夜もカエサナイ
 
11.    
   
「千尋……!?」
 
ふわりと、空から降ってくるように、腕の中に堕ちてきた。
「助けて……」
似合わないアーミー服が、ボロボロになっている。
 
 
「……何があった!?」
顔をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくっている。
「徹平さんが、ボクのこと嫌いになって……女の人と……」
「!!」
「ボク……またあの人に……」
(―――ヒデノリだ!!)
言わなくても、すぐに判った。
「でも、ボク……約束したから……」
「……ああ」
「何があっても、もう絶対に逃げるって……」
「……したな」
「そしたら、徹平さんの声が聞こえたんです。ココまで逃げて来いって……ボク、夢中で走って逃げました……」
嬉しそうに、顔をあげて微笑んだ。
「千尋……」
「てっぺいさぁん……」
お互い、きつく抱き締め合ってキスをした。
「……宝物、見つけた。……やっぱ俺の一番大事なのは、お前だ」
「ボクもですう……」
 
 
《キーワードリセットされました! ゲーム終了です。宝物奪還、おめでとうございますー!》
 
 
ゲーム内でよく聞くような、景気のいいラッパ音と共に、そんなアナウンスが響いた。
  
 
《真の宝物は見つかりましたね。ぜひ、お持ち帰りください!》
 
 
「なんだそりゃ!」
俺は呆れて、思わす叫んだ。
「持ち帰りOKってなぁ……あったりまえだろう! 俺が持ってきたんだから、俺が持ち帰る!」
 
そこから出て驚いたのは、二人の怪我が幻覚だったってことだった。
「俺、マジで手ェ…切ったんだぜ」
「ボクも…走ってて転んで…ほっぺた擦ったですぅ」
すべすべの頬を撫でて、俺は笑った。
「転んでも、普通は頬なんかケガしないぞ!」
言いながら、また見つめ合ってキスをした。
「…………」
多分、千尋は解っている。……俺も。
あれは、自分を試されたんだ。
宝箱に、”気持ち”なんて詰めちまったから。
千尋への愛を奪われたら……残るのは疑心暗鬼だ。
―――でも
 
「真の宝物……見つけたな」
「……はいぃ」
 
最低最悪…悪趣味にも程があると思った、アトラクションだったけど。
結果は、最高だった。
「心がガキじゃ……あれはクリアできなかったな」
「はい……さすが、大人の遊園地ですぅ」
二人で笑った。
百戦錬磨を乗り越えてきた……とまでは、言わないけど。
ある程度の時間と経験を積んできた二人だからこそ、築けた「信頼」。
……それこそが、真の宝物だったんだ。
あれは、自分に勝つための試練だったと…そう思った。
 
――そして、偶然解った事実。
襲われたのが、ヒデノリにだったってことは……
無意識の底にも、千尋の中で、今の研修にそういう不安は無いって事だ。
俺とは大違いだ。
情け無い自分の嫉妬心を反省して、心で千尋に謝った。
 
「千尋、研修…ガンバレよ」
「はい〜!」
「それと、妙な心配は無用な!」
俺が今更、どんな女になびくってんだ!!
「はいぃ〜〜〜!!!」
千尋も反省してるようで、変な泣き笑いの顔を作った。
 
 
 
「腹減ったな! なんか食うか……何がいい?」
時計を見ると、とっくに夕食時を過ぎていた。
俺が聞くと、千尋は空を見上げて小さい声で言った。
「もう、時間がないです。最後にあれ、乗りたい……」
見上げた先には、チケットと同じ観覧車が、夜空に赤と黄色の幾何学模様を描き出していた。
 
「カクテル付きなんて、お洒落ですね〜!」
「ああ、ホントな。さすが大人の遊園地」
乗るときに渡されたグラスには、クリスマスカラーのグラデーション。
赤から緑に変わっていく液体が、クリスタルの中で煌めく。
グラスの縁には、雪をあしらった塩がまぶしてあった。
 
「それでは徹平さん、かんぱーい!」 
向かい合って座って、グラスを合わせた。
一口舐めると、塩の後から、かなり甘いリキュール。
「……夢みたいです…こんなの」
俺を映す瞳が潤む。
「でも、夢じゃない」
そう、もう現実の俺たちだ…。
観覧車の中で、二人きり。唇を合わせて、カクテルを飲ませ合った。
「はぁ……美味しいですねぇ…これ」
千尋が、幸せそうに息をついた。
「もっと飲め」
口移しで、俺の分まで飲ませた。
「ん……あは…徹平さん……イケナイこと、考えてます〜?」
「は?」
「ボクなんか、酔わせなくても……」
熱っぽい目線で、俺を見つめる。
赤らんだ頬…艶っぽい唇……。
カクテルのせいか、いつもの千尋とちょっと違う……。
「バカ……妙に美味いから、全部お前に飲ませてやりたかっただけだ!」
寄せてきた唇に、自分のを重ね合わせた。
後は言葉なんか要らない。
「ん……」
グラスを横に置いて、お互いを触り合う。
 
