カバン返して。
 
4.
 
「おら、帰るぞ」
「あっ、ハイ!」
 
 千尋に声を掛けると、嬉しそうに立ち上がった。
「お買い上げ特典で、軽トラ1時間無料で貸し出してますので、使ってください」
 店員が申し出てきた。
「あ…、俺、免許証持ってきてねえや」
 慌てて出たから、財布を置いてきてしまった。
「じゃあ、僕が運びますよ」
「え? いいよ、後でまた来るから…」
「構いませんよ。行きましょう」
 さっきまでの怒りはどこへやら、取り澄ました顔で軽トラを用意しに、部屋から出て行った。
 ───んだかなぁ。
 俺も千尋に預けていた金で布団のレジを済ませると、駐車場に運んだ。
 
(…………ん?)
 積み込んだあと、店員が当然のように千尋を助手席に乗せようとしていた。
 運転席から、誘導している。
「……へえ、そっちがいいんだ」
 俺はチャリだった。
「今日から、ソイツの世話になれよ」
 冷たい声でそう言ってやった。
 千尋も当然のように、乗り込もうとしてたから。
「…………」
 ステップに足を掛けていた千尋は、うっと目を潤ませると、店員の顔をジッと見上げた。
 その二人の様子が、俺をイラッとさせた。
 ───なんだこの空気。
 余りにも馴染んでいて、余りにも解け合っていて……
 俺の隣にいるより、ずっと自然に見えた。
 ……これは、さっき店に飛び込んだ時に感じたイライラと、同じだと思った。
 
 ───誰にでも、すぐ懐くんだな、コイツ……
 
 俺は踵を返すと、二人を無視して自転車を取りに歩き出した。
「あッ」
 その直後、背後で叫び声が上がった。
 ───!?
 振り向くと、千尋が車の外ですっ転んでいる。全身をアスファルトに叩き付けるみたいに、ハデに転倒していた。
 そのまま驚いた顔で、動けないでいる。
(……何やってんだ! ったく)
「しっかりしろよ! 子供じゃあるまいし」
 駆けつけて、腕を引っ張り上げた。
「…ハイ。ごめんなさい~」
 立ち上がって砂を叩く千尋の後ろで、バタンと軽トラのドアが閉まった。
 助手席側の窓が開いて、店員が顔を出した。
「先に行っているね。君んとこ、細い道が多くて回り込まなきゃいけないから、車の方が遅いかもね」
 にっこりそう言うと、あっという間に軽トラは駐車場を出て行ってしまった。
「……え?」
 そのあまりの早業に、二人で唖然としてしまった。
「ボク…突き落とされたんですぅ」
 車の方向に目線を送ったまま、放心したように千尋が呟いた。
「…はっ!?」
 何考えてんだ、アイツ…
 結局俺は、後ろに千尋を乗せてチャリで山裾を登って帰った。
 つっても、マウンテンバイクだから荷台は着いてない。
 後方に取り付けたステップに立って、俺の首にしがみついていた。
「こ…恐いです!」
「本気出せば、都会の原チャにも負けねえよ」
 もっとも、これは山専チャリだが。俺なりのカスタマ・オフロード。タイヤが太くてゴツイから岩山もイケる。
 俺はさっきの店員が気になって、どんどんスピードを出した。
「ひゃーーーっ」
「うっ苦し…」
 
 辿り着くと、荷物だけ置いてあって車はもう帰ったようだった。
 ───なんだアイツ。…変な奴だったな。
 
 
 ともあれ、布団がもう一組揃ったわけだ。
 運び込んで包装を解いていると、また背後で千尋が叫び声を上げた。
「んだよ、煩い…」
 振り向いた俺は、ギョッとして言葉を失った。
 テレビ画面に、俺がセットしたままだったDVDの映像が流れている。
 キャプチャー機能で、観ていた場所の続きを映し出していた。
 激しい動きと喘ぎ声が、部屋の中に響き渡る。
「わぁ…」
 動かした張本人は、顔を真っ赤にして、画面に見入っている。
「バ…馬鹿野郎! 見てんじゃねえよ! 止めろって!」
 俺は慌ててストップさせてDVDを引っこ抜いた。
 耳の中に、甲高い喘ぎ声が変に残った。
「徹平さん、もしかして…」
 今度は俺が、真っ赤になってるだろう。
「勘ぐってんじゃねえよ!」
 くそっ。
 買い物が上手くいってりゃ、バレずに一発抜けてたのに!
 その腹立たしさからも、いっそう目の前の役立たずを睨み付けた。
 
 
 
