「はあ~…」
今日、何度目の溜息だろう。
僕は朝っぱらから、トイレの住人になっていた。
 
痛~…
 
下してもいない下腹を摩る。
先輩と直行出勤の時に限って、僕は何故か腹痛を起こした。
 
―――マズイなぁ。今日で5回目だ。
さすがにいい加減、遅刻出来ないよなぁ…
 
今年入社した会社で、僕は営業に割り当てられた。
僕を含め新人営業マンは3人。初めの頃は3人で束になって、先輩の後ろを着いて歩いていた。
でもエリア分けされ、それぞれの担当地域を受け持つようになると、バラバラに活動するようになる。
先輩との同行も、二人きりだ。これが僕にとっては大問題だった。
 
同行も、会社からならまだいい。
直行の場合が厄介だ。待ち合わせ場所に、約束の時間に行かなければならない。
今日で5回目。
その前の4日とも、僕は待ち合わせに遅刻していた。
 
―――なんでだろう
 
他に人がいる場合は平気だったのに。
先輩と二人キリ、となったとたん、腹痛に襲われるようになった。
いつも通りに出勤の用意をして、さあ、って時に、キリキリッと痛み出すんだ。
お腹を壊しているわけでも、便秘でもない。
ただ、痛くて立てなくなった。
 
「はぁー…参ったな」
迫り来る待ち合わせの時間に、僕は焦った。
今日も遅刻します~なんて、連絡入れたら……
いい加減、優しい先輩の顔にも、青スジが浮くだろう。
 
考えれば考えるほど、お腹は痛くなった。
―――く~っ……!
便座に座ったまま、身体を二つに曲げた。
 
苦痛に目を閉じていると、先輩の顔が思い浮かんだ。
先輩の決して怒りを見せない笑顔。
一見、スポーツ選手かと思うくらい爽やかでカッコイイ。
きりりとした眉、ちょっとつり目の二重。笑うとそこだけ風が吹いたみたいに、キラキラ光る。
真っ白い歯のせいだ。
 
―――はあ……
 
営業4年目の、ベテラン先輩。歳も、きっちり4つ上。
僕がどんなにヘマをやっても、他の同期がドジ踏んでも、いつもその笑顔でフォローしてくれる。
ホントに絶対、怒らない。絶対に怒鳴らない。
だから僕らは、失敗を怖がらずに臆することなく、体当たりで仕事に取り組めたんだ。
「新人なのに、度胸良いな」なんて、誉め言葉を当然のように貰って、調子に乗ってたのに。
こんな基本のところで、だらしないようじゃ、呆れられる。
―――今度こそ、注意を受けちゃうよ……!
途方に暮れて、おでこを膝にくっつけて嘆いていると、急に外が騒がしくなった。
 
僕の部屋は古いアパートで、玄関のすぐ横がトイレ。小窓が外の通路に面している。
その玄関の外に誰かが来たらしく、激しくドアを叩く音が、室内と小窓の両方から聞こえた。
同時に、僕を呼ぶ声。
「おーい西尾! まだいるんだろ?」
 
―――先輩!?
 
加賀先輩の声だった。
 
―――なっ、なんで!?
 
とにかく僕は、下着とズボンを引き上げて、トイレから出た。
「先輩――どうして……」
ドアを押し開けながら、その顔を見て、ドキッとしてしまった。
さっきからずっと、頭から離れなかった笑顔。
明るいあさぎ色のスーツで、爽やかな二重が僕を見て、口元に白い光を零した。
眩しすぎて、思わず目を細めた。
「やっぱりいたな、この遅刻魔め!」
聞き心地の良い、響く声で笑うと、僕の頭を大きな掌でグリッと撫でた。
「…………!」
このスキンシップが、危険なんだ。
僕は驚いて、見上げながら心臓が早くなるのを、抑えられなかった。
「まだ寝てたら、起こしてやろうと思って」
なんて悪戯っぽく笑ってから、先輩は僕の格好に眉を寄せた。
「用意はできてたのか? なんだ、そのへんちくりんな姿は」
僕も苦笑いしながら、赤面した。
上はカッターシャツに、スーツとネクタイ。
下だけ夏用の室内着。ペラペラのショートパンツだった。
トイレに籠もるとシワになるから、ズボンだけ穿き替えていたんだ。 
膝までのショートパンツの下は、ふくらはぎまでの黒靴下。
我ながら、笑えると思う。
 
