけ辞してシャワーを済ませた訳だ。そして今に至る。
「……お願い。それはやだ」
 僕は真剣に涙目で、訴えた。バスローブごと身体を抱きしめる。
 ベッドの中央に、向かい合って座り込んでいる。
「梓さんが先に、変なトラウマ作っちゃったからねえ」
 困ったように、溜息をついて掌のモノを眺めた。
「ま、いいから、こっちおいで」
 腕を引き寄せると、ふわりといつものポジションに僕を抱え込む。
 背後から睦月さんの息付きを感じ、僕は戸惑った。温かさに胸が高鳴ってしまった。
 耳の横で囁く声にも、どきどきする。
「これはね、いわゆるエネマグラ。前立腺マッサージ器具。医療器具としても開発されているんだよ」
「……マッサージ?」
 目の前で、白い指に弄ばれているモノを、怖々見る。
「この、ディルドを前立腺に当たるように、後から入れるんだ」
 男根を象った部分を指す。要するに、動かないバイブだ。
 ディルドは短いサーフボードのような板と、竹串のように細い棒で繋がっていた。
「で、この板はアナルストッパー。……いろんな意味でストッパー。それは巽君もわかるよね」
 僕は赤くなって、頷いた。
 
「まあ、今回は落下防止だね。このリングもそれは兼ねてる。ただ、リングはそれだけじゃない」
「……?」
「いい? ……怖くないから、力抜いててね」
 睦月さんは、僕の膝を開かせる。
 指にローションをたっぷり付けて、僕の蕾に押し当ててきた。
「……ん」
 ぴくんと、蕾が閉まって指を拒否する。それでも、やわやわと間断をつけて、揉むように押してくる。
 やがて窪みは、指を受け容れていく。
 つぷんと、第一関節が入った。
「……はぁ」
 きゅ、と思わず搾ってしまった。
 ふふ、とくすぐったい声が、後ろから聞こえる。
「可愛い。巽君」
 嬉しそうに言いながら、指をもっと進める。
「ん………はぁ……」
 僕は後ろを刺激されていると、すぐ前が勃つようになってしまった。
 厭らしい、僕の身体……。
 指を増やされ、充分解された。
「先にリングを嵌めるから、ちょっと我慢してね」
 勃っている僕のそれに、1つ目のリングを広げて通していく。根本で指を外すと、きゅっと締められた。
「あっ」
 軽い圧迫感に身体が反応する。
 更に連続で繋がっている2つ目のリングで、袋の根本を締められる。こっちはかなりの圧迫感だった。
 昨日は、吐き気を呼ぶほどの嫌悪感で、泣き喚いてしまった。
「……大丈夫?」
 様子を見るように聞いてくる。
「………ぅ……はい」
 睦月さんの腕にしがみついて、身体を縮こまらせて、震える。
 気持ち悪いけど、昨日みたいに、我慢できない程ではなかった。
「緊張しないでね。ちょっと前を引っ張るから、キツイかもしれないけど、ごめんね」
 唇が頬に押し当てられる。
 柔らかい感触と、下の異様な感触が同時だった。
「あっ……んんっ」
 2連リングに繋がれた板を後ろに持っていき、その中央から生えているディルドを蕾に押し当てた。
「はぁっ」
 ずぷりと挿入する。長さ5cm位のそれを、僕の後ろは全部飲み込んでしまった。
 もの凄い異物感。
 更に板をぐいっと窪みに押しつけられる。
「あぁっ、……はぁ……」
「……巽君。うしろ搾って。奥へ誘導して。奥に奥に飲み込むように……」
「ん……は……」
 僕は、押し出してしまいそうな生理現象に負けないように、挿れ込まれたそれを、奥へと導いた。
 肉壁を吸い付かせるたび、異物感が上にあがって来る。
 おまけに、リングのせいで前が引っ張られて、根本がとても痛い。
 油断すると出そうになるので、一生懸命、内側に吸い付かせていた。
 ───これ、すごい辛い…。早く終わらないかな。
 気が遠くなった。
「挿れてみると判ると思うけど、ずっと銜え込んでいるためには、括約筋を常に動かすから、それがいい運動になるんだ。そして、その動きこそ……」
 僕は中のディルドが、ある一点を攻めだしていることに、気が付いた。
「ぁ……」
「……気持ちいいでしょう」
 目を細めて、囁く。
「それがさっき言ってた、マッサージ」
「………!」
 体内に維持する為に後ろを搾ると、中のディルドが、前立腺を擦る。
 ペニスが反応して更に勃つから、板を前に引っ張り、またディルドが動く。
 終わらない悪循環のような快感が、僕を苛んだ。
「これ……つらい……」
 涙目で、睦月さんを見上げる。どう呼吸していいか判らない。それでも突き上げる快感に頬が熱くなる。苦しさに喘ぎながら、腕に縋り付いた。
「……このまま、立って、歩いてみて」
 静かにそう言う睦月さんの言葉に、僕は自分の耳を疑った。
「────!?」
「これを嵌めたまま、歩くのに重すぎないか、痛くならないか、どこか無理はないか。それを知りたいらしい」
「………………」
「指示書には2時間くらい歩かせろと、書いてある………けど。そこまでは、ぼくは言わない」
「………………」
 聞いてるのが、精一杯。答えられないし。立つなんて無理だ。ましてや歩くなんて……。
 
