(file2.3.4は無)
大学の飲み会でしたたか酔っぱらわされた俺は、その夜、先輩に犯られた。
―――でも、意識のない俺には……
アレをヤったのが、どの先輩なのか…判らなかった――――
 
 
 
 
サーフィン同好会での、初めての飲み会だった。
「マサ! おまえ、酒、強そうだな!」
「……いえ! 自分、こう見えて弱いんすよ!」
「ウソ付け! ほら、飲めよ!」
そんな調子で。
「せん…ぱ……もうムリ…す……」
「うわ、真幸が死んだ!」
「ホント、弱いんだな」
「おい、誰か運べ……」
そんな会話を聞きながら、意識は遠退いて行った。
 
 
―――ん……
……なんか…身体が……
―――はぁ……はぁ………ぁぁあ……
 
「……ん…なに……?」 
「…しっ、……マサ…」
「……せんぱい………?」
 
―――…はぁ、…はぁ、…ぁあっ…イクッ…
「せんぱ……きもち…いい……」
 
夢の中で、それだけ言って、俺はまた意識を手放した。
 
 
 
あれは、誰だったのか……
 
夢だと思っていたあの出来事は、次の日、生々しく俺に現実を思い知らせた。
激しい二日酔いに襲われた俺の身体は、ちがう激痛にも襲われていた。
「痛っ……!?」
ありえないところが痛い。
トイレでゲェゲェ吐いた後、うがいをして便器に座り直した時だ。
あまりに痛いんで、ペーパーで抑えてみると、出血した跡があった。
 
――マジかよ……
  
 
  
後日友人の清司に聞いたところ、俺を介抱してくれたのは、3人の先輩らしい。
泥酔させた張本人の原嶋先輩と、品川先輩と、氷室先輩。
「……原嶋先輩かぁ」
「なに? どったん?」
顔を赤くした俺を、清司が訝しそうに見つめてきた。
「…いや。お礼言わなきゃと思って……サンキュ!」
 
俺は慌てて、誤魔化した。
――マサ……
夢の中で、俺をそう呼んだあの声……
俺を”マサ”と呼ぶのは、原嶋先輩だけだった。
 
 
 
原嶋先輩は、ハッキリ言って、ナンパ師だ。
甘いマスクに、明るく染め抜いた肩まである長髪。
灼けた肌に、引き締まった筋肉……。
いつも女の子と歩いている、その一つ飛び出た頭は、男の俺でも目を惹いた。
仲の良い品川先輩とつるんでは、女の子の話しをしている。
俺は入会以来、何故か原嶋先輩に気に入ってもらえて、女の子を引っかける時に、連れて歩いてもらっていた。
 
「マサ、俺ら帰るけど……付き合えよ」
原嶋先輩が、小指を立てて意味ありげに笑った。
帰り道、女の子を拾って帰ろう、という合図だった。
「あ、……はい!」
筋トレを終えて、シャワーを浴びたばかりの俺は、急いで用意をした。
「お、いい匂い。シャンプー替えた?」
近寄った俺の頭を抱えて、鼻を近づけた。先輩は、こういうところにすぐ気が付く。
俺も負けないけど。
「先輩も、コロン替えたっすね」
よく、香水をつける男はキモイとか、聞くけど。それは使用する相手によるだろ。
先輩の身だしなみは、イヤミなほど気が利いていた。
仄かに香る程度だけど、擦れ違った瞬間とても良い匂いがする。もちろん、俺なんかが匂わせたら、キザ過ぎて失笑モンだ。
「ん、前回までの飽きたから。残り、お前にヤルよ」
「こいつ、またオンナ替えたんだよ」
品川先輩が、笑って教えてくれた。
「……俺なんかには、似合わないっす…」
2人の笑顔に耐えられなくて、照れて下を向いてしまった。
 
――今まで通り、普通にしてる振り。
意識しないで喋って、さりげなく近寄って。
だけど、心臓はバクバクものだった。
……見上げる目線が、つい彷徨う。
……赤面しそうになる。
  
