真夜中のページ・ボーイ
14. 錯 綜
朝倉マネージャーに、迷惑を掛けてはいけない……
そう思って、カラ元気でも頑張っていたのに……
折角の取り戻した鋭気が、崩れ去った。
今度は忘れ物を取りに、なんかじゃないだろう。
ローテーションを組んで交互に休むから、休憩時間が重なることはない。
そして今、僕が休憩に入ったばかりでここには他に誰も、来るはずがない───
「…………」
罠に落ちていることに、やっと気が付いた。
僕のシフトは狩谷チーフが管理しているから、いくらでもチーフの都合よく出来たんだ。
蒼白になって見上げる僕に、チーフは狐のように尖った顔を歪ませて、ニヤリと笑った。
「また、ヤらせろ」
「…………」
───イヤだ……けど、拒否できない。
僕はピクリとも動けずに、ただその顔を見上げていた。
「あれ……オリーブオイルで犯りてえな」
「─────!?」
「ワインはこの後、影響出るから無理だし」
───なに……どういう……
それは、あの映像のことではない……
「……やっぱ上手いよな、あの文。お前のそう言うカオ、そのまま表現してるぜ」
「…………文?」
眉をしかめた僕に、チーフも怪訝な顔をした。
「AVのモデルみたいの、やってんだろ? ……オンナ役で」
─────?
話しが見えない。
僕はただ、首を横に振った。
──あの映像じゃないなら、僕は何に脅されているんだ………!?
その内容は確かに、あの101で行われた、恥ずかしい出来事だった。
「否定しなかったじゃんよ……だからオレ…」
食い入るような眼で、じっと見てくる。
「…………」
「須藤……」
狩谷チーフの顔が迫ってきた。
「……!! ………やっ」
その手を振り払おうとして、チーフの鋭い声を聞いた。
「暴れると、制服、破くぞ!」
「─────!!」
スチールの机と板壁に挟まれて、イスに座ったまま、僕はチーフの口づけを受け入れていた。
「……ん」
遠慮なく、咥内を蹂躙してくる。
昨日の悪夢を思い出して、気分が悪くなった。
──キモチワルイ……
チーフの手が伸びて、座ったままスラックスの前だけ開けられた。
「…………!」
手を突っ込まれて、身体が震える。
「あれ、お前かと思って読み直したんだよ」
「────?」
「そしたら、スゲー興奮してさ……」
「……んっ」
また、乱暴なキス。
「ここが好きなんだろ?」
スラックスに突っ込んだ手で、まだ何の反応もしていない僕のそれを掴みだした。
鈴口を親指の腹で、ぐりぐりと擦り上げる。
「いた……痛い……チーフ…」
「そのうち良くなってくるから、黙ってろ」
「んっ……」
言うが早いか、また唇を塞がれた。
同時に、丁寧に指が動き出す。
先端をそっと撫でながら、くびれの周りをなぞる。まだ芯の無いそれを、裏から支えるように持ち上げて撫で回す。
「……………」
腰が反応しそうな気配に、僕はぎゅっと目を瞑った。
───イヤダ……
触られれば、誰にでも反応してしまうなんて。
───アッ……
腰が揺れてしまった。後ろに軽く触ってくる。
……違う……この動きのせいだ……
チーフの指の動きは、僕を知り尽くしているように、ポイントを抑えて触ってくる。
「……んんっ…………」
キスもそうだ……
どこが好きなんて、僕…知らないけど……
「…………はぁ……」
深いキスの合間に、吐息が漏れてしまった。
腰に響くように舌を絡めては、吸い上げる。呼吸が落ち着くのを待っては、違う方向から攻めてくる。
「ん……ん……」
だんだん、攻めが早くなってきた。
「……チー……待って…」
苦しくて、藻掻いた。
息を吸う暇を与えてくれない。舌の絡み合う淫猥な音と荒い呼吸が、静かな休憩室に響いた。
「んっ……んんっ……」
飲み込めない唾液が、口の端からすじを引いた。
───あッ……!