「まあいい、ほら、急げ。今日は遅刻出来ないぞ」
「あ、……ハイ」
 
僕も我に返り、奧の部屋に行こうとした。
「……ぁ、痛ッ……」
また例の腹痛だ。余りに痛くて、玄関前で座り込んでしまった。
「センパイ…スミマセン……ちょっと、トイレ……」
切れ切れに言うと、心配そうな目が僕を覗き込んだ。
「大丈夫か? 毎朝、便秘に悩まされてたのか」
―――え!?
「俺に任せろ、ちょっと上がるぞ」
 
先輩は大きな体を、狭い部屋に無理矢理押し込んできた。
「せんぱ――違いま……」
「いいから、俺にまかせろ」
 
 ―――!?
 
加賀先輩……素敵だけどちょっとヌケてる。
自分に鈍感、て言うのか。
営業ならではの、気遣いや優しさは抜群だ。人の心の機微を読むのが上手い。
僕をこんな風に迎えに来てくれちゃったり。
―――でも自分の行動が、どんな効果を発揮するか、まったく気付いてないんだ。
なんてったって、スキンシップが激しすぎる!
今だって………
 
「先輩!? …何すんですか……」
”腹痛で、トイレ”と言っている人間を後ろから抱え込んで。
「いいから、じっとしてろ」
「――あっ……」
先輩の手が、シャツをたくし上げ、ショートパンツの中に入ってきた。
下っ腹に直接、掌を当てる。
「……………」
じんわり先輩の体温が伝わってきた。
その掌で、ヘソの下を中心に時計周りに撫で始めた。
「ん………」
僕は変な声を出してしまい、慌てて先輩の腕にしがみついた。
僕を抱え込む、反対の腕。首の前にまわして、僕の両肩を押さえている。
その腕に口を押し付けて、息を殺した。
――あ…先輩の匂いだ……
初めてこんな風に抱え込まれたのは、研修が無事終わった飲み会の時だった。
「よくがんばったな~」
って、いきなり抱き締めてくれたんだ。
その時はまだ、加賀先輩は管轄外の人だったから、ビックリした。
あの時の匂い…。それっきり、僕の心臓は先輩に肩を叩かれたり、背中を押されたり、頭を撫でられたり――そんなことで、いちいち跳ね上がってしまうようになった。
―――にしても……
 
「……せんぱい…?」
―――ナニをしてくれて、いるんでしょうか?
 
「どうだ? 下っ腹が、グルグルって動いてこないか?」
「……は?」
「便秘の時は、マッサージが一番なんだ」
 
―――便秘!!
違うって、言ってんのに!
  
「えっ……えぇっと、違いますっ……僕…」
「まあ、まあ」
慌てた僕を、先輩は宥めに掛かった。
よっぽど恥ずかしがってると、思っているみたいだ。
「判ってるって。いいから心配すんな。ちゃんと出るようにしてやるゾ」
 
―――してやるゾって、そんな素敵な声で~!
 
「僕、便秘じゃありませんから!」
 
大声で言って、身体を捩った。
先輩の手、危険すぎる!
 
不意に先輩の腕が、僕から解けた。
両肩を掴まれ、くるりと回転させると、正面に向かい合わされる。
「西尾……」
僕は、こんな真剣に眉を寄せる先輩を初めて見ていた。
「先輩…………」
「便秘を甘く見るな!現に今日で5日目じゃないか!」
ガクッと膝が折れるかと思った。
「便秘じゃ…」
「恥ずかしがるな、ちゃんと克服しような」
そう言うと、ダイニングの小さいテーブルの上に、僕を腰掛けさせた。
両脇に手を差し込んで、ひょいと、持ち上げたんだ。
―――うわ……
先輩のこういう行動に、ドキッとしてしまう。
男らしい……って、男の僕が言うのも変だけど。
力強い腕は、動くとき迷いが無い。
 
