深夜2時を越えた頃……
 
 目の前の自動ドアも、そうそう開かなくなる。
 寂れた国道沿いの暗闇の中。
 正面に向かい合うこの大型量販店から漏れる灯りと、俺の屋台だけが、煌々と広い駐車場を照らし出していた。
 
 
 ───そろそろ店じまいか。
 
 夕方5時からの、学生狙いの営業時間。
 今日も売り上げは、上々だった。
 クーラーボックスの中の売れ残りをチェックして、ウインドウの中の本数も数える。
 
「お兄さん、皮とカシラ、1本づつ」
 
 ……来た。
 
 顔を上げると、やっぱりアイツだった。
 俺がこの焼鳥屋を引き継いでから、頻繁に来る少年。
 少年…ていうのもヘンだけど。青年てほど、大人じゃない。
 夏真っ盛りのこの季節、俺はタンクトップとジーンズにシャツを羽織っていた。
 食い物屋だから、衛生面には気を付けてる。汗なんか、垂らせないからな。
 
 でもコイツは、袖無しのダボッとしたシャツに、ハーフパンツ。
 無防備なほど剥き出しの長い手足が、闇夜に浮かび上がる。
 白い肌が、その妖しさを増していた。
 
 
 
 
「今日は遅かったな。来ないかと思ったよ」
 言いながら、注文品を焼く。
 いつの間によく見ているんだか、売れ残りの中から選んでくれるのは、助かる。
「ほら、皮とカシラと、レバーはオマケだ!」
 タレにたっぷりと焼き上がった串を絡めて、紙袋に入れて渡した。
 少年はちょっと目を輝かせて、それを受け取る。
 
「お兄さん、毎日よくやるね。……すっかり板についてる」
 悪戯っぽい顔に変わって、クスリと笑う。
 綺麗に切れ上がった目尻と細い眉が妙に涼しげで、小憎たらしい。
 俺もいつものように、その顔を睨み付けてやった。
「やりたくて始めたんじゃ、ねーっての!」
 
 
 そう、俺もついこの間までは、この焼鳥屋の客だった。
 目の前の、コイツみたいに。
 
 
 
 
 
 
 
 
「また来たな、ニイチャン」
「おっちゃん、皮とナンコツ」
「ナンコツなんて、売り切れてらぁ」
「いつもじゃん。ちゃんと仕入れろよ」
「何時だと、思ってんだ!」
 
 そんな会話を、楽しみにして。
 深夜の量販店の前に立つ焼鳥屋に、毎晩ふらふら出向いていた。
 24時間営業の大型ディスカウントショップは、生活用品から裏モノグッズまで、何でも揃っている。
 昼も夜も、学生達でうるさいほどの賑わいだ。
 クレープ、焼鳥、大判焼き…各種の屋台がその店先を、更に彩って。
 
 でも深夜0時を越える頃には、屋台は閉まっていく。
 2時には、最後のこの焼鳥屋も閉まる。
 俺はその頃に来るのが、好きだった。
 余計な客もいない。おっちゃんとダラダラ喋るのがいい。
 
「ニイチャン毎晩来るけど、まだ仕事見つけないのかい」
「おっちゃん、またそれを言う…」
 
 俺は、いわゆるニートだった。
 ちょっと前は、プー太郎と言われていた。
 ほっとけ。
 なんか、やる気になんねーんだから、しょーがねぇじゃねえか。
 大卒した後、どこにも就職が決まらず、バイトもせずに遊んでいた。
「……スネかじれるウチは、いいんだよ」
 それは開き直りじゃなくて、正直な気持ち。
 イザって時が来たら……
 そん時は、やるしかないだろ。
 それまで、待っててくれよ。
 
 
 何が嫌なのか、わかんねぇ。
 なんでやる気がしねぇのかも、わかんねぇ。
 ただ、ダメなんだ……
 
 
 周りのダチが社会に順応していく中で、俺だけは時間が止まったように、そこから動けなかった。
 親になんと言われようと、近所に白い目で見られようと。
 体面だけのために働くよりは、マシだった。
 
