俺の頬に先生の小指が、当たる。
 細かい作業をするから、手首をそうやって固定しているんだ。
 先生の温かい手。
 いつも間近で見てるけど、なんでこんなに真っ白で綺麗なんだろう。
 
「拓人君」
「はい?」
「なんで君は、治療している最中、目を閉じないんだ?」
 俺の口の中を弄くりながら、先生は涼しい目で俺を見下ろした。
 兄貴もここに通ってるから、一緒にならないように、先生は俺のことタクトって、名前で呼んでくれている。
 歯医者にしとくのは、もったいない程の美人顔。
 俺は先生を眺めるのが好きで、つい、いつも見つめ続ける。
 こんな至近距離で、この綺麗な顔を見れるのに、目を瞑るなんて勿体ない。
 
 
「今日はこっちの虫歯の治療と、右下の親知らずを麻酔をして、抜くからね」
「はあ~ヤダヤダ。……絶対?」
「うん。こんな綺麗な歯で、勿体ないけどね。ここまで斜めに生えたらもうダメだよ」
「俺……痛くて、グリグリ押してたから」
「早めに来れば良かったのに」
「………」
 その頃はまだ、ここを知らなかった。
 兄貴が、ここはいいぞって教えてくれたのは、最近だった。
 
「水が跳ねるから、目は閉じていて」
「はい」
 一応言うことは聞く。 
 真剣な顔で、治療してくれる先生。
 そのマスクの下が、綺麗な薄い唇なのを、俺は知っている。
 前回、偶然見たんだ。マスク外してるとこ。
 
「拓人くん、制服似合うね。初めてちゃんと見たよ」
「え?」
 俺、結構制服のまま来てるけどな。
 そう言えば、先生は診療室に後から来るから、紙エプロン付けてる姿しか見てないのか。
「今日は、女の子達いないっすね」
 誰一人いない。
 だから今日は、先生がエプロンを付けてくれたんだ。
「……つまんない?」
「……別に」
 受付の子が可愛いな、と思ったことはあった。
 先生に探りを入れて、名前と歳を聞いたりして。
 
「動いちゃダメだよ」
 麻酔が効いて何も感じなくなった咥内で、先生はいつもと変わらない涼しい顔で作業をしてくれた。
「はい、終わり」
 それを俺に見せてくれる。割に大きい親知らずだった。
 
 止血ガーゼでぎゅっと圧迫しながら、先生は溜息をつくように言った。
「それにしても、君たち兄弟の歯は綺麗だね」
「………」
 そうすか? と、喋れない俺は、目で聞いた。
「歯列が美しい。歯の表面のエナメル質も丈夫で、色が綺麗だよ」
「………」
 歯オタクな先生なんだな。
 褒められて悪い気はしないけど、俺は自分の歯を特別アピールポイントにしたことは、無かった。
 
 ……それはいいんだけど。
 先生が圧迫したあと、患部に分厚いガーゼを噛ませてくれて、自分で止血している俺。
 その顎に、先生の手がいつまでも添えられている。
「はい、これ噛んで」
 って、やったあと、そのまま。
 
 子供じゃないんだからさ。
 一緒になって、顎押さえてくれなくても、自分で噛んでいられるのに。
「……………」
 先生の手が温かい。
 なんか……
 なんか、変だな……俺。
 先生の手で、ドキドキしてる……?
 
 妙に先生の手を、熱く感じる。
 熱くて、汗を掻いてきた気がするし。
 抜歯したあとって、こんなになるのか?
 
「……………」
 ガーゼを噛んだまま、顔を少し先生に向けた。
 今度は本当に、ドキッとした。
 先生───
 ……目が……綺麗な目が、俺をじっと見ている……
 
「あ……」
 ──熱い。
 全身、火照ってきた。
 動悸もしてきた。
 俺……どうしちゃったんだ?
 なんか、身体が……変だ──
 
 
「……熱い?」
 先生が、目だけでクスリと笑った。
 涼しげな双眸が細まる。
 
「────」
 俺は頷いた。
 先生、もう…手、退けてくんないかな。
 心臓がドキドキ早くなっていって、苦しい。
 
 
 もう一度クスリと笑うと、先生はマスクを外した。
「…………」
 やっぱり美人顔だ。
 細面で、艶っぽい。
 鼻と口が現れると、目がますます濡れたような妖しさを醸し出す。
 
 その顔が近づいてきたと思ったら、耳に唇を押し当てて囁かれた。
「……どこが、どのくらい……熱い?」
 
「───!?」
 びっくりして、俺は身体を起こそうとした。
 囁かれた瞬間、痺れが背中を這い上がったんだ。
 ───腰から。
 
 熱い……腰が………
 
「……はぁ…」
 ガーゼの隙間から、吐息を吐いてしまった。
 どこがって………
 
 俺の跳ね上がった身体を押さえ付けて、先生が上から見下ろしてきた。
「薬、効いてきたね」
「………?」
「さっき、麻酔打ったとき、もう一本別の薬も打ったんだ」
「────!?」
「拓人君、目を開けっ放しだから、困ったよ。バレちゃうかと思って」
「───なにを……」
 うまく、喋れない。
「………あっ!」
 俺は、身体をくねらせた。
 先生が、俺の股間に手を伸ばしたからだ。
 制服のズボンの中できつくなっているそこを、上から撫で上げた。
「や……先生!?」
 身体が思うように、動かない。
 ただ、熱い。
「………俺……?」
 何をされたんだ?
 何をするつもりなんだ?
 