でも、先輩の態度も、何の変わりもなかった。
どんなに気配を窺ってみても、何も感じない。
あんなこと俺にしておいて、こんなに何でもない顔、出来るかってくらい。
 
「マサ、合宿行くだろ?」
駅前の繁華街。
壁際の、わざと邪魔になるような位置に先輩達は立つ。
顔を寄せて、煙草の火を貸したりして。
当然、避けながら歩く人たちの中で、足を止める女の子達が出てくる。
そんな子に、流し目を送りながら、俺に話しかけてきた。
「ハイ! 行きます!!」
海系山系サークルは、合宿でなんぼの世界だった。
近場に海はないから、そういう時しかボードに乗れない。
普段は筋トレや、基礎知識の勉強ばかりだった。
床にボードを置いて、漕ぎ出し…パドリングや、立ち上がり…スタンドアップ等のシミュレーションをする。
でも、一度も波の上でボードに乗ったことがないと、実感が湧かなくて身に染みない。
だから合宿での実践は、とても貴重だった。
 
「海は危険だから、甘く見るなよ。みっちり扱いてやる」
軽くウィンクされ、俺は今度こそ赤面した。
2人組の女の子と話していた品川先輩が、原嶋先輩に何か合図をした。
「それじゃな」
あっさりそれだけ言うと、女の子の一人に手を回して、腰を抱いている。
「あの子はいいの?」
なんて声に、「いいの、いいの」と答えながら、先輩2人は繁華街の中に消えていった。
「――――」
いつも、このパターン。
いいんだけど。俺は女の子のお持ち帰りなんかしたくない。
だけど――
先輩を意識しないではいられない俺は、何かが胸の中に引っ掛かっていた。
  
 
  
―――何はともあれ、海―――!!
 
ウヤムヤの内に、合宿の日が来てしまった。
俺は無意識のうちに、先輩を見つめては、我に返って赤面するってパターンを繰り返していた。
――結局、真実は判らないままだった。
 
でも、とにかく海だ!!
毎年ボードをヤリに通ってたハマとは違うけど、ここの波はイイのが来ると評判の場所だった。
潮の臭いに、身体が疼く。
――早く、ノリてーっ!!
 
着いた午前中は、建物内の説明と、海の諸注意。
午後からやっと、ハマに出れた。
 
――ううっ、絵になるな~
原嶋先輩の灼けた肌は、白い砂浜でヤラシイほど黒光りしていた。
露出度の高い、普通の海パン。
 
 
俺は、長袖のスウェットスーツを着込んでいた。
ボードが身体に当たったときの怪我防止用だ。
 
 
「真幸、スゲーなマイボード持ってんなんて」
一緒に入会した清司が、俺のボードを眺めた。
「ああ……初めはレンタルだったけど、やってる内に、欲しくなってさ。やっぱ違うんだよね、オリジナルは」
スキー板や、スノーボードもそうだけど、レンタルじゃ、身体と相性のいいボードに出会えるのは難しい。
それに、他人が使った滑り止めワックスに辟易することが多くて。我慢出来なくて、バイト代溜めて、オーダーしてしまった。
「このヒモも、お前のカッコイー」
ボードと自分の足首を繋ぐリーシュコードを持って、端っこの輪っかを振り回しながら、清司はまた、俺のを羨んだ。
それは、ボードから落ちたときの、流れ止め兼命綱だ。
「ああ、最新の試そうと思って、買ってきたんだ!」
俺のは、肘とボードを繋ぐ短いリーシュ。コイル状になっていて、絡みにくいんだ。
清司のレンタルのはストレート。ロングボード用で、3メートルはあった。
 
「おれに、できるかな…」
「まずは、パドが出来るように、ならないとな!」
コツをつかめないと、全く進まないんだ、これが。
清司は、俺に付き合って入会したようなモンだった。どっちかというと、浜辺で遊ぶ方が好きそうだ。
「早く、海入ろうぜ!」
そう言うとボードもリーシュも放り出して、清司は駆けだして波打ち際に、行ってしまった。
「あ、キヨシ!」
俺も走って追いかけた。
「こら、いきなり海に入るな!」
清司の腕を捕まえてハマに連れ戻そうとした。
「おい! そこの一年! なにやってんだ!!」
厳しい声が、背中に叩き付けられた。振り向くと、氷室先輩だった。
「アップしてから入れと、さっきも再三言っただろ!」
もの凄い怖い顔で、怒鳴りつけてきた。
アップとは、ウォーミングアップ。要するに準備体操だ。俺だって、そんなの知ってる。だから清司を止めようとしたのに。
「チャラチャラしてんじゃねぇよ! さっさと戻れ!」
「――――!」
俺はスッゲーむかついた。頭ごなしに、それはないだろ?
「海に入ったのはスミマセン。……でも、チャラチャラなんか、してないっすよ!」
睨み付けながら、先輩の横を通り過ぎた。
清司は俺に手を引かれて、子犬のように首を垂れていた。
「ごめんな……真幸」
灼けた砂の上で柔軟をしながら、清司が小さい声で謝ってきた。
「別に。あの先輩がうるせーだけだよ」
なんか、苦手なんだよな。ヒムロセンパイ。
真っ黒いざんばらの前髪の下の、冷たい目。
あの目のせいで、細い顎の精悍な顔が、余計怖い。原嶋先輩たちと違って、人を寄せ付けない空気があった。
口を開けば、厳しいこと言ってるから、喋ったことなんかなかった。普段の同好会の中でも、浮いた存在になっている。
「まるで、一匹オオカミだよな。なんで、あんなんがこの会にいるんだ」
俺の呟きに、清司もしきりと頷いていた。
  
