2度目は、悔しいほど 見惚れて
3.
「かずき……」
吐息に囁きを乗せて、その唇が近づいてきた。
僕を斜めに覗き込みながら、薄目で見つめ続ける。
「……たけるさ………ん……」
僕も首を伸ばして、唇を重ねた。
逃げるわけにもいかないし、僕もこのキス、好きだし……
「……ん……ぅん…」
肩を抱き込まれ、いつの間にかすっぽりと哮さんの腕の中だった。
顎を掬われ、いいように右に左にと誘導される。
………あッ……やばい
甘い甘い哮さんの舌が、僕をそっと吸い上げる。
なんでこんなに……ってくらい、優しい……
「だ……だめ」
やっとそれだけ言って、僕は無理矢理顔を剥がした。
「和希……なんで?」
……なんでって……!
不可解って顔で見下ろしてくる。
──こんな場所じゃ……これ以上は、マズい……
……わかんないかな…
……判られても、困るけど。
説明も出来ずに、火照った身体を持て余して、僕は途方に暮れた。
「……あっ」
赤面して下を向いた僕の前髪を、哮さんがいきなり掻き上げた。
「………!?」
引っ張られた勢いで、顔が上を向く。
じっと見下ろしてくる目に、やっぱり心臓が飛び上がる。勝手に早鐘を打ち出す。
……でも、冷たい視線……表情が読めない。
───なに……?
「……っ」
ぐいと横を向かされ、今度は頬に掛かる横の髪を掻き上げられた。
隠れていた耳を、しげしげ眺める。
「やっぱ、耳、小さいな」
────はっ!?
今この状況で、なんで、僕の耳なんか……
「……どうだって、いいでしょう!」
両手で耳を隠しながら、哮さんの手を振り払った。
悔しくなって睨み上げたら、もうその顔は、笑っていた。
「…………ッ!!」
しっかりした眉。その下で細まる吊り目。
短い髪が、すっごい爽やかで……
───くぅっ……憎たらしいほど、カッコイイ……
文句も言えずに、見惚れてしまった。
「はは、相変わらずだな! おもしれー、和希」
「……面白い!?」
相変わらずって……前回なんかしたっけ、僕……
「ああ、おもしろ可愛い」
ちゅっと、鼻の頭にキスをされた。
─────────!!!!
今度は、鼻を両手で押さえて、声にならない絶叫を放った。
「……何ッ……!」
はっ……恥ずかしいッ……!!
こんな、恋人同士みたいなこと(もちろん男女だ!)は、想定外だった。
「スッゲー可愛い!」
顔を押さえたポーズのまま、抱き締められた。
「か……可愛いって言い方、やめてくださいッ!」
咄嗟に腕の中で、逃げようと力一杯、抗った。
───うう、悔しい……ちっとも解けない!
「……カズキ」
暴れて乱れた髪を掻き上げて、もう一度耳にキスをされた。
───うあぁ……
優しいキス。
熱い息を吹きかけられて、ディープキスの時のように、腰に響いた。
「……………」
力が抜けてしまった僕は、しばらくそのまま、哮さんに抱き締められていた。
手摺りの向こうでは、夜の闇が深くなり、ますますネオンが輝き出している。
公園に相変わらず人気がないのが、僕にとって、何よりの救いだった。
「和希、メシ食おう」
急に、何事もなかったみたいな明るい声が、頭上から降った。
「……えっ?」
「腹が減ってちゃ、なんにもできないだろ?」
──ナンにもって……
相変わらず唐突で、僕のアタマは展開に着いていけない。
耳が小さいだ、面白いだって……それだけで、消化不良を起こしそうなのに。
それに付けて、メシと言われて思い出したのは、あのお好み焼き屋での、恥ずかしい出来事だった。
「……………」
「ばか、何思い出してんだ」
また真っ赤になった僕を、逞しい腕が抱き締め直した。
………ぅあ…!
「だから、そんな言い方……ッ」
身動ぐ僕の言葉なんて、聞いちゃいない。
「あそこはちっと、遠すぎるんだ。この近くに美味い韓国料理屋があるから、そこ行こう」
「韓国料理……焼き肉?」
「いや、うどん。行きゃわかるよ」
「………?」
さらっとそれだけ言うと、僕の腰に手を回し、バイクの方へ誘導しだした。
「ちょ……離してくださいッ!」
ああ、もう! コレが女の子扱いで、嫌なのに……!
