真夜中のページ・ボーイ
 
3. ルームサービス
 
「失礼します。ルームサービスをお持ちしました」
 ドアを軽くノックした。
「入れ」
 中から、あの横柄な声が響いた。
 
 ───やっぱり、アイツだ……
 
 
 僕はしょうがないから、仮眠を取って、また制服を着込んでいた。
 アイツの言葉は全部ウソで、本物の老紳士が出迎えてくれるコトを期待したのに。
 
 
 真夜中の別館は、どんなに照明が明るくても、古い木造造りが雰囲気を重くしていた。
 太い柱と梁、高い天井に黄ばんだ漆喰、真っ直ぐに続く長い廊下。右壁に間隔を開けて黒漆のドアが並び、左壁は窓もない。
 空気そのものが沈鬱で、通路を見る限り、とても“不夜城”とは思えない。
 蛍光灯のせいで白けて見える木肌と漆喰が、その奥行きを曖昧にさせている。出歩く人影など無く、室内から漏れてくる音も一切無かった。
 コツコツという自分の靴音と、押しているワゴンの軋む音だけが、磨かれた床板に響く。
 別館の1号室は、離れの様になっていて、細い通路を渡った、廊下の最奧に位置していた。
 
 
 
「……失礼します」
 ワゴンは廊下に残したまま。
 オーダーされたワインをクーラーごと抱えて、毛足の長い絨毯の室内に、足を踏み入れた。
 
 その部屋は、ホテルというより、別荘の一室みたいだった。
 洗面バスが手前にあって、短い通路を抜けると、左手に室内が広がっていた。
 横に長い空間。正面左側の壁は全面、テラスへと続く大きなガラス戸。天井からのカーテンに沿うように、ベッドが置かれている。
 部屋の中央は、充分すぎるほど空間があって、大きなテレビとステレオセットが設置されている。3人掛けくらいの長いソファーがテレビに向かい、こっちに背中を見せていた。
 他に個室があるらしい。重厚な木製のドアが正面右奧に見える。
 作家が住人と言うだけあって、正面左奧、カーテン横の大きな机には、本や筆記具が、乱雑に置かれていた。疲れたらすぐ後ろのベッドに横になれる、ってわけだ。
 
 
「何をしている。早くワインを開けろ」
「────」
 ソイツは、ソファーに反っくり返って、座っていた。
 
 
「……失礼します」
 横目で琥珀の目を確認しながら、用心深く近づいた。
 昼間と同じ、サイドは掻き上げて、長い前髪は垂らしたまま。その隙間から、じっと僕を見ている。
 やっぱり……得体の知れない、オーラを発している。
「……本当に101のお客様、だったんですね」
 失礼を承知で、睨み付けた。──野立先輩は、なんで知らないんだろう。
「…………」
 男は、口の端でにやりと笑っただけだった。
 
 分厚いガラスのローテーブルにワインクーラーと、グラスを二つ置いた。
 オーダーは、これだけ。
 
「両方に注げ」
「……ハイ」
 老紳士は、いるのだろうか。こんな深夜にワインなんて……。
「付き合えよ」
 身体を乗り出してきて、グラスを掴みながら、顔も寄せてきた。
 ボトルをクーラーに戻していた僕は、咄嗟に身体を引いた。エレベーター内の痴漢行為を思い出して、ゾッとしたんだ。
「……そんなサービスは、ありません!」
 仰け反ったまま、睨み付けた。
「別館は“特別”なんだよ」
 凶暴な目を光らせると、僕の腕を掴んできた。
「あッ……」
 強引に引き寄せる。
 カフス部分が傷まないか、この期に及んで、そんなことが心配になった。
「は……離して下さい!」
 ろくに抗えないまま、男の前に膝を付いてしまった。いくら絨毯とはいえ、今度はスラックスが気になった。
 
 ───えっ!?
 