 そんな俺は、昼間は寝ていて。夜になると、この暗闇に浮かび上がる屋台に、足を運んだ。
 夜光に惹かれる、蛾のように。
 ひっそりと、夜中も開いてる量販店。
 入り口に向かい合って営業している、焼鳥屋。
 寂れた界隈で、ここだけが眠らない街…というのか。
  店のデッカイ看板のピンクとオレンジ。
 それに焼鳥屋の、黄色いライト。遠目からも、このイルミネーションは幻想的で。
  変に現実離れした空間が、俺は好きだったんだ。
 
 
「ニイチャン、ボサッと見てんなら手伝ってくれよ」
「……うん」
 
 おっちゃんは気のいい人で、俺のことを聞きはするけど、五月蠅く言わない。
 上手いこと俺を手伝わせながらも、店のことを色々教えてくれた。
 おっちゃんと言っても、まだ40代だ。
 テキ屋の割には小綺麗にしていて、服装も屋台の中も、清潔感たっぷりだった。
 それが俺の興味を引く、要因の一つでもあった。
 
「おっちゃん、疲れた顔しないね」
 深夜営業で、立ちっぱなし。
 流れの客相手では、もっと粗野になっても良さそうなもんだけど。
 ひげそり跡まで綺麗な顔に感心して、言ったことがあった。
「おう、これでくたびれてちゃ、しめぇだよ。オレは、このままじゃ終わらないぜ」
 それは、都会のサラリーマンみたいなカオして江戸っ子調なおっちゃんの、よく言う口癖だった。
「意外と面白いね」
 手伝っている内に、楽しくなってきて。
 何でも適当だったこの俺が、バイトまがいに日参するようになっていた。
 
 そんなある日、俺が屋台の中にいる時に、おっちゃんがするりと外に出た。
「ニイチャン、ちょっと用があるから、ここ見ててくれや」
「うん、いいよ」
「帰って来んかったらここ畳んで、明日開けといてや」
「おっちゃん、ソコまで手伝わすなよ~」
 
 呆れて、それだけ返した。
 まさかそのまま、俺がここを続ける事になるとは、夢にも思わず……
 
 
 
 
 
 
「帰ってこなかったんだ、その人」
 面白そうに目を細めて、少年が笑う。
 その他人事の顔を忌々しく睨みながら、俺は憮然と一言。
「次の日来た。チラッとだけな」
 
 冗談だと思っていたら、マジで帰って来ねぇ。
 しょうがなく店を畳んで、次の日もそれを開いた。 
 そこにおっちゃんが来たんだ。見たこともないリッパなスーツを着込んで。
「よッ! オレ、やることできたから、そこ頼むわ」
 そう言って、それっきり。
 おっちゃんは、姿を消した。
  
  
  
「ふふ……それで、後を引き受けてるんだ」
「…………」
 小馬鹿にしたような笑いに、俺の顔は引きつった。
 ───構うな。こんなガキ。
 
 
 
 嘘みたいな本当の話。
 俺とするりと入れ替わって、おっちゃんは消えた。
 
 残されたのは、手伝ってたおかげで身に付いたノウハウ。
 金庫に入っていた一時金。
 ソコに打ち込めば、毎日具材を配達してくれる、専用のターミナル。
 俺は訳が判らず、ただ必死に留守を守っているつもりだった。
 おっちゃんが言ってたセリフを、思い出しながら。
『無理矢理そういう状況にならないと、人ってな、変わらないモンだよなぁ』
『オレも、先輩に押し付けられたんだ』
 
 
 
 そんな言葉は嫌いだけど……”ニート”だと、自分でも思っていた。
 働く気に、なれなくて。
 働かないで済む、環境にあって。
 
 ──なのに、なんで俺……
 必死になって、おっちゃんの後、頑張ってんだ?
 
 毎日通いながら、そう思った。
『辞めてやる!』
『おっちゃんが戻ってきたら、即辞める! ……そうでなくても、辞めてやる!』
 心の何処かで、常にそう叫びつつ。
 
 何の夢があるわけでもない俺は、何をやる気にもならなかった。
 でも……そのままで良いはずがない事くらい、判ってもいた。
 だから、この降って湧いたような「仕事」に戸惑いながら。
 そこに、食らい付いていたんだと思う。
 