 
 その夜、俺の下半身は困ったことになっていた。
 あの甲高い声と白い肌が、頭から離れない。
 布団の中で半勃ちになったまま、萎える気配がまったくなかった。
(クッソ! こんなんじゃ、眠れやしねぇ!)
 寝返りを打っては、溜息をついた。
 隣を見ると、薄暗い中でもそもそ布団が動いてる。
 厄介事の張本人は、新しい布団に嬉しそうにくるまっていた。
「ボクの布団~」
 ────!
「違う! それは、客用だ!」
 どっちみちもう一客必要だったんだ。こっちに母親が泊まりたいと、煩かったし。
「おまえはカバン見つかったら、さっさと出てけよ!」
 居着きそうな予感にゾッとして、思わず怒鳴った。
「……ハイ」
 暗くて、表情の細部までは見えない。
 ちょっと間をおいて返ってきた返事は、寂しそうに聞こえた。
「…………」
 俺は何となく、ぶつりと黙ってしまった。…なんか、気分わりぃな。
 それにしても、体が落ち着かない。
 また寝返りを打って、千尋に背中を向けた。
 
 ────ん!?
 ごそっと背後で動く気配がしたと思ったら、千尋が足元からこっちの布団に潜り込んできた。
「お…おい?」
 腰の辺りで丸くなっている。
「千尋? 何してん…」
 ────!!
 スウェットの上から手を当てて、俺の半勃ちになってるモノをさすりだした。
「おい…やめろ!」
「…でも、辛そうだから……」
 布団の中から、小さな声。
 ───辛そうだと、こんなコトするのか!?
「大きなお世話だ!」
 でも千尋は、手を休めない。刺激を受けたそれは、反応してしまった。
 ……マジかよ!
 下着の中に手を突っ込んで、直接触ってきた。
「お…千尋ッ……うぁッ!?」
 生温かい感触に包まれた。
 
 ────フェラ!?
 
 柔らかい舌と唇で、そっと上下に扱き出す。
「うっ…」
 久しぶりの感覚に、待っていたように体が悦んだ。
 抵抗をやめた俺の下着とズボンを脱がすと、千尋は布団を捲り上げて姿を現した。
「…寒かったら、ごめんなさい」
 小さく囁いて、再び咥えなおす。
「───!!」
 寒いって……俺はそれどころじゃなかった。
 優しく添える手の平は、タマを揉んでは、胸や尻の方まで撫で回す。
 滑るような手つきで、俺を高めていく。
 
 ──なに…!? ………スゲ…上手い…!
 
 信じられなくて、首だけ上げてヤツを見た。
 ストンとした髪が丸いシルエットを作っている。その小さな頭と細い体の影が、暗がりの中で蠢いている。
「ウッ…ウォ……!」
 優しくポイントを刺激していた手と口が、しだいに激しくなっていく。
「うぁッ…!!」
 俺は千尋の手に翻弄されたまま、イッてしまった。
 
「───はぁ…」
 激しい快感の余韻の中、俺は肩で呼吸をしていた。
 …マジ…上手すぎだろ……
 俺が久しぶりってだけじゃない。同じ男だから判るとか、そんなんじゃない。
 その手つきは、プロを思わせた。
「…ちひろ?」
 俺の放出を口で受けとめていた千尋は、ゆっくり体を起こした。
 
「…ボクの取り柄」
 
 その声は、暗がりの中で寂しそうに笑った。
 おい…飲んだのか? 今の…
「───取り柄って…」
 小さい影は脚の間に座り込んだまま、俯いて黙っている。
「───」
 俺はコイツの、ピリッとさせた空気を思い出した。
 触れちゃいけない、何かがあるのか…
 それにしたって…!
「おいっ?」
 起きあがると、千尋の腕を掴んで引き寄せた。
 一瞬ビックッと震えた体が無抵抗に引っ張られ、俺の胸にしなだれてきた。
「おわッ!」
 抱き込むつもりはなかったから、驚いてしまった。
「…………」
 カーテン越しの薄明かりが、布団の上で抱き合う俺たちを照らす。
 見上げてくる千尋は、唇が艶めいて上目遣いがひどく妖しい。
 ジャージから覗く首筋や鎖骨の白い肌までが、色っぽく見えた。
 ───ッ!
 俺は慌てて、その体を突き放した。
「───慣れてるな…おまえ」
 驚いたように目を瞠る千尋に、思わず呟いた。
「……うん」
「……なんでだ?」
 聞いていいのか一瞬迷ったが、この空気のままじゃいられなかった。
「ボク……」
 突き放されたままの距離で、頭を垂れた。
 再び俯いてしまったシルエットは、ぴくりとも動かない。
「……嫌ならいい」
 俺は溜息をついた。
 ───なんだか知らんけど、俺には関係ないことだ。
 
「でもなぁ。…だったらこんなこと、するな!」
 はっと影が顔を上げた。
「でも…ボク…恩返しできるの、これくらいだから…」
「恩返し?」
「はい……徹平さんが辛いの、解消してあげたかったんです」
 
「──────」
 
 コイツなりに考えてんのかって、驚いた。
 その方法にも。
 ……よくわかんねぇ。
 見た目と中身に、ギャップがありすぎて。
 
 
「……取り柄なら、料理が上手いだろ」
 
 
「…………」
 
 
 戸惑う気配。
 遠慮がちに俺を見つめ続ける。
「それでいいから。……言いたくなったら、言え」
「………はい…」
 闇の中で、細めた目と白い歯が光った。
 小首を傾げて零した笑みに、俺の心臓が、また1回跳ねた。
  


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