「西尾、ちから抜いてろよ」
「………はぁ?」
 
今度はなんだ、と思ってたら……
テーブルの上に身体を横たえさせられた。
何も置いてないから、それはいいんだけど。
「せんぱいっ!?」
シャツを捲って、腹を出された。
なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい…!
「暴れるなって。痛くはないな?」
さっきと同じように、下っ腹をマッサージしてくれるらしい。
右手の甲に左手を重ね、親指の付け根の方から、力を入れて押してくる。
押しながら、僕の下っ腹を右回りに動き出した。
「んっ…んっ…」
押されるたびに、息が漏れて、変な声になってしまう。
―――便秘じゃ無いのに――どうしよう……
ふと見上げると、真剣な顔で、体重を掛けるように、真っ直ぐ腕を動かす先輩。
前髪が顔にかかって、いつもの余裕たっぷりの先輩とは、どこか違って見えた。
「…………」
胸がズキンと痛くなった。
―――あッ……ヤバ…
同時に、先輩の手が下腹部に近づいていた。
そんな下の方を押したら……
「先輩……いいですっ! ほんと、便秘じゃないんですってば……!」
僕は泣きそうになって、必死に訴えた。
僕の声に、先輩はやっと手を止めてくれた。
「……本当に? 本当だな? 照れて隠すんじゃないぞ」
「……隠しませんよぉ、そんなこと…」
顔が真っ赤になってしまったと思う。頬が熱い。
先輩の片手が、その頬を包んだ。
「……なら、いいけど。我慢してると大変なんだ。――俺の同期が、それで病院送りになった」
―――え?
見開いた僕の目を、哀しげな先輩の目が見つめた。
「緊張し過ぎだったんだ。でも……誰にも…俺にも言わなくてな……」
「…………」
「だから後輩には、そんな思いして欲しくない……相談してほしいんだ。何かあったらさ」
最後は、いつもの笑顔で、ニコリと白い光を零した。
―――先輩……
僕の見上げてた目が、潤んでしまった。
先輩の優しさは、そう言うトコから来てるんだ。
そう思うと、よけい胸が痛くなった。
「……でも西尾…じゃあ、なんで腹が痛いんだ? 今日も、その様子じゃ遅刻だったろ?」
―――そうだった!
僕は謎の腹痛で………
でも、僕はもっと困ったことになっていた。
幸か不幸か、腹痛はとっくに治まっていた。でも……
「ホントに腹か? 胃じゃないのか?」
先輩の手が、心配そうな声と共に、身体を這い回る。
「や…、違いますっ! だいじょうぶですから……」
僕はまた、泣き声を上げた。
だって、僕のソコは……
「―――!」
先輩が気が付いて、身体を引いた。
  
――――――!!
……ああ、最悪………
  
先輩があんまり、生肌を触るから。
先輩の顔がいつもに増して、近すぎるから。
先輩の声が、優しすぎて……
 
そんなの、理由にならないかな…… 
僕は変なのかな……
 
半勃ちになっているのが、ズボンの上からでも判る。
恥ずかしくて、目をつぶりながら、僕はぽろぽろと涙を零してしまった。
 
「せんぱいが、さわるから……」
やっと、それだけ言った。
ほんとのコトだもん。
でも、一瞬体を引いた先輩……それが胸をぐさりと刺した。
 
「西尾……」
先輩の手が、また僕の頬を包んだ。
ビクン、と揺れた僕の身体を、今度はぎゅっと抱き締めてくれた。
「先輩……!?」
小さなテーブルの上で、膝を垂らして、仰向けになっている僕。その上から、覆い被さるように先輩が僕を抱き締めている。
 
―――気味悪がられたと、思ったのに……
 
「西尾……素直におしえてくれて、嬉しい」
先輩は顔を起こすと、ほんとに嬉しそうに無邪気に笑った。
「こんなの、若い内はよくあることだから」
 
―――ん?
 
「毎朝、こっちだったのか、俺が悪かった」
なんて、頭を掻いている。
―――なんか、誤解してる……?
「でも、遅刻するほどヤルなんて、やっぱマズイぞ、それは」
 
――えっ……えぇっ!
 
先輩の手が、僕のズボンを引き下げた。
「な…なにすんですか!?」
腕にしがみついて焦る僕に、先輩はにっこり微笑んだ。
「上手くヌケなくて、手こずってんだろ? 俺がやってやる」
―――ちょっ!
”嫌悪された?”なんて、傷ついたのは、なんだったのか。
―――それどころじゃない!
先輩の手が、パンツの中に入ってきた。
「やぁ、……やめてください!」
恥ずかしくて、ほんとに死にそうだった。
叫ぶ僕を無視して、先輩の手は僕をまるまる包み込んだ。
「お前の…かわいいなあ」
 
「…………!!」
 
―――えええぇ!! ……そ、それって、小さいってことデスか!?
 
