夜もカエサナイ
8.
「や……やめ……」
慌てる千尋を、押さえ付ける俺。
右手は既に、寝間着の下に滑り込んで、生肌を撫で回していた。
暗闇の中、蠢く一客の布団の中で、何が行われたかって……。
「んん~っ」
濃厚なキス…。
千尋に腰をすりつけて、刺激して……
「お前はそのままでいい……動くなよ。声だけ我慢してろ」
仰向けに押さえ付けた身体を、舌でなぞっていく。
「ぁ……や……」
胸の尖りを念入りに舐めながら、後ろに指を入れて解していく。
「ぁん……だめ…だめです……声が……ぁ、ぁあ…!」
頭を振って、必死に抵抗する。
「千尋……いくぞ」
俺は指を抜くと、強引に挿入を始めた。
「くぅ……ん」
手探りで蕾にあてがった熱い滾りを、ゆっくりと千尋の体内に沈めていく。
「んっ……はぁ……」
身体を震わせながら、声を殺している気配が、愛しい。
頭と肩を両腕で抱え込んで、最後まで挿れるために腰を押し付けた。
「あぁっ……ごめんなさ……声……出ちゃうよぉ…」
千尋が堪りかねたように、胸の中で泣き声を上げた。
「あんまり辛きゃ……やめる」
「………ぅん…」
挿れた中が、もの凄く熱い。密着させた肌からも、熱が伝わってくる。
──この瞬間……サイコー…
気持ちよすぎて、変な声が出そうだ。
なるべくベッドが揺れないように、そっと腰を動かし始めた。
〈んっ……〉
ゆっくりゆっくり、ギリギリまで抜いて、最奧まで貫き直す。
その度に千尋の蕾を、焦らすようにじっくりと開閉させた。
〈んんぁ……はぁぁ……〉
喘ぎ始めた千尋の声が、いつもと違う。
〈いいのか…?〉
〈ん……徹平さん……その動き……スゴイですぅ…!〉
打ち付けない分、抽挿の幅を大きくしていて、擦っている時間が長い。
そのせいで、いつもとは違った疼きを生み出しているようだった。
〈ぁああっ……あ……あ……〉
指を噛んで、声を抑えている。
〈……このまま、イケるか?〉
〈え…〉
〈前…扱かない〉
今にもイキそうな喘ぎ声だったから、つい訊いてしまった。
〈わからない……です……ん、ぁあっ……〉
角度を変えて突き上げると、色っぽい声がますます高くなった。
抱き締めている身体が、仰け反る。
頭まで被っている布団のせいで、どんどん熱くなっていく。
〈ハァッ、ハァッ……〉
二人の吐息が熱気となって充満した。
〈あっ、ぁあっ……てっぺーさん…なんか……なんかボク〉
俺の胸にしがみついて、震えだした。
後ろが……いつにも増して、ぎゅっと締められる……
〈はッ……! スゲ…〉
奧からうねるように搾ってくる。出入りする俺を、掴んで離すまいとするように……
〈ハッ、…ハッ、…俺の方が……先か!?〉
グイと角度を付けて、内側から腹を突き破る勢いで、腰をグラインドさせた。
硬度を保っている俺のそれは、千尋のポイントをこれでもかと擦り上げていた。
〈んぁ……ああっ、すご……〉
快感で舌が回っていない。俺はその唇を塞いで、更に突きあげた。
〈…ぁああっ、…あぁ!………でちゃう…でちゃう、…いくッ!!〉
全身を震わせて、突然吐精した。
二人の間で、熱い飛沫が飛び散っていた。
〈イ…イっちゃいましたぁ……!〉
〈クゥッ……!〉
今の締め付けが、俺にも効いた。
〈んぁ! ……お腹……熱い……〉
千尋の中に出して、俺も脱力した。
〈スッゲ、気持ちイイ…〉
〈はぁ………ボクもですぅ…〉
〈……大丈夫か?〉
スピードが無い代わりに、動く回数と時間は普段の倍以上だった。
俺も相当疲れていた。
〈……ハイぃ…〉
気絶するように、千尋は眠りに落ちていった。
「徹平、千尋! 起きな!!」
翌朝、激しくドアを開ける音とけたたましい呼び声に、俺たちは叩き起こされた。
「──────!!」
「ひゃああぁぁ!?」
「朝だよ! いつまで寝てるんだい!?」
ズカズカと入ってくると、俺の布団を捲り上げた。
「徹平、遅刻するよ!!」
「………ああ」
「ああ、じゃないよ、まったくもう。何歳になっても、一人で起きれない子だね!」
腰に手を当てて、呆れかえっている。
「…………」
「千尋も! いつまでも目をパチクリさせてんじゃないよ! 弁当作るんだろ!?」
「……ああ、……はいぃ! お、……起きます!」
俺たちは、それぞれのベッドから、もぞもぞと這い出た。
