カバン返して。
 
9.
 
―――何、言ってんだ…?
 
急な行動に、俺は驚いている場合じゃなかった。
千尋の手は、迷うことなく俺の股間を、確実に刺激していく。
股ぐらに滑り込んでは、ぐいぐいと突きあげるように前を刺激したり、優しく撫であげたり。
「ぅわ…!」
不覚にも、俺は喘いでしまった。
「徹平さん…そのまま、座っててくださいね…」
もう一度言うと、体を俺の前に移して膝を付き、きつくなっているジッパーを下ろし始めた。
情け無い話し、こいつのフェラを思い出して、俺の身体は、本気の抵抗はできなかった。
それにしたって、こんなトコでいきなり…
「おい! 千尋……!」  
 
―――――――!!
 
熱く湿った粘膜が、俺を包んだ。
いきなり、下着から取り出したそれを唇が咥えていた。
「オッ…ウォ…」
気持ちイイ……!!
やっぱり……マジ、うまッ…!
 
思わず見下ろすと、頬を真っ赤にして、俺のモノを根本まで口いっぱいに頬張っている。
―――うっわー……エロい!
 
AVでよくある光景だけど、まさか俺が、こんな所で…
俺はあわてて、自分の着ていたコートを脱いで、頭から千尋に被せた。
見えなくなったヤツの動きは、ますます過激になっていく。
「あっ、うぁああっ…!」
巧みな手と舌の動きに煽られる。
熱い舌が、裏スジから鈴口までを舐め上げていく。
亀頭を刺激しながら、竿を扱かれた。
「あぉっ……ウォッ!」
こんなことしてるのが、千尋かと思うと、一瞬複雑になって萎えるけど、さっきの顔を思い出すと、変に興奮した。
あんな顔で…今、俺のしゃぶってんのか……。
じゅぶじゅぶと卑猥な音が、コートの下から聞こえてくる。
俺は丸く盛り上がったそれに両手を乗せ、上から千尋の頭を押さえ付けた。
上下する唇に合わせて、腰を突き出し、欲望だけに突っ走った。
「んっ…、ん…!」
呻きが聞こえてくる。その声にも興奮した。
 
「くっ――イクッ…、千尋ッ……ぁああッ!!」
 
 
勢いよく音がするほど、押しつけた口の中に放出してしまった。 
「……はぁ……はぁ…」
―――ヤッベ……マジ、超気持ちイイ……
俺が余韻に浸っている間、全部受けとめたその口で、千尋はベタベタになった腰回りを舐めて、綺麗にしだした。
―――おい、……また飲んだのか?
デニムのジッパーを戻すと、何事もなかったみたいにコートの下からひょいと顔を出した。
「これ……ありがとうございました。着てください」
俺にそれを羽織らせると、ストンと横に座り直した。
 
「…………」 
(千尋……)
放心しながら見つめると、キョトンとした目で見上げてくる。
―――前回もそうだ。上手すぎて、驚いたけど…。
次の日には、けろっと無かった事のように片付けられていた。
俺だけ変に意識して、心臓を跳ねかせていた。
……この変わり身は、なんだよ。
俺は、心にモヤモヤするモノを感じた。
 
「――――――」
知らずに、睨んでいたらしい。
怯えたように眉を寄せて、見上げてくる瞳が翳った。
「徹平さん…今のは、ボクの手じゃなくて、単なる奉仕屋さんだと思ってください」  
 
「…はっ?」
 
「えーっ、……だから、ボクじゃなくて」
聞き返されるなんて、思ってなかったらしい。
狼狽して、口をぱくぱくさせている。
……さっきまで、俺の勃起を咥えていた唇……
そのせいか、寒さのせいか、真っ赤になって白い顔の中に浮き出ている。
―――こんな艶っぽいエロい唇を見せ付けて、”ボクじゃない”って……
俺は、スッゲー苛ついた。
単なる奉仕屋って、何だそれは? ナメてんのか!
コイツの意志は、どこ行ったんだ!
「だから、どういう意味だよ!?」
怒りにまかせて凄んだ。
「お前今、”さっきの性処理に自分は関係ない”って言ったんだ! 俺はデリヘル頼んだ覚えなんかねぇんだよ!」
「……!!」
「そんなつもりでやってんなら、二度と触んな!」
 
「ちが……ちがう!」
千尋の喉が、引きつれた声を出した。
さっきまでの平然とした顔がウソみたいに、紅潮している。
大きく見開いた目が、泣きそうに潤み出した。 
「違いますよぉ…っ!」
俺の腕や胸にしがみついて、必死に見上げてきた。
 
「ボ…ボクなんかに触られるの、徹平さん、嫌悪しないですか!?」 
 
「!」
「だって……泣かされながらも、こんなこと仕込まれてたんです!」
「…………」
「ホントはこんなことするの、おかしいけど……徹平さん、苦しそうだから……」
また頬が濡れだした。透明な滴が目から盛り上がっては、頬を伝い流れていく。
 
(…………)
俺はそれを見ながら、怒りが引いていくのを感じていた。
……コイツなりの、誠意と遠慮だったのか…
この顔に、勃ってんのに……
俺は、”勃起してるものを、ただ扱いた”と言われて、腹が立ってしまった。
 
