真夜中のページ・ボーイ
 
8. ゴースト
 
「こちらです、お荷物は入り口に纏めておきますね」
「ありがとう。……うん、やはりこっちは綺麗だね」
「……ありがとうございます。何かありましたら、内線でお申し付けください。すぐにお伺い致します。では、失礼します」
 
丁寧にお辞儀をして、新館の客室を後にした。
僕は基本、旧館なんだけど、まれに新館に泊まりたがるお馴染みのお客様がいて、その方の案内だった。
実際、旧館と新館では設備も仕様も何もかもが違って、若いお客様には旧館は不向きだと思った。
「古ければイイってもんでもナイよね〜、やっぱ。……新306オッケー…っと」
独り言を言いながら、メモ帳に予定を書き込んで、旧館に戻るべく、エレベーターホールに向かった。
 
―――あ、やめやめ! ……階段で行こう!
 
エレベーターはロクな事が無い。
やっと学習した僕は、手前の階段室で右に曲がった。
明るい午後の日射しが、3階と2階の間の踊り場の窓から差し込んでいる。
新館の窓は背が高く、全体的にホールが明るくなるよう設計されている。
 
―――こっちは、いいなぁ……
 
キラキラ乱反射して、うっすらぼやけている。
純白のウェディングドレスが似合いそうな、空間だった。
そのベージュの階段をゆっくり降りて、2階の旧館へ続く渡り廊下へと向かった。
 
ここも後から付け足した廊下だから、明るくて綺麗だった。
同じ木造でも、柔らかな暖かい色を使っている。
両側がどこまでも続く大きな窓。
廊下の幅は2メートルくらいで、距離は少しある。
15メートルくらいかな。
軽く弓なりになっていて、曲がらないと向こう側は見えない。
そこを朝日の照らす中歩いたりすると、それこそ光の洪水で、空を歩いている気分になれるんだ。
深夜に出向けば、さながら銀河の星渡りだった。
 
 
―――――!!
ギクッとして、脚が止まった。
 
柔らかい光が差し込む空中回廊。
ホワイトとイエローだけの世界。
新館は生きた人間が、はつらつと動いている場所で……
さっきまで平穏だった空間に、あってはならない人影が向こうからやって来た。
向こうも僕に気が付き、躊躇したように脚を止めた。
 
「………………」
 
キラキラ光る琥珀。
真っ黒い髪は日射しを反射して、銀髪にさえ見えた。
 
 
―――こんな……光の渦の中にいても……
 
 
そのオーラは、ダーティだと思った。
……禍々しい。何かが邪悪なんだ。
 
―――でも……?
 
眩しい光の中の、瞳を見つめた。
「…………」
猛禽類のような、獰猛な目をしていたはずだ。
それなのに、今は―――
 
 
その空気を破ったのは、僕じゃなかった。
琥珀が煌めく。
口の端が大きく裂けるように上がっていく。
「幽霊でも見たような……顔だな…」
 
「――――!」
現実に引き戻された僕は、身構えた。
せっかくエレベータを避けたのに、こんなトコで会うなんて……!
身を引いた僕に、また男は嗤う。
どんどん近づいてくる。
「そんなに嫌うな。遊んでやるから、来いよ」
 
――― ニ ゲ ロ!―――
  
警告音が鳴り出す。
心臓の音と共に、真っ赤な点滅。 
 
 
―――でも………でも、僕は……
 
 
「……あッ」
ちょっと戸惑った瞬間に、手首を掴まれていた。
「なんで、逃げないんだ?」
「―――!?」
そんなこと、コイツに訊かれるなんて思わなかった。
思わず振り仰いだそこには、いつもと変わらない凶暴な顔があった。
「そんなに、俺に犯されたいのか」
楽しそうに紅い舌先を見せて、唇を湿らせている。
「……ちが……」
抵抗して首を振ったけれど、もう遅かった。
ぐいっと僕の手首を引っ張ると、男は元来た方へ戻りだした。
 
―――手袋?
さっき、なんか印象が違うと思ったんだ……。
いつもは、キザなバーテンダーみたいな雰囲気なのに。
今は全く違う服装で、白シャツに黒のベストとスラックス。白い薄棉の手袋という格好だった。 
 
―――この格好は…まるで……
 
それ以上、観察している余裕は無かった。
旧館の敷地に足を踏み入れた瞬間から、空気が重苦しくなった気がした。
ホワイトイエローの世界から、ダークグレーの世界に入り込んだんだ。
 
「こっちだ。来い」
通路のすぐ脇にはリネン室があった。
今度はそこに連れ込まれた。
―――こいつ、何でこんなにスタッフルームのことに、詳しいんだ!?
やっぱり、何かがおかしい。
 
僕はどうしても知りたかった。
コイツの正体を……!
 