「て……徹平さん…ボク?」
千尋が、後ろからそっと訊いてきた。
「お前が寝ちまったあと、ベッドに戻しといた」
俺も小声で、返した。
「ひゃあ、そうなんですか……ありがとうございましたぁ……」
「ああ……」
───あっぶねー! 今更ながら、背中が冷える。
千尋の汚れた身体を拭いてやって、寝間着を着せて。
……念のため、あっちに戻しておいて、本当によかった。
「ん? どうした?」
横で着替えだした千尋が、嬉しそうな含み笑いをしている。
「お母さんに、”千尋!”って、呼ばれましたー!」
そんな母親のおかげか、俺たちは夏バテもせずに秋を迎えた。
「千尋、覚えてるか?」
「はい…お月見まで、出来ませんでしたね…」
壁に掛けたカレンダーの9月を破いて、二人で、まだ何の予定も書き込んでない空白を眺めていた。
夕食を済ませ風呂にも入った千尋は、隣でシャンプーのいい匂いをさせている。
「いつも、お前が時間を動かしていた。今日は誕生日です……もうすぐ七夕ですね……ってな」
「……そう…ですね」
「俺はボケッとしてて、言われると”ああそうか”って感じで、お前に着いて行ってた気がする」
「…………」
沈黙した後、千尋は床に視線を落とした。
「……ボクは…楽しいことばかり考えようとしてました。沈黙が訪れないように……何故かそれが怖くて、そんなことに必死だった気がします」
──現実に、引き戻されそうで……か?
あの時から、千尋は目覚めたくなかったのか……。
俯いた頭をぽんぽんと軽く叩きながら、カレンダーを2枚先まで捲った。
そこには、今年最後の一枚。
「クリスマス、一緒にやろうって……約束してたのにな」
「…………」
澄んだ瞳が、眼鏡の奧から俺を見上げた。
「あん時は、できなくなったけど。二ヶ月後には、本物が出来るんだぜ……これって、スゴくね?」
俺の言葉に、千尋も頬を紅潮させた。
「はぃ……スゴいです!」
今までは、夢の中の繰り返しだった。
同じイベントを、想い出を辿ってやり直していただけだ。
でも、これから先は……未知の時間に踏み込んでいく。
約束したことが、叶えられる。
反対にこの先、何が起こるかわからない。
「お前が事故に巻き込まれて、倒れてるの見た時。……動かなくなったの、見た時……」
──あの事故の光景は、今でも背筋が冷える。
腕の中に、千尋が居ることを実感したくて、背中から抱き締めた。
「俺、どうしていいか判らなかった……お前が生きてて、本当によかった」
千尋も俺の腕にしがみついた。
「ボクもです……徹平さんが血だらけで、横たわったまま……」
ポロポロと、涙を零し始めた。
「揺すっても……揺すっても………もう……どうしていいか……」
「ぅっ……うぇぇ」
子供が泣くように、しゃくり上げ始めた。
「また、大事な人が死んじゃう! ……って、もう絶対嫌だった…そんなの」
──千尋……!
そうだ…。家族を事故で失っているんだ。
俺なんかより、ショックは何倍も大きかったんだ。
コイツが目覚めなかった理由が、また一つ……今になって解った気がした。
「俺たち、生きてたな」
キツク抱き締めて、頬をすり寄せた。
俺が流しているように、涙が俺にも伝う。
「お前が俺と今、ここにいる……それだけで、奇跡だよな」
「………」
「それだけで、充分だよな……泣く理由なんて、ないぞ!」
「……はいぃ」
鼻をすすりながら、それでも涙は止まらない。
「オラ、お前泣かすと、おやっさんに俺が叱られる!」
親指で、左右の頬をせっせと拭った。
「……えへへ……」
「? 何、笑ってる?」
「……お父さんには、毎晩頼んでます。ボクが泣くのは幸せだから……」
「!!」
「徹平さんは悪くないです…怒っちゃダメですって……」
そ……それは、……セックスを激しくしすぎた時の、話しでは……
───つか、そんなこと報告してんのか!
「──────」
俺は真っ赤になって、絶句してしまった。
「お…お仕置きしてやる!」
もう一回背後から抱き締めて、股間を握ってやった。
「えぇ! なんでですかぁ!?」
情け無い声を上げて、腰をびくつかせた。
「しないでいい、報告してるからだよ!」
後ろを振り向けば、写真がこっちを見ている。
でももう……知るか!