制服が汚れる……
僕は必死で、チーフの胸を押した。
「チーフ……待って…」
唇を引き剥がすと、手の甲で顎を拭った。
「……このままじゃ……」
自分から誘っているような言葉に、抵抗を感じたけど──
このまま何かされるくらいなら、自分から言ってでも脱いだ方がマシだと思った。
「……ヤラシイな……お前」
僕の柔らかかったそれが、チーフの掌の中で芯を持ち出していた。
「…………ッ」
「早く脱ぎな、挿れてやるよ!」
椅子から立たされて、下卑た声で嗤われた。
いくらローテーションとはいえ、誰が急に入ってくるか判らない。他の部署との兼ね合いだってあるんだ。
僕は気が気じゃなくて、焦った。
奧の畳に移動して、制服を脱ごうとしたけれど、ボタンを外す手が震える。
「───あッ、や……!」
待てないとばかりに、狩谷チーフが僕を押し倒してきた。
「上なんかいいだろ。下だけ脱げ!」
スラックスを強引に脱がせると、インナーの隙間から指を入れてきた。
「あぁ! ……待ってくださいっ……!」
インナーが汚れるのも、困る。
「うるせえ! ほら感じろよ、好きなんだろ? これがッ」
「……んっ!」
乱暴に指を挿れてきた。
「や…痛い……チーフ……お願いです……」
下着ぐらい、脱ぎたい。……こんな格好は…酷いよ。
ふんどし状の前の布が、高く持ち上がってる。その隙間から手を突っ込まれて、ますます形が浮き出ている。
「……ああ、脱がしてやる。動くなよ」
懇願する僕を、ねっとりとした目で見下ろすと、チーフはまたニヤリと笑って、身体を下げた。
指を入れたまま、反対の手でインナーのヒモを解いていく。
「…………!!」
ゆっくりと焦らすように、前を露わにしていく。
開脚させられた中心は、蠢く指のせいもあって、既に濡れていた。
それを舐るようにじっと見つめる、細く吊り上がったチーフの眼。
「…………」
───恥ずかしい……
羞恥が尚更、僕を追いつめる。
「はは! ……ここが、欲しい欲しいって、言ってるぜ!」
後ろを締めてしまった僕に、指を動かしながらチーフは嗤った。
紅い舌を出して唇を舐める様子は、獲物を捕らえた時の、肉食獣の様だった。
「おら、挿れてやるぜ!」
「んぁあっ……!」
乱暴にかき回してそこを広げると、僕の先走りをなびり付けて、指と入れ替えに無理矢理入ってきた。
──あっ……ぁあ……
硬い異物、
押し入ってくる圧迫感、
広げられる恐怖……
何度やられても、入ってくる最初は辛い。
拒否してる壁を押し分けて、熱い先端が体内に入ってきた。くびれが腸壁を剔り始める。
ビリビリッと、その部分が疼き出した。
……ァッ…、や……やだ……
そこは毎日アイツに触られ続けて、敏感にされてしまったみたいで……
「……ぁあ………はぁ……」
呼吸の合間に、吐息が漏れてしまった。
「イイ声……スゲエ……リアルで聴いてるよ、オレ……」
ピストンし出した腰の動きに、身体が反応していく。
お尻の奧が、特に熱い。
動く異物、腰から腹、背中にと、その感触が這い登った。
「……あっ……ああぁ……」
打ち付けられるたびに、声を上げる僕に、チーフもどんどん興奮していく様だった。
シャツの下から手を入れて、胸や脇の方まで触ってきた。
「……んっ、……やッ……」
胸の尖りへの刺激に、僕は更に声を上げた。
「……須藤……やべ……すげえ…」
はあはあと呼吸を荒くしながら、耳元でそんなことを言い続ける。
「……須藤……すどう……」
頭を抱えられ、ひたすら打ち抜かれた。
──ああ……ぅあッ……
チーフの肩に額を押し付けて、両手で口を塞いだ。
湧き上がる疼きは、前への刺激を求める。
腰を振りそうになっては、必死に抑えた。
──嫌だ……もう、自分からは……イヤだ……
イキそうになったチーフは、それを掌中にして扱き始めた。僕も高みへと導く。
「……ぅあ……!」
「……くっ……キツ……」
「…ん……ぁああ…」
「…スドー…いく…イクぞ…」
───あっ……ぁああ……ッ!