「巽くん……」
 動けない僕を腕ごと抱え込む。
 腰の角度が変わり、さらに呻いてしまった。
 助けて……。僕、こんなの嫌だ……。
「ごめんね、巽君……。これは……、君、指名のテストなんだ」
「!?」
「巽君が嫌がっても、他の子じゃだめだから、君が頑張るしかないんだよ」
「指名………って、どういうこと?」
 呼吸を乱しながら、聞く。
「……わからない。さっき社長に、それだけきつく言われた。結果を出すまで、やれって」
「…………」
 僕が先に辞した後、そんなことを話していたのだ。
「なんで……」
「わからない。本当にわからない。教えてくれないんだ」
「……………」
「だからね、……こんなキツイこと早く終わらせるように、ちょっとでいいから歩いて……」
 掻き抱くように抱きしめられる。
「見ていられないよ、こんなの」
 声が泣いていた。
 
 僕は下着を穿かされ、服もきちんと着させられた。
 下着は小さめのビキニパンツ。後ろが、抜け落ちないようにだった。
 
 立ってみると、重力で落ちてきそうになるので、僕は尚更力を入れなければならなかった。
 心配そうに手を差し出す睦月さん。
 僕は、無性に腹が立った。
 そんな顔するなら、始めから、やらなきゃいいのに!
 
 僕は睦月さんの手を乱暴に払うと、叫んだ。
「歩いて来る! やればいいんでしょ!」
 こんなに嫌なのに、疼きに火照ってしまう顔も、見られたくはなかった。
 
 その個室は、比較的受付に近い場所だった。
 部屋を飛び出すと、丁度エレベーターが来ていたので、飛び乗った。
 走ると、前も中のモノも激しく僕を刺激する。
 堪らなくて、エレベーターの奥の壁に、背中を擦りつけて、床にへたり込んだ。
「ぅっ……」
 腰が床に着く時、圧迫感に襲われて、思わず呻いた。
 閉まる扉の隙間から、驚いてこっちを見ている受付嬢の顔が見えた。
 僕はそのまま蹲っていた。中の異物が疎ましい。嫌悪と快感が交互に襲ってくる。
 背中の鏡が、厭らしく頬を上気させた僕を映し出していた。
 
