chapter14. take aim- 標的 -
1. 2.
 
2.
 
「センセー、天野、来てないですか?」
 無遠慮にドアが開いて、青い顔をした丈太郎が駆け込んできた。
「どうしたの?」
 ペンを置いて、机から体を離した。
「天野が…いないんです」
 あちこち探し回ったのか、息を切らしている。
「さっき、ちょっと言い合って目を離したら、それっきり…」
「…また、ケンカしたの。ほんとに珍しいね。…ここには来てないよ」
 ぼくは立って、入り口の丈太郎に近寄った。
「……そうですか。はぁ、もうすぐ克にいが来るってのに…」
「もっとよく探してみたら? 天野君が一人で行きそうな場所」
「うん…。あいつ、ほとんど一人になったこと、ないんです。いつも、俺と一緒だから」
 ぼくは目を丸くした。そこまでベッタリだとは、思っていなかった。
「だから、見当つかなくて」
「とにかく、ここにはいないよ」
 丈太郎をドアから外に追い出すように、体で壁を作って圧力を掛けた。
「…ハイ。すみません、ありがとうございます」
 ちょこっとお辞儀をして、丈太郎は蒼白な顔をしたまま廊下を走っていった。
 ぼくはドアの縁に寄りかかって、それを見送った。口の端が思わず上がる。外のノブに掛かけてある“在室”の札を“不在”側にひっくり返すと、静かに閉めて内側から鍵を掛けた。
「……さて」
 衝立カーテンの内側に、ゆっくりと入る。そこには、薬で正体を無くしている天野君が、横になっていた。
「ふふ…、他愛ないな…」
 つい、笑ってしまった。こんな素敵な人形が、こんなにもすぐに手の中に堕ちてきた。投げ出された手足、閉じた瞳、薄く開いた唇。何もかもが、無防備だ。
 ふわふわの細い髪の毛が、乱れて額に掛かっている。それを、後ろに梳いてみた。形の良いおでこが出て、長い睫毛がもっと長く見えた。
 ベッドの淵に腰掛け、顔を寄せてみる。すうすうと、規則正しい寝息を頬に感じる。その唇に誘われて、キスをしてみた。もちろん無反応。
「柔らかい…」
 もっとしてみた。少し開いている隙間から舌を入れてみる。柔らかくて甘い舌が、すぐそこにあった。絡めて吸ってみるけど、動かないのでちょっとつまらない。
 キスはやめて、体を探ってみた。
 ──誰にも気付かれては、いけない。本人にでさえ。
 傷や汚れはおろか、痛みも残してはいけない。やれることは、限られている。それでも悪戯してみたくて、ぼくは時々薬を使って、好みの生徒をこのベッドに連れ込んでいた。
 眠り込んでいる天野君のシャツのボタンを、一つ一つ外していった。下に袖無しの下着を着ていたので、捲りあげてみる。
「ほぅ…」
 思わず、溜息。……綺麗な身体だなぁ。胸の、微かに色づいている飾りを触ってみた。親指の腹で、優しく何度も撫でては摘む。
 起きていたら、この手がぼくでなかったら、……この子ほどんな反応を見せるのだろう。
 手のひらを脇腹に滑らせる。肌が指に吸い付いてくるようだ。……気持ちいい。すごい滑らか。デニムパンツのファスナーを開けて、下着ごと膝まで降ろした。
「………」
 ぼくは、目の前の身体に、絶句した。あまりに、艶めかしい。小さな腰骨、未発達の性器、すらりと伸びた太股。その性器に触れてみる。温かい。唇でも触れてみた。柔らかくって、温かい。天野君の体温をそこに感じた。
 膝を広げて、奥まで見てみた。ピンク色でちっちゃな可愛い蕾。
 克にぃに、何かされてるとしたら…。
 ぼくは、自分の人差し指をなめると、その小さな蕾にあてがった。軽く押して揉みながら、指先を中心に埋めていく。思った通り、あまり抵抗無く指をくわえ込んでいく。そっとそっと、指を奥まで挿れてみた。
 根本まで入れると、中で体温を楽しむように、動かした。
「……」
 天野君が身じろいだ気がした。額にうっすら汗が浮かんでいる。閉じた双眸はそのままだが、頬も少し上気している。
 …あまりやりすぎると、起きてしまう。指をそっと抜くと、舌を這わせて蕾を丹念に舐めた。
 舌先で、時々そこがぴくりとするのを味わう。手を添えていた太股が熱くなってくるのが、わかった。呼吸も少し荒い。ぼくは焦らすように、ずっと蕾を舌先で嬲った。前の小さな性器が、あつく熱を持ち始めた。
 ……感度が、もの凄くいいな。
 こんなに反応する子は、初めてだった。興味に駆られて、それを口に含んでみた。柔らかいながら、奥に芯がある。ちゃんと勃起していた。
「………」
 ぼくは、克にいに嫉妬を覚えた。天野君をこんな風に仕込んだのは、紛れもない彼であろうから。
 唇で締め付けながら、上下させた。もう夢中だった。
「……っ」
 しばらくすると、びくんと身体を震わせて、ぼくの口の中に僅かながら、吐精した。
「…っ……にぃ…」
「……!!」
 微かな声が聞こえて、ぼくは焦ってしまった。慌てて体を起こした。ここまでするつもりは、なかった。
 ──起きた!?
 顔を覗き込むと、瞼は閉じられたまま。眉が苦しそうに寄せられ、寝返りも打てずに、顔を反対側に反らしただけだった。
 …ふぅ、と、ぼくは片手で顔を拭った。
「……天野君」
 その頬に手を添えて、撫でた。さっきよりももっと上気して、とても艶っぽい。
「キミを手に入れたいな…」
 寝言でも克にいの名前がでるなんて、不愉快だった。……いつか、この口でぼくの名を呼ばせる。
 
