真夜中のページ・ボーイ
17. 孤独な魂
「───俺を助けろ……」
男はもう一度それを言うと、僕の制服を全部剥いで、唇での愛撫を全身にまき散らした。
「ん……ぁ……」
秘部への責めが、僕に声を上げさせる。
「ぁ……ぁあ……」
舌先が後ろに侵入してくる。
───さっきとは全然違う……
再び、思い知らされる。
優しく扱われて、僕の身体は熱くなっていった。
───あ……ぅ……ぁあ……
喘ぎながら、同時進行で激しくなる二つ目の、レッドシグナル。
──キケン! ……キケン!
──イケナイ! ……イケナイ!
…………。
僕はそれに目を瞑って、頭の隅に追いやった。
舌が指に替わり、更に侵入してくる。
体内の奧……入り口の内側を擦って、腸壁をくすぐる。
「ぁあ……」
指も抜かれ、男の屹立が押し当てられた。
「…………はぁ」
男の肩を掴んで身体を支えると、僕は脚を開いた。
───んっ──ああ──っ!!
熱い塊が、どんどん入ってくる。
やっぱり慣れない圧迫感、開かされる痛み、異物の恐怖……
ぎゅっと眼をつぶると、瞼にそっとキスが降りてきた。
「…………」
辛い挿入に身体を震わせながら、薄目を開けると、さっきと同じ瞳。
暖かい琥珀色──
……なんで……
──危険! 危険!
──受け入れては、ダメダ! ……心を許しては、ダメダ!!
そう、警報は繰り返す。
“コイツに深入りしちゃ、いけない”
僕の脚を止めたクセに……その本能は、そう言っているんだ。
……そんなの、判ってる!
── ヒキカエセ、ヒキカエセ!──
──今なら、まだ間に合う!──
───でも……でも……!
「…………」
僕は男の唇に、自ら自分のそれを重ねていた。
男の身体が、一瞬震えたのが判った。
戸惑う琥珀。
僕は──この眼を、見捨てられない……!
「……ん…」
繰り返すディープキス。
気が付くと僕の中に、男は全てを収めていた。
胸を上下させて、荒く呼吸をしている僕に、男が囁く。
「……痛いか?」
「……動いたら、わかんない……」
ゆっくり、その腰が動き出した。
切れそうな不安が過ぎりそうになりながらも、擦り上げる快感の方を、引き出していく。
「……ぁ……ぁあっ……」
今までも同じ事をされて、喘がされた。
身体に直接、モノを言わされた……
でも、こんな感覚を味わったことはない……
「んっ……ぁッ……ぁあ……」
腕の中で、身体を仰け反らせた。
背中を痺れさせる疼き。
後ろから、体内から……何か熱いものが湧き上がってくる……
───ぅあ……気持ちいい……
「ぁあっ……!」
後で考えても恥ずかしいほど、喘いでしまった。
打ち付けに感じて、後ろを締めてしまう。
男が呻く。
一瞬顰めるその顔に、よけい僕は興奮した。
「も……イきたい……」
前の屹立が、限界を訴えている。
みっともなく腰を振り出す前に、僕は言葉でねだっていた。
じろりと見下ろされ、一瞬嗤われるかと、また身構えた。
「……んっ」
言葉を塞ぐようなキス──
──あっ……んぁああっ……!!
そのまま前を扱かれ、腰がどんどん高まっていく。
「んっ──んんっ……ぁああっ…!」
絶頂感と、飛び散る白濁。
何度も何度も、痙攣した。
そのまま穿ち続けられて、男も僕の中に液体を放出した。
───あぁ……
……体内が熱い……
初めて、それがイヤじゃなかった──
「…………はぁ」
ぐったりと、ベッドに張り付けになってしまった。
相変わらず、直後は怠い。男の首に回していた腕も、解けてシーツに沈んだ。
そんな僕を上から見下ろして、男は顔を曇らせた。
「……辛かったか」
「…………」
大きな掌に、片頬を包まれた。その親指が、目じりを擦る。
「……辛いんじゃ……ない」
……僕はまた、涙を流していた。
「じゃあ、なんで泣いている……?」
琥珀の眼が、眉をひそめる。
「………あんたが、泣かないから………」
───僕が……替わりに、泣いてるんだ……
……ヘルプ、だって……?
