僕の前に跪く光輝さんは、ブルーのネクタイで濃紺のスーツを着込んでいた。
「………………」
初めて見るその姿は、想像を超えるカッコ良さだった。
その体から、少し煙草の臭いがしてくる。
……今までそんな気配もなかったけど、煙草を吸うのだろうか。
スーツが汚れるのも構わず床に跪き、エネマを外そうと手を伸ばす。
光輝さんの手が僕を触った。
恥ずかしく反り返っているものが、ぴくんと揺れた。
ずっと刺激され続けていた僕の身体は、かなり限界に近かった。
後ろで銜え込んでいるディルドを取り出そうとしても、前のリングが板を上に引っ張ってしまって、上手く抜くことが出来ない。
光輝さんの指が、リングや蕾を弄るたび、僕は痛みと刺激で悲鳴を上げた。
「駄目だ……取れない」
頬を上気させて、光輝さんが、根を上げた。
乱れた前髪を、無造作に掻き上げる。
「こおきさん……僕……もう……」
僕も根を上げるしかなかった…声が震える。
悪戯に刺激してしまった分、身体は更に疼いてしまった。
前の張りが反りすぎて、根本から凄く痛い。でもそれ以上に、絶頂を求めて熱い露を垂らしている。
僕の状態を見て、光輝さんは歯ぎしりした。
「すぐ済むから、じっとしてろ。なるべく、声出すな」
止まったままのエレベーターの中。
ここが何階なのか、まるで判らない。
いつ、誰が乗り込んで来るかも。
その四角く切り取られた床の片隅で、光輝さんは、僕の脚の間に顔を埋めた。
「───ッ」
跳ねた腰を押さえつけて、熱い唇が、舌が、まとわりついてくる。
歓喜のような僕の震えを、唇でめいっぱい受け止めるみたいに、扱いてくる。
唾液と先走りを絡ませて、光輝さんの舌は別の生き物みたいに鈴口を舐め回した。
「ひッ……んっ…」
ひたすら一点を目指して、僕の焦らされていた恍惚の渦が、背中を這い登った。
指でも扱きあげてくる。ポイントをこすられて僕は激しくのけぞった。ディルドも動く。
…あ、…あ、ダメもう───
「こうきさん……こうきさんっ」
堪らず、声を上げてしまい、両手で口を覆う。
こんな場所で…そう思いながらも、頭の中が真っ白になった。
ただただ、疼きに身をまかせて、脚を開く。
光輝さんの指が、根本を締め付けるリングを、精一杯広げた。
「───ハァッ、ハァッ……あぁ……!」
僕は光輝さんの口内に激しく性を放った。
背中を突き抜ける痺れ、激しい鼓動。
感じたことのない絶頂感だった。
どくんどくんと脈打つペニスを根本からきつく吸い上げると、光輝さんは僕が放った白濁をすべて飲み込んでしまった。
「えっ……やだ……」
僕はびっくりして、上体を起こすと光輝さんの頬に手を当てた。
「駄目だよ……汚いよぉ……出さなきゃ……」
「馬鹿。ここで、んなこと出来るか」
ぺろりと舌先で、濡れた唇を舐め上げる。
それがもの凄い艶めかしく見えて、また心臓が高鳴る。
やっと萎えたペニスからリングを外すと、ディルドも抜くことが出来た。
僕は総てから解放されて、体の力が抜けた。鏡に押しつけていた背中も床に滑り、後頭部だけが冷たい。
安心したら、また泣き出してしまった。
光輝さんは僕のズボンを穿かせ直すと、掬うように抱き上げて、部屋まで運んでくれた。
僕のベッドにそっと寝かせる。懐かしい抱擁。懐かしい光輝さんの匂い。それが涙を止めさせなかった。
「何があったか、説明しろ」
まだ泣きじゃくっている僕の頭を撫でながら、もどかしそうに聞いてくる。
「……試作が……僕指名で……なんか無理矢理……」
しゃくり上げながら、何とか声を出す。
「なんだ、それは……」
「わかん……ない……。睦月さんも、わかんないって……」
ぴくり、と手が止まった。
「……何やってんだ、アイツ………馬鹿がっ!」
僕を頭から抱え込んだ。
顔を胸に押しつけて、呻くように声を出す。
「冗談じゃねぇ……俺が……やっぱり俺が、おまえに付く!」
その時。
「貴方が守り切れなかったその子を、…ぼくが守りたかった」
半分開けたドアに片手を突いて、睦月さんが、立っていた。
僕と光輝さんは、驚いて、そっちを見た。
ちょっと首を傾げて、巻き髪を肩に揺らしている。
その肩が微かに上下している。傾けた首筋には、汗が滲んでいた。
「戻ってこないと思ったら、こんな所に…」
薄く笑ったその表情は、悲しかった。
「睦月! ……てめえッ」
光輝さんが、もの凄い顔で睨み付けた。