  
 
でもそれは、波に出てみて判った。
 
―――上手い……
 
原嶋先輩も上手いけど。
ちょっと、ポーズ入ってて、派手な格好良さはあるけど、テク的には普通だった。
………でも、氷室先輩のライディングは一目見て、違うと判った。
ボードの扱い、波に対する姿勢、身体のバランス……目つき。
波を読む目が、半端無くいい。
そこまでパドするかってとこまで腹這いで漕いで、自分を追いつめて、うねりの絶頂のタイミングでスタンドアップ。
重力を無視したような、身体の動きとボードの滑り。
苦もなくスラリと立ち上がったテイクオフ!
見事なバランスで、重心を移動させ、加速していく。
―――うわぁ……
ボードの尻が、形の良い波しぶきを掻き上げて、うねりの表面…フェイスを舐めるように滑っていく。
「すげ……あんなちっちゃい波で、よくあの距離乗れるなぁ」
波頭を捕らえていく、身体のバランスとボードの操りは、本当に見事だった。
「真幸も上手いジャン」
清司がパドリングも上手く出来ずに、波に遊ばれて、そんなことを言っている。
「アレには、及ばないなー………」
――悔しいけど。
俺なりに上手いとは思う。……原嶋先輩よりも。
なんてったって、波乗りが好きだ。
この気持ちは、誰にも負けない。
「…………」
俺もパドで、沖に出た。
手前は混むから、奧で波待ちをする。
潮の臭いは、ハマの方が強い。
沖はもっと生臭い、海そのものの臭いがする。
―――そして、妙な静けさ。
動物の喧噪、息遣い、気配などが、一切なくなる。
その代わり、波のうねりが、それ自体が生命体のように息づいて……それしかない。
その、波の呼吸を読む。
風と、波の盛り上がり…身体の揺れ。
「………………」
第一の波……第二の波……ああ、ダメだ。―――乗れる波は来ない。
ボードをユーターンさせて、少しハマへ戻る。
見ると、氷室先輩も戻っていた。
ボードに掴まって波に揺られていると、目が合ってしまった。
「…………」
また何か文句を言われそうで、俺は目を反らせた。
もう一度、風とうねりを読む。
手応えのあるセット。
一……二……次に来る!
俺はボードに腹這い、斜めに漕ぎ出した。
全力で波に漕ぎ上がると、うねりに持ち上げられるように、身体を起こす。
右手でボードの端を掴みながら、立ち上がる瞬間を見極める。
足元の感触が、力強い波を感じる。
軸足の手応えが、半端なく良い……
 
―――当たりだ! ナイス、テイク!
   
この、ふわりと一瞬浮き上がる感じ。
乗った! と思う瞬間
滑り出す快感を、感じた時……
 
 
風を切って、波を切って、ボードが進む
 
 
 
――ああ……最高………!
 
 
 
これこそが、サーフやってて良かった! と心底実感する時だった。
その瞬間、俺は”現実”から解き放たれる。
 
足の裏に伝わってくる、波の力。
全身に受ける風。
それが全てだ。
 
普段の、重力に押し付けられて、二本の足で一歩一歩進む。
―――そんなのがまるで、ウソみたいだった。
 
身体を起こし、立ち上がる…その間、何秒もないのに、いつもスローモーションで動いているような、奇妙な感覚に陥った。
ちょっとした、立ち位置、ちから加減、体重移動で、ボードの滑りは全然違う。
俺はスピードも欲した。
だからつい、リキんで前のめりになってしまうんだ。
「―――あッ」
ボードの先が、波に突っ込む。ワイプアウト! バランスが崩れて、海に落ちてしまった。
いつも、ワイプしてしまう。最後まで、うねりに乗れない。
波しぶきから顔を出すと、パドを始めた氷室先輩が見えた。
俺の次の波だ。
すっごいパワフルなライド。
上半身の高さは変えずに、腰の回転と膝の屈伸だけで、ボードの先を右に左に向きを変えながら、波頭をカットしていく。
アレでこそ、重心を前に送り、スピードも出せるってもんだった。
乗り終わってワイプもせず、優雅にターンしてくる。
 