僕はまた、傷ついてしまった。
先輩の手に翻弄されて……上下されて、めちゃくちゃ気持ちいいのに……
「ぁ……あぁ……っ」
背中を仰け反らせて、刺激を散らした。
こんな状況に混乱しながら、傷ついた僕が心のどこかで拗ねている。
「やめてください! 僕なんてどうせ……」
泣きながら、イヤがってしまった。
体を捩って、先輩から逃げる。
「なに言ってんだ。こんな可愛いのに」
「……可愛いって、なんですかぁ?」
恨めしく思って、先輩を睨み付けた。
力強い腕は、ちっとも僕を離さない。腰に与えられる刺激は続いて、息も絶え絶えだった。
「あ……あぁ…せんぱ……」
―――ヤバ……いきそうだよ……
「せんぱい……手……離して…」
「……西尾…」
唇を塞がれた。先輩の薄い唇が、僕に押し当てられていた。
「……ん!」
―――ああ、ダメ……もう、イクッ…………
「……んんっぁ…!」
腰を痙攣させて、僕は先輩の掌に吐精してしまっていた。
―――はぁ………気持ち…いい……
朦朧とした頭で、余韻に浸っている体を震わせた。
 
「西尾……」
済まなそうに眉を寄せて、先輩の顔が僕を見る。
―――うわ…近い……
僕の心臓は、またドキドキした。
 
「ごめん」
―――え…?
辛そうな顔…。急に後悔したのかな。でも、僕は……
まだ身体が、火照ってる。
恥ずかしくて、先輩から目を反らせてしまった。 
 
「勢いで、キスしちまった」
―――!! ……そこ!?
思わず、先輩を凝視した。
―――下は、もっと凄いことになってるのに……
先輩は……掌が気持ち悪くないのかな……
 
「男とキスなんて、嫌だったろ?」
―――だから、それ以前……いえ、それ以上ですってばぁ……
僕はこの鈍すぎる先輩に、泣きたくなった。
 
毎朝の生理現象なんかじゃない。
僕は、先輩に勃っちゃってたのに。
 
何も言えないで、見つめ返していると、
「西尾……可愛い」
またそれを、言う。
「……なんですか……それ」
どうせ、小さいですよ。ふんだ。
身体は、そんなに小さいつもりは無い。先輩が大きいんだ。
でも、どうせあっちは先輩のモノに比べたら、僕のモノなんてお子様ですよ!…きっと。
「……え? …あれっ?」
先輩のを意識して、初めて気が付いた。
先輩のも、大きくなってる……。
僕は改めて真っ赤になって、先輩を見つめた。
「だから、あんまり可愛いから…つい、キスしちまって……」
つい、大きくしちゃってるんですか? 先輩……!
「か…可愛いって、小さいってことデスか?」
拘ってる僕は、えいっと、訊いてしまった。あんま繰り返されると、ホント傷付くし。
「小さい? ……うん、小さくて可愛い」
じっと僕を見つめてきて、ギュッと抱き締められた。
 
―――ああ、先輩! ……きっと、言ってること、違います!
 
伝わらない焦れったさに、身悶えしたけれど、この抱き締められてる状況は、とても気持ちが良かった。
 
先輩のスキンシップは、激しすぎて……普段の僕には、ちょっとキツかった。
こんな風に、素直に受け入れられなかったから。
 
―――今、判った…僕の謎の腹痛の、理由。
見つめられるだけでドキドキしてしまう、素敵な先輩。
二人きりでいたら、どこまで先輩の鈍感さに付き合えるか、判らない……。
触ったり撫でられたり、その度に跳ね上がる心臓は、いつか破裂してしまうんじゃないか。
その時、僕はどうなってしまうんだろう。……何を口走ってしまうだろう。
そんな不安から、知らずに緊張して腹痛を起こしていたんだ。
 
―――こんなことまでされたら、…もう、緊張もないよなぁ…… 
 
「…先輩、僕、もう腹痛…大丈夫です」
荒療治みたいだ。今後は、多少のスキンシップでびびったりなんか、しないもん。
そう思ったら、恥ずかしいけど嬉しくて、微笑んでしまった。
「…………」
先輩の目が、細まった。
「僕……毎回遅刻して…済みませんでした」
そうだ――今日だって、心配して迎えに来てくれて……
「……先輩は、どうして怒らないんですか?」
つい、訊いてしまった。
失礼かもしれないけど……あまりに、怒らなさすぎる。
僕の度重なる遅刻は、普通、許されないと思うのに……
 