「おまえ見て、興奮したのに…誰だと思えって?」
「……!!」
「千尋がヤリたいと思ってないなら触るな! 無理すんな! ボケ!」
俺なりに、照れた台詞を言うハメになった。
そこにまたムカついて、最後に余計なことを言ってしまった。
「ご……ごめんなさいぃ!」
目を瞑って、見上げていた顔がポロポロと泣きだした。
(あーあ……)
「ったく……」
邪魔な眼鏡を外して、手のひらでゴシゴシと顔を拭いてやった。
拭っても拭っても、零れてくる涙…。
俺はまた、菜穂の映像をダブらせていた。
 
「泣くな! 怒って、悪かったよ!」 
俯きながらこくこくと頷く千尋。
その片手が掌を上に向けて、無言で伸びてきた。
「―――!」
……眼鏡を、返せってか……
 
逃げ出してきたクセに、”命令”に執拗に拘っている……
哀しそうに笑った、あの意味は何なのか……
俺はこの呪縛を、どうしたら解いてやれるのか、まだ判らなかった。
 
 
 
 
「アッ! 今、何時だ!?」
 
そのあと俺たちは、出勤時間をとっくに過ぎていることに気が付いて、大慌てで部屋に帰った。
「徹平さんは、着替えてくださいぃ! ボク、お弁当だけ用意します!」 
玄関に飛び込むなり、そう言って台所に走る。千尋の後ろ姿を、思わず眺めた。
(――――)
ストンとした髪が、丸い頭を象っている。細い背中。
華奢な訳ではないのに、その身体が、妙に頼りなく見えた。
腕を取って引き止めて、背中から抱きしめたい衝動に駆られた。
――うッ……俺、またヤバイな……!
「徹平さん! 早くしてください〜っ!」
俺の気も知らない、マイペース男は、向こうでのんきな声を出している。
 
俺は溜息をついた。
うすうす気付き出した、自分の気持ち……
でもコレを認めるって事は、アイツをいいようにした男達と、同じになるんじゃないか……
そう思うと、心に影が差す。
深入りしないようにと、俺は無意識にブレーキを掛けていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
微妙な気持ちのまま、カバンも見つからずに時間は過ぎていった。
 
いいって言うのに、千尋は時々俺の布団に潜って、俺の欲望をその口に納めた。
一つ変わったことは、それをした翌日は、ヤツの顔が真っ赤になってるって事だった。
 
  
 
 
「何してんだ。行くぞ!」
「……あっ、はいぃ!」
 
買い出しに二人でスーパーを練り歩いている時、ふと千尋が足を止めていた。 
俺の声に振り向くと、モノ言いたげに一瞬視線を揺らして、小走りに追いついてくる。
 
―――雑貨コーナー?
レーンの手前に陳列してある、マグカップを眺めていたようだった。
(…………)
この男を拾ってから、1ヶ月は経っていた。
未だにコイツには、菜穂の置いていったピンクの食器セットを使わせている。
―――そっか。
「千尋!」
俺はじろりと、見上げてくる男をねめつけた。 
「は…ハイっ!」
叱られるとでも思ったのか、緊張した顔で返事を返す。
「言いたいことあったら、ハッキリ言えって言ってんだろ!」
コイツは相変わらず、自己主張をしない。
何か言いたげなクセに、だって…と言って黙ってしまう。 
「…………」
それでも言わない。黙ってただ、見上げてくる。
……よっぽど、遠慮してんのか?
(しょうがねぇなあ……)
「欲しいんだろ? 自分の食器。買ってやるから、選べよ」
「えっ! ……でも」
目を丸くして、赤面した。
「んだよ、ウゼェな! カバン見つかるまでだからな! そこんとこ、忘れなきゃいいんだよ!」
「……はいっっっ!!」
千尋は嬉しそうに、口を大きく開けて返事をした。
走って雑貨コーナーに戻っていく。
迷わず選んだのは、グリーン系のものばかりだった。
 
「鍵とお揃い〜っ!! ボクの、食器ーっ!」 
 
その日から食卓上のピンクが消え、いかにも男二人暮らしの色になった。
「ありがとうございますー! これ、てっぺーさんからの、誕生日プレゼントってことになります〜!」
さっそく帰ってから、茶を淹れた。
大事そうにマグカップを両手に包んで茶を啜りながら、笑顔でそんなことを言っている。
―――あん?
「今日なのか?」
「いえ、2月29日……閏年なんです」
「へえ!」
「だから今年は誕生の日がないから、今日でいいんですぅ!」
「……適当だな」
「……はい。なんせ4年に1回ですからね〜」
きゅっと目を細めて笑った。
「ボク、それを親から聞いたとき、4年に1度しか年を取らないのかと勘違いしてたんですよ〜!」
くすくす笑い続ける。当時のことを思い出しているのか。
「……じゃあ、今、5歳か?」
あんまり楽しそうな顔をするから、呆れた話しに付き合ってやった。
「そうなっちゃいます……さすがに若すぎですね〜!!」
困ったように笑う。
「…………」
つい見とれてしまった。
この困り笑いが、何故か俺の琴線に触れる。
腕を伸ばして、抱きしめたくなる……
 
「何でもいいけど、大事に使えよ! 客用にするんだからな!」
「……はいっ!」
 
 
 
千尋があんまり無邪気に喜んでるから、俺は気が付かなかった。
 
 
 
”カバンが見つかるまで”
それが、俺の牽制だった。
 
タイムリミットのある約束。
それこそが、千尋が眼鏡を手放せない理由だったのに―――
 

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