「守りたかった。ぼくが。……でも、守り切れなかった」
「何言ってやがる! あんな、えげつないモン付けさせやがって!」
バッと身を翻すと、入り口の睦月さんの胸ぐらに掴み掛かった。
「光輝さんっ」
思わず僕は、声を上げた。
二人が殴り合うのなんて、見たくない。
「光輝、貴方なら……守れたかな?」
真っ直ぐな視線を、同じ高さの真っ黒な瞳にぶつける。
「……?」
睦月さんの様子が変なことに気付き、光輝さんは拳を収めた。
「どういうことだ?」
「……巽君に、直接試作をテストさせる指示書が、出た」
長い睫毛を伏せて、言葉を綴る。
「時々、変な指示書が出ていたんだ。その子ご指名の。……ぼくは、なんだかんだと、それを跳ね除けていた」
…………知らなかった。
僕は入り口に立ちすくむ、二人の青年を見つめていた。
息を詰めて、会話を聞く。
「貴方が放り出したその子を、ぼくは全力で守りたかった」
見たこともない厳しい目で、光輝さんを睨む。
鳶色の瞳がきつい光を放っている。
「最初はぼくも戸惑った。でもこの子を見るたびに愛しくなる。守りたくなっていった。貴方は、この子の苦しみを知らない。ぼくは、その心も総てひっくるめて、包んであげたかった!」
握り拳に、グッと力を入れる。
「でも……、ぼくは……自分自身を持て余してしまったし、……梓さんには逆らえなかった。結局たくさん泣かせてしまった」
視線を僕に移し、優しく微笑んだ。悲しげに揺れる瞳。
「……ごめんね、巽君。許してとは言わない。ぼくが選んでやってしまった事だから」
その瞳に、僕は胸を掴まれるように、苦しくなった。
優しい睦月さん。僕をずっと待つと言ってくれた。
僕が立ち止まるたびに、その度にずっと待っててくれた。
馳せる想いから、心が戻るまで。その度に。
その時の、細く見えた背中を思い出す。
……胸に針が、突き刺さった。
痛い。
睦月さんは、僕の心に入り込んでいた。たくさん、たくさん入り込んでいた。
でも、僕は光輝さんの面影を追ってばかりで、気付かなかったんだ。
わかってるつもりで、ちっともわかっていなかった。
僕の中で大きくなっていた、睦月さんの存在。
それでも光輝さんしか見えない、僕の心。
そのせいで………。
シャワールームで抱きしめられた時の、悲痛な声を思い出す。
──君の中に、ぼくはいない──
(むつき……さん)
冷たい涙が、頬を幾筋も伝う。
僕は胸が痛すぎて、悲鳴のような嗚咽を上げた。
「……ひぃっ……ひっく……」
ごめんなさい、ごめんなさい……
僕は泣きながら、心の中で謝り続けた。
睦月さんの優しさに。
こんな僕を、好きになってくれたことに。
悲しい顔をさせてしまったことに。
……気付けないまま、握りつぶしてしまった小さな恋心に。
「うわぁ~ん」
最後は大声で、泣き出し、布団に突っ伏してしまった。
睦月さんが、ベッドサイドに歩み寄る。
そっと手を髪にふれる。
「巽君……。ぼくは、その涙だけで嬉しいよ……」
微かにそう囁くのが聞こえた。
その手を光輝さんが、掴み上げた。
「おまえ、もうコイツに触れるな」
険しい目つきで、睨む。
「…………」
静かにその目を見据えて、睦月さんは穏やかに言った。
澄んだソプラノが、凛と響く。
「貴方が、一回は手放したせいで、こんな事になった。二度は許さない。ぼくがもう泣かせない」
しばらく睨み合っていたけれど、光輝さんの力強い視線に、ついと、睦月さんが視線を逸らせた。
長い睫毛を瞬かせて、眉根をちょっと寄せる。
「……それにしても、不可解だな。今回のこと」
*********
後日、睦月さんが僕を放棄した、僕と光輝さんは誤解が解けた、という形で、社長に謝り倒し、元の鞘に収まることが出来た。
僕は、睦月さんにペナルティが行かないように、今回の試作を、感じた限りの感想を書き連ねて、レポートした。
社長は、ともあれ光輝さんがこのフロアに戻ってきたことに、ホッとしているようだった。
でも、僕としては、ホントに誤解が解けたわけではないから、手放しでは喜べなかった。
光輝さんの不安定さが、僕の中で解決していない。
出会った一番初めの頃のように、光輝さんと向かい会いたい。
嬉しくて楽しくて、ドキドキしてたあの時に、戻りたかった。
……でも、もう引き返せない。
僕は大きな秘密を背負って、光輝さんに会う。
絶対晒し出してはいけない、この気持ちを隠して。
光輝さんとずっと一緒に、いるためには………