―――なんつー格好いいテイクアウト…!
…くっそー……いいなあ。
 
我を忘れて、見入ってしまった。
さすが、ライディングメッカのハマだけど、数メートルのリップ…白波頭が立つほどの波は、簡単に来るモンじゃない。
なるべく大きなうねりに乗りたいのは、みんな一緒だった。
波待ちの頭が、そこここにぷかぷかして、お互いのパドタイミングを計っている。
―――混みすぎだ……。ポイント替えするかな…。
しばらく待ってみたけど、良い波は来なくなった。
満ち潮で、凪てきたんだ。
海そのものが、動かなくなってきている。
―――今日は、もうダメか……
パドして、波打ち際まで帰ると、既に上がっている原嶋先輩たちがいた。
さっそく女の子を引っかけて、はべらせている。
「…………」
ボードにしがみついたまま、俺はそれを見つめ続けてしまった。
 
―――ずっと判らないと思っていた。
……先輩の心が。
 
ほとんど覚えてないけど、それでも思い出すと、身体が熱くなってしまう。
 
―――あれは……なんだったんだ。
あんなコトして……どういうつもりなんだろうって。
 
でも、本当に判らないのは、自分の心だった。
良く面倒を見てくれる、優しい先輩のこと……俺は、好きだけど。
……ただ、それだけだ。
でも、それじゃあ……何が、こんなに面白くないんだろう。
 
先輩たちを眺めて、もう一度溜息をついてしまった。 
 
 
 
 
 
 
「真幸! 風呂行こう、風呂!」
「いや、俺…やめとく」
呑気に合宿を楽しんでいる清司には悪いが…。
部活のシャワーは個室だから、平気だったけど。 
―――原嶋先輩の前で裸になるのは、やっぱムリだろ。
「疲れすぎて、眠い。俺寝る」
食後の風呂を断って、俺は一人布団に潜り込んで、その日は寝てしまった。
 
 
翌朝、朝食前の早朝ライドに出ようと、まだ寝ている同部屋の奴らを起こさないように部屋を出た。
短時間だから、薄い長いTみたいなラッシュガードと海パンという、軽装で。
 
 
―――あ、原嶋先輩たちだ…
 
宿の受付を通ろうとした時、ロビーのソファーで喫煙している原嶋先輩と、品川先輩を見付けた。
「――せん……」
 
「なあ、……最近の、真幸のオマエを見る目に気付いてるか?」
 
声を掛けようとして、品川先輩の言葉に、息を止めた。
 
「……あん?」
「真幸が原嶋を見る目付き、アブネエって言ってんだよ」
「はは、わかってるよ」
 
――――。
 
原嶋先輩は、高々と紫煙を天井に向かって吐き出した。
「マサは、利用価値が高いからな」
「アイツがいると、違うタイプのオンナが寄ってくる」
「そうそう」
そう言うと、2人でゲラゲラ笑い出した。
「だから、連れてるだけなのにな」
「あの目のイロは、オマエにゾッコンだぜぇ~」
品川先輩が、下卑た声で低く笑った。
「やめろよ、気色ワリィ」
煙草をもみ消しながら、原嶋先輩も、聞いたことのない低い声で笑った。
「どうすんだよ、告って来たりしたら」
「ジョーダン言うな。そんときゃ、切るよ」
心底、気味悪そうな声――
 
 
 
 
…………!!!!
  
 
 
 
―――おれは………俺は………
  
 
何も考えられなかった。
2人がロビーから立ち去っても、そこを動けない。
 
「……………」
 
心臓が痛かった。
呼吸が出来ない。
 
―――俺は………好きで、こんなことになった訳じゃない…
 
―――俺が何されたか――誰に……なんで……
……それが知りたかった、だけなんだ。
 
昨日、ずっと引っ掛かっていた何かが、今、判った。
先輩が犯人だとして……
俺が気が付かなきゃ、それでいいのか……
先輩の中でも、アレはもう無いことになってんのか……
 
俺は、唇を噛み締めた。
 
なんで……酔っぱらった人間が、そこにいたから…?
ただ、それだけだったのか……?
 
 
 
俺は堪らず、走り出した。
それ以上は、考えたくない。
さっきの先輩達の下品な笑い声が、耳を付いて離れない。
 
ボードをスタンドから引きずり出すと、目の前のハマへ、走り続けた。
 
くやしい………悔しい! ……悔しい!!!
 
