僕のお仕事 index/novel
6.疑問 1.2
1
「それにしても」
ココアを啜りながら、受付嬢の綾ちゃんが僕を見た。
今は昼休み。
睦月さんと喫茶ルームに入ったら彼女がいたので、同席させてもらった。
コーヒーを二つ頼んで、向かい側の席に睦月さんと並んで座る。
みんなが綾ちゃんと呼ぶので、僕もそう呼んでいた。うっかり同い年だと思って、タメ語で話す癖もついていたし。
「なに?」
しげしげ僕を見る視線がくすぐったくて、聞いてみた。
「う~ん、巽君てさ、言うほど仕事出来ないように、見えないんだよね」
「え?」
運ばれて来たコーヒーに口を付けながら、もう一度彼女を見る。
綾ちゃんは照れくさそうに瞬きしながら、続けた。
「ほら、よく言ってるじゃん。自分のこと”駄目人間”て。すぐ会社クビになる役立たずとかさ」
「うん?」
それがなんだろう。ホントのことだ。
隣で睦月さんも、なんとなく頷いている。
「ぼくも、そう思うことがよくあるよ」
優しく僕に首を傾ける。
「なんでそんなこと思い込んでいるのかと、不思議に思うよ」
「あたしもー。だって、社長の評価とか聞いてると、とてもとても。他の子は一切太刀打ち出来ないよ~。いいレポ書くって」
僕は赤くなった。真顔で褒められてどうしていいか判らない。それに……レポの内容までは漏れてないよね。
「僕も……、よく判らない。家の事情で、周りの友達の誰よりも早くバイトを始めてたんだ。年齢偽って14歳からやってた。」
「へえ~」
「よく誤魔化せたね。どう見ても歳より若く見えるのに」
僕は苦笑いした。その通りだったから。でも、やってやれないことはなかった。
「その時は、順調に仕事できてたよ。仕事場の人も、親切にしてくれて」
僕は忘れていた昔の事を、思い出してみた。
あまり現実がつらくて、幸せだった頃を封印していた。
期待など持っちゃいけないのだと。
「歳がバレそうになって、やむを得ず職替えした以外は、うまくいってたと思う」
溜息混じりにそう言った。手元のコーヒーを見つめる。
ふと背中が温かくなる。
綾ちゃんに気付かれない角度で、睦月さんが背中をさすってくれていた。
僕が泣きそうに睦月さんを見ると、にっこり笑い返してくれた。
「いつから、上手くいかなくなったの?」
優しく聞いてくる。
僕はまた、昔に想いを馳せた。
18歳になる頃、やっと歳を誤魔化さなくて済む。そう思ったら、バイトじゃなくて、ちゃんと就職したいと思った。友達はほとんどが大学進学だったけど。
「高校卒業と同時に、大手の会社に就職の内定がおりてました。面接もちゃんと受けてたし、先生から紹介状まで書いてもらって」
なのに、研修の段階で、ケチを付けられたように僕の描いた明るい未来は転落していった。
「ふうん。なんだろねー、それ」
不可解という顔をして、綾ちゃんはココアを飲み干した。
僕も判らない。僕こそ教えてほしいよ。
「あ、そうだ。綾ちゃんや睦月さんに聞きたいことが、あったんだ」
僕は話しの切れ目に、違うことを思い出した。
先日、社長の手伝いで、人事のファイルを整理していた時。
”抹消”という形でデータ削除されている変なファイルを見つけたのだ。
完全に消えていない残りカスのようなファイルを、別件検索から拾い上げてしまった。
開けないゴミファイル。
なぜ削除ではなく、抹消なのか。
いくつか拾い上げたファイルの中に、人名がタイトルになっていて気になった。
僕は、隣にいた社長に聞いてみた。
『社長、これなんのファイルですか?』
『ん? どれどれ?』
覗き込んだ社長の顔色が変わった。
『……なんでもないわよ! こんなの、まだ残ってたなんて。叱ってやんなきゃ』
言いながら、僕の手から強引にマウスを奪い、ヒットしたファイルを総て削除してしまった。
「抹消………?」
綾ちゃんの顔色も変わる。
「……巽君、そのファイル名は?」
静かに睦月さんが僕を促す。
「高嶋啓介と今泉昭裕」
「!!」
二人の顔が同時に強張った。
「なに? そんなに特秘事項?」
僕はびっくりして聞いた。
いつも穏やかな睦月さんが動じたことに、ちょっと恐怖を感じた。
関わっちゃいけないのかな?