 目の前でイチャ付くカップル。
 まだ焼けないのかと、文句ばかり垂れる酔っぱらい。
 気さくに話しかけてくる、会社帰りのサラリーマン。
 
 そんなの相手にしながら、俺はなんか少し楽しかった。
 でも一番気になったのは、実はコイツだった。
 
 留守を頼まれて、あたふた変わりに営業し始めてすぐ、コイツは現れた。
 かつての俺みたいに、深夜2時頃。
 閉店間際にふらっと姿を見せて。
 いきなりその綺麗な顔は、妖しい笑みを零した。
「店主…変わったんだ」
 
「今日はもう、閉店だよ」
 よく漫画にあるセリフを言いながら、その日は追っ払った。
 でも次の日も同じ時間に、コイツは来た。妙な話を、手みやげに。
 
「ねえ、お兄さん。ここの伝説、知ってる?」
「は?」
 
 切れ長の目は、闇夜に妖しく光る。
 屋台の光を映して、銀色に煌めく。
 口の端を両側に引き上げながら、クスクスと笑い出した。
「何だよ? 伝説って」
 俺は気味悪く思いながらも、その神秘的な空気に見とれてしまった。
「ここね、定期的に店主が入れ替わるんだ」
「……で?」
 当たり前だろ。屋台なんてそんなもんだ。
「お兄さん、もう抜けられないよ。次の生け贄が来ない限り、抜けられないよ…」
 
 ───生け贄!?
 
「なんだ? それ…」
 
 問い質そうとした途端、またクスリと口の端で笑って、踵を返した。
 あはは…と笑いながら、闇に消えていった。
 
「…………!?」
 俺はその時は、からかわれたと思っていた。
 困っている俺を、脅しただけだって。
 その後ろ姿が、サラサラとなびく髪が、印象的で……消えて行った暗闇から、しばらく目が離せなかった。
 ───ところが、その後判った事実。
 いつの間にかこの屋台は、俺が主になっていた。
 契約書の名義が、俺になっていたんだ。
 
 
「言ったとおりでしょ?」
 また少年は、閉店間際にふらりと来て笑った。
 
 俺はまた、おっちゃんのあの言葉を、思い出していた。
『オレも、先輩に無理やり押し付けられたんだ』
 そん時は、真の意味なんてわからなかった。
 ───無理やり……?
 この状況と、同じパターンってことか?
 ……生け贄って……
 変にするりと出て行った背中を、思い出す。
 おっちゃんの先輩、おっちゃん……すり替わって……俺……?
「…………」 
 串をひっくり返しながら、ゾッとしてしまった。
 
 
 
 ……それにしたって。
「……お前、何でそんなこと知ってんだよ?」
 生け贄って言葉を、信じた訳じゃないけど。
 何かを知っているようなコイツが、気になった。
 何歳なのか、何してるヤツなのか……
 毎晩、こんな時間にふらりと来れるなんて、イイ身分じゃないか?
 そしてこの、人を食ったような、謎めいた微笑。
 
「……内緒」
 目を細めて、クスクス笑う。
「前回のおじさん、いい人選んだなぁ」
 ウィンドウに顔を寄せて、俺をマジマジと覗き込んできた。
「ぅわ…」
 間近の澄んだ目に、俺は意味もなくドキリとした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんな遣り取りを、するようになって。
 客商売が、ちょっと面白くなって。
 あのおっちゃんみたいに、俺もその少年に話しかけるようになっていたんだ。
「…………」
 オマケで渡したレバーを口に運んでいる、未だ得体の知れないソイツを眺めた。
 小綺麗な顔は、一見冷たいけれど、常に微笑を湛えている。
 軽口を叩いては、小馬鹿にしたように俺を笑う。
 俺も軽く流して、適当にあしらっていた。
 ……今まで自分たちのこと、言わないし聞きもしなかったけど。
 
「高校生だろ? こんな時間に出歩いてて……学校行ってないのか?」
 つい、聞いてしまった。
 俺は大卒だったから、おっちゃんは働いてないのかって笑ったけど。
 コイツは、もっと若い。
 
「高校は、卒業したよ」
 見せたことのない、不機嫌なカオ。
 いきなりムッツリと、口をへの字に曲げた。
「……へえ」
 驚いた。軽く笑うと、思ってたから。
 一瞬眉を寄せた様子が、変に色っぽくて。
 ……こんな憂いを帯びた目を、するんだ……ますます、気になってしまった。
 
