そいつは、いきなりオレの前に現れた。
 目をキラキラと輝かせた子供達に交じって、屋台の列に並んで。
「大人も、アリだろ?」
 不敵に笑って構えたポーズは、冗談じゃねえ………屋台射的のプロだった。
 ─── そんなもん、ねぇけど。
「なんだ、口ほどにもねぇな、オッサン」
 一発目を外したから、オレは笑ってやった。
 会社帰りのような半袖のスーツシャツを、肩まで捲り上げておいて。
 格好ばっかかよ!
 
 でもその時点で、オレは地獄に堕ちていたんだ。
 それは輪ゴム銃の弾道を見るための、”捨て撃ち”だったのだ。
 
 
 
 
 
 本当は、もっとデッカイ方の祭りに、出店したかった。
 毎年賑わう、このエリアじゃかなり有名な、夏祭りだ。
 でも、オレみたいな大卒したばかりの若造が、入り込める余地もなく。
 地元町内会の盆踊り大会に、夜店を出していた。
 まあ、それでも町内中が集まる。
 立ち並ぶ屋台は、この一夏で稼ぎ倒すとばかりに客寄せをし、呼び込み合いの喧噪を繰り広げた。
 焼きそばだイカ焼きだと、そこら中に叫び声と匂いが飛び交っている。
 オレんトコも、並ぶガキ共は見知った顔ばかり。
「セージ兄ちゃん、倒しやすくして!」
「今のなし! もう一回!」
「ダメダメ! おら、後ろに並び直せよ! 4回目からは100円でいいからな!」
 わがままに叫ぶ声を適当にあしらって、小銭を缶に放り込んでいた。
 
 オレもかつてはこんなカオして、一生懸命ゴム弾を飛ばした。
 夏祭りは一年の中で、無くてはならないイベントだった。
 金魚すくいや、かき氷、ヒーローのお面。
 提灯の明かりで浮かび上がる夢のような祭り行事の中で、一番ときめいたのが、コレ……”射的”だった。
 簡易パチンコみたいなラッキーで、スモモ飴を2個貰えたって、それは違う。
 実力で商品を手に入れる。オレが欲しいと思って、それを狙って倒す。
 ──手に入れたときの重みは、他人にとってどんなちっぽけなモノでも、手の平に確かな物として収まった。
『やったな、坊主!』
 悔しそうに、でも何処か楽しそうに、テキ屋のおっちゃんは言ってくれるんだ。
 それを聞くのも、嬉しくて。
 毎年のそれが、オレの宝物になった。
 大人になったら、屋台をやりたい……オレのガキの頃からの夢となった。
 それが叶って、今回が二年目の出店だったんだ。
 そこに、コイツは現れた。
 
 
 構えも鮮やかなら、飛ばすゴムの威力も見事だった。
 同じ銃を使っていて、何故こうまで違う……?
 変な汗が額に流れて、オレは長い前髪を掻き上げた。額のハチマキも締め直す。
「…………」
 見ているとゴムを引っかける前によく伸ばして、輪のねじれを無くしている。
 ビシッと小気味良い音を立てて、小さなキャラメルBOXが倒れた。
「あ~、あれボクが狙ってたのにぃ!」
 後ろに並ぶ子供が、悲痛な叫びを上げる。
 それを尻目に、容赦なく一段目の左側から、丁寧に一つずつ倒していく。
 
 ……おいおい、ちょっと待てよ。
 
 オレは焦った。
 ちゃちなオモチャや菓子の類ばかりを並べた、階段状の3段の棚。
 一番手前の下段から射的台まで、距離にして2メートル。
 一回200円につき、ゴムは5本。
 輪ゴムを引き伸ばして木製の猟銃に引っかけ、トリガーを引くと飛ぶって仕組みだ。
 二回も当てられりゃラッキーと、子供達ははしゃぐ。
 商品ははっきり言って、最後には全部取られても良かった。
 余ったって、しょうがないしな。
 
「おい、オッサン!!」
 
 オレは慌てて最後の構えを、降ろさせた。
「そりゃ無いだろ!」
「なんでだ?」
  何でもクソもあるか! 3回も並び直しやがって!
「大人がダメとは、言わないけどなぁ……根こそぎ、倒す気かよ?」
「おう」
「………!!」
  平然と答えるその顔を、呆れて眺めた。
  短髪、顎髭、太い眉。
  鼻筋の通った顔は、オレとは正反対に堀が深いクッキリ二重で。
  そのくせ見開かないような……要するに、三白眼てやつだな。性格悪そうだぜ。
  その眼がオレを、じろりと睨んだ。
「言っておくが、俺はまだ30前だ!」
  その凄みにちょっと怯んでしまったが、オレだって負けない。
「オレよか上なら、オッサンだろ!」 
  四捨五入したら二十歳のオレは、そんな言い方、絶対しねぇ。
 
 
 ─── なんにしたって……
 もう既に、13個の商品が倒されている。
 その倒しっぷりは、まじでアッパレだった。
 棚板はほんの少しだけ、前のめりに作ってある。後ろに倒れ難いようにだ。(バレやしねえ)
 しかしそれを見抜いたかのように、斜めに狙ってくる。
 ターゲットの右肩部分を、左斜め下から。
 ルールとして、射的台はあるけど、そこに身体を固定しちゃいけない。
 その台ギリギリまで長身をハデに屈めて、撃ってきやがる。
 狙われた玩具は、見事にバランスを崩して倒れていった。
 ───なんだ? コイツ……!
 洒落にならない焦りを感じて、オレは叫んでいた。
 