「早く、お前としたい…」
「はぁ……でも、ここじゃ……」
 
宙に浮かぶ、小さな箱。ヘタしたら、両隣から覗かれる。
「フェラなら、出来るな」
目の前にある、千尋の膨れているジーンズの前を、擦り上げた。
「ボ…ボクはもう、いいですぅ!」
寄せていた身体を引き剥がすと、向かいの席で、縮こまるように座った。
腰を隠して、体育座りで膝を抱えている。
「……ふぅ…」
今度は、溜息をついた。
少しふてくされたような視線の反らし方が、千尋らしくない。
「どうした?」
「……綺麗ですね……」
眼下のキラキラ光る園内を見渡しながら、呟く。
色とりどりに滲んで輝く電飾、飾り立てられた数々のアトラクション施設……そして、ずっと遠くには、高層ビルや高速道路のイルミネーション。
 
「ああ…よく見えるな。……今、ちょうどテッペンだな」
「……はい…今が、最高の場所ってことです…」
 
 
ゆっくり大円を描きながら動く観覧車も、半周を終えたということだ。
「……観覧車、下っていきますね」
外を見て、悲しそうな顔を作っている。
「降りたら、帰らなきゃ……」
ガラスに映る横顔が、泣きそうだった。
「………徹平さんと…する…時間なんて」
「………」
 
 
―――拗ねてる?
……初めて、見ると思う。
自分の意に添わないことに、納得してない千尋……。
  
 
「……シンデレラだな」
「…なにがですかぁ……」
「お前だよ。12時の鐘を怖がっている……拗ねたシンデレラだ」
もうすぐタイムアウトなのに。俺が余裕を見せているから、焦れている。 
 
「千尋…こっち来い」
バランスが崩れて危ないから、片方に二人で座らないでと、煩く言われていたけど……構うもんか。
横に座らせて、肩を抱いた。
「遊園地で残念なことって、何だった?」
唐突な俺の質問に、千尋がキョトンとした。
「小さい頃、一回来たって前に言ってたろ?」
「あ……はい! ……あの時は……」
嬉しそうに目を輝かすと、想い出を探るようにゆっくりと喋りだした。
「楽しくて楽しくて……帰りたくなかったのに、閉園するからって言われて……悲しくて泣きました」 
眉を寄せて、情け無い顔を作った。
「俺も……。次々と電気が消えていく様子とか、子供の頃スッゲー寂しかった」
外のイルミネーションに目をやると、時間を忘れたような華やかな煌めき。
終わらない夜を、主張しているようだった。
「……ここが、なんで大人の遊園地か、わかるか?」
「え?」 
「閉園が、無いんだ」 
「…………?」 
どういうことか、俺を振り向いて仰ぎ見る。 
「千尋…」
横にあった身体を、膝の間に移動させた。
真後ろから抱き込んで、耳元に囁く。
 
「今夜は、お前を帰さない」  
 
「…………!?」
 
「お前は、帰らなくていいシンデレラなんだ」
「……でも…」
 
店の規律は絶対で、かなり厳しい。
”今日は帰れません”なんて、連絡して済む所でないのは、今日行ってみて俺も判った。
 
「お前が用意しに部屋に行ってる時な、通達とチケットのお礼を言いに、女将さんと親方に挨拶に行ったんだ」
「えっ」
「今日の外出のお願いもな。そしたら……チケット見せてお礼を言ったら、それよく見てみろって……」
俺は切り取られた半券を、胸ポケットから取り出した。
印字されている24〜25日。それは日付を跨った有効期限だった。
「クリスマスは特別だから、今日は帰らなくていいって、お墨付きを貰ってるんだ」
「えええ〜〜〜っ!!!」
「だからコレは、親方と女将さんと、俺からのクリスマスプレゼント!」
煌めく夜景に目を移して、一緒に眺めた後、キスをした。
「ごめんな。驚かしてやろうと思ってギリギリまで黙ってた。却って寂しい思いをさせちまった」
「………」
「何度でも、乗れるぜ、観覧車……乗るか?」
「……いいです…」
「お前の拗ねた顔、見れた。俺と…したかった?」
俺へのクリスマスプレゼントだと、思った。つい口の端が、上がる。
「てっ…てっぺーさん!」
真っ赤になって見上げる顎を捕らえて、また唇を合わせた。
「俺だって、何度も襲いそうになってヤバかった。スッゲー我慢してたんだぜ」
「………………」
「夜は長いんだからな……」
耳をかじりながら、囁いた。
「ひゃぁああ……」
箱から降りるときには、足元をふらつかせる千尋を抱えて降りた。
「メリークリスマス。素敵な夜をお過ごしください」
係員が微笑んで見送ってくれた。
 
「夜をって……まだ10時だぞ!」
俺は笑いながら、千尋とまたキスをした。腰砕けの身体を、ちゃんと立たせる。
「ほら、何食う? 腹減ってきただろ?」
「はい!!」
元気になった千尋と屋台を食べ歩いて、小腹を積み重ねて満腹になった。
「閉店しない屋台なんて、なんか心強いですねぇ〜!」
「ホントな! 焦らなくたって、逃げないもんな!」
「でも、贅沢な食べ方ですよね…」
「ああ、まさに子供の頃憧れた、大人食いだな」
一品料理…カレーとか食うより、よっぽど高くついちまった! 
  

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