カバン返して。
 
5.
 
次の日は、会社の新年会だった。
 
年明け早々のドタバタを、一通りこなして、落ち着いた頃やるのがうちの社風だ。
工場や出荷場にも出入りする俺は、埃を落とすためにひとっ風呂浴びに、定時でいったん退社した。
 
今の季節は、5時を過ぎればかなり暗い。
あちこちの家の窓に暖が灯る中、一階の端っこ…俺の部屋の窓にも、電気が点いていた。
ドアを開けると、千尋の靴がある。
「………」
帰ったら誰かが居るなんて、妙な気がした。
暖かい室内に入ると、千尋の笑顔が出迎える。
「お帰りなさい!」
「…ただいま」
下っ腹がむず痒い。
俺は流しに直行して、空のタッパを洗い桶に漬け込んだ。
「わあ、今日も完食ですね~!」
後ろから覗き込んで、千尋が嬉しそうな声を上げる。
「ああ、ごっそさん」
中身は立派だが、なんせタッパだ。
社内の誰も、これが他人からの手作り弁当だなんて思わないのが、助かる話しだった。
 
なんだかんだ、メシを作ってくれるヤツがいるのは便利なことで、帰ると明かりの灯っている部屋に、暖かい出迎えに、俺はだんだん慣れていた。
 
「シャワー浴びたら、また出る。おまえもちゃんと食っとけよ」
千尋の引っ付いてくる体に、なんとなく焦った。
早口にそれだけ言って、さっさと風呂に入った。
「………はぁ」
熱い湯で埃を洗い流しながら、思わず深い息をつく。
アイツは今朝起きた時には、何にもなかったみたいに、脳天気な声を出していた。
俺も意識しないよう、心がけてはいるんだが…
(……しかし、いつまでいる気だ?)
ずっとカバンが見つからなかったら……
恐ろしい想像に、背筋がちょっと寒くなった。
 
―――”拾った責任”てのは…、いつまで発生するんだろうな。
  
 
「行ってくる」
手早くシャワーを済ませると、コートを引っかけ直してさっさと部屋を出た。
アイツのことは、考えてもしょうがない。取り敢えず、目先のビールだ。
俺は、飲み会のことで頭がいっぱいだった。
 
 
 
 
 
新年会は楽しい。
これからの話しで、大いに盛り上がる。
機械での大量生産じゃなく、手作りで一つ一つ部品を作っていく。
完成すれば、その一つ一つが必ず実績になった。
そのスタイルを大切にしたいと考えた社長は、大手の工場職人を辞めて、今の会社を立ち上げたのだった。
この日ばかりは無礼講で、みんな好き勝手に言いたいことを言う。
俺もやりたいことや不平不満、いろいろあって、上司に絡んではくだを巻いた。
 
そんなこんなでしたたか酔って……
今日が終わる頃、やっとアパートに辿り着いた。
 
………?
階段横の俺の部屋の前で、人影が蹲っている。
「……………!!」
近づくと、買い物袋を抱えた千尋が、ドアに寄り掛かって座り込んでいた。
 
「お帰りなさい~」
俺を見上げて、立ち上がった。
「――――――」
上機嫌だった俺の心に、ズキンとした何かが刺さった。……酔いが少し覚めた。
 
 
『今日来るって、言ってあったでしょ!』
『残業だったんだから、しょうがねえだろ!』
前に菜穂が来た時、やはりこうやって、しゃがみ込んで待たせてしまった。
開口一番、怒り出した菜穂に、俺の口から出かかった「すまん」は、「うるせぇ」に変わっていた。
俺はとうとう謝らず、あいつは次の日、朝一で帰っていった。
 
 
「……ただいま」
 
責めることを知らない、大きな目を細めて……
”おかえりなさい”なんて言われて、俺は…間抜けな返事をしてしまった。
 
――なんで千尋が、外に居るんだ?
部屋から出てたなんて気が付かなかった。俺はいつも通り、鍵を閉めて出かけてしまった。
――あれからずっと? ……何時間経ってるって…
 