「コ……コレを、倒せるか!?」
 
 二段目の真ん中を指さして、挑発した。
 ヤツの暴走を、止めたかった。
「コレが無理なら、もう手を引け!」
 他より大きめの玩具箱。中身が下の方に溜まってるから、倒れにくい。
 
「ちょろい」
 男は笑って、受けた。
 片目を瞑って構える姿は、本当にサマになっている。
 捲り上げたシャツからは、筋肉で盛り上がった腕が生えていた。
 ヤツはふざけたことに唇を尖らせて、口笛を吹きながらトリガーを引いた。
「あ!」
 叫んだ時には、もう箱が揺れていた。
 カタンという空しい音は、子供たちの叫び声に掻き消された。
「おっちゃん、すげー!!」
「あれ、ちょうだい~!」
「おう、いいぞ」
 
 ─── ま……待て、待て、待てーッ!
 
「そりゃないっつーの! 根こそぎ取っていってバラ撒くなよ!」
 オレはさっきより、あわくって叫んだ。
 商売上がったりも、いいとこだ!
 なんだってこんなショボイ夜店で、商品狩りなんかしてんだよ、コイツ!
「取ったモノをどうしようが、俺の勝手だ」
「────!!」
 非常識な三白眼男は、平然と言ってから、ニヤリと笑いやがった。
 ………マジで……なんだ、コイツ?
 得体の知れない台風乱入で、体中冷や汗だ。町名入りのはっぴが、背中にべったりと張り付いていた。
「── も……もう一回、勝負だ!」
 オレは奥の手2つ目(ってか、最終兵器)を、指さした。
 
「コレ倒したら、認めてやる!」
 
 それは、一回ゴムで叩いた位じゃ倒れやしねぇ。
 なんつったって足元に重心がある、デカめのロボットだった。
 当然、他より値段も高い。
 みんなが欲しがって何発も撃つから、多少高くても元手は取れるって勝算なんだ。
「倒せるモンなら、倒してみな!」
 一番奥まった3段目の、中央に置いてある。ここが一番倒れにくいからな。
 男はそれをチラリと見て、笑った。
「足の裏にマグネットが付いてんじゃ、ねーだろうな?」
「……付いてる! でも台は金属じゃないぜ!」
 見抜かれていることに、気恥ずかしさを覚えながら、オレは棚板を叩いた。
 
 
 男は一回200円のコインを缶に投げ入れて、片目を瞑った。
「失敗したら、今までの全部、返品してやるよ」
「!!」
「その変わり倒せたら、並び直すのを止めるなよ」
「………あ、…ああ!」
 
 金は払うと言っている。
 違法なことは、してないんだ。返品するとも言ってる!
 オレは、頷くしかなかった。
 仕掛けたつもりが、仕掛けられていたのに。
 
 一発目のゴム弾が飛んで、ロボットの右肩に当たった。でも、倒れない。
 ………よっしゃ!
 オレは心の中で、ほくそ笑んだ。
 
 二発目も当たったけど、倒れやしない。
「ふふん!」
 冷ややかな目で、男を見てやった。
「…………」
 ヤツは3回目を構えながら、視線だけチラリとこっちに向けた。
 その眼が、細められた気がした。
 
 ─── 笑った?
 
 三発目も、空しくロボットに弾かれた。
 でもオレはその時、気付いたんだ。
 3回とも確実に、右肩に当てている。
 そのせいで少しずつ押されて、立ち位置が右斜め後ろに傾いていた。
 ………マジかよ!
 4発目で、全体が一瞬真後ろに傾いて、何とか持ち直した。
 5発目は、その揺れを逃がさなかった。
 ガジャン! と、重たげな音を立てて、オレの最後の砦は無惨にもひっくり返った。
 
「ボクに、ちょうだい!!」
「おっちゃん、今度はあれ倒して!」
 子供達の、歓声があがる。
 その後ろの親たちまで、手を叩いていた。
 
「……………!!!!!」
 声も出せずに撃沈したロボットを眺めていると、男が叫んできた。
「おう、次誰もいないから、また俺だ」
 弾を寄越せと、手を突き出している。
 ………並び直すって……冗談だと思っていた。
 まさかこんな子供だましの商品、全部持って行くなんて。
 
 祭りは、やっと中盤を迎えた頃だった。
 広場をぐるりと囲んだ屋台の中央には、2段に組んだ櫓があって。
 上段では、フンドシ姿の厳ついオヤジが、はっぴを捲り上げて太鼓を叩いている。
 下の段には商工会のご婦人方が、揃いの着物で、盆踊りの見本を。
 その櫓の周りに客達が、さらに大きな輪を作って踊っている。
 祭囃子とアニメ音頭は、子供達まで延々踊らせていた。
 
 そんな盛り上がっている最中に、オレの屋台は今や、スッカラカンになろうとしている。
 この男が来てからは、200円を数回投げ入れられただけだ。
 商品棚の上に残るは、たったの5個となってしまった。
「おじちゃん、がんばれ~!」
 集ってくるガキ共が、面白がって口々に声援を送り出した。
 