リーシュだけは、肘にはめたけど、俺はそのまま波に突っ込んでいった。
満ち始めの海は、かなり荒い波が立っていた。
 
――――畜生ッ! 畜生ッ! …畜生ッ!!
 
頬を濡らすのが、波なのか何なのか。
 
もう、風にまみれて、何も考えたくなかった。
ただ波に乗って、現実から離れたかった。
 
俺だって、好きでこんな気持ちになってんじゃない!
先輩を正視出来なくなったのは、誰のせいだよ!!
気色ワリィって、なんだよ!!
切るって、何なんだよ!!
 
 
荒く砕けた白波頭が、たくさん打ち寄せる。
普段なら判断出来る、波の危険性が、今の俺には全く見えていなかった。
 
ザンザンとうい荒波の音。その中に違う響きを聞いた気がした。
 
――――アッ!!!
 
砕けたリップの波しぶきの合間から、いきなり逆乗りしてきたライダーが姿を現した。
 
―――ぶつかる!!
 
俺はバランスを崩して、ひっくり返り、そのまま波に飲み込まれた。
満ち始めた海は水量をどんどん増やしていく。
波に揉まれて、上も下も判らなくなった。
ボードと肘を繋いでいるリーシュコードのおかげで、板と離れてしまうことはない。
けれど、それ以前に波が激しすぎて、海面に上がることが出来ない。
上から叩き付けてくる波。足元を沖に引きずるような海底の動き。
リーシュをたぐり寄せて、ボードにしがみつきたかったけど、アップしてない身体は、いきなり冷やされて硬直していた。
 
―――苦しい……
 
白い泡と、緑っぽい水色の世界…
ゴボゴボと気泡が乱れ、ドドドッと襲ってくる波の音…
 
俺の視界は、海底に差し込んでくる、歪んだ太陽の煌めきを一瞬捕らえて、真っ暗になった。
 
 
 
 
 
 
……………………。 
………サ……マサ……… 
 
 
「――――――」
―――この声……
俺は何となく、意識を取り戻した。
 
 
「――マサ……マサユキ……しっかりしろ!」
  
 
―――あぁ、……あれ……違う――? 
身体を激しく揺さぶられる。 
俺は、やっと目を開けた。
――霞む視界。
ぼんやりとしたシルエットが、だんだん輪郭を露わにしていく………
  
「……真幸」
 
ホッとした顔で見下ろしてくる、その顔は…… 
「……氷室せんぱい!?」 
塩辛い口の中で、咳き込みながら俺は驚いた。
  
「この、バカ野郎!!」
 
表情が一転して、険しく眉を吊り上げた。
「海を甘く見るなって、どんだけ言ったよ!?」
「―――――」
「聞いてんのか!? ――おいッ!?」 
 
「…………」 
 
俺は混乱していて、目前で怒鳴りつけてくる怖い先輩を、ただ見つめた。
 
――俺は―――ああそうか……
 
無茶をして、波に飛び乗って……
他のライダーの確認なんかしなかった…… 
 
「もう……どうだって……」
 
俺は、目から海水を流した。
溺れたとき、海の一部になったんだ……
 
 
「俺……わかんねぇ……何がなんだか…」
ロビーでの先輩たちの会話を、イヤでも思い出す。
――俺にしたこと……アレは、何だったんだ。
――なんで俺が、傷つかなきゃなんねぇんだ!
 
横になったまま、片腕を持ち上げて、目を覆った。
 
 
 
「……アイツは、正真正銘のスケコマしだ」
静かに、氷室先輩が喋りだした。
 
「原嶋は……男に興味なんかねぇよ」
 
 
………え?
 
 
不意に、耳元に唇が寄せられた。
「―――マサ……」
 
―――あ! 
 