「――俺が」
身体を起こした先輩の目が曇った。
「俺らが入社した時の先輩ってのが、酷いヤツでね。厳しいだけじゃない。怒鳴っては叱りつけて、俺たちは萎縮するばかりだった」
―――ああ、だから同期の人は……
僕は横たわったまま、じっと先輩の言葉を聞いていた。
「俺は、あんなやり方間違ってると思う。できることも出来なくなっちまう」
「……はい」
素直に頷いた。
「だからさ」
にっこり口の端を大きく上げて、先輩は笑ってくれた。
「俺は、誉めて伸ばすんだ」
「………はいっ!」
僕はもの凄く納得がいって、大きく頷いた。
胸が、熱くなる。
ありがとうございます、先輩。
僕たち、たっぷり伸ばして貰ってます!
 
「ぼく……余計な緊張してました」
 
反省して、小さく呟いた。
―――もっと素直に、先輩と接しよう。
お兄さんと思えば良いんだ。僕から抱きつく勢いで、懐いてしまおう!
そうすれば、先輩に触られたって、……もう平気だ。
ちくりと、どこかが痛い気がしたけど、しょうがないよ。
こんなに僕たちのこと思ってくれてる先輩に、僕もしっかり応えなきゃ。
 
………なのに、先輩ってば!
 
「緊張? 朝勃ちのことか?」
―――え?
「そうだ。今後直行の時は、俺が朝迎えに来てやる」
「…………」
―――なんで?
「俺が、今日みたいに抜いてやる! そしたら、遅刻しないだろ?」
 
―――えええぇぇっっっっっっ!!!!!
 
「や……、それはちょっと……いいですよ! そんなの!!」
お兄さんて、思おうとしてるのに!
「でも、これ以上の遅刻は、さすがになぁ」
―――うん、ボク、もうお腹痛くなんないから、平気です……先輩!
こくこくと、頭を縦に振りながら、僕は忘れていたことに気が付いた。
「先輩! 僕の世話なんかしてると、先輩が大変になっちゃいますよー!」
先輩のそこ、まだ大きいじゃん!
考えてみたら、僕だって、お腹を汚したままだし。下着の中も気持ち悪いし。
毎回、こんな朝を迎えられるわけがない。
 
「西尾……」
 
先輩の、いつにない真剣な声に、僕は上目遣いに見上げた。
「………ハイ?」
「俺はお前の先輩として……お前を傷つけたくない」
「…………」
「――だけど、今回だけ。西尾を利用して……いいか?」
僕の身体が、ビクッと震えてしまった。
「…………」
頭の中で、グルグル回り出す。
―――利用って……リヨウって何だろう?
心臓がドキドキ、頬や身体は、熱くなっていく。
でも、先輩のコトだから……
「目、閉じててくれ。すぐ済ませるから。……音は、カンベンな」
予感は的中だった。
恥ずかしそうに片目を瞑る先輩は、僕を単にオカズにしようと、しているだけだった。
そんな顔でさえ、優しさを感じる。ごめんなって、謝ってる。
「………先輩」
先輩がイヤでなきゃ……僕……
先輩に両手を差し出して、どう言おうか迷った。
そんなこと、先輩はしたくないかもしれない。そこまでは、考えもしてないかも。
……今度こそ、気味悪がられるかも……
――でも、僕はもっと気が付いちゃった。自分の気持ち。
……僕は、きっと……
「センパイが嫌でなきゃ……僕の身体、……直接使ってください」
真っ赤になりながら、とうとう言ってしまった。
 