俺が直接報告してやる!
「千尋……母さんにも、いつか言おうな」
「……はい…」
さっきまで泣いてたカラスが笑って、また泣きだした。
俺たちはそうやって、新しい時間に足を踏み出して……
千尋も、明らかに変化していた。
「……徹平さん、ボク…やりたいこと、見つけたんです」
ベッドの中で、グッタリと横たわりながら視線だけ寄越した。
「千尋……」
家族ができて、身分証明もあって、保証人が立てられる。
やりたいことが出来るという可能性が、千尋の人生に追加された。
そのことが、千尋に初めて夢を持たせていた。
「徹平さん、ボク……本当に感謝しています…だから、働きたいんです」
「いいけど、ダメ!」
「お願いしますぅ……」
「そこじゃなきゃ、ダメなのか?」
「……一番、ここから近いんです」
やっと見つけてきた、就職口。
それはいかにも千尋らしい、料亭の調理場……板前だった。
ただ、免許のないコイツには、見習い期間が必要って事で……
「なんで、泊まり込みで1ヶ月も研修が必要なんだ!?」
「生活習慣から、作法まで、それから調理法・仕込みも……徹底的に教えて頂くらしいんですぅ」
「ダメだ!」
「他にも、いるんですよ! 見習いさん……何人も同時に研修を受けるんです」
「んなの、尚更許せるか!」
俺は子供みたいに駄々をこねて、頭の固いオヤジみたいにダメの一点張りだった。
当たり前だ! 通いなら、許してやるさ!
なんで、泊まり込みする必要があるんだ!?
「お前だって、研修は合宿だっただろう?」
最後は母親に、諭される始末だった。
「なんでアンタがよくて、千尋が駄目なんだい!」
「………」
「お前が、この子の未来を潰してどうするんだよッ!?」
クッソーッ!! わかってるけど、わかってくれ!
まだぶっちゃけていない俺には、何も言い返せなかった。
そんな、判りきったこと……
コイツの天然な無防備なところが、俺は怖かった。
我慢してしまうところも。
もしまた、危険な目に遭ったら……
俺の手の届かないところで、手遅れになったら───
そう考えると、ぞっとして……毎晩自分のベッドで抱き締めて眠った。
隣で主人を待つ、冷たいままのベッドが、いつも目に入る。
こんなすぐ隣でさえ、行かせたくない。
千尋のベッドに……帰したくない。
───でもそんなこと、いつまでも言ってはいられなかった。
俺がオーケーを出さなければ、この話は流れてしまう。
ただでさえ条件に合う場所を探すのに、既に1ヶ月が過ぎていた。
お月見が終わり…、ハロウィンもとっくに終わっていて。
答えの貰えない千尋は、黙って俺を見つめた。
……笑顔が、少なくなっていく。
(…………)
俺じゃなく、また自分を責めてるのが、判る。
「………はぁぁぁっ……!!」
俺は思いっきり、大きな溜息をついた。
……しょうがねぇなあ、俺もコイツも!
「千尋…これだけは、約束を守ってくれ」
「…………」
抱き締めたベッドの中で、後ろから耳元に囁いた。
「危険を感じたら、即行逃げ出せ! ちょっとでも怪しかったら、絶対だぞ」
「……ハイ」
「俺が助けに行けるところまで、絶対に帰って来い!」
「はい~!」
「あと……上目遣いで見上げたら、ダメだ!」
「え~?」
「人前で着替えたら、イカン!」
「……」
「誰かと二人っきりも、許さん!」
「……」
「呼び出されても、行くな!」
「そ……それは、ムリかも…」
俺は思いつく限りを上げ連ねて、どんだけ心配してるかを伝えた。
それでもオッケーを出すのは、千尋の為なんだと、自分に言い聞かせながら。
「徹平さん……ありがとうございます」
俺の手に頬擦りをしながら、何度もそう繰り返した。
「ボク……、もうあんなこと、ほんとうに嫌だから…怖くなったら、ちゃんと逃げてきます!」
「ああ、約束な」
「はい!!」
やっと師走直前……千尋の研修行きが、決まったのだった。
場所はなんと、都心にある老舗の本店。
裏にある屋敷を、賄い養成所として提供していて、現場を見せながらの実地研修らしい。
俺は保護者として、そこまで付き添って行った。
「じゃな、しっかり学んでこいや」
「はい、ありがとうございます~!」