回らない頭の中で、そんなことがグルグルした。
「かなり酔ってますね。鍵貸してください~! ボクが開けます」
「………」
力の入らない手で鍵を渡す時、微かに触れた千尋の指先は、氷のように冷たかった。
 
「水、飲みます?」
「スーツ、脱いでください~」
のんきな声で介抱する声を、何となく覚えている。
俺は部屋に入るなり、寝てしまった様だった。
 
  
  
 
 
 
 
 
 
「…よろしくお願いします」
 
値踏みするような視線に耐えきれず、ボクはぺこりと頭を下げた。
一糸纏わぬ姿は、恥ずかしすぎる……
 
「話しに聞いてたより、いいじゃない」
 
50歳は越えていそうな品の良いおじさんは、笑った。
その目はボクを射抜くように、見つめ続ける。
「準備は、してきたんだろうね?」
「…はい」
秀徳さんに言われた時から、何が起こるかはわかっていた。
……でも、いざそれが目の前となると――怖い。
 
「――何歳だって?」
大きな手が、ボクの頬を撫でる。
そのまま顎を掬い、上を向かされた。
「……22です」
ボクの震えが、その手から伝わったらしい。
じっと見つめ続けていた目がクスリと笑うと、肩を抱き込まれた。
「おいで…」
 
ボクはナイトランプが両側に灯る、大きなベッドに連れて行かれた。
掬う様にして、中央に横たえられる。
「…………」
見上げると、厚ぼったい唇が、近づいてきた。
「ん…」
押し付けられた口から舌が侵入してくる。ボクはそれを受け入れ、絡め返した。
おじさんの手が、胸を撫でてくる。
「…あ」
「いい声だ。たくさん鳴いておくれ」
その手が下に降りると、後ろに指が回った。
「ああっ…」
「うん、良くほぐれている。きちんと躾られているね、キミは…」
…あ…あぁっ……
指がどんどん入ってくる。
「んはぁ………!」
ボクはたまらず、後ろを締め付けた。
「良い体だ。何人の男に抱かれた?」
熱くなった息で、おじさんを見上げた。
舐め回すような目つきで、ボクを眺めている。
「…秀徳さん以外は、初めてです……」
「ほう…では、本物の大人の体を知らないんだね」
ボクは頷いた。
「よろしい。わたしが教えてあげよう」
おじさんはそう言って笑うと、服を脱いでボクの横に寄り添って横になった。
顎を持ち上げられて、激しいディープキス。
「んっ…」
苦しい…あぁ、また指……!
―――やっぱり、ヤダ…体毛が濃い。秀徳さんと違う肌。気持ち悪い…
「あっ」
大きくて温かい手のひらが、ボクを包んだ。
ゆっくりと動かし始める。
「はぁぁ…」
「かわいいよ」
「ん……」
いつもと違う、ボクを気持ちよくさせるためだけの、愛撫。
自分の欲望を、押し付けてこない。
余裕たっぷりの手の動き、唇の動きに、身体が震えた。
おじさんの前で、ボクは大事に遊ばれてるお人形みたいだった。
 
「アア…もう…いいですっ」
何度も絶頂を迎えさせられた。それなのに、まだ体内を指が蠢く。
「もう…許してください…」
泣いて頼むと、指をやっと抜いてくれた。
「じゃあ、今度はキミが私を悦ばせておくれ」
「……え」
「キミの中で満足させてくれ」
「…はい」
ボクは起きあがると、おじさんの足の間に蹲った。
目の前で大きく勃起しているモノを両手で包むと、先端を丁寧に舐めながら、口に含んでいく。
「お…おぉ」
粘膜で撫でるように上下させながら、舌先を尖らせて裏スジをなぞった。
「うまい…本当に、良い仕込みだ」
おじさんは嬉しそうにボクの頬を撫でて、体を離した。
完全に勃起したそれを、四つん這いにさせたボクの後ろにあてがう。
「よし、いれるぞ」
「ハイ…んっ、あっ…ああぁぁ!」
熱い塊を突き入れられて、体全体が押し上げられた。
そのまま腰を抱き込まれて、太い肉棒が出入りする。