 それに愛想を振りまくでもなく、薄ら笑いにオレをじっと見て来やがる。
 真っ黒い短髪は、提灯や裸電球に照らされて、茶髪にも見える。
 そこらのオッサンリーマンて言うには、タチが悪すぎる憎たらしいカオ。顎髭なんか生やしてるから、余計だ。
「…………」
 余りに悔しくて、納得がいかなくて、オレも睨み返しながら最後のゴム弾を、無言で渡した。
「もう、賭けるモノが無ぇな? ……このまま根こそぎだな」
 またまた不敵に笑うソイツに、マジで腹が立った。
「アンタ、何のつもりか知らないが、明日は来んなよ!」
 祭りは3日間あるんだ。初日がこれじゃ、明日が思いやられる。
「お前を、賭けないか?」
「………は?」
 一瞬、聞き取れなかった。
 声を潜めて、囁いたからだ。
「最後の5個を一つでも失敗したら、全額弁償してやる」
「…………」
「その代わり全部倒したら、お前を頂く。……どうだ?」
 
 ………やっぱ、聞き取れねぇ。つか、意味がわかんねぇ。
 
 オレは両手で前髪を掻き上げながら、頭を押さえた。
「どういう……」
「賭けるか賭けないかって、訊いてんだ! 商品取り戻したくねぇのか?」
 イラッとしたように、捲し立てる。
 三白眼がギラつくように光って、怖ろしすぎる。
「そりゃ、取り戻したいけど……!」
 混乱したオレに、ヤツは畳みかけてきた。
「男の約束だ! 俺が負けたら全商品分、弁償するぜ!」
 ”返品”じゃないのは、大半を子供達に配ってしまったからだ。
 そうまで言われて、オレも引き下がれなくなった。
 なんたって、残りは4羽カラス(オレ判断)だ。
 大ボス中ボスは倒されたけど、小ボスとその取り巻き軍団だって、ちょいとした強敵だった。必ず一発で仕留めていくのは、難しいはず。
「……よし、受けて立ってやる!」
 最後の賭品がオレってのが、イマイチ不安だけど。
 自分の合法ギリギリの小細工を、信じた。
 低い重心。前のめりの棚。照準を合わせにくいように、商品の手前…それも低い位置に裸電球。
 我ながら、あざとい。
 腹の底で笑いながら、見つめた。
 
 ……ん? ナニやってんだ。
 
 ヤツは台の前で構えたまま、右に左に動き出した。
 そして一発!
 見事に靴を履いたネズミが、デッカい耳の端を撃たれて倒れた。
「………」
 唖然としているオレを、ニヤリと一瞥して、一言。
「お前に、近づいた」
「…………!」
 悪寒が走った。さっきから、何を言ってるんだ?
 
 二発目。
 30周年とかで再ブレイクのモビルスーツが、頭の角を撃たれて吹っ飛んだ。
 これの重心は実は上の方にあるが、本体が重いから、正面から当てたって倒れるモンじゃなかった。
 ………さっきの謎の動きが判った。
 台の傾斜を、確認していたんだ!
 前倒しは故意だけど、不覚にもすこし右側が上がってしまっていた。
 広場は平に見えるけれど、いざ台を設置してみると、案外でこぼこしているんだ。室内で作ってきた自作の棚を、当日現地で直しきれるモンじゃなかった。
 その微妙な傾きを見切って、有効ポイントを狙い撃ったんだ。
 
「次で、お前を手に入れる」
 4羽ガラスの取り巻き達を、物ともしないで倒してしまい…
 妖しく笑うその顔は、最後のゴムを引っかけながら、余裕たっぷりだった。
「…………」
 真っ白になったオレは、無意識に神頼みをしていた。
 
 ───持ち堪えてくれ、悪知恵の結晶よ!
 
 
 
「……ああ!」
 
 情け無いオレの悲鳴は、小ボスの倒れる音と子供達の歓喜に、掻き消された。
 狙ったピンポイントは、人形が突き出している手をすり抜けて、背負っている剣の柄を弾いていた。
 
「おっちゃん、スッゲー!」
「教えて、教えて!!」
 やめてくれ。そこら中で拍手だ!
 
 オレはガクンと項垂れて、オレの子分だったオモチャ達を、ヤツに突き付けた。
「ほらよ」
 ちゃんと受け取らないから、射的台の上でガシャガシャと音を立てた。
「………!」
 もう知るか。拾ってやるのも、顔を見るのも腹立たしい。
 ぷいと横を向いて、台にくくりつけておいた小銭缶を手に取った。
 ── チクショー……今日の見込みの、半分もいかなかったな。
 中身をかき集めて、その軽さにますますガックリした。
「何をしている?」
 その原因が、戦利品に目もくれないで、無粋なことを訊いてきた。
「……店、畳むんだよ!」
 バカかコイツは! 商品が終わっちゃ、店終いじゃねぇか!
「んなこと、後でヤレよ」
「……え?」
「賭けに勝ったんだ。お前は、俺のモノだ」
 オレの手を掴むと、ソイツは強引に引っ張った。
「う…うわっ」
 台沿いに横に引きずられた。端から外に連れ出すと、そのまま引っ張っていく。
「ちょ……、離せよ!」
 やっぱコイツは背が高い。オレだってかなりあるのに、力もまるっきり歯が立たなかった。
 それでも抗うオレに、男は鋭く睨み付けてきた。
「嫌がる権利は、無ぇよな?」
「………権利って…!」
「勝ったら頂くって、言ったろ」
「…………!!」
 ニヤリとする不穏な笑みに、背筋がゾクリとした。
 そのままごちゃごちゃした人混みや盆踊りの輪をすり抜けて、中心の櫓に近づいていく。
「や……離せって…」
 まさかと思ったけど、幔幕を捲り上げて、櫓の骨組みの中に押し込まれた。
「ちょ……こんなトコ入ったら、注意されるって!」
 危険だから、侵入禁止になっているんだ。それでもガキ共は面白がって入り込む。オレも子供の頃は、中で遊んじゃ叱られた。
 
「黙ってろ、すぐ済む」
「────!!」
 口を塞がれて、鉄骨に背中を押し付けられた。
「……ム…グッ!」
 
 ………待て待て待てッ!
 ナニがすぐ済むって………!!
 頭がパニックだ、真っ白だ!
 