「お前、名前は?」
 ゴミを受け取りながら、ウィンドウ越しに、訊いてみた。
「…亜樹」
「アキ? ……変わってんな」
「お兄さんは?」
 小首を傾げながら、髪先を揺らす。……つい、その仕草に見入った。
「…夏雄」
 亜樹は笑い出した。
「ふふ…夏と秋だ。いいコンビだね、ナツオ」
「呼び捨てかよ!」
 呆れたもんだ、翳った瞳はどこへやら。
 例の目を細めた、クスクス含み笑いが変に似合う。
「……なぁ、アキ。こんなとこ、毎晩通ってて、平気なのか?」
 やはり気になって、聞いてしまった。
 何をするでもなく、ふらりと来ては、じっと俺の作業を眺めてる。
 そんな時のカオに、覚えがあって。
 
 銀色に閃く切れ長の目が、不意に冷たい光を帯びた。
「───うるさい…」 
 ひらりと身を翻して、亜樹はいきなり闇に消えてしまった。
 
 ───あ……!
 ………失敗した……!
 速攻そう気付いた時には、もう遅かった。
 
「……亜樹」
 闇の中に、その名を呼んでみる。
 ぼんやりしている時のアイツのカオは、客だった時の俺と、同じ目をしていた。
 見た目は全然違うけど。
 ……なんかどっかが、似てる気がしたんだ。俺たち。
 
 
 次の夜も、亜樹は足音もなく訪れた。
 ───よかった。……来てくれた。
 俺はほっとして、微笑みかけた。
「そうだ。アキ、こっち来て手伝えよ」
 おっちゃんが、俺にそう言ってくれたみたいに。
 見てるだけじゃ、いかにもつまんなそうだ。俺は本当に、あんなカオをしていたんだと思う。
 それに、昨日コイツが何に怒ったか、まだ判らないけど。
 ……もっと色々、喋ってくれないか。
 もっともっと、亜樹のことを知りたいと思った。
 
「……いいの?」
 切れ長の目が、キラリと光った気がした。
「おう、きっちり手伝うならな! バイト料は、売れ残り食い放題!」
 これも、おっちゃんと同じ。
 本当は俺の自腹になるんだけど。まあいいや。
 
 タレの仕込みにも気を遣うけど、実際に大変なのは清掃だ。
 油でベタベタになった調理台や金網を磨き上げるのは、一苦労だった。
 それを任せてみると、意外にも楽しそうにやってくれる。
 そして、一つ気が付いたこと。
 
 ──色っぽいなぁ……
 
 つい思ってしまうそれを、慌てて打ち消した。
 何を、男相手に。
 
 この狭い個室では、ちょっと動けば腕や肩が当たる。
 おっちゃんとは平気でドンケツしながら作業してたけど、亜樹には少し緊張した。
 外に居て、ただの客だったときのコイツは、小生意気で謎めいていた。
 口の端だけ上げて笑う、意味深な表情が妖しくて……。
 掴もうとするとふわりと避けて、闇に溶けてしまいそうな。
 ……危うげな儚さって、言うのか。
 夜の闇が寄越す、小悪魔か…そんな気さえ、していたんだ。
 
 でも、雑巾を片手に一生懸命台を磨く横顔は、目に力があって。
 真っ黒い長めのストレートが油で汚れるのも、気にしないで。首筋に汗まで伝わせている。
 
「………」
 俺が見とれていると、亜樹も気が付いて俺を見た。
「……なに?」
「……いや、楽しそうだなって思って」
 焦り半分、ごまかし半分。
 思わず笑いながら、その額に手を伸ばした。
 髪が張り付いて、邪魔そうだったから。
 
「────!」
 
 パンッ、という音と共に、軽い衝撃。
 手を払われていた。
「……おい?」
 驚いて顔を覗き込むと、さっきまでとは打って変わった不機嫌な顔。
「……………」
 急にムッツリと黙り込んで、俺をじっと睨み付けてきた。
 元々白い顔が、青白くなるほど冷めている。
「…どうしたんだよ?」
 訳がわからず、俺は顔を寄せた。嫌われたくなかったんだ。
 まだ俺は、コイツの何を知っている訳じゃない。
 気まぐれに「もういい」と踵を返して、この間みたいに背中を見せて。
 それっきり来なくなってしまうのが、怖かった。
 
 
「───んっ!」
 
 急に、噛み付くようなキス。
 俺は屋台の隅で、床に押し倒されていた。
 俺より一回り小柄で、どう見ても華奢で……
 でも、壊れてしまいそうな細さに、かえって抵抗出来なかった。
「……ん、アキ…」
 舌が入ってきて、濃厚なキスに変わる。
「……やだ?」
 キスの合間に、呟いて俺を見る。
 上気した頬に、潤んだ瞳。
 いつもの余裕たっぷりな目とは、まるで違った。
「ヤダ……って……ん」
 そういう問題じゃ、ないだろ!
 亜樹の手が、俺のタンクトップの下に滑り込んできた。
 汗でべとべとな胸を、指が撫で上げる。
 ……おい、マジかよ!?
 
