夜もカエサナイ
3.
俺の足掻きをあざ笑うように、医院長は眼を細めた。
ゆっくりと、口の端を上げていく。
「さあ、ショーの始まりだ。……たっぷり感じさせてあげるよ」
はだけたシャツの隙間に、手を差し込む。
「あっ…!」
千尋の身体が、ビクッと揺れた。
シャツを押しのけながら、胸の中心を弄くる。
「あ…あぁ…」
俺にわざと見せ付けるように、ガラスの前に千尋を立たせ、ピンクの部分を摘んでは弾く。
「……やぁ…!」
千尋は苦しそうに、顔を背けた。
その身体を腕に完全に抱え込んで、医院長は俺より高い位置から、興奮した目で見下ろしてきた。
「イイ声だね……この子は」
「───!! やめろッてんだよ!」
叫びながら、ガラスを両拳で殴りつけた。
すぐ目の前に千尋がいるのに。
手が届かないってだけで、俺は何も出来ない。
目の前で喘がされていくのを、ただ観ているしかない。
(畜生ッ!)
悔しくって、目の前の男を睨み上げた。
「……いい目だ。次は徹平君だからね」
そう言いながら医院長は、千尋のズボンの前を開け始めた。
「や……やです……離して」
「何言ってるんだ。こんなに綺麗なモノ持ってて……」
トランクスから萎えているそれを摘み出した。
「やあ!」
「千尋ッ!」
(……ショーだって!?)
正面を向かされ、後ろ手に捕らえられている、はだけられた千尋……
シャツの隙間から白い肌が覗く。鎖骨や胸、腹筋まで。
喘いで胸を反らせるたび、中心で色づく桜色が妖しく見え隠れして……
灰茶色の薄明かりに、浮かび上がる肢体は、ガラス越しに妙に生々しい。
「…思った通り、素敵だよ……ここ」
「やめ……やめて…………」
腰骨も半分剥き出しで、トランクスに突っ込んでいる医院長の手が、極めつけに卑猥だった。
無骨な男の手に握られた、乳白色とピンクの先端………エロ過ぎるだろ…。
「やぁ……んっ…」
感じまいと堪えてる表情は、医院長を煽っては興奮させている。
「…………」
確かに……こんな有り得ない構図と淫らな妖しさは、ストリップの舞台みたいだった。
ガラスの檻に捕らわれた、……千尋のストリップとレイプショーだ。
(───クソッ……!)
その胸には、シルバーチェーンに通した銀色の鍵が光っている。
悶えるたびに、それが閃く。
夢の中で買った店には、約束の緑色は置いてなかった。
それでもあの鍵は、アイツが俺の家に住んでる証だ。
俺のモノって、印なんだ!
それを下げて、俺じゃないヤツに犯されようとしている。
結局、こうなってしまうのか?
千尋は……こんなことから解放されないのか……
「離せよッ! 汚ぇ手で触んな!」
割れるなら、このガラスを割ってやるのに!
痛みなんか既に吹っ飛んでいた。叫びながら、邪魔な障壁を叩き続けた。
「徹平さん……手……ダメです」
千尋が身体を屈めて、ガラスに顔を近づけた。
「────!?」
「痛いです……ケガ、しちゃいますよ……」
苦しそうに顔を歪めながら、俺に囁く。
開かない窓を挟んだすぐ向こう側で、悲しげに眉を寄せる。
「……ちひろ…」
俺は両手でその顔を包むように、こっち側からガラスに手をついた。
───コイツは……!!
また、俺の心配なんかしてやがる!
自分はどんな目に、遭ってる!?
医院長の手は、柔らかいピンクのそれを直接握っては、扱いている。
勃たせようとイヤラシイ手つきで、下から袋ごと揉み上げている。
「ん……や…」
胸の尖りも摘んでは引っ掻いて、紅くなっていた。
汗が首や胸を伝いだして、喉を震わせて……。
(───クソッタレが!! 畜生!!)
「千尋君…意地を張ってないで、私の指に感じなさい」
院長が頬を寄せて、耳を舐めながら囁いた。
「……や」
千尋は顔を振って、必死に抗った。
長い指が、くねくねと蛇のように絡みついていく。
萎えたままのそれを上に向けて、裏スジを撫で上げる。
カリ首の裏を、鉤状に曲げた人差し指で何度も擦る。
「ヤダぁ……やぁ…」
身悶えながらも、それは全然反応しなかった。
医院長は苦々しい顔を作って、千尋の口の中に指を突っ込んだ。
「舐めなさい」
「んぐッ……」
(────!!)
俺は、この後何が起こるかすぐに判った。
あれは、俺も千尋によくやることだから……
「おい! いい加減にしろよッ!」
またガラスを叩いた。
「黙って観ていなさい。……この身体、どこまで耐えられるかな……?」
クスリと口の端を歪めて嗤うと、千尋の唾液で濡らした指を、その身体の後ろに這わせた。
「アッ……! やめ……やめてください!」
片腕に押さえ付けられて、後ろに指を埋め込まれていく。
「アッ……アァッ…」
頬が紅く染まっていく。身体が震え出す。
俺は見るに堪えなかった。
嫌がってんのに、ムリヤリ勃起させられて……それを俺に見られるなんて。
千尋の胸の痛みが、俺の心臓にも刺さった。
見開いた千尋の目から、涙がこぼれ落ちた。
「てっぺい……さん……」
一瞬俺に向いた視線は、悲しく歪んで……
唇が、”ごめんなさい”と、かたどった。
その涙が、”見ないで”と、訴える……
───千尋……ッ!
「クソッ、……クソッ!!」
拳で窓を叩き続けた。
「これが割れりゃあ、そっちに行けるのに!!」
「煩いねぇ、君は。……しかし、この子も強情だね」
(─────!)