抵抗も空しく、最後は抱え上げられて、バイクの後ろに乗せられてしまった。
「しっかり、掴まってろよ!」
僕の腕を自分の腰に巻き付けると、バイクは低い呻りと共に、滑り出した。
「…………」
僕はさっきより落ち着いて、しがみつくことが出来ていた。
いろいろゴチャゴチャ翻弄されたけど、会うまでのあのモヤモヤに比べたら、何でもないことだった。
───よかった……
心の中で、何度も繰り返してる。
……嫌われないで、よかった……
回した腕に力を込めて、僕は自分から哮さんを抱き締めた。
「おっ、……美味しいーっ!!」
僕は、スプーンを咥えながら、感嘆の声を漏らしていた。
得意げな顔の哮さんが、向かいの席で”どうだ”と言っている。
着いた場所は、どう見ても焼き肉屋だった。
「……焼き肉…ですよね」
テーブルの真ん中には、スミを入れる穴があいていて、網が嵌めてある。
壁にはカルビやら豚トロやらの張り紙が、ペタペタ。
「まあな」
店に入ると、独特の香ばしい匂いが充満していた。
入り口正面に会計カウンターと、その後ろに厨房。
その両脇に、ボックス席が奧へと続いている。
奧に細長い店内のど真ん中に、壁に囲まれた厨房があり、その周りを「U」の字形にボックスが取り巻いているって感じだ。
左側の奧はトイレ、右側の奧は行き止まりになってる。
僕たちは右側の一番奥に、通された。
客は他に、誰もいない。
「ここは土日がスッゲー混むんだ」
「……はぁ」
「だから、俺は平日しか来ない。あ、おばちゃん、いつものうどん二つ。あとビール1本ね」
水を運んできたおばさんに、気安く頼んでいる。
焼き肉屋で、うどん二つって……ラーメン屋でラーメン頼むみたいに。
ビックリしてる僕に、哮さんはニヤリと口の端を上げた。
「うどんだからって、侮るなよ」
そう言われていた。
……ハッキリ言って、侮ってた。
「すっごい、美味しい!!」
僕は何度も繰り返し言いながら、スープを啜った。牛すじの出汁がめちゃくちゃ利いてる。
うどんと言っても、日本の小麦粉の真っ白いヤツとは全然違っていた。
半透明に透き通っていて、角のある四角い麺だ。歯ごたえが餅より弾力があって、硬い。
カルビや山菜が沢山入っていて、これ一杯で充分な量だった。
「僕、こんな美味しいカルビスープ、初めて食べます!」
「だろ?」
嬉しそうに哮さんも、うどんを啜っている。
ひとしきり、無言で食べ続けてしまった。あんまり美味しくて、喋ってる余裕なんて無い。
「……ふぅ…」
やっと、僕だけに注いでくれたビールに手が伸びた。
背中の壁に寄り掛かって、哮さんを眺めながら、グラスを口に運んだ。
(………乾杯)
心の中で、そっと呟く。
アルコールは苦手だけど、舌先で少しずつ舐めた。折角注文してくれたんだから。
苦みの後から、アルコール臭が鼻孔と喉を灼く。
…………あ。
哮さんが着ている、スーツの色に気が付いた。
「哮さん、そのスーツ、あの時の……?」
前回、お好み焼きの鉄板の上に敷いてしまった、ネイビーブルーのスーツ。
あれと同じ色だった。
……油染みと臭いは、取れたのかな。
「ああそう、あれと同じヤツ。2着目は半額ってセールで、いつも同じの2着買うんだ」
「………そっか、それ、もうイッコの方なんだ」
やっぱ、使えなくなったんだ。……悪いことしたな。
「選ぶのって面倒くせぇからな。それなら、簡単だろ。それより…和希って、ほんとに会社員だったんだな」
「え?」
急に変なこと言い出した正面の顔を、思わず見つめた。
カッコイイ吊り目が、笑って僕を見てる。
「こないだ仕事とか言ってたけど、とてもリーマンには見えなかった」
「……えーッ!?」
そりゃ、僕は私服だけど……
「大学のレポートでも、やってんのかと思ったのに、仕事とか言うから」
────!!
女の子に見られたのだけでも、ショックだったのに。
あんまり悔しくて、言葉をなくしてしまった。
「………………」
ニヤニヤと笑い続けてる、憎らしいカオを睨み付けるのが、精一杯だ。
──悔しいけど…怒れない。
僕だって、勘違いしてた。
あの変な女に黙って付き合ってた、この男前は、
……僕よりずっと、年上のヒトかと思ってたんだから……
それを思い返すと、いつも胸が掴まれたみたいに、ぎゅっと痛い。
「……和希?」
思わず顔を顰めた僕に、哮さんの声が変わった。
「どうした?」
「……なんでもない…です」
「んなわけ、ねぇだろ!?」
グラスを抱えたまま下を向いてしまった僕の隣りに、哮さんは体を移してきた。
「……あ」
ビールが零れそうな勢いで、コップを引ったくられると、激しい音を立ててテーブルに戻した。
「どうした? 何か、辛いんか?」
肩を抱き寄せて、顔を斜めに覗き込んでくる。
真剣に心配するその目を、僕は見ていられない。
「ちがッ……なんでもない…です……」
慌てたけど、遅かった。
僕の両目から、ポロッと涙が零れた。
「……かずき…?」
「なんでも……嬉しくて…僕…」
とっさに嘘を付いた。胸はこんなに痛いのに。
「……んっ!」
唇が塞がれて、僕のヘタな言い訳もそこまでだった。
……うぁ……気持ちいい…
入ってきた温かい舌が、僕の舌に絡まる。
優しく吸い上げて、撫でるように離す。
繰り返されているうちに、身体が熱くなってきてしまった。
──ヤバ……これ以上は………
「ん……んっ……!?」
哮さんの手が、僕の身体を這い回り始めた。
──ちょっ……!
腰に回った手が、本気モードで触ってくる。
「…こんな所で………止めてください!」
僕は必死に、顔と身体を突き放した。
……いくらなんでも、ここはマズイって!
「酔っ払った振り、してろ」