 ビクンと反応してしまった自分にも、驚いた。
 細い親指が、俺の乳首をちょこちょこ触る。
「やめ…こら!」
 キスを振り解いて身体も突き放すと、更に上気したカオ…。
 目の色は見たこともないくらい輝いて、揺らめいていた。
「ナツオ……こんなに、なってるクセに」
 膝の間に割って入っていた亜樹は、ふふ…と笑って、俺の股間に手を伸ばした。
「───!」
 不覚にも、ソコは微妙に反応していた。
 コイツのキスが、イヤらしくて……
 
「舐めていい?」
 言うが早いか、ジーンズの前を開けてしまった。
 いきなり手を突っ込まれて、今度は体中に電気が走った。
「いい? …じゃ、ねーだろ!!」
 身悶えて、手を払おうとしたけれど、なんせ狭い。
 1畳分くらいしか、床面積は無いんだ。
 
 その隅で、角に背中を押し付けるように押し倒されていて、脚の間に身体をねじ込んでくる。
「アキ…やめろ…」
 俺のを咥えようと近づけてきた頭を押し返して、低い声で言った。
「……僕が、嫌い?」
 顔を上げた亜樹は、乱れた前髪の隙間から、俺を見た。
 ……また、睨み付けてくる。
 声だけ聞いたら、泣きそうかと思ったのに。
 
「……アキは?」
 低い声のまま、反対に訊き返した。
「………」
「なんで、こんなコトすんだよ?」
 
 
 俺は、意識していたから。
 ドキドキしてしまう自分を、持て余してたのに。
 ……いきなりこれは、無いだろ。
 嫌われたくないと思った心を、逆手に取られた気がした。
 
 
 
「……好き」
 
 
 
 ───え…
 
 
 
「夏雄が、好き」
 
 
 繰り返すその顔は、目は怒ったまま…頬が紅く染まっていた。
 
「……夏雄は?」
 
 押し返すのをやめた顔を近づけてきて、俺の目を覗き込む。
 この涼しげな切れ長の目に、やられたんだ。
 ポーカーフェイスのはずの細い眉が、悩ましげに寄っている。
 俺の顔も、紅くなっているだろう…
 
「……俺も……」
 
 自覚してなかった気持ちに、身分を与えてやった。
 持て余していた、浮ついたドキドキを……言葉に……
 
「……亜樹が……好きだ」
 
 一生懸命のカオを見せるようになって、俺は嬉しかった。
 言葉では何も言わないけれど、内面を見せてくれた気がして。
 俺に気を許したコイツが、可愛かった。
 
「……うそ。全然その気ナシって顔で、僕のこと子供扱いだった」
「……子供、扱い?」
「進路の心配したり…アタマ触ったり。そんなの、親だけで充分だ」
 時々見せる怒った顔。その眼で、睨み付けてきた。
 
 ……ああ、そういうことか
 
 やっと理解できた、コイツの不機嫌スイッチ。
 そんで、思う……やっぱり似ている。
 俺は益々、亜樹が愛しくなった。 
「ごめんな、──アキは…自分でちゃんと、考えている途中なんだよな」
「………」
 眉を吊り上げたまま、ちょっと驚いたように、頬を赤くした。
 
 ちゃんと考えてる…答えが出せないなりに、悩んでいるんだ。
 なのに、先回りして心配して、周りが勝手に世話を灼こうとする。それが疎ましくて…。
 だから却って、何も言えなくなってしまうんだ。
 