俺は腕を退けて、間近の顔を凝視した。
「……この声だろ?」
冷たい目で、皮肉な笑いを口の端に浮かべた。
「――――」
「あの時は、オレだって、バレないように……原嶋の真似をした」
「――――ッ!!!」
凝視し続ける俺を、氷室先輩は、面白そうにニヤニヤしながら見下ろしてきた。
 
「なぁ………もう一発、ヤらせろ」 
 
「―――え!?」
 
「今晩の飲み会で、また酔わせて犯るつもりだったんだ」
「…………」
「だったら、今でも、いいよな」
手首を掴んできた。
「―――や……」
 
鋭い鷹のような目線。
――狙った獲物は、絶対逃がさない。
 
そんな迫力で、俺は両手首を片手で束ねられた。
「ちょっ――先輩! …やめてください!!」
俺は大声を出した。
 
慌てて見渡せば、ここはハマに仮設されている、救護室だった。
他にだれもいない。
 
「こんな朝っぱらから、溺れるヤツは、お前くらいだ」
俺の意図がわかったかのように、助けなんかいないことをあざ笑った。
俺は救護室の木のベンチの上に、自分のボードを敷いて、その上に寝かされていた。 
「……くっ!」
ボードから伸びたリーシュコードを、手首に巻き付けられて、頭上に固定されてしまった。
清司が羨ましがった、コイル状のリーシュだ。
 
 
「観念しろ」
 
「…………せんぱい……」
真上から見下ろしてくる、その鷹の目は、俺を射すくめるのに充分だった。
―――逃げられない……
先輩の手が、ラッシュガードを捲り上げた。
「………っ!!」
ぴっちりの長袖Tシャツのようなそれは、首の辺りまでクシャクシャに寄せ上げられた。
腹から胸までが、露わになる。
「――お前のスタンドアップは、綺麗だ」
「…………」
鋭い目に見つめられて、俺は息を呑んだ。
「背筋が強い、証拠だな」
腹筋を何度も撫で上げる。
脇腹、背中にまで手を這わす。
「………あッ」
胸の中心に、舌を這わせてきた。
「先輩! ……冗談は……マジで――」
「……………」
仰け反った背中に腕を回して、抱き締められる。
「…んっ…あぁ…」 
執拗な舌の動きに、俺はつい、声を漏らした。
先輩の手が、背中や肩を這い回る。
「パドも、上級だ。必要な筋肉が、ちゃんと付いてる」
「…………」 
「問題は、腰だな」
そう言うと、俺の上から退いた。
ホッとしたのも一瞬で、両手で俺の海パンを掴むと、インナーごと引きずり降ろした。
「―――あっ!」
「腰が弱いから、踏ん張りが効かないんだ」
そう言うと、いきなり剥き出しにされた俺のそれを、指で摘み上げた。
「やッ……」
「……この間は、酔っぱらって、なかなか勃たなかったのに」
口の端だけあげて、笑った。
「――――!!」
俺は、真っ赤になった。
今は、さっきの先輩の愛撫で少し勃っていたんだ。
「――先輩の……氷室先輩のせいで……俺…」
―――悔しい……
波に突っ込んで行ったときの、悔しい思いが蘇ってきた。
原嶋先輩に、キショイ扱いされて、あんな風に笑われて!
――何もかも、氷室先輩のせいだったんだ!
 
「俺……ずっと……」
また目から海水だ。目尻から溢れるそれは、ポタポタと音を立てて、ボードの上に垂れた。
 
「………」
無言で先輩の親指が、俺の目尻を拭った。
また抱き締められて、耳に唇を押し付けられた。
「やっ! ――やめてくださいっ!!」
熱い息を吹きかけられて、身体が震えた。
―――!!
自分の声と重なって、何か聞こえた。
「―――先輩……?」
頬が触れあうような距離の、その目を見つめた。
でも先輩は、俺の逡巡なんかまるきり無視だった。
ぎろりと睨むと、いきなり後ろに指を当てがってきた。
「んぁ………ッ!」
腰がビクンと跳ねてしまった。
俺は思い出して、焦った。
「せっ……先輩! やだ……こないだ、すっごい痛かった!!」
翌朝、切れて出血していた。あれは、ほんとに痛かった。
「お前が酔っぱらって、あまり解させなかったからだ」
冷たく見下ろされて、一言。
 
「………そんな」
俺のせいかよ!
だいたい、解せばいいってもんでもないし―――!
 