後ろに挿れられた指が、抽挿を繰り返している。なのに前の桜色は、萎えたままだった。
「ん……先生になんか……」
千尋が小さく呟いた。
項垂れて頭を下げているから、髪で顔が見えない。
医院長は顔を歪めて、千尋を睨み付けた。
「強がっていられるのも、今のウチだよ。あの台の上に寝かせて、しゃぶってあげようか」
「………!!」
「それとも、このガラスに手を突かせて、後ろから掘ってあげようか」
「や…」
恐怖に青ざめて見上げる顎を捕らえて、またキスを始めた。
後ろは指を動かしながら。
「んんッ!!」
「千尋ッ! 千尋ォッ!!」
俺は手がおかしくなるほど、ガラスを叩き続けた。
「せ…先生……ボク、逃げないから…」
キスの合間に、千尋が声を絞り出した。
真剣な目で、必死に医院長を見据えて。
「まず、ボクが……先生の……ぁ、はぁ」
指が蠢くのを感じまいと、唇を噛み締めている。
「せんせい……お願……それで、許して……」
「……私に、奉仕してくれると?」
目を見開いて、医院長は見つめ返した。
「………」
こくりと、見上げたまま、小さい頭が頷く。
「……先にそれも、面白いね」
医院長は、自分のベルトを引き抜くと、それで千尋の腕を背中で縛った。
「……痛ッ……」
「……口だけで、よろしく」
「……はい」
千尋は、バランスを崩しながらしゃがみ込んで膝を突くと、目の前の腰に顔を近づけた。
白衣の下のスラックスに、唇を寄せる。
紅い舌先を尖らせて、合わせ目を探り、ファスナーのツマミを手前に立たせた。
白い歯を見せて、それを軽く噛む。
「………千尋」
俺は、その光景を、呆然として眺めた。
歯で摘んだファスナーのツマミを、ゆっくり下ろしていく。
既に膨らんでいるそこは、トランクスを持ち上げて、開いたソコから出ようとしていた。
これじゃあ……こんなの、アイツにヤラされてきたことと同じだ……あれの繰り返しじゃないか!
医院長も、予想以上の千尋の仕込みに驚いている。
「ここまでするとは……」
意味深に、俺をちらりと見て、嗤った。
(俺がシツケたとでも、言いたいのか!?)
頭の中がカッとして、目の前が真っ赤になった。
アイツが…千尋がどれだけ、その”躾”を嫌がってきたと思ってんだ。
それなのに、犯られることを恐れて……自分の身体を守ろうとして、あんな事を選んだんだ。
(──千尋…)
『なんていうか、健気な子だねぇ』
母親が言っていた言葉が、脳裏に蘇った。
『守ってあげな』
『イイ子なんだから、しっかり面倒見てあげるんだよ』
散々言われた。退院したとき……
───言われなくたって、そんなこと……!
俺は掌に爪が食い込むほど、拳を握り込んだ。
……”奉仕”なんかしたって、それで終わるはずがない。
散々フェラさせた後、医院長は絶対千尋を犯す。
そんなのは、目に見えている。
「──────」
だから、あれ以上させてしまったら、俺は……!
俺は咄嗟に室内を見渡した。奧にあるキャスター付きの椅子に目が留まった。
(!!)
飛びついてそれを両手で抱え上げると、ヤツの方に向き直った。
「千尋、下がれッ!!!」
叫ぶのと同時に、力一杯椅子をガラス窓に投げつけていた。
「───ッ!!」
激しい衝撃音。
ガラスが割れて飛び散る。
とっさに両腕で顔を覆ったが、あちこちに灼けるような痛みが走った。
「千尋っ!!」
残ったガラスの破片を叩き落として、窓枠を飛び越えた。
ジャリッとガラスを踏みながら、倒れている千尋を抱き起こして、後ろ手を解いてやった。
身体中かすり傷で血が滲んでいるけれど、大きなケガはしていなかった。
「よかった……」
両腕で抱き締めて、肩も頭も抱え込んだ。
「徹平さん…」
辛そうに顔を歪めて、俺を見る。
「待ってろ。……すぐ済む」
俺は立ち上がると、後ろを振り仰いだ。
青ざめた顔で、まるっきり動けない医院長……。
診療台に手を着いて、腰を抜かしたように寄り掛かったまま、言葉も出せないでいる。その頬はスパッと切れて、大量の血がシャツと白衣を紅く染めていた。
俺はその胸ぐらに飛び込んで、顎に拳を叩き付けた。
「この…クソ野郎がッ!!」
「グァッ!」
鈍い音と悲鳴が同時に上がり、診療台の下に大きな体が倒れ込んだ。
俺は怒りが冷めない。目の前に転がった男の腹をけっ飛ばした。
「うあッ…やめろぉッ!」
「……徹平さんッ!!」
「─────!!」
二つの叫び声で、我に返った。
「…………」
もう一度男を見下ろす。
「……やめろ……やめてくれ」
蒼白のまま、首を横に振り続けている。
「…チッ!」
俺は半端に下がっているスラックスの前を、靴で踏んで睨み付けた。
「自分がしたこと、判ってるよなぁ?」
「…………」
「こんな怪我と、破損くらいで許されるなら、ラッキーだよなぁ!?」
グッと体重を掛けて、股間を踏んでやった。
ギャッと悲鳴が上がる。
「開業停止にされたくなかったら、これ以上俺たちに手を出すな!」
俺は診療台の奧に設置してあったデジカメで、医院長の情け無い姿を撮ってやった。
「コレは保険でもらってくからな! さっさと行って、キズの手当してもらえよ!」
デジカメを尻のポケットにねじ込みながら、千尋の方へ戻った。