 そんな俺たちを大人達は、甲斐性がないと言って嘆く。
 ”待ってくれよ……”
 いつも俺は、そう思っていたんだ。
 
 
「じゃあ、いいよね」
 嬉しそうに微笑んだ亜樹の目が、キラリと光った。
「え……ちょッ…!」
 下半身に、さっきの感触。
 生で指が触れてきた。熱い唇に包まれる。
「やめ…そんなこと!」
 学生時代は、彼女がいたことがあった。
 でもあんまりセックスは好きじゃなく、フェラしてもらったこともなかった。
 
「……ぅあ」
 未知の快感が、腰を突きあげてきた。
 舌が生き物のように、俺に絡む。
「はっ……あぁ…」
 動転して天井を見上げると、傘だけ付けた裸電球。
 磨き途中の小さなウィンドウケース。その向こうには、真っ暗闇。
 正面に向かい合う店は、閉店しないんだ。
 客がいつ、ここを覗くか判らないのに……
 
「ん……んっ、アキ…やば……」
 
 イキそうになって、揺れる頭を押さえた。
 クチュクチュと卑猥な音を立てて、動きを止めない。
「あっ……やめろ……んぁああッ!」
 
 情け無い声を抑えられずに、俺は亜樹の口に吐精してしまった。
「……夏雄、可愛い」
 ぺろりと舌を出して、紅い唇を舐め上げると、いつもの調子で妖しく笑った。
 
「か…可愛いって!」
 それは俺が、コイツに思ったことだ。俺が言われる言葉じゃ、ないだろ!
 ……つか、飲んだのか!?
 驚いてばかりの俺に、更なる行動を仕掛けてきた。
「!?」
 後ろに指を突っ込まれて、慌てた。
 吐精の残滓を掬い取っては、ソコに擦りつけてくる。
「ぅあ…何やって…」
 引き剥がそうとした身体を、体重を掛けて抱き込まれた。キスで言葉を塞がれる。
「ん……!!」
 中で指を掻き回されて、ぞわっと腰が震えた。
 ……くそっ!
 舌の動きが巧みで、指と連動して俺を翻弄する。
 
「あっ!」
「し……」
 一瞬身体が離れて、腰を持ち上げられた。
 不意に叫んだ声も、また唇で塞がれた。
 同時に俺の中に、指じゃないモノが入ってきた……
 
 ───熱い……!
 
「ん……んんッ……!!」
 上と下の口を犯されながら、俺は喘ぐしかなかった。
 指とは比べモノにならない熱い塊が、俺の中に収まって──そして、ゆっくりと出入りを始めた。どんどん速くなっていく。
「ん…んッ…」
 屋台の内壁に追いつめられて、俺は腰を激しく打ち続けられた。
 亜樹の外見に見合っているそれは、たぶんそんなにデカくはない。でも、ソレで内蔵を掠られると、有り得ない感覚が腹の中に生まれた。
「あ…あぁっ……アキ…」
「はぁ……ナツオ…」
 耳元で囁かれて、ゾクリとした。
「んっ…締まった」
 クスリと笑って、目を細める。
 その額には、さっきとは違う汗を掻いていて。こんな状況でも、目を奪われた。
「アキ……色っぽ…」
「ナツオは、可愛い…」
 
 ……くそ…
 
 悔しいけど、逆らえない。
 それ以上は喘ぎ声しか許されず、また反り返ってしまったモノを、掌中にされた。
「ナツオ……イッて……僕もイク」
「あ……はぁ……、イク……アキ……イク、いく!!」
 2度目の白濁を、自分の胸まで飛び散らせた。
「うっ……」
 亜樹の熱を、腹の奧に感じた。
「はぁ……夏雄……気持ちいい」 
 余韻を楽しむように、数回腰を動かしてから、俺から抜け出た。
 
「…………はぁ……」 
 
 
 ─── なんてこと、しちまったんだ……
 
 
 放心してる俺の腹を、亜樹が舐め始めた。
「う、…うわ!?」 
 さっきもそうだけど、そんなの舐めるなよ!
 