「それは……特秘って言うか……社長にはタブー……よ」
掠れた声で、綾ちゃんが言う。
「社長の逆鱗に触れて、クビになった二人」
クビという単語に、僕もびくっと身体を震わせてしまった。
「……何か、よっぽど悪いことしたの?」
青い顔で僕が聞くと、同じく真っ青になって綾ちゃんが続けた。
「二人で大恋愛やらかして、社内でイチャ付きまくり。他に示しがつかないって、見せしめみたいに、いきなりクビよ。関連会社にお触れ出して、再就職も握りつぶした!」
空のココアのカップを握りしめて、囁くように教えてくれる。
僕はよく聞き取ろうと、身体をテーブルの上に乗り出した。
顔と顔を付き合わせるようにして、会話する。
よっぽど、端から見ると怪しいと思うけれど、綾ちゃんは声を大きくすることを躊躇った。
「大恋愛って……。その……。」
僕は戸惑った。
社内恋愛禁止。そんな言葉はどこにでもある。もしそうなったら、どっちかが左遷か壽退社だ。でも、そんなのは男女の場合。
こと、この会社は、仕事上のいろんなカップリングが成立している。
恋愛に発展するのは、むしろ当然な気がする。
「だから、見せしめなのよ!」
かわいい顔を恐そうに顰めて、綾ちゃんが断定する。
「うかうかと、パートナーに惚れたりしない。あくまでもビジネスライクにって。まあ、そうでないと確かに仕事が行き詰まっちゃうもんね」
片目を瞑って見せる。
さり気なく言ってみせてるけど、綾ちゃん自身は”見せしめ”に対して、割り切っているようには感じれなかった。
「…………」
僕は、黙ってしまった睦月さんを見るのが恐かった。
背中に回された、温かかった手のひらも、今はもうない。
………ここだけの内緒ね。
僕への告白を、そう締めくくった。
あの時の睦月さんの気持ちを、僕はまたもや判り切れていなかったと、思い知らされる。
どんなに、後から気が付いても、まだ足りない。
僕の浅はかな心は、睦月さんの想いの深さに気付こうとしない。
叶わぬ人の目の色を思い出している。
今もそうだ。
僕はただ想い続けるだけなら、許されると思っていた。
でもそれは、いつか報われる可能性に期待して、会社に残る選択肢を選んでいるからだ。
そこに、希望があると思っていた。
打ちのめされたように、心が痛くなった。
「!」
ぎゅっと、テーブルの下で、僕の手が睦月さんに握られた。
―――大丈夫だよ。
そう励ましてくれている気がした。
僕は泣きそうになっていた事に気付き、頭を振った。
しっかりしろ。また睦月さんを傷つけている。
「はは……、肝に命じておくよ。ありがとね、教えてくれて」
空笑いで誤魔化して、席を立った。
「……そろそろ行かなきゃね」
睦月さんも立った。
何か言いたそうに、綾ちゃんは僕を見上げて目を瞬かせた。
でも、諦めたように口をきゅっと結ぶ。
暫しの沈黙。
「……くれぐれも、社長を突いちゃダメだよ。なんか、半狂乱になるから」
眉を寄せて笑う綾ちゃんも、とても悲しげに見えた。
「しばらく、こうさせて」
睦月さんは、ベッドの上で僕を後ろから抱きしめて、顔を首筋に埋めていた。
柔らかい睦月さんの巻き毛が、僕の胸の方まで垂れてくる。うなじに息が掛かる。
温かい睦月さん。冷えた僕の心を湯たんぽみたいに温めてくれる。
でも、僕は温め返してあげる事ができない。
「……………」
抱きつき返しても、縋ってしまっても、それは違う。
こんな関係がとても辛い。