「………直接?」
 
羞恥と不安に耐えられなくなった僕は、上半身をおこして、先輩に抱きついた。
その胸に、顔を埋める。
引き剥がさないで! ……先輩……
 
「…………」
先輩の腕が、優しく僕の背中に回った。
耳にそっと、囁かれる。
「西尾……キスしていい?」
「…………」
僕は、胸の中で無言で頷いて、顔を上げた。
優しい、柔らかな視線とぶつかる。……僕の目は、涙で視界が歪んでいた。
―――せんぱい……
「………ん」
優しい口づけ。舌が唇を探りながら、入ってきた。
「んん…っ」
ビックリして、呻いてしまった。
実は、キスなんて初めての僕。初体験のぬるっとした感触に、ちょっとショックを受けていた。
なんてか、……生々しすぎる。
口内で蠢く舌に、僕は恐怖した。……ちょっと、軽率過ぎたかな。
「ん………んんっ……」
でも先輩のキスは巧みで、吸い上げられ、絡め取られ、突き放され……僕はどんどん興奮していった。
そのままゆっくり、再びテーブルに背中を着けさせられた。
「西尾……」
―――先輩……
ゾクリとする響く声に、身体を震わせた。
「…はぁ……」
唇が解放され、僕の吐く息は、すっかり熱くなっていた。
先輩の指が、僕のネクタイ、シャツの第一ボタン、第二ボタン…と、次々に外していく。
少しづつ露わになる、僕の肌。その指先を、ドキドキしながら見つめた。
「……ん」
晒された上半身を、熱い唇が、首…鎖骨…胸…と滑り降りていく。
―――ぁ……ぁあっ……
……やっぱ、ちょっと後悔。普段、想像していた感覚の、比じゃない。
胸の中心を舐められたときは、全身が跳ね上がってしまった。
「ぁあっ! いい、……いいですっ、そんなトコ!」
「……俺が、必要なんだ。使って良いって言ったろ? ……この身体」
――――!! ……言ったけど…
「んっ……はぁ……」
胸を指先でいじりながら、唇は下に降りていった。
汚れているお腹を通り越して、下半身に辿り着く。
「――――っ!」
一気に下着とショートパンツを脱がされた。
そして、足をテーブルのフチにかけ、曲げた膝を外側に開かせられた。
―――うわぁ、丸見え!
思わぬ恥ずかしい格好に、後悔がますます募る。
先輩はテーブルの前で床に膝立ちになり、丁度目の前の高さに来る僕のお尻に、顔を埋めた。
「あッ……ぁああ……!」
腰がビクンと跳ね上がった。
さっきまでの柔らかい舌は、硬度を持ち、後ろの中心を舐め回す。
「あっ……センパ……」
嫌と、言いそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。
僕がいいって、言ったんだ。先輩に、哀しい顔はさせられない。
「んっ……」
舌が、ソコを押し開いて入ってきた。ぬめぬめと動く。
腰が震えて、くすぐったいような焦れったいような、変な感覚を訴え出した。
―――あッ……
指……先輩の指だ……。
いつも、僕を悩ました、優しい先輩の指。それが、僕の中に入ってくる。
そう思うと、なんだか興奮してしまった。
「せん……ぱい……」
か細いけど、漏れてしまった僕の悲鳴。
そろりそろりと出入りするそれを、つい締め上げた。
―――あぁ……!
お尻から、背中にかけて、痺れがゾクゾクと駆け上る。
萎えていた前の小さいのが、また血液を集め出していた。
透明な露を、垂らし続けている。
「西尾……ほんと、かわいい……」
そう言いながら、それを全部、口に含んでくれた。
 
―――うぁあッ……あったかい……
 
目眩のような気持ちよさに襲われて、僕はもう、先輩の言葉なんか気にならなくなっていた。
咥内で右に左にと嬲られながら、後ろは指を増やされていく。
突き上げられるたびに、テーブルから腰が浮いた。
「ぁあ……あッ……あぁッ……」
―――どうしよ……気持ち良すぎ……
たぶん僕は、笑ってたんだ。
口を離して上がってきた先輩が、僕を覗き込んだ後、あの素敵な笑顔を見せてくれた。
 
―――先輩……
 
こんな状況でも、胸が痛くなる。……その笑顔に。
「…………」
僕は、火照った顔を先輩に向けて、小さく頷いた。
「………西尾」
指でほぐしてくれたそこに、先輩の熱い滾りが押し当てられた。
僕はやっぱり、ちょっと後悔した。……怖い。
震えた僕の肩を抱き込んで、先輩はこれでもかと言うほど、僕の身体を密着させた。
「んっ、……ぁあ……ぁあぁ……!」
入ってくる。熱い先輩が!
あまりに大きい質量に、息が止まった。
押し開く、擦る、中を掻き分ける。
その全てに、違和感と圧迫感と痛みと……快感が、生まれた。
「ああ……せん…ぱ……おおき……!」
荒くなる息の中で、思わず言ってしまった。
「ニシオ……」
全部を僕の中に埋め込んだ先輩は、ぎゅっと僕を抱き締め直して、熱い息を耳に吐いた。
「んっ……」
またゾクリと、背中に快感が走った。
「……動くぞ」
「………」
肝心なときに、声は出ない。
小さく口だけ開けて、頷いた。
 
――うぁっ……痛っ……
大きすぎる先輩の腰の動きは、挿入というより、ねじ込んでくる感じだった。
 
―――ちょっ……先輩!……ムリッ
―――痛すぎる……!!
 