 急展開に、さっきまでの怒りも消えた。
 恐怖だけを、目前の謎男から感じる。
 
「……お前が、標的だった」
「──── !?」 
 怯えているオレの目を覗き込んで、射的の名手は笑った。
「エライ生っちろいのが、テキ屋なんてやってっから。眺めてたら、ガキ相手に姑息なことやりやがって」
「……んんっ」
 股間を握られて、背中に冷たい汗が流れた。
 ………でも、もっと違う痛みを、同時に感じた。
 ” 姑息なこと”
 その言葉は遠慮無しに、オレの胸の奧まで刺さった。
「初めは、からかってやろうと思った」
「………ッ!」
 眉を寄せたオレに、口を塞いでいた手を放して、唇を合わせてきた。
「ア……やめッ…!」
 柔らかくて温かい感触── 男にキスされた── すっごい実感して、めちゃくちゃ怖くなった。
 反射的に身体を仰け反らせて、それから逃げた。
 ─── ヤッパ、冗談じゃねえ! ……それに、からかうって……
 確かに、子供相手にあこぎなことしてたけど。
 ……コイツにこんなことされる程、恨まれる覚えはねぇよ!
「……セージ」
 本気で嫌がったオレに、間近に距離を保ったまま、男は真剣な眼を向けてきた。
 ………………?
 ムカツクだけだった三白眼を、思わず横目で見た。
 
 
「……嘘だ……端っから、お前が目的だ」
 
 
 ───もくてき……?
 ……さっきも……標的って……
 
 今度こそアタマん中真っ白になって、背筋が凍った。
「ちょ……」 
 見つめてくる眼が、さっきよりもっとマジな感じで……ってか、頭から喰われちまいそうな、迫力───
「んな……んなこと、急に……アッ」
 首筋に噛み付かれた。
 驚いたのは、走った痛みと、……背筋の電流。
 ……なに…?
 ピリッとした痺れが、握られた前にまで届いた。
「ンッ…」
 仰け反った顎を捕らえられて、今度こそ絶体絶命。
 乱暴に舌を入れられて、貪るようなキスが始まった。
 後ろ髪に指を突っ込んで、掻き上げて、うなじから後頭部を押さえられた。
 反対の手は顎を掬い上げて、いいように唇を開かせる。
 ……あ、…あッ……くっそ───
 まるでオンナにキスしてるようなシルエットだと、思った。
「ん……んッ…」
 逃げられない。舌の熱が、伝染してくる…
 こいつのモノになる───そんなことを、モロに実感させられた気がした。
「……甘い声だな」
「………ッ」
 思わず赤面したオレに、同じく頬を紅潮させたカオが嗤って……
 紅く湿った舌が、唇の端をなぞっている。
 
 雄に捕まった。
 
 ───本能がそう感じる、強圧的な眼光……妖しい息遣い。
 凄いキスで、クラリとしてる場合じゃない。
 ……今嗤ってオレを見ている眼は、野獣そのものだ───
「やだ……イヤだ!」
 情けないほど小動物の気分だ、オレは。
「離せ……!」
 恐怖が体を動かして、力任せに暴れて、腕を振り解いた。
「おい! 男同士の約束を、破るのか?」
 手首を掴み直して、そう凄んできた。
「……男同士のっ、て…」
 卑怯くさい台詞、吐きやがって!
 …てか、大体ソコが、問題なんだよ! ───オ…オトコにこんな…!
 すぐ済むって……どうする気なんだ。身体が勝手に、震えてしまっている。
「そんな契約、破棄だ! こんなことだったら、了承なんてしなかった!!」
 ははっ! とソイツは白い歯を見せて、笑い出した。
「クーリングオフか! 面白いな」
「やめ…何するんだ!?」
 オレのはっぴの腰紐を解くと、両手首を束ねて縛られた。
 その紐の端を頭上の鉄骨に結び付けて、上から吊される恰好になった。
「”お前を頂く”って、どういう意味だと思ったんだ? 言ってみろ」
 揺れるオレを面白そうに眺めながら、口調は厳しい。
「………!!」
 薄闇なのが救いだった。オレは完全に、赤面していた。
「まったく判らなかったなら、質問する義務があるだろう? ちょっとでも判ってて知らんフリ決め込もうってなら、確信犯だよな!」
「………………」
 オレはもう、言い逃れも抵抗も出来なかった。
 商品を取り返したい一心で、浅ましい心が動いたことは、確かだったから。
 ……でも、こんなのは……ホントに…
 手首に食い込む紐を感じながら、拳を握り込んだ。
 唇を噛み締めると、それを解くようなキスを、またしてきた。
「!!」
 今度の舌は、変に優しい。
 宥めるような、様子を見るような動き……それはそれで、嫌で…。
 オレはギュッと目をつぶった。
「……そんな、泣きそうなカオすんなよ。…悪いようにはしないぜ」
 動きを止めて、じっと見つめてくる。
「………」
 なら、やめてくれ……とも言えず、下を向いて首を振るしかなかった。
 溜息混じりの、三度目の熱いキス。……コイツ、しつこい……
 ─── うぁ…しかも、…顎髭……
 肌に刺さってきて、嫌でも男とキスしていると実感させられる。
 ……てか、腰の引き寄せ方、首の抱え方……さっき以上に、まるっきりオンナ扱いだ。
「んん……」
 へんなシナを作らされて、身悶えた。
 オレだって背は高いし、年相応、年下にも女にも見られたことなんかないのに。
 這い回る舌は、動かないオレの舌を優しく巻き上げては吸って。
 ……時々唇を離しては、薄目でじっとオレのカオ見てるみたいで。そしてまた啄む。
「ん……は……」
 翻弄されてしまう。でも応戦なんかしたくもなくて、だだ我慢して呼吸を確保していた。
 