ボクは全く逃げられなかった。
なんどもなんども、激しく出入りを繰り返す。
「アアッ…すご…すごい…ッ」
ボクは中を突かれて扱かれて、また絶頂を味わう。
獣のようなうなり声をあげて、おじさんはボクの中で果てた。
 
「良い商談を持ってきてくれたね、ヒデノリ君は」
横たわったまま泣いているボクの頭を撫でながら、おじさんは葉巻をふかした。
「次があれば、またキミをリクエストするよ」
顎を掬われて、キスをされた。
「………ッ」
煙たい…臭い…やだ……やだよ、こんなの!!
 
  
 
 
 
 
 
「―――――――!?」
 
ガバッと、俺は跳ね起きた。
途端に激しい頭痛と嘔吐感に襲われた。
「…………!!」
慌ててトイレに駆け込んで、胃の中のモノを全部吐き出した。
―――何だ、今の!?
ハンマーで叩くような頭痛は、治まらない。
便座に肘を突いて、両手でこめかみを抑えた。
そして、視界に入った自分の股間に驚いた。
―――スッゲ、勃ってる… 
さっきの夢を思い出した。身体の快感が蘇る。……死ぬほど気持ちよかった。
思い出すと、ますます勃ってしまった。
……でも……頭の中に響く、悲しい声。
 ――ヤメテ……ヤダ…やだ…――
…あれは、なんだ? 単なる夢にしちゃ……
 
顔を洗って布団に戻った頃、頭痛もだいぶ楽になっていた。
「大丈夫ですかぁ?」
千尋を起こしてしまったらしい。
「ああ、すまん…」
暗がりの中で心配げに見上げてくる顔を見ると、俺に負けないくらい酷い、顔色だった。額が汗でびっしょり濡れている。
「…? おまえこそ、大丈夫か?」
「……はい」
その痛々しい笑みに、俺は自分の二日酔いを忘れた。
 
 
と言っても、翌朝はグロッキーだった。
会社に休むと連絡を入れ、布団に入り直した。
その横でまた千尋が、騒いでいる。
「無い! ないっ!」
例のごとく、眼鏡騒動だった……今日は付き合えねぇ。勝手に探せってんだ。
「ううう~~っ」
結局自分一人では見つけられなかったらしく、諦めて俺の世話をしだした。
 
「徹平さぁん、だいじょうぶですかー?」
冷たいタオルを絞っては、額に乗せる。
お冷やです、お粥ですと、何かしら持ってきては、俺の口に運んだ。
「おまえは、平気なのか?」
昨晩の様子は、かなり酷かったのに。
「はい! もう元気です!」
覗き込んでくる満面の笑みの前に、前髪がばさばさと落ちてくる。
俺の顔にも毛先が当たり、くすぐったい。
思わず片手を伸ばして、その千尋の顔を覆い尽くす前髪を、後ろに掻き上げた。
「おまえなあ、これ、いい加減うっとおしくねぇ?」
「ひゃあっ!」
「―――――!」
現れた綺麗な目が、驚いて見開かれている。
俺もびっくりして、手を離した。
こんな明るいトコで、ドアップの千尋の目を見たのは初めてだった。
直接見る千尋の瞳は、透き通るように澄んだ輝きを放っていた。
「あ…駄目なんです。こうしてないと…」
慌てて髪を掻き下ろした。
 
「? ……なんでだ?」
 
「……」
 
千尋はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、両手で顔を隠すように前髪を押さえて、微笑んでいた。
  

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