睦月さんが温かければ温かいほど、本当の僕がどれだけ冷たいか、思い知らされる。
こんな気持ちでも、仕事はしなければならない……。
僕は開けてはいけないパンドラの箱を、少し開けてしまったのだ。
睦月さんまで巻き込んで、僕はなんて事をしたんだろう。
後悔しても、もう遅い。
「睦月さん……」
ごめんなさい……。
前に回された腕にしがみつく。
「……それでも、ぼくは……」
背後で睦月さんの呟きが聞こえた気がした。
……なんて言ったのだろう。それっきりまた黙ってしまった。
「……ぁっ」
ふいに首筋に、ちりっと痛みを感じた。
キスマークを付けられた。そう気付いたときには、バスローブを肩からずり下ろされ、肩や背中が露わになった。肩胛骨や背骨に、次々に熱い吐息と、小さな痛みを感じる。
「……ぁ、はぁ……」
僕の身体はすぐに反応するように、なっていた。
すぐ下への疼きと直結する。
腰が揺れて、息が熱くなる。
「……睦月さん」
堪らず、呼ぶ。
「……巽君、今日はぼくが選ぶね」
枕元のいくつかの玩具をたぐり寄せる。
「息、止めないで。ゆっくり深呼吸していて」
そう言うと、小さな吸盤みたいなモノを左右の手に一つづつ摘んで、僕の胸に近づけた。
吸盤の内側の中心に、突起物が二つある。
それを僕の固く尖っている胸の突起に、噛ませた。
「あっ」
思わず声が漏れた。
きゅっと吸われたような感覚。
吸われ続けている。途端に腰のあたりから、うずうずと痺れが沸き上がる。
両方の胸にそれを、吸い付けさせた。
「ん……はぁ……、なに? これ」
身体をどんなに反らしても捩っても、付いてくる。
取れる気配が無い。
両胸を吸われ続けているようで、落ち着かない。
「ニップレスキャップ。自分で弄らなくても、刺激してくれるから、両手が開くでしょう」
あ、そんなのあったなあ……。悶えて項垂れながら、頭の隅で考えた。
「今日は、ホールの第2段ね。こないだのとは、また違うよ」
「え……、ホール? ……」
グロテスクな肌色の、大きな指サックのような筒状のモノ。
先端は丸くて塞がっている。
手前が、中心に向かって皺を寄せたように放射線を描き、真ん中は空洞になっているらしい。
後ろから、僕の目の高さにそれを掲げる。
あまりにグロテスクで、僕は目を背けた。
その顎を捕らえて、むき直させる。
「だめ。ちゃんと見て。これからお世話になる、おもちゃ。これをお金を出してまで買う人がいるかどうか、これに相応しい値段は幾らなのか。君自身が、考えるんだから」
「…………はい……」
目を細めて見つめる。
「……ん」
僕の右手の人差し指を、睦月さんがくわえて舐めた。
そうして濡らした指を誘導して、その皺の中心にあてがわせる。
入り口は少しきついけど、肌触りが気持ち良かった。
奥まで入れると、内側の突起が、交互に指を締め付けてくる。一番奥の突き当たりには無数の触手のような突起が、指先をぐるりと包み込んでくる。もの凄い気持ちよかった。
回りの壁が指中に吸い付いて、表面の皮を擦り上げる。
指を出すときの吸い上げがきつくてびっくりした。
「あ……っ」
声が漏れる。
「………どう? この中に巽君自身が入るの。……楽しみ?」
「……ぁ……」
想像してしまった。今みたいな吸い上げをされたら、どうなっちゃうんだろう。
本当のセックスを知らない僕が想像しても、タカが知れている。
でも、興味を引かれるのは事実だ。
「………楽しみ」
僕は小さい声で、呟いた。