 なんで、こんな目に遭うのかわからない。
 ………こんなの、本当に、僕には合わないよ。
 
 襲ってくる、不快な疼きに身悶えて、ただただ喘ぐしかなかった。
 こんな情けない姿にされても、身体が反応してしまっている。……羞恥に耐えない。
 背中をぞくぞくと走る痺れが、僕の思考を奪っていく。
 
 膝を崩して蹲っていると、エレベーターが止まって、扉が開く気配がした。
 誰かが乗ってくる。僕はもう、何も構えなかった。
 自分を隠すことも、逃げることもできない。
 ただ、じっと蹲っていた。
 
 
「………巽!?」
 
 驚愕の声が聞こえた。
 
 …………。
「巽! 巽なのか!? おい、何してんだ!」
「…………」
 エレベーター内に飛び込んできて、僕の前に屈み込む。
 力強い腕で、揺さぶられた。
 鋭く響くバリトン。
 
 
「光輝……さん」
 
 懐かしい声。懐かしい顔。
 久しぶりに、声に出して呼んだ。その名前を。
 
「どうしたんだよ、どこか具合が悪いのか?」
 心配げな声で、僕を覗き込む。
 こんな顔、見られたくない。慌てて俯いた。
「おいっ!」
 抱え起こされそうになって、下半身が疼く。僕は呻いた。
 嫌だ。こんなとこ見られたくない。こんな恥ずかしい姿、バレたくない。
「なんでも……ないっ」
 手を振り上げて、光輝さんの腕を振り解く。
「何でもない訳……ちょっと待てよ、その手首は何だ!?」
 僕の両手首には、未だ包帯が巻いてあった。
 光輝さんの顔が、真っ白になった。
「何があったんだ? こんな状態で、何でもないわけ、ないだろう!」
 怒ったように言うと、庇っている腰をグイと引き寄せた。
「……ぁあっ」
 堪らずに僕は、喘いでしまった。
「!?」
 驚いた目を、また向けられる。
「何かしてるのか? ……見せてみろ、何してんだ!」
「あ……やだ。嫌……」
 穿かせられていた、カーゴパンツを引きずり降ろす。
「やめて! ……光輝さん、見ないでっ」
 悲痛な声も届かず、僕はビキニパンツも剥ぎ取られた。
「───!!」
 一瞬で、蒼白になった光輝さんの顔。
 そこに怒りが浮かんでくる。
 目が見開かれ、額には青筋が浮かぶ。
 噛み締めた唇の隙間から、うめき声が漏れた。
「なんなんだ? ……これは!!」
 地獄の底から這い出すような低い呻き声。
 僕は答えられなくて、目を瞑ったまま、首を横に振った。
 
 もうダメだ。こんな姿見られて……!
 恥ずかしくて死んじゃう………!
 
「──離して…見ないでッ!!」 
 死にものぐるいで抗う僕に、同じようにありったけの力で、押さえ込んで、僕を上に向かせた。
「おい、俺を見ろ! 巽!」
「…………………」
 顎を掴まれて、グイグイと自分に向かせる。
 僕は、苦しくて薄目を開けた。
 エレベーターの電灯の逆光で、陰になっている。よく見えない。
 目を凝らして、必死に目の前に迫る顔を見つめる。
 吊り上がった眉、切れ長の真っ黒い瞳。通った鼻筋。噛みしめた薄い唇。
 怒っているのか泣きそうなのか判らない、表情。
「こお……き、さん」
 僕の目から大粒の涙が、溢れた。
「こおきさん……こーきさん……」
 上擦りながら、何度も呼ぶ。
 
 僕は、このひとが、好きだ。
 
 どれだけ会いたかったか、わからない。
 どれだけその名前を呼びたかったか、わからない。
 
 この顔を、また近くで見たかった。
 こうやって、抱きつきたかった。
 
 
 大好き。大好き。大好き。
 光輝さんが、だいすき。
 
 
 溢れる想いを、僕は涙に変えて、愛しい人にしがみついた。
 「光輝さん、……助けて……」
 
 
 
 
 


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