「セージ……」
 吐息と銀色の糸……唇が離れる。
 見つめ合った微かな瞳の反射の中に、お互いを映した。
「……………」
 幔幕の赤と白の段だらが、祭りのネオンをぼんやりと通してくる。
 四方から照らされた真ん中で、二人して顔の前に影を作って。
 頭上では、踊りながら踏みならす沢山の足音。妙に遠くの方で、太鼓と音楽が聞こえていた。  
「……キスだけでも、いいもんだろ……力、抜いてろよ」
「……………」
「んなカオ、するなっての。……な?」
 
 オレは緊張したまま……それでも、言い聞かせるような声と真剣な眼に、じっと男を見返し続けた。
「……ガキ共が入ってきたら、俺も困るからな」
 ちょっと照れたように笑うと
「俺、ダイゴってんだ。大きい(われ)って書いて、大吾。よろしくな、セージ」
 そう言いながら、はっぴの中に手を差し込んできた。
「あ……ちょッ…!」
 ナニを言われたって、覚悟なんか出来ないオレは、焦り度マックスになった。
 いきなりの感覚に、肌が粟立つ。
「はっぴの下は、何も着てねーんだな。ヤラシイ」
 下って言ったって、アンダーシャツのことだ。トランクスとハーフパンツは穿いている。
 こんなの、祭り男なら、当然の格好だ。
「綺麗な胸だな」
「…………!」
「すね毛も生えて無いもんな。体毛が薄くて、スゲー綺麗…」
 日焼けしてもすぐ冷めてしまうオレの肌は、ワイルド系のコイツに比べたら、”綺麗”な部類かも知れない。
 でも、なんともヤラシイ言い回しと目線に、喜ぶどころじゃない。
 大吾は、ジロジロはだけた胸を視姦しながら、捲り上げたはっぴの裾を、背中の鉄骨に結び付けてしまった。
 これでオレは、手首を上から吊され、肩の下で鉄骨に固定される形になった。
「あ……クッ!」
 剥き出しになった乳首を、熱い舌が舐めてきた。
 またしてもいきなりの感触に、思いっきり声が出てしまった。
 ─── クッソー!!
 揺れる身体を、デカい掌が脇下でガッチリ押さえてくる。
 濡れた舌が這い回り、鎖骨や首筋まで舐め上げられた。
「う…うあ…やめろ…! イヤだッ!」
 ぞわぞわと体中に怖気が走って、蕁麻疹が出そうだった。
「セージ……ガキ共から金巻き上げながらセコイ事やって、男同士の口約束も守れなくて……いい加減、恥ずかしくならないか?」
「────!!」
 静かに非難されて、オレは、何度目か判らない息を、また呑んだ。
 セコイこと……それを言われると、良心が痛むんだ。
 少しは残ってる、ちっぽけなカケラだけど。
 
 ─── こいつは、ズルイ。
 約束だとか、契約だとか……そこら辺は、とんだインチキだと思う。
 でもわかってて乗ったオレの、やましい心を突いてくる。
 夢だ屋台だって言ったって、結局子供相手の金儲けなんだって、割り切ってしまったオレを責める。
 