シーツやタオルが詰まった棚がひしめく通路を、強引に奥へ引きずると、突き当たりに僕を押し込んで、乱暴に手首を束ねてきた。
「やめっ……」
そのリスクがこれじゃ、あまりに痛手が大きい。
両腕を真上に持ち上げられ、吊された格好になった。
 
「―――ッ!」
僕は自分の迂闊さに後悔して、唇を噛み締めた。
でも、それだけじゃないんだ。
自分の警告に従わない自分が、確かにいる。
 
「貴方、何なんだ……いったい誰なんですか!?」
 
男はまたにやりと嗤って、上から僕を見下ろした。
「幽霊だよ……その名の通り」
その目が一瞬僕を通り抜けて、何処か遠くの世界を映したように見えた。
―――? じっと見た僕に、何もなかったみたいに獰猛な眼光を取り戻した男は、馬鹿にした声を出した。
「怖いだろ?」
「ふ…ふざけないで下さい!」
「うるせえな」
乱暴に僕のベルトを引き抜いた。
「あッ―――!」
そのベルトで僕の手首を縛り上げると、天井からの吊り戸棚の取っ手に、くくりつけられてしまった。
 
「やめ……なんで、こんなこと……!」
ズボンを下ろそうとするのを体を捩って阻止しながら、必死で訊いた。
「遊んでやるって、言ったろ」
「……そんなの!」
――そんなこと、訊いてんじゃない!
なんでこんな、僕に構うのか……なんで、僕なのか………
スラックスを脱がされ、インナーも剥ぎ取られた。
 
「昨日は、二度もお預けだったからな。今、辛いんじゃねえの?」
 
手袋のまま、下を触ってきた。
僕は真っ赤になった。
――その通りだけど……誰のせいで!!
  
 
「貴方には関係ないです! ……離してください!」
 
 
「俺のせいなのに?」
面白そうに、片眉を上げて嗤う。
そうしながらも手袋をはめた手は、僕の敏感になっているモノを包み込み、上下し始めた。
布の肌触りが、妙な感覚を湧き起こす。
「ん―――」
男の、ドライバーのような格好がまた、変な空気を醸し出していた。
 
………そうだ。ドライバーみたいなんだ……この格好。
いつも横柄で”俺様”って顔をしてるのに。
……誰かの運転手みたいな格好をしてるなんて。
 
「ちゃんと感じさせてやるよ」
僕の戸惑いにふっと笑うと、胸ポケットから何か取り出した。
「…………?」
小さな小瓶のようなモノ。
「潤滑油だよ」
手袋の上にそれを振りまいて、もう一度握り直してきた。
「…………ァッ」
思わず腰を揺らした。
滑った綿の感触は、未知のものだった。
同時に、後ろにも指が入ってくる。
「あっ…………ぁああ……!」
身体が揺れて、吊り戸がギシギシと音を立てた。
「静かにしてろ、すぐイカせてやる」
僕の真横に身体を沿わせて立つと、前と後ろを両手で攻めてきた。
 
「…んぁああ…ッ…」 
 
指が増えてくる。
綿の出入りは、いくら滑っても抵抗があった。
擦られる感触がいつもと違う。
―――なんで、……なんで……手袋のまま……?
出入りする度に、体内で何かが燃える。
前の扱きも初めての体感で、先端を擦られては、体中が粟立った。
 
―――あ……ぅあ……なに……すご…
 
何もかもされるがままで、どんどん高められていく。
僕の呼吸も、それにつられるように早くなっていった。
「……はぁっ……はぁっ――ぁああっ……」
 
――や……やだっ……
 
気持ちいい……だなんて、間違っても、思いたく無かった。
でも、身体は勝手に震えて指を貪った。
締め付けては、体内の奥深くまで飲み込むように。
 
「ほら、そろそろだろ? イケよ」
「ぁあっ……ゃあぁ…………」
中の指が、めちゃくちゃに暴れた。
 
――いく…………イクッ……!
 
 
「…んぁ……ぁああぁっ……!!」
ビクンと身体が揺れて、白濁を手袋に吐き出した。
余韻で、後ろの指をいつまでも締め付けてしまった。
 
痙攣し続けるそこに、男が笑う。
「そんなに、良かったのか」
「…………」
 
――喋れない。
はぁはぁと、呼吸を乱しながら、睨み付けるのが精一杯だ。
 
 
「……いつもは…大きすぎて……痛いだけだ」
 
それでも声を絞り出して、イヤミだけは言ってやった。
 
 

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