こんな僕に、助けを求めるなんて……
凶暴さの裏の翳りが──その二面性が、僕には悲しすぎた。
ただの野獣の方が……まだ、マシだ………腕で目を覆って、暫くの間、涙だけ流した。
「…………」
僕の上から退いた男は、軽く息を吐いて、寄り添うように僕の隣りに寝そべった。
見ると、眉を寄せて、何かを考え込む横顔。
───こんなふうに、並んで寝るのって……なかったな。
いつも変な場所で、僕だけ服を脱がされて……僕だけ裸なのは、今もだけど。
ああ、でも……
初めての夜、ワインのせいで寝てしまった。
あの時は目が覚めたら、横にこんな風に、この男がいた……。
……そうだ……あの時の寝顔。
目を閉じていたこの顔に、凶暴性は見られなくて……。
昼間や、暴行の時の危険なイメージとは違っていた。
───あの時から、僕の心の中に、コイツは居たのか…。
「…………」
険しい眉……高い鼻梁……目を隠す、緩くウェーブした長い前髪……
目前にある一つ一つを、ゆっくりと眺めていく。
真っ直ぐに引き結んだ口、しっかりした顎……
その横顔が、こっちに向けられた。
双眸が、僕を見る……。
煌めく琥珀……初めて見たときは、全身に鳥肌が立つような警戒信号が鳴り響いていた。
「何を見ている」
「………………」
僕は怠くて、何も答えられなかった。
ただ……見ていただけだし……
ただ……“ヘルプ”の僕が来なかったら……助けのないこの男は、どうなっていたんだろうって……
ぐいと、太い腕に引き寄せられた。
「…………!」
また胸の中に抱え込まれて、僕は一瞬身動いだ。
終わったばかりの行為を思い出して、身体が震える。
──もう、無理……
勘違いした僕を諭すように、背中に回した手で、頭を撫でてきた。
男の顔が肩口に押し付けられて、頬に長い髪が当たる。
「………………」
いつもの、コロンの香りがした。
「お前……俺のモノになれ」
低い声が、耳元で囁いた。
「─────!」
「ベルボーイなんて、やめろ」
……………。
もう、驚かない……コイツの飾りっ気のない言葉……
それは、心から零れた……願い……?
「……アンタのように、闇の世界で……、ただの性奴隷になれと……?」
──名前もなく、存在も消して……
すぐ横にある耳に呟く。
「……お前にゴーストは無理だ。……そんなことは、させない」
「…………」
「ただ、俺の側にいろ。……アイツに、俺が潰されないように」
……ただ、側にって───
「アイツから自由になった時……俺はおかしくなっちまうかもしれない……」
「─────」
「……だから、……側に居てくれ」
抱き締めてくる腕に、力が籠もった。
背中が仰け反るほど、きつい。
「……自由にって……?」
まさかという想像が、一瞬過ぎる。
「……アイツはもう、そんなに長くはない。自分でも判っているから、昼間、健康維持の散歩なんかしてるけどな」
……ああ、あれは、そういうことなんだ。
「歩くのが、やっとだ。昼間は寝たきりで、ボーイに全部世話して貰っている」
「……塩崎さんだ。老紳士のこと、好きみたい……」
「はっ、ただ可愛がってりゃな……俺にだって、18で弟子入りした時は、ウソみたいに優しかったぜ……」
吐き出すみたいに言う言葉に、胸が痛くなった。
「…………」
怠い腕を、男にしがみつかせて、力を込めた。
「この間、どこかに出かけた……?」
話題を逸らしたくて、思い出したことを訊いた。
あんな格好……
でも全然、話題転換には、ならなかった。
「……ああ、出版関係の行事で、どうしても出席しなくちゃならなかった。珍しく外出したんだ。……俺はアイツの、運転手でもある」
「……やっぱり」
「あの時何があったか、教えてやろうか……」
……え?
「車を回して、やっとホテルに帰ってきて……いつものことさ。車の中で、咥えさせられた」
「────!!」
「でもいい加減、あの老体だ……。もう車内では流石に、と思っていたから……」
「…………」
ふっと、自嘲気味に息を吐いた。僕の耳に暖かい空気が当たる。
「とことん嫌気が差していた……お前に渡り廊下で会った時、俺は、うがいも手洗いも出来ていなかった」
──────!
「流石に……俺も躊躇したけど、お前…逃げないから」
「…………」
僕は、無言で頷いていた。
何で逃げない? ……なんて聞かれて、驚いたんだ。
あの時は──僕も判らなかった。なぜ、拒否できなかったのか。
僕は……傷ついた狼の哀しい瞳に……心を掴まれていたんだ。
「……それで、手袋のまま…?」
───キスもなく……
「……アンタ…なんで、あんなにスタッフルームに詳しいんだよ……?」
野暮かも……そうも思ったけど、とことん知りたくなっていた。
この男のこと……
しがみついた胸の中で、目一杯顔を起こして男を見つめる。
「…………」
見返してきた眼が、不快げに細められた。
「15年も居て……始めの5年は、ヤツの気紛れでどこにでも連れ込まれて、犯られたからな」