 
「──────」
  落ち込んで目を伏せた頬を、大きい手が包んで、上を向かせた。
「…………」
「セージ、……いいから今は、俺との約束を守れ」
 
  オレは……小さく頷いた。
  悔しいし、すっごい嫌だけど。
  負けたのは、オレなんだ。
 
「う………」
  大きな手が、本格的に動き出した。
  胸は当然のように、そして下へも伸びていく。
  ハーパンを引き下げられ、トランクスの上から、扱かれた。
「………く……うッ」
「もっと、力を抜けよ」
  乳首への刺激で、情け無くもオレのそれは下着の中で、しっかりと大きくなっていた。
  布の上からでも、凄い刺激で。ビンビンと腰に響いて、どんどん硬くなった。
「……あ」
  トランクスのゴムに手が掛かって、怯えた。
  こんな状態を、間近で直視されるなんて───!
「……ダイゴッ…」
「──────」
「ゴメン……ダイゴ……無責任に約束したこと、謝るよ!……だから、それ以上は…」
  必死に謝っても、チラリと目線を上げるだけだ。
  大吾の手は、オレの窮屈にしていたそれを、解放した。
  勢いよく下げられたトランクスの中から飛び出して、ヘソまで跳ね上がる。
「ダラダラじゃんよ」
「み…見るなよ!」
  恥ずかしくて、みっともなくて、片膝を上げて隠そうとした。
「………アッ!!」
  ……うあぁ………熱い!
  いきなりしゃがみ込んだ大吾が、オレの勃起を口に含んだ。
  腰を力ずくで押さえて、唇の中に吸い込んでいく。
  ……柔らかくて熱い粘膜……
  感情を飛び越えて、とにかく気持ちいい。
「うっ……ん……ん」
 舌先が先端を掠めるたび、刺激で体中が痺れる。
 反対の手が胸に伸びてきて、乳首を摘み出した。酷いと爪を立てて、尖りを引っ掻く。
 ─── 痛ッ…!
 腰と連動して、背中に快感が走る。
 そして極めつけ……ゾクリと走った痺れの終点を捕らえるように、尻の割れ目を指が滑っていく。
「ちょッ……うっ……ん」
 中心に中指が辿り着いた。強弱を付けながら、小刻みに窪みを揺する。
「ん、ん、ん……ん」
 それは激しく、嫌悪感を掻き立てた。胸が悪くなりそうだ。
「や…ヤダ……嫌だ!」
「往生際が悪いな」
 立ち上がると、オレのハチマキを解いて、口に突っ込こんできた。
「……ングッ」
 不覚にもその時、涙目になっていたのを、見られた。
「泣くなっての。……怖くねえよ」
 流れ落ちたオレの前髪を後ろに掻き上げて、まじまじと、見つめ直して。
 そんな言葉遣いが、すごく悔しい。
 オレは良くしてほしくも、オンナ扱いも、頼んでなんかいやしないんだ。
「ん~……」
 それなのに、頬に首筋にとキスを落とされながら……
 打って変わった優しい愛撫に、身体が震えてしまった。
 親指の腹が、さっき痛くした乳首をかすめる。
 前の方にも指が動いた。濡れそぼっている先端を、手の平で擦り上げられた。
「アッ……」
 亀頭攻めに、腰が揺れてしまう。がっしりとした腕に引き寄せられて、股間同士を密着された。
 オレに押し付けてくる大吾のソコは、スラックス越しでも、とてつもなく熱くて硬かった。
「んんっ」
 悲鳴を上げたオレに、ニヤリと笑う。
「もちろん、コレを挿れるんだ」
  また尻を弄りだした。今度は指が濡れている。ぬぷりと音を立てて、中に入ってきた。
「ヒッ……んんんーーーッ!!」
  容赦のない奧までの挿入に、全身が拒否反応を起こした。当然だ!
「静かにしてろ。気付かれるぞ」
「─────ッ!」
  今度こそ涙を流して、オレは目線で抵抗した。
  ……悲しいんじゃない。痛いからでもない。
  あんな賭けに負けたからって、こんな無防備なところを……。
  自分でも知らなかった羞恥を、暴かれたような……惨めで情け無い気分だ。
  プライドが、蹂躙されていく。……そのやり切れなさが、勝手に形になっていた。
「……くっ…」
  ───出し入れされる感触は、最悪の罰ゲームだ。
 
「セージ…好きだ」
 
  大吾は涙をキスで掬いながら、そんなこと言い出しやがった。
「…………ッ!」
 睨み続けていた目に、憎悪を込めた。
 そんな言葉で、絆されるとでも思ってんのか? ……フォローにも慰めにも、なりゃしない。
 オレはこんな初対面のヤツ、触れられるのも嫌なのに!
 指での屈辱に耐えて、身体を硬直させていると、片膝を掬われた。
「………!」
 オレの身体はもう、立っているというより、ぶら下がった状態だった。
「挿れるぞ」
 先端があてがわれた。
「うぅぅ…!」
 熱く滑ったそれは、ウナギかウツボか。前に進むことしか出来ない罠に掛かった生き物の様に、狭い穴をがむしゃらに前進してきた。
「アッ…アッ…!」
 余りに、激しい。オレの中は、押して開かれて、刺激を受け続けた。
「んん~ッ! ………んッ…」
 何が”よくしてやる”だよ! 欲望だけ押し付けやがって!
 呻りながら、涙が止まらない。悔しいのと、後悔だ。 
 ─── あんな挑発に乗らなけりゃ……
 ─── 違う……オレが、あざといこと考えてなけりゃ……
「うッ……ゥウッ…」
 続く呻きに、大吾が興奮した顔を寄せてきた。
「征二…去年はそんなんじゃ、なかっただろ?」
 
 ……え?
 