「……イヤじゃないクセに」
 上目遣いに、瞳を妖しく煌めかせて笑った。
「──────!」
「僕なんて、跳ね返せるはずなのに」
 腰に跨ったまま俺の手首を掴むと、二の腕まで撫で上げた。
「こんな筋肉の付いた腕、僕よりよっぽど力、あるよね」
「…………」
 この屋台を引き継いでから、嫌でも体力が付いた。
 完全な肉体労働だったからだ。
 
 
「─────」
 撫でるに任せながら、俺は亜樹を見つめた。
「……なに?」
 また怒ったような目。
 ……俺は、この視線の意味が、判らなくて……
「もし抗って、怒らせてしまったら………ぷいっと帰って、それっきりお前が来なかったら……」
 そんなことで、コイツが俺の前から姿を消してしまうなんて。
「それが、怖かったんだ。……嫌われるのも」
 
 次にどう出るか判らない、亜樹……俺に何かしてくれるのが、嬉しかった。
 ──こんな、恥ずかしい事でも。
「ちょっと……いや、かなり抵抗はあったけど」
 いつもみたいに、睨み付けてやった。
 また余裕な笑顔で、何か言うと思ったんだ。
 
 
「僕……そんなふうに見える?」
 ……え? 
 
 泣きそうに翳った顔。
 ……焦った。
 この間と、まるっきり同じじゃないか!
 今度は逃げてしまわないように、俺もとっさに亜樹の腕を掴んだ。
「………ッ!」
 一瞬抗った後、腹に跨ったまま、じっと俺を見下ろしてきた。
 
「何か言う度に逃げられたら、お前を理解出来ないだろ?」
 必死にその眼を、見つめ返した。
「俺、本当に嫌われたくなかった。アキがどんなヤツか、イマイチ判らなくて……”好き”の一言だけじゃ、まだ心配で」
「……………」
「こんなスゲー恥ずかしいこと、平気なわけ無いっつーの!……でも、繋ぎ止めておきたかった。抵抗したら、お前どうした?」
 ガラにもなく赤面した俺に、亜樹も頬を赤らめる。
 捕まえている腕は、俺を襲ったとは思えないほど、震えていた。
「……………」
 奥歯を噛み締めるように、唇をきゅっと結んだ。
 ……そんな顔も愛しくて。そっと腕を放した。
 
「……逃げて、ゴメン」
「………」 
 
 
「僕が何考えてるか、判らないって……親によく言われる」
「…………」
「この先どうするんだって、訊かれても……何も答えられなくて」
「─────」
「気まぐれだとか…不安定だとか」
「……ああ、なんか言いたいんだよな、大人ってのは」
「……うん、それが嫌だ」
「………まあ、それが親の仕事かもしんないけど」
 
 
「……そっか」
 小さく頷くと、俺の胸に頬を乗せた。
「僕ね…何もかも、つまんなかった」
 胸に熱い息を当てながら、喋る。俺の体内に、その声が響いた。
 前髪の隙間で長い睫が、時々上下する。
 白い顔にさっきの名残か、火照った頬が色っぽい……。この期に及んで、鼓動が早くなった。
 
「昔っから、時々来てたんだ。……ここ」
「……へえ」
「ネオンが綺麗だから。この灯りを見てると、落ち着いた」
「…………」
 目を細めて、意味深に微笑むだけだった亜樹。
 謎めいた言葉で、俺の気を惹いて……それでも、心は空っぽだった。
 何かを欲しがって、この屋台に毎晩来ていたんだ。
「……俺と、同じだ」
 ふふ…と、亜樹がくすぐったい息を漏らした。
「伝説…って言ったでしょ。……あれはホント」
「ほんとって…?」
 不可解な契約の引き継ぎ。コイツの言い回し。無視出来ない何かが、確かにあった。
 
「……呼び寄せるんだよ、この屋台は」
 顔を起こした亜樹の目が、始めて見た時のように、銀色に揺らめいた。
 綺麗な切れ長の両端が、ますます吊り上がる。
 
「……………」
「無気力な人…希望のない人…渇いた心が、ネオンに引き寄せられる」
「……ああ」
「入れ替わったら、次の”店番”が見つかるまで、そこから出られない」
「……どうしたら、出れるんだ?」
「次の生け贄を見つける…イコール、卒業」
 ……卒業?
「前のおじさんは、なんて言ってた? 最後はどんな顔してた?」
 