 男は、グラスを一気に煽ると、その唇を僕に押し付けてきた。
「んんっ…………!!」
 無理矢理、含んだワインを僕に飲ませようとする。
 ──零しちゃいけない……!
 咄嗟にそう思って、注がれるワインを全部受け入れた。
 つんと、芳香が鼻を突く。同時に喉と食道が、灼けるように熱くなった。僕は、そんなにアルコールは強い方じゃないんだ。
 
「美味いワインだな」
 男は口の端を上げて笑うと、むせて咳き込む僕の両手を、片手で束ね直した。
「なにす……」
 胃まで灼けて、気分が悪い。普段ならとても、一気に飲む量じゃなかった。
「あ!」
 するりと僕の首からビロードのタイを解くと、手首に巻き付けだした。
「ちょ…! ……ダメです! そんなことしたら、傷んでしまいます!」
 僕は悲鳴を上げた。
 自分に起こっている状況も怖かったけど、それ以上に制服が気になった。“前時代の財産”なんて言われたら!
 
 嘆願も空しくキツイ結び目を作って、手首を縛り上げられてしまった。身体を掬われて、ソファーに寝っ転がされる。
「……なに……するんですか……」
 恐怖で、声が掠れる。酷い眩暈だ……耳鳴りもしてきた。
「……纏足って、知ってるか?」
 面白そうに僕を見下ろしながら、唐突に喋りだした。
 ───テンソク……?
 聞いたこともないし……何を、いきなり………
 僕は怖くて、ただ睨み付けていた。
「昔、女の足先を強制的に布で縛り上げて、小さいまま育たないようにする、なんてのを習わしにしていた国があったらしい」
「────」
「何でそんなことしたか、判るか?」
「……………」
 何も答えない僕の脚を、触ってきた。
「逃げられない様にだよ」
「…………!」
「男の都合のいいように“小さい足ほど女性の美徳”みたいな固定観念を植え付けて、拘束していたんだ。しかも、靴ってのは……女性器に例えられる」
「…………」
 気分の悪い話に興味を持てず、聞き流すことにした。ワインのアルコールで、酷い酔いを起こし始めている。
 ───あッ……
 スラックスの上から、股間を撫で上げられた。
「昔から、受けの性器は小さい方がいいらしいな」
 口の端だけ上げると、不気味に笑った。
「ここの制服、うるせぇだろ」
「…………」
 
 急に話しを変える男に、苛ついた。こんな会話で、翻弄されていくのが判る。
 ───また、危険信号。
 鼓動が激しくなってくる心臓を抑えて、男と視線を合わせた。
 
 黄金色にも、薄茶色にも煌めく。
 真ん中の真っ黒い部分に、吸い込まれる気がした。
 
 ───何を言おうと、してるんだ……?
 
 
「……それと、さっきの話しと……何の関係があるんですか?」
「同じだって、言ってんだよ。都合のいい理屈を付けて、本人達が自らそれを受け入れるようにし向けてさ」
「…………」
「その実──」
 
 引き上がった口の端から、白い牙が覗いた。
 
「文字通り、“征服”……着ているヤツを……な」
 琥珀の双眸を細めて、楽しそうに笑う。
 
 
 
「拘束具なんだよ、ボーイへの」
 
 
 
「─────!?」
 
 
 
「雁字搦めだろ?」
 縛り上げた手首を持ち上げて、僕の目の前に見せ付けた。
「これを着た時、思わなかったか?」
「………なにを?」
 掠れる声を、絞り出した。
「シルエットが……裸体に手枷をしているみたいだって」
 
 ─────!!
 
 異様に大きい袖ぐりの折り返し。
 重いカフスボタン。
 動きにくい、ぴっちりのシャツにスラックス…
 そのシルエットにひびかないような、インナー……
 そして、精神的に圧力を掛けられて、大きなモーションができない……
 
 おかしいと、思ってたんだ。
 余りにも、仕事に不向きで。
 機能の、何もかもが。
 
「ついでに言うと、これは首枷の鎖に、見立てている」
 ベストの首元を繋ぐシルバーに指を掛けて、軽く引っ張った。
 
 
「…………財産、って……」
 僕は悔しくて、呻いた。
 
 そんな言葉に脅されて、僕は……
 高級ホテルの制服なんて、一般的にはステイタスの一つだ。ダサイけど、恥ずかしいけど……それでも喜んで着込んでいたんだ。そして、必死にその伝統を、守ろうとしていた。
 