 目を瞠ったオレに、悲しげな眼を向ける。
「俺、去年も客だったんだぜ。お前、ガキにパンパン撃たれて、困り笑いで」
「─────!」
「そのカオに、惚れたんだがなぁ」
「………………」
 一瞬、打ち付けられる痛みも嫌悪感も、消えた。
 ─── 去年の屈辱……ソレを思い出していた。
 
 何の捻りもなく、バカ正直に作った棚や店その物が、まったく子供達には良い遊び場になってしまった。
 あっという間に、ぱかすか撃たれて倒されて。
 あいつらに全部商品を持って行かれたのが、悔しいんじゃない。
 商売としては成功だったんだ。ぎりぎりだって、赤字では無かったんだから。
 なのに振興組合に、ケチ付けられたんだ。あの後。
『慈善事業じゃないんだ。ただで配るような屋台なら、辞めてくれないか』
『子供の遊びと勘違いしてて、困るね』
 ってなイヤミを、上から目線で、ねちねち言われて。
 上がりが%で組合に流れるから、多けれりゃ多いほどいいってのが実情だった。
 
 オレは子供達が楽しそうなのが、嬉しかった。
 オレ自身が楽しかった時を、思い出して。
 ── 当時から、本当は世知辛かったのか。……それとも今が、変わってしまったのか…。
 判らないけど、悔しくて。
 こんな小さな町祭りでは終わらない。いつかあの、デッカイ夏祭りに出るんだ。
 ………その夢は、捨てられなかった。
 愚かにも、オレの取った行動は「大人の意地」だった。
 今年も出るには、売り上げ向上の約束とハッタリ。
『もっと稼げってんなら、やってやろうジャン!』
 振興組合への意地だったのに。……そのために、子供達を欺いたんだ。
 
「……征二?」
「……ンッ」
 痛みと現実が戻ってきた。
 静かに流れる涙に、大吾も眉を寄せたままだ。
 腰を振りながらも、ハチマキをオレの口から外した。
 
「………オレ…」
 何か言おうとして、嗚咽に変わりそうになった。
「4回目から、100円」
 笑いながら言う大吾の声に、視線を上げた。
「ホントは、それもナシなんじゃないか?」
「………うん。……でも」
 なけなしの小銭を小さな手に握って。何度も並ぶんだ。オレの意地悪にトライしてくるから……
「ホントは3回目からに、してやりたかった…」
 またキスで口を塞がれた。
「ん……んッ…!」
 突き上げる衝動は変わらない。熱い塊が、オレを無視して出入りする。
 
「すまん……俺も、卑怯だったな」
 大吾は、悪質なゲームの事を謝りだした。
「何、偉そうなこと言ったって、お前をこうしたかった」
「んっ…!」
 高まる吐息で一層奧を突かれて、何かが痺れた。痛い中に生まれた感覚。
「ダイ……オレ…やだ…」
 恐い。何がどうなってしまうのか。
「あッ、…あぁ……!」
  オレが呼んだとたん、中で大きくなるのが判った。硬さも増す。刺激が強くなる。
 
「征二、力抜け。…俺に委ねろ」
「……あ、……んあぁッ…」
 
 大吾の方が腰の位置も高かった。無理して屈んでいたのを、膝を伸ばして立ち上がった。
 オレの両膝を、外側に開いて抱えて。
「アッ!」
 手首で吊されてるオレは、自分の体重で、奧まで飲み込むハメになった。
「こっ……これ……」
 いわゆる駅弁スタイルじゃないか! こんな格好、冗談じゃないっての!
 ズッチュズッチュと、厭らしい音が響く。
 誰か幕を上げて入って来やしないか、気が気じゃない。
「大吾……降ろせ!」
 藻掻いても、自分の力じゃどうしようもなかった。
「うッ………ううッ!」
 熱い塊で内蔵を掻き回されて、突かれて。
 その奧で燻ってくる、変な感覚がある。
 
「あ……変……オレ…どうしよう……」
 見つめた先に、興奮した大吾の顔。……彫りの深い二重も、オレを見ていた。
 その眼の色に”雄”をまた感じた。……でも今度は、嫌悪しなかった。
 額に汗を光らせながら、ニヤリと笑う。
「征二……恐くないから、俺にまかせろ」
 さっきと同じ様なことを言って、激しく腰を揺すぶりだした。
「ア……アァ…!!」
 舌も入ってきて、喘ぎを消した。口の端から、ミックスされた唾液が流れていく。
 鼻息も、汗も、すごく厭らしくて、興奮した。
「力、抜けって……」
「う…うん……んぁああッ……!」
 言われた通り身体を任せた途端、後ろが楽になった。
 擦れる痛みより、突かれる疼きが強くなって……
 
「ヤバ……ヤバイよ……ダイゴ…」
「どうした?」
 額に汗を光らせて、オレを穿ち続けながら…
 恍惚に浸っていた目が、真剣にオレを見る。一年前から、見てたって眼で。
 
 
「ヤバイ……」
 
 
 イキそう…
 ソレもあるけど。
 ……射抜かれたかも。射的の名手に、心と身体を……
 
 でも快感と絶頂で、もうロレツが回らない。
「んッ……ダメ…、オレ、もう…」
「征二……セージ…ッ!」
「ヤバ……ヤバッ……クッ、んぁああッ!」
 喘ぎを堪えて、二人で同時にイッていた。
 オレの中に、大吾の放出を感じる。大量に注入されるのが判った。
「は……ヤラシ……やばすぎ…ダイゴ」
 それを聞いて、オレの中でまだ熱く脈打ちながら、この男も笑った。
「お前はセクシーすぎ…」
 
 ─── はぁ!? ………それは、納得いかない!
「なんだソレ、降ろせ!」
 その表現に腹が立って、暴れた。辛いの、散々我慢してたんだ!
 自分だけ漢でございってフェロモン、ムンムンに発して!
 