 ───あ
 
『オレは、こんなトコじゃ終わらねぇ』
 そう、目を輝かせて……あんなスーツ来て。たぶん、違う仕事を見つけたんだ。
 ────そうか。
 
「僕…久しぶりに来て、夏雄を見つけて……見てるうちに、ドキドキした」
「なんで?」
 顔を覗き込んで、聞いてみた。
「俺なんて……」
 つまんねぇ、プー太郎。
 俺こそ、何もかもつまらなくて、世の中に拗ねていた。
「うん、僕と同じ目をしてた」
 またクスリと笑うと、唇を近づけてきた。
「その目がね、生き生きと輝いていって。僕、見惚れた」
 ……ああ、仕事が楽しくなって行ったんだ。
「ここの店主が変わる度、その目を見て来たんだけど」
「…………」
「でも、夏雄の目は誰よりもカッコよかった」
「んっ」
 激しいディープキス。
 
「はぁ……んな形容詞…初めてだ」
「ふふ……見る目の無い人たちに、乾杯」
 
 盛る犬のように、また身体を舐め出したから、俺は慌てた。
「きょ…今日はもう、終わりだ!」
 また突っ込まれたら、堪ったモンじゃない。
 真っ赤になった俺を見下ろして、亜樹は悪戯っぽく微笑んだ。
「ねぇ……さっき、反発されたら、どうしたと思う?」
「…え?」
「縛り上げて、無理やりやった」
「───!」 
 謎だった少年は、あそこでぷいっと帰ってしまう……なんてキャラでは無かった。
 
 
 
「おい…アキ、やめろって」
 客が外に並んでるっていうのに。
「……じゃあ、お預け」
 散々触られて、膨れてしまったオレの股間。
 激しいディープキスに、意識は朦朧。
「……はぁ…」
 ──── くっそー!!
 最初が肝心だった。きっとそうだ。
 主導権を握られた俺は、アキに翻弄されっぱなしで……
 
 
「へい、開店だよー!! らっしゃいっせーッ!!」
 それでも、俺は今日も笑顔で店を開ける。
「えーと、はい皮と軟骨と………あざーっ、また来てね!」
 
 
「よく我慢したよね、夏雄」
 閉店後。裸電球を消した屋台の床で、俺はマッパにされていた。
 開店前にフェラを途中でやめて、その後は何食わぬ顔で手伝っていた亜樹。
 閉店したとたん、襲ってきた。
「お預けしてたから、すぐしたいでしょ?」
「したいのは、おまえだろ!」
「ふふ…僕のこと、判ってくれて嬉しい」
 口では強がるけど抵抗しない俺に、アキは子犬みたいにじゃれついてくる。
 それは実際、俺も嬉しかった。
 でも……やることは狼だ。
「あ……」
 まだ覚悟もない俺の中に、入ってくる。
「夏雄……」
 綺麗な顔を、火照らせて……
「ん……アキ……」
 
 誰かに覗かれても、バレやしない。
 そんな真っ暗な床の上で、俺たちは抱き合った。
 
 
 
 
 
 つまんねぇ。
 そう思っていた。何もかもが。
 
 
 何にもやる気が起きなくて。
 自分のためにすら、動く気になれなかった。
 何かが足りなかった。俺の中で。 
 
「やっと、わかった。……俺の”やる気”」
 足りないモノ、見つけた。
「お前だ…亜樹」
 嬉しそうに、俺の上で綺麗な顔が綻ぶ。
 コイツが来ると思うと、ここに通う気になった。
 毎日会えると思うと、朝起きるのが楽しくなった。
 
 何を置いても、大事なモノ。
 それのために、人生を賭ける。
 そんな単純なことが、俺には判らなかった。
 誰も本気で愛したことなど、無かったから。
 
 自分のためじゃなく、大事な亜樹のために……俺は、働く。
 
 
 
 
 そして俺は、するりと屋台を出て、亜樹に微笑んだ。
「続きは、頼んだぞ!」
 
 
 
 
 
 
 ───不思議な屋台。
 深夜のネオンの焼鳥屋。
 
 その輝きに、何かを期待して引き寄せられる……心の渇いた人間達。
 幸運にも引き込まれたら、……きっと生き甲斐を見つけることができるんだ。
 そして、次の”生け贄”を待ち続ける。
 
 俺はあの時のおっちゃんみたいに、今まで着たこともなかったスーツに身を包んで、亜樹の前に立った。
 
「早く卒業して、出てこい。待ってるから」
 亜樹の側で、閉店作業を眺める。
 
 ひっそりとした屋台と、開かない自動ドア。
 ピンクとオレンジのネオンは、今日も深夜の駐車場を照らし出す。
 
 
 
 
 -終わり-  web拍手


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