前と後ろの刺激が、すごい勢いで絶頂に達した。
激しく身体を仰け反らせて、チーフの手に白濁を飛び散らせた。
「──んっ!」
チーフも最後の打ち付けで、僕の中に熱い滾りを放出した。
「………はぁ…すげ……」
汗をたらしながら、チーフが嗤う。
「マジ…お前…サイコー………」
「……………」
僕はまた泣いていた。
いく時に、ひどく感情が高ぶる。
悔しいのと、悲しいのと、嫌でも突き上げてくる快感に……。
「今度はアレ、やってやるよ。……仕事終わった後にな」
狩谷チーフは意味ありげに耳元で囁くと、僕から離れた。
「……!?」
──なに、……アレって……
「休憩時間、あと10分。ゆっくり、休みな」
何も聞き返せないまま見上げている僕に、簡単にそれだけ言って、チーフは出て行ってしまった。
「…………」
取り残された僕は、残り10分、ずっと放心していた。
身体だけはなんとか綺麗にして、制服も着込んで。
それでも起きあがる気力は出ないまま、再び畳の上で横たわっていた。
チーフの言葉を反芻してみる。
──AVのモデルみたいなの、やってんだろ……オンナ役で。
──あれ、お前かと思って読み直したんだよ。
──やっぱ上手いよな、あの文……
……どういうことだ?
何を言ってるのか……僕の恐怖してることと、あまりに食い違っている。でも僕の醜態を言っているのは、確かだった。初めて101でされた酷いこと……何でそれをチーフが知ってるんだ。……僕が、おんな役? ──それが一番、判らない…
ビデオ見たんじゃなかったの? なんなのその……文って………
「────ッ」
思わず両腕で顔を覆っていた。わかんなくて。
みんな消したい。みんな終わらせたい。そして自分を、隠したかった。
身体が痛い……
なんで、こんな目に遭うんだろう
全て、アイツのせいだ……
……もう、いやだ………
気怠くて、考えることが億劫で……。
頭の隅がもやもやしたまま、10分の休憩を終えた。
「…………痛ッ」
起き上がるとき、腰の痛みに気が遠くなるかと思った。
───こんな状態で、残りの業務をやらなきゃいけないなんて……
ベルは体力が基本で、力仕事が多い。どんなに荷物があっても、重くても、弱音は吐けない。
……せめて、制服がこんなにキツクなきゃいいのに……
傷んだ身体に食い込むスラックスを呪った。
──制服に征服されてる。
洒落なんかじゃなく、ホントにその通りだと思った。
そのせいで、チーフにも逆らえなかった。最後は自分で脱いだも同じだ。それを思い出すと、仕事中なのに泣きたくなった。
──悔しい……!
歯ぎしりして、その思いをやり過ごしていた。
終業時、相変わらず真夜中のオーダー表が届いた。
昨晩のあの出来事を思い出すと、気が滅入った。昨日の今日だから……もしかしたら今日は無いかもと、期待したのに。
でも反面、僕もそれを待っていた。
アイツに、問い質してやる!
何がどうなっているのか……僕を使って、何をしたのか!!
「──? ………失礼します」
深夜零時、ノックに返答はなかった。
ノブをまわすと、扉は開いた。
「…………」
この№101に再び踏み入るのは、勇気が要った。
恐怖で足が竦む。あの扉の奧から、またあの声が聞こえて来そうな気がして……。
抱えたワインクーラーでバランスを取りながら、震える身体をなんとか抑えて、室内に入った。
「…………」
見回しても、いつもの風景──。
でも、男の姿がなかった。
閉ざされた、奧への扉。
空のソファー、
ローテーブル、
大きなテレビ画面、
高い天井から落ちてくるカーテン、その横のベッド……。
その向こうの書斎机、積まれた書籍の累々……
その机の上に、目が留まった。
───!?
見覚えのある背表紙。
小さな文庫本…………
同じものが何冊か、積み重なっている。
僕は氷の入ったワインクーラーを絨毯に落として、書斎机に駆け寄った。
「────」
そこには、書きかけの原稿用紙も散らばっていた。
一枚を手にとって、端から字を追ってみる。
───これは……!!