「――そうだな、前回の分も、みっちり愛撫してやる」
「…………せん…ぱい?」
――――あッ
耳に、舌を突っ込んできた。耳朶を舐め回す。
「アッ、や……」
くすぐったくて、首を竦めた。
その顎を捕らえられて、唇を塞がれた。
「んっーーー!!」
先輩の指が、また胸を弄くる。
ゾクリと、背中を何かが走った。
俺は身体を捩って、振り解こうとした。
でも、先輩の方が力が強い。
のたうつ腰を押さえ付けて、先輩もボードの上に上がると、俺に跨った。
「んんっ………んっ…!!」
俺の片足を自分の肘に引っかけて、その手で、胸を弄くる。
片脚だけ開脚させられた恥ずかしい格好で、しばらく咥内と胸を蹂躙された。
「ぁ……はぁ………」
激しく舌を絡めるキス。やっと介抱されたかと思ったら、先輩の唇は下に降りていった。
「せんぱ………いいっす………まじ―――」
喘ぎながら、俺は懇願した。
もう、こんなのやめてほしい。
多少痛くたって、さっさと終わらせてくれたほうが、ましだと思った。
「うるせぇ」
それだけ言って、氷室先輩は俺の腰を抱え上げた。
「あっ…、……先輩! …やめ………」
背中を丸めさせられ、腰を真上に突き出すように膝の裏を押して、脚をM字に開脚させられた。
そして、先輩は付き出したそこの中心に、顔を埋めた。
「あっ、ぁあああぁ!!」
なま温かい舌が、這い回る。
窄みを突いては、中に入ってくる。
「先輩! もう……、ほんとに……んぁ…」
舌が入ってくるたびに、腰が揺れた。
ムズムズと下っ腹に、震えが走る。
「イヤとか言いながら、感じてるじゃんか」
「あッ……」
俺の大きくなってしまったモノを、握られた。
「――――っ!」
唇を引き結んで、腰の向こうにある顔を睨み付けた。
「………んくっ……」
扱き始めた刺激に、顔を歪めてしまった。
前回みたいに酔っぱらっていない。
俺の五感は、先輩の手の動きをダイレクトに脳みそに伝えてきた。
 
「ぁあッ……うぁ……」
イヤでも、呼吸が熱くなっていく。
そんな俺を冷めた目で見下ろして、氷室先輩は冷たく言った。
「誰でもいいんだな……」
「……え?」
「アイツと、間違えてたクセに」
 
「―――――!!」
 
また、胸が痛くなった。原嶋先輩に笑われた時と同じ痛み――
悔しいのと、その痛みで、また涙が零れた。
――――あ……
また手が伸びて、頬を拭っていく。
…………?
俺は、この正反対の行動が不可解で、霞む視界を先輩にじっと向けた。
余裕たっぷりだった先輩の瞳が、少し揺れた。
「ったく、ガキはバカだから、面倒見切れねぇな!」
「――――?」
何のことかと、荒い息で見つめ続けた。
「海を甘く見過ぎる」
じろりと、冷たい目で睨まれた。
「お――俺は………」
たぶん、あの同好会の中では、かなりマシなほうだと思っていた。
そう言い返そうとして、息が詰まった。
膝立ちの先輩の太股に、90度に曲げた背中を寄り掛からせて、突き出した腰を固定された。
両手が開いた先輩は、片手は俺の前を扱いたまま、反対の手で穴をまさぐってきた。
「ぁあっ! ……うぁ」
苦しい体勢のまま、背中を仰け反らせる。
「原嶋なんかと、吊るんで……そんなに、オンナにもてたいのか?」
「……んぁ…、……ぁあ………」
そんなんじゃない! ……そう言いたいのに―――
「男にこんなコトされて、よがってんのにな」
声に出して笑われた。
―――――っ!!
俺は悔しくて、恥ずかしくて………ただ唇を噛み締めた。
「ぁあッ……せん…――――!!」
指が増えていく。押し広げては、中で動かす。
刺激が、扱かれてる前に連動して、腰を疼かせる。
腰が……身体が、熱い―――!
「ぁあっ、……アッ…………アァッ…!」
――やば……イクッ……ぁあ……イク…イクッ!!
 