 混乱して先生を見上げた。
「拓人君……」
 先生の唇が、俺のに重なった。
「………んっ」
 触れるだけのキス。でも、ずっと押し当てられていると、興奮してくる。
 
「はぁ………」
 先生の手が、制服のズボンの前を開く。
 窮屈だったそこが解放されて、俺は思わず溜息をついた。
 
「拓人君、もう止血は出来たと思うから、ガーゼを取るよ」
 口を開けてと、先生が言う。
 俺は、言われるがまま口を開けた。
「代わりにこれを噛んでいて」
 ガーゼと入れ替えに、口に突っ込まれたのは、シリコンの固まりの様なモノ。
 長時間口をあけたままの治療をするときに、顎が疲れないように、患者に噛ませるためのヤツだ。
 一見、でっかい円柱形のマシュマロみたいだ。かなり高さがあるから、一回歯と歯の間に突っ込まれたら、指で摘まないと外せない。
「………」
 それを、治療してない側の左顎に噛ませられて、ていよく口を封じられた格好になってしまった。
 腕はぐったりと怠くて、動かせない。
 身体の内側から、腰ばかりがどんどん熱くなってくる。心臓も早い。
 俺は、焦って先生を見た。
 ……なんだ……先生?
 
「……んっ」
 ボクブリのなかに、直接手を突っ込まれた。
 腰が、ビクンと震えた。
 直に先生の指が、俺に触れる───ぅわ……
 
「こんなの、穿いてんだ。……最近の高校生はエロいなあ」
 ボクサーブリーフは、兄貴の真似だった。
 ………あっ
 下着をさげて、俺の勃起しているモノを引きずり出した。
 
「もうこんなになってるよ。すごい効き目」
 嬉しそうに笑ってる。
 俺はそれどころじゃない。
 なんだこの、恥ずかしい格好は!?
 歯医者の診療台の上で、真っ昼間っから股間だけ出して。しかも勃起させてる……。
 余りにも非常識なこの光景に、俺はすっごい恥ずかしくなった。
 身体はもう全然、動かない。なのに先生の手には反応してしまっている。……逃げるどころじゃない。
 
「…………」
 俺の見上げた目線に、先生が優しい笑顔を向けてくる。
「ごめんね、拓人君……。今日は全部これがしたくて、仕組んだんだ」
 
 ───え?
「…………んあぁッ!」
 しなやかな指が俺を摘み上げて、人差し指で裏スジを撫で上げた。
 腰から、ゾクゾクした快感が這い上がった。
 横たわったまま、俺は先生にされるがままだった。
 
「喘ぎ声は、出して。……君のこの素敵な姿、全部監視カメラで録画してるよ」
「………!?」
 
 この治療台は、天井端に設置されたカメラからはベストポジションだった。
 
 先生………
 俺は、潤んでいるであろう目を、再度先生に向けた。
 こんなコトして、どうすんだ?
「あっ…、ぁああっ………」
 鈴口から、裏スジ、袋の後ろの方まで…触れるか触れないかくらいの接触で、先生の指は上下する。
 
 ああぁ……やべ……
 すっげ……やべ………ぁああ……
 
 はぁ……はぁ………でも……
 
 
 ───そんなんじゃ、……ダメだ……
 
 
 俺の腰は焦れた。もっと直接的な刺激を欲しがり出す。
 
「すごい。イヤラシイ液体が、たくさん出てきたよ」
「うぅ……」
 俺は恥ずかしくて、首を振った。別のモノがそこにあるみたいに、真っ直ぐに起立してしまっている。
 それを突いては、揺らして、いたぶる先生。
「これじゃあ、診療台が汚れちゃうね」
「……!?」
 何を言い出すかと思えば……。
 先生は、治療の時に唾液を吸い上げるのに使う、エジェクターを手にした。
「ぁ……、ぅあ……」
 俺は、首を振って嫌がった。
 さすがにそれは……マズイだろ、先生!
「や……」
 俺の、ゆらゆらしている先端から流れ出す透明な液体。
 それに、エジェクターの先をあてがうと、先生はスイッチを入れた。
 ジュジュジュと音を立てて、吸引し出した。
 
「──や……!」
 
 恥ずかしすぎて、俺は目をぎゅっと瞑った。
 いつまでも裏スジを撫で上げて、微妙に刺激を与えられる。
 俺の身体は、半端に熱いまま、悦びの液体を流し続ける。
「あぁ……や……ぃやら……嫌……」
 噛ませられたモノと、麻酔のせいでろれつが回らない。
 
 
「すごいね。どれだけ採取できるのかな」
 先生はますます妖しげに双眸を光らせた。
 
 ───採取って……
「…ん……あぁっ!」 
 先生の手のひらが、いきなり俺を包んだ。
 根本から絞り出すように、指を握り込んで扱き出す。
「ぁあ、………はぁ……」
 刺激が欲しかった俺の身体は、悦んで震えた。
 ますます吸引の音は、うるさい。
 
 ………やだよ、先生……俺、すっげー恥ずかしい……!
 