 
 
 総てを解かれて、地面に寝そべったオレに、大吾が再度笑った。
「契約終了な。……改めて、俺と付き合ってくれないか?」
「………」
 見上げると、乱れた腰元は既にきちんとしてて、オレだけあられない格好……。
「……やだ」
 ぷいと横を向いて、拗ねた。
「なんでだ?」
 オレの腰の上に跨ると、正面から覗き込んできた。
 ……相変わらずの三白眼で睨んでくるけど。ちょっと、戸惑いが見えた気がした。
 ………何にも、わかっちゃいないんだな。
 反対側に首をねじ曲げて、ヤツから逃げて、言ってやった。
「……オレだけ、オンナ扱い」
 ── っていうのか……
 素のオレを見てくれて、それがイイってんなら。
 大吾とは、対等でいたいって、思ったんだ。
 これから、いっぱい相談したいことがあった。
  
 子供の気持ちのまま、大人がやることやっても、それは遊びの延長でしかないのか?
 食えるほど稼ぐには、確かに駆け引きは必要だけど……
 でも、嫌な大人になれってんなら、オレ…ヤダ。
 そしたら、屋台は続けられないんだな。
 ……そういうこと、たくさん。
 オレの声に真剣になるこの眼は、きっと聞いてくれると思うから……
 
「……征二?」
「…………」
 どっちを向いても付いてくる顔に、根負けした…フリをした。
 首をそっぽ向けたまま、目線だけ合わせて。
「働く男としての、オレの言葉、聞いてくれるなら……いいよ」
 
「うん」
 
 子供みたいな嬉しそうな顔して、にっこり笑い返された。
 ……あ、ヤバイかも。
 ───また、射抜かれてしまった。
 
 
 
 
 
 
「そうと決まったら、拡張だな~!」
「…え!?」 
 
 オレの膝を強引に押し広げて、かっぱりと開脚させた。
「お前の、狭すぎるって! あれ挿れておこうぜ♪」
 嬉しそうにオレのソコを覗き込みながら、撫で上げて。今日の戦利品の一つを、スーツカバンから取り出してきた。
 
「…………!!!」
 
 オレは髪の毛を全部逆立てる思いで、絶対拒否をした。
 それは、文字通りのコケシ…。
 丸いフォルムで低い重心ってのが、撃ち倒しづらくて、いいんだ。
 ミニサイズだけど、ちゃんとした木材を使っていて、結構重量感はある。
「やだ!」
「ダメだ」
「横暴!」
「対等がいいんだろ? いちいち腫れ物に触る様なのは、嫌だろ?」
「…………!!!」
 
 真夏の夜に突然現れた、台風男。 
 こいつには、言葉も、行動も…何一つ勝てやしない。
「お前を落とすために、射的を研究した」
 なんてマジに言われて………オレはまた、射抜かれてたりして。
 
「力、抜け…」
「ん……」
 押さえ付けられて、結局ソレを挿れられた。
 抱き締めてくる汗くさい匂いに、くらくらする。
 ……そのままでいろって言われたって。
 ……挿れたまま屋台を続けろって、言われたって。
 
「明日の商品があるなら、今日はまだやれよ」
「ええー! このまま?」
「店終いにゃ、早すぎるよな。せっかくの祭りだってのに」
 
 ───誰のせいだよ……!
 
 絶対出来ないって思ったのに。……出来ないのは、拒否だった。
 
 
 
 
「……ダイゴ」
 オレは、ことある毎に、縋る目を向けてしまう。
 頬が不自然に紅いだろう。
 吐く息が、夏とは言え、熱すぎるだろう。
 
 面白そうに遠くから眺めている大吾を、睨み付けているのに。
 身体全体に、力が入らないよ。
 ……あそこが、もの凄く疼いてて。
 
 
 取り敢えずオレは、子供達に笑いかけた。
 オレが楽しかったこと、思い出しながら。
「教えてやるから、よく見ておけ」
「うん、今度はいっぱい撃つよぉ!」
 顔をくっつけるようにして、チビ達はオレの真似をして、構えてみる。
『自然体でいろよ』
 それだけ言ってくれたから。
 子供達相手に稼ごうって思うから、辛いんだ。
 駆け引きして。
 勝つか負けるかなんだ。
 だから手に入れた勝利の品は、重みがあるんだった。
 忘れてたその感動を思い出させてくれた、大吾には感謝だけど……
 
 その重み、直接身体の中で感じなくていいのに。
 腰を屈めるたび、刺激が来る。
 さっきの熱い快感が蘇って、爆発寸前だ。
 
 
 ───別れてやる…とか、一瞬考えてしまいそうなこの状態……
 
 
 ……そうなる前に、何とかしてくれ。
 見つめた視線の先には、相変わらず嬉しそうにオレを眺めるヤツの顔。
 差し入れに買ってきたかき氷は、自分だけとっくに食い終わってる。
 オレのは、無惨にも射的台の端で、ピンク色の水たまりを作っていた。
 手なんか、ヒラヒラ振りやがって。
 オレは無視して、そっぽ向いてやった……けど。
 
 
 ……もしかして、これって、幸せなのか………?
 一人じゃないって、安心感。
 矛盾や不安を抱え込んで、独りで闘ってた。 
 自分を嫌いになって、夢さえ手放すかもしれなかったんだ、オレ……。
 
 
 
「やったな、坊主!」
 目を潤ませながら小さな紅葉の手を広げてるそこに、ちっこいゴム人形を置いてやった。
 
「ありがとー、おじちゃん!」
「………☆」
 
 
 ───前言撤回!
 腹抱えて大爆笑している大吾を、今度こそ睨み付けた。
 
 
 
 
 -END-  
 


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