 天野君をきれいに清めて、衣服を元通りにした。額の汗を拭いていると、瞼が微かに揺れた。…ああ、そろそろ意識が戻る…何事もないように佇まい、寝起きを出迎える。
「……ん」
 苦しそうに何度も顔の向きを変え、やっと、うっすらと瞼が開いた。
「……せん…せい?」
「うん、気分はどう?」
 霞む視界で、必死にぼくに焦点を合わせてくる。
「…ぼ…く…?」
「さっき、貧血で倒れちゃったんだよ。ずっと寝てた。心配したよ」
 口は適当な言葉を滑らせたが、辛そうな顔に、思わず手を当てて撫でた。その手を横目で追いながら、天野君はうっすら微笑んだ。
「せんせいの手…、克にぃみたい…」
「!」
「僕、克にぃといっしょな気がしてて…」
「……」
「いま、朝かと思っちゃった」
 はにかんで、満面の笑みを零した。薬でまだ、朦朧としているみたいだ。普段より無防備に甘えた顔をしている。
「……うん、まだ学校だよ」
 なんとか言葉を絞り出す。
「その克にぃが心配してると思うから、呼んでくるね」
「あ……はい」
 ぼくは、転げるように衝立カーテンの外に出た。
 ──あんな顔を、毎朝見せているのか…!
 毎日のように迎えに来て、誰にも触れさせないように連れて帰る兄、克晴。…いったい、どれだけ大事にしているのか。その気持ちが、よくわかった。
 
 窓のカーテンの端をめくって外を見ると、校門の外に人影が見える。遠いし角度が斜めだから顔は見えないが、克にいに間違いない。丈太郎もきっとまだ探している。早く行かなければ、怪しまれる。用意したウソのつじつまが合わなくなる。
 ぼくは心を落ち着けて、いつもの優しい先生になりすました。校門に向かい、克にいに説明する。丈太郎も、追っつけやってきた。3人で保健室に向かい、天野君の様子を見た。
「克にぃ!」
 ベッドに座り込んでいた天野君は、顔をぱぁっと輝かせ、駆け寄った兄に抱きついた。
「メグ! 心配したぞ!!」
 しがみついてくる小さな体を、全身で受け止めるように両腕でくるむ。見上げる天野君に顔を寄せ、頬をくっつけて、抱きしめている。
「メグ、大丈夫か? 何ともないのか?」
「…うん。よくわかんないけど、……今は、平気」
「ほんとか?」
「うん」
 見つめ合って、他はまったく見えないようだ。
「……どう思います? センセ」
 横から丈太郎が、つまんなそうに呟いた。
「あんなじゃ、入るスキがないですよね」
 ベッドの二人を睨み付けて、溜息を付いている。ぼくは笑って言った。
「スキに入りたいの?」
 丈太郎は、顔をぱっと赤くして慌てた。
「そんなじゃ…! ただ、あんまり天野が…」
「ふふ、わかるよ。あんな仲良しじゃ、妬けるよね」
 ぼくも内心、二人を睨み付けた。
 
 でも、ちょっと反省しなきゃ。克にいが迎えに来る時間は、もう避けよう。
 こんなの毎回見せられたくはない。
 
 それから、一つ気になった。
 克にいの…克晴の面ヤツれは、どうしたというのだ。頬が削げ、瞳の精悍さも弱くなっている。ギラギラとした、何もかもを跳ね返す鋭さが、全くなかった。
 彼の周りで、何かが起こっているんだ。
 
 ──でも、もう関係ない。
 ぼくのターゲットは、もはや彼ではない。
 
 ぼくは、これからの仕事時間を思うと、楽しくて舌なめずりをしてしまった。
 


NEXT(cp15へ)/back/1部/2部/3部/4部/Novel