「…あっ、…あっ、……ぁあ……」
 
 どうしていいか、わからない。
 先生の指…めちゃ、気持ちいい……!
 でも、恥ずかしくて、そんな快感に浸れるはずもない。 
 
 
 扱くスピードが速められて、俺はどんどん高められていった。
「やっ! ……ぁぁああっ……」
 喋れない分、首を懸命に振った。
 
 
 ぁああぁ………はぁああ…………
 
 このままじゃ、こんなところで……俺……
 
「拓人君……」
 また呟くように、俺を呼ぶ。
 先生の興奮した顔が、ちらりと視界に入った。目だけを異様に輝かせて。口の端を少しだけ、上げてる。
 真っ白な顔が、妖しすぎる。
 
「んぁ……っはぁ……!」
 イキそうになった瞬間、先生の手が止まった。
「………ぅう…?」
 荒い呼吸で、視線をさまよわす。
 エジェクターの音が止まった。
「…………?」
 
 
 なま温かい感触。
 
「!! ────ああああぁぁ!」
 
 いきなり、先生の口に咥え込まれた。
 舌先が、鈴口をもう一度いたぶる。唇が、柔らかく、きつく、俺を吸い上げる。
 
 ───うわ、うわっ……!
「ぁああっ………」
 
 まじ、気持ちいい……
 
 イク…イク………!
 先生───っ!
 
 俺は動かない手を、必死に先生の頭にしがみつかせた。背中を仰け反らせて、快感だけを追った。
 生まれて初めての、フェラの体験。
 しかも、男に犯されて──
 
 俺はどんどん高まる身体と一緒に、興奮していった。
 
「ああぁ……、んぁあぁっ…!!」
 
 
 ドクン
 
 心臓の高鳴りと音を合わせて、俺は先生の咥内に吐精した。
 
「ん…ぁああぁ……」
 
 その余韻をいつまでも引きずるように、吸い上げられる。
 もう、吸い尽くしたと思っても、まだ吸い上げて扱かれる。
 
「んっ………ぅはぁあ……」
 
 腰の両側で、手を動かし、パタパタと台を叩いた。
 足先もジタバタと動かす。
 
 ───先生、……もう………ヤめ……
 
 
 
「…………」
 
 俺の両目に、涙が光った頃、ようやく先生はやめてくれた。
「……はぁ………」
 
 潤んだ眼で、先生を見つめた。
 先生は、俺の出したモノを全部呑み込んで、口の端を少し上げた。
 
 その表情に、またゾクリとしてしまう。
 妖しく美しい、先生……。
 
 俺に噛ませていた顎止めのシリコンも外してくれた。
 
「………せんせい…」
 
 乾いてしまった咥内を、舌で湿らせながら、それだけ呟いた。
 なんて言っていいか判らない。
 とにかく、恥ずかしい。
 萎えてクッタリとしているけれど、俺はまだそこを晒したままだ。
 
 何で、俺にこんなこと……
 
「先生……俺……」
 
 薬なんて、使わなくたって──
 
 そう思っていた。途中から。
 あんな、声も出せない、抵抗も出来ない、そんな状態じゃなきゃ……俺はもっと………
 
 
「そこまで。…拓人君」
 また妖しげに、先生が唇の端を上げた。
 
「───僕は、誘い受けは嫌いなんだ」
「………?」
 
 言われた意味が、判らない。
 
「僕はね、嫌がるコを無理矢理ってのが、好きなんだ」
 今度は、にっこり笑った。
 
「出来るだけ羞恥を煽って、困った顔をさせるのが、堪らなくそそる」
 
 
 ───────!!
 
 
 
 
「その…通りの顔を……俺はしていた…?」
 
「うん、可愛かった」
 
 
 俺は、真っ赤になっただろう。
 顔が、もの凄い熱い。
 
 
「………その顔」
「…………」
「今後、治療の度に、そんな顔を僕に、見せてくれるんだよね?」
 
 エジェクターを手に、それを軽く振って、にっこり笑う。
「これを見るたび、思い出すよね?」
「─────」
 
 
 俺は、またゾクリとした。
 晒しっ放しの股間が、熱を持ち始める。
 先生との楽しい時間を、期待して……
 
 
 でも、そんなことお首にも出さないで……
 
 
 恐怖に引きつらせた顔で、先生を見つめ返した。
 
 
 先生────
 俺を……手放しちゃ、ダメだよ……
 
 
 
 
 
 -終-  
 


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