「――――んぁああっ! ……イクッ!!」
 
自分の顔と胸に、俺は白濁を飛び散らせてしまった。
――はぁ…はぁ……はぁ……
呼吸を整える間も、後ろは指で掘られ続ける。
「―――んっ」
時々、ビンと弾かれるような快感が交じる。
「お前みたいな、軽薄な理由で入会するヤツは……オレは、我慢が出来ない」
氷室先輩は、まだそう言い続けて、指を出し入れする。
俺は必死に、首を振った。
「ちが………んぁあぁ………」
快感に痺れてしまっているロレツは、もはや回らない。
言葉に出せない分、一生懸命首を振った。
拘束されている手首を解けないか……肘を曲げて、引っ張り降ろしてみる。
「リーシュが傷むぞ」
無駄な抵抗に、先輩がまたあざ笑った。
「高いアイテム購入して、カッコばっかつけて、……いいご身分だな」
指を抜くと、何かを取り出して、弄っていたそこにたっぷりと塗りつけた。
「…………?」
俺は恐怖して、顔を少し上げた。
「心配すんな。ワセリンだよ」
口の端を上げてにやりと笑いながら、塗りつけたクリームを蕾になびっていく。
「……………んっ……」
それは、硬いスウェットで肌が傷まないように、間接の内側などに塗るための常備クリームだった。
そして……先輩の熱いモノが、あてがわれた。
―――――!
「せん…ぱぃッ―――ぁあああッ! ………ぁああ………」 
ゆっくり抜き差ししながら、押し込んでくる。
熱い、大きい先輩の――――
押し開いて、埋め込まれるような感覚だった。
―――痛くはないけど、……スゴイ圧迫感……異物感………
「ぁああっ! ……ぁあぁ……んぁっぁあああ!!」
激しく腰を前後され、叩き付けてくる。
「……ああっ、ぁあああっ!」
もう、声なんか抑えられなかった。――小屋の外に誰か居たら聞こえるかも。
ちらっと、過ぎったけど、だからって、もうどうにもならなかった。
背中に腕を回し、抱き締められて、胸を密着させてくる。
先輩もラッシュガードを着ていて、それを通して熱い先輩の体温を感じた。
腰を押し付けたまま、最小限の動きで小刻みに激しく動かす。
「ぁああぁ、……ぁああっ………ぁああっ」
打ち付けるのとは違う気持ちよさに、仰け反って、声を出した。
…ぁあっ………ぅぁああっ…………せんぱ…い……
―――悔しいのに………酷いことばかり言うし………
でも塗り込んだワセリンは、あの切れるような痛みを心配させることは、絶対に無かった。
「――ああ………せんぱ……せんぱい……」
「――辞めちまえ!」
抱きかかえられたまま、耳にまた唇を押し付けられた。
「おまえなんか、こんなサークル、辞めちまえ!」
耳元で理不尽な悪態を突いて、また、激しく腰を動かし始めた。
ぎりぎりまで引き抜くと、肉音が部屋中に響くほど打ち付けてくる。
そのたび、中を剔られた。
「……ぁああっ! ……あああっ!」
俺の声も、でかくなってしまう。
俺は喘ぎながら、霞む目で先輩を必死に見つめた。
……はぁッ……はぁッ………
さっきまでは、いちいち先輩の言葉に傷ついた。腹も立てた。……でも。
抱き締める腕……打ち付ける腰……そこに悪意を感じない。
それどころか………
 
「――せんぱ………きもち……いい……」
 
俺は、こないだと同じことを言った。
「ホント……誰でもいいんだな」
先輩の言葉に、俺は首を振った。
「ちが……」
誰かわかんなくても……この腕だから……
「この動き……優しい……っす」
思わず俺は、ちょっと笑った。照れくさくて。
氷室先輩は、鷹のような鋭い目を見開いて、顔を真っ赤にした。
――もしかして……もしかして……そう思わずには、いられない。先輩の数々の変なトコ。
「っぁああッ! ……ぁああぁ………せんぱ―――激し………!!」
前をまた扱かれて、打ち付けもいっそう早くなった。
 
……ぁあ……ぁああぁ………はぁっ……… 
「――ああッ…せんぱ……いく………イク…イクッ……ぁああッ!!」
 
ドクンッと、俺の中で、先輩が大きく脈打った。
俺も、先輩の掌の中で激しく震えた。熱い液体が、お互いの身体で弾けた。
「……ぁ…はぁ……はぁ………」
抱き締められたまま、俺は乱れた呼吸を繰り返していた。
 
「――俺……先輩なんかに……負けないっす」
気持ちよくて、気が遠くなりそうだったけど、なんとか力を込めて、先輩を睨み付けた。
氷室先輩は、少し身体を起こして俺を見つめてきた。
「―――そういうとこが、生意気なんだよ! 一年のクセに」
鋭い目で、先輩も俺を睨んでくる。
「……………」
「お前なんか、大人しく犯されてりゃいいんだ」
じろりとした、冷たい目に低い声。
いつもなら、すごい怖かった。腹も立った。
でも――素直じゃない先輩。
次に襲われたら、絶対判る。
その指…その声で………先輩が――ホントは俺のこと、どう思っているか、確かめる。
 
……ごめん……
一瞬囁かれた、さっきの、優しい響きが耳に残っている………
 
 
「氷室先輩なんか、大っ嫌いだ!」
―――これくらい言ってもいいだろ。俺だって、散々酷いこと言われたんだから。
 
冷たい目が、ぎろりと、俺を睨んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
-終わり-

            
 
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