 ────まるで、ピエロだ……。
 
「財産てのも、本当だ。粗末にするなよ」
 目だけで笑うと、いきなりスラックスの前を開けた。
「!! ………やっ!」
 恥ずかしいインナーを穿いている。こんな格好、誰にも見られたくなかった。
 いきなりの行動に、悪酔いしている頭は対処が遅い。無駄に抗ってみても、男を悦ばせるだけだった。するりとスラックスを脱がし、下半身だけTバック1枚という格好の僕をしげしげと観察する。
「…………」
 恥ずかしくて、何も言うことができない。
「悪趣味だよな……」
 口の端で笑いながらも、吐き捨てるように男は呟いた。
 ────?
 
「その顔、ワインのせいか?」
 僕の赤くなった顔を、覗き込む。
「──あ、……あなたのせいです!」
「ふ、威勢がいいな。……もう一回飲ませてやる」
「……え?」
 男は、不穏な発言と共に、僕の最後の一枚を剥ぎ取った。
「……あ…」
 Tバックだってなんだって、隠されているだけ、マシだった。
「やめ……見ないでください!」
 僕の脚の間に座り込み、腰を抱え上げられた。局部が前に突き出され、丸見えになっている。
 
 耳鳴りが砂嵐のようにザーザーうるさい。熱くてぼんやりしていく頭が、思考を奪う。
 何が起こってるんだ……?
 
 男はその状態のまま、片手を伸ばして二つ目のワイングラスを掴んだ。
 赤紫色の液体が揺れる。
 それをさっきと同じようにぐいっと煽ると、僕の後ろにその唇を押し付けてきた。
 
 ───えっ!?
 
「や……、なにするんですか!!」
 藻掻いた時は、もう遅かった。舌が入ってきて、冷たい液体が注ぎ込まれる。
 
 ───あッ……ぁああッ……!!
 
 僕は、腰を真上に抱え上げられ、脚を大きく開かされ、……後ろからワインを飲まされていた。
「……ぅぁああっ…!」
 
 直腸に直接のアルコールは、効きすぎる。口に含んだだけの少量でも、充分だった。腰や下っ腹が急激に、灼ける様に熱くなった。
 体中の血が騒ぎ出す。動悸が鼓膜の裏を、叩き始めた。
 
「や……やぁ……、やめてください……」
 身体中をまさぐり始めた手に、吐き気を感じて、抵抗した。ロレツも上手く回らない。
「やめ……ん……」
 また唇を塞がれた。
 
 ───くぅッ……!
 
 されるがままなのが、悔しい。
 ───アッ──え!?
 
 後ろに、異様な痛みと熱を感じた。
 
「あっ……ぁああぁぁっ……!!」
 
 …熱い……熱いッ………
 
 何か入ってくる!
 
 
 僕はただ恐怖を感じて、首を振っていた。
「やぁ……やめ……やめて―――」
 頭上で拘束されている腕を、がむしゃらに揺すった。
 
 男の腰が動き出す。
 僕はやっと、自分が何をされているのか判った。アルコールで麻痺したソコに、男の熱い塊が出入りしている。
「あぁっ! ……や…ぁあ…」
 捩っても藻掻いても、激しく突きあげられた。ワインが回りすぎだ、衝撃に耐えられない。心臓が…呼吸が苦しい、何もかも熱い……
 
「あ…、あぁ……」
 霞む視界が一瞬だけ、目の前の猛獣の顔を捕らえた。
 
 
 ………冷たい瞳!
 
 
 この何もかもが熱い中、氷のような冷えた眼に、僕の背筋も一瞬ゾクリと冷えた。
「んぁあっ……!」
 本当に一瞬だった。そんなの追求してる余裕なんて無い。
 揺り動かされる中で自分の悲鳴を聞きながら、僕は何も判らなくなっていった。
 
 


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