下から突き上げる、圧迫感。
引き裂かれそうな痛み。
奧歯を噛み締めて、目をぎゅっと瞑りたくなる。
 
……でも、そんな顔はできないから。
「…………」
僕は先輩を見上げながら、微笑んだ。
それはウソじゃない。だって、ほんとに嬉しいんだから。
先輩と僕、繋がってる……
そう思うと、また胸が痛くなった。……だから。
涙が、目の端からぽろぽろと零れてしまった。
 
―――優しい先輩……僕……大好きです。
 
「ぁあ、……ぁあぁ……」
痛いだけじゃない、何かが湧き上がって来た。
「西尾……ごめん……ごめんな……」
先輩が小さく、呟き続ける。
「はぁ…、はぁ…、ぁあ……」
 
―――先輩……謝らないでください……
 
それを聞く方が、僕は辛かった。
「性処理の道具にして、ゴメン」
そう言われているようで…… 
―――でも、たぶん本当にそうだから、……僕の気持ちは、言えない。
拒否されるの、怖い。
僕は、先輩の胸にしがみついて、声を聞かないようにした。
何も考えない。今、この快感だけを感じるんだ。
そう思うと、身体がどんどん熱くなっていった。
 
芯を持ち直した僕のモノを、また掌中にされた。
「ぁあッ……んぁああっ……」
我ながら、イヤんなるほど、甘い声。
「……西尾……西尾っ………」
先輩も、僕を呼んでくれる。ずっと耳元で囁いてくれる。
―――先輩、ぼく、勘違いしちゃいますよ……
熱い刺激が、どんどん腰に集まっていく。
「あっ…せんぱい………」
扱かれて、すぐ限界を迎えた。先輩の首に抱きつく腕に、力を込めた。
「西尾…俺も………イク」
耳元で響く声。下っ腹が疼く。
  
―――センパイ! ……あぁ…せんぱ……イイ…気持ちいい………
 
痺れるような快感が、背中を幾度も這い上がっていく。
 
「……んぁああっ………!」
 
ドクンと、全身が脈を打った。
 
背中を仰け反らせて、先輩が放った全てを、体内で受けとめた。
―――熱い……
荒い呼吸を繰り返す。
先輩の腕の中で、いつまでも僕は小刻みに痙攣していた。
先輩の手は、また僕の白濁で汚れている。
「………」 
それを見て、無性に罪悪感に駆られた。
先輩の欲求と、僕の性欲は違う。
先輩に汚らわしく欲情して、吐き出したものを、何も知らずに受けとめてくれたのかと思うと、哀しくなった。
「……にしお?」
「んっ………」
泣き出した僕から、ゆっくり抜きでると、先輩は僕の顔を上に向けさせた。
「……ごめん、痛かったか?」
心配そうに眉を寄せる。
顎に触れる指が熱い。
―――僕、今まで以上に緊張しちゃうかもしれない……
首を横に振りながら、僕は泣き続けた。
コレ以上ないくらい先輩と密着しちゃえば、あとは怖いモノなんかないと思ったのに。
 
―――擦れ違ってるから、辛いと……気付かされた、だけだった。
 
キリキリと胸が痛む。
  
「……西尾」
「…………」
 
涙目で、先輩を視界に捕らえた。困った顔が、ゆらゆらと歪む。
「俺、お前が……かわいい」
「――――――――」
 
「泣かすつもりは、無かったんだ。ほんと、ごめんな」
「………………」
 
「今の、辛かった?」
「………………」
僕は、無言で首を横に振った。
 
「……よかった」
ぎゅっと背中に手を回して、抱き締められた。
―――先輩……
 
「俺……西尾が困ってんの、助けたい。朝が大変なら、こうやって来てやるから」
「―――――」
 
 
―――やっぱ、先輩ってズレてる。
胸の中で泣きながら、ちょっと可笑しくなった。
 
「……西尾?」
肩を震わせた僕に、また心配そうに声を掛けてくれる。
「先輩……」
 
―――どうしよう
告白してしまいたい衝動に、駆られる。
今なら、優しくキスをやりなおして、また繋がってくれる気がして。
”かわいい”が……”愛しい”に、変わってくれないかな………
そんなこと、願ってしまう。 
 
何も言えなくなった僕を見て、先輩はまた勝手に、自分街道を走り出した。
「恥ずかしいなら、言葉にしなくていいから。……直行の時、俺、必ず来てやる」
――――ん?
 
「いや、いっそここに泊まろうか。いや、それより、俺んとこに来い!」
――――はい……?
 
「そうだ、そうしろ西尾!」
「………!?」
「そうしたら、朝こうやって処理できてお互い困らないだろ? もう、遅刻しなくてすむゾ!」
 
―――すむゾ! って、……そんな素敵な声で~
 
先輩は自分が何を言っているのか、判っているのだろうか。
「先輩……先輩は、イヤじゃないんですか?」
「……なにが?」
「僕と……こんなこと……」
汚してしまった掌が、まだ胸に痛い。
 
「……お前が、かわいいって、言ったろ?」
「………っ」
僕は赤面しながら、上目使いに先輩の顔を、じっと見つめた。
――真っ直ぐな瞳……真剣な顔……
そこからは、照れや躊躇のような恋愛感情を匂わせるモノは、まったく感じられなかった。
 
「だから、心配すんな!」
「……………」
「俺が、お前を立派な営業マンに育ててやる!」
 
ソコは……心配してないですよ、センパイ。
僕は泣きながら、微笑んだ。
困った先輩。
こんなにカッコ良くて、生まれながらの営業マンみたいで。
僕、先輩の下に配属になって、ホント良かったと思ってる。
……でも、この気持ちは、どうしたらいいんだろう。
 
「先輩……」
「ん?」
「田辺や……大森にも?」
ひとつ、どうしても気になることがあって。
僕は、同期の二人の名前を出した。
先輩は僕たち3人に、分け隔て無いスキンシップを取っていた。
田辺の肩に手を置き、大森の頭を撫でていた。
あいつらのことも、抱き締めたんだろうか……。
 
「あ~、いや……流石に、内緒だな」
先輩は、初めて照れたような笑顔を見せた。
「……やっぱ、これはマズイだろ?」
自分を見下ろしてから、悪戯っぽく目を輝かせて、僕の顔を覗き込む。
ほぼ全裸で、テーブルに寝そべる僕。
ズボンを降ろして、下半身を出したまま横に立つ先輩。
その腕は、まだ僕を抱き締めている。
「―――」
僕も、こくりと頷いた。
 
「これも内緒だけど。カワイイと思うの、お前だけだし」
 
――――――!!
ついでの様に何気なく呟いたその言葉に、僕の脳みそは反応した。
「ほんとは、ひいきになるから、こういうコトは……」
まだなんか言ってる言葉は、もう聞こえなかった。
 
―――それなら、いいや!
―――ちょっとは僕、特別なんだ!
 
思わず、先輩の胸にしがみついて、匂いをかいだ。
先輩のスーツの匂い。……大好き。
 
「今日は大幅に遅刻だなあ。でも次回からは、大丈夫だな!」
「………………」
「ちゃんと、泊まりに来いよ! 前の晩にしとけば、当日の朝は大丈夫だろ」
「………………」
「そんな顔すんな。ちゃんとやってやるから」
にっこりと笑ってくれる。
 
―――そんな顔って……どんなカオしてるんだろう? ……僕。
 
嬉しいけど哀しく思いながら、見上げたんだ。
直行出勤の前日は、先輩んちでお泊まり。
愛のない、セックスをしてもらうために――
……僕、そんなの耐えられるかなぁ。 
 
―――うう……しかも、ちゃんとやってやるって……センパイ!
そんな、恥ずかし気もなく~!!
 
今更ながら、真っ赤になってしまった。
 
でも、先輩の”かわいい”が、いつか”愛しい”に変わってくれるまで……
この最高の勘違いを、リヨウしちゃおう。
 
ドキドキして、もう一度見上げたら、見つめ合ってしまった。
何気なく……さっきの続きのように、唇が降りてきた。
 
――――あれ?
 
そういえば、「この身体、使ってください」って、言ったとき、先輩…珍しく勘違いしなかったな……。
 
ともあれ、謎の腹痛は、僕から消えるだろう。 
ぼんやりと考えながら、唇を薄く開いた。
 
新たな謎の、キスを受けるべく……
 
 
 
 
 
 
 
 
-終わり-
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