<第3部>
chapter1. bird fancier ≫lock on -標的追跡 -
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 1
 
 僕がアメリカから帰ってきて、克晴に会いに行ったのは、日本に着いてすぐだった。
 
 6年前の冬……まさか、こんなにも長いこと日本に帰って来れないとは、思ってもいなかった。
 久しぶりの空気、久しぶりの街並み、すっかり様変わりした駅や建物……本当に浦島太郎になった気分だった。
 僕は本社での挨拶を済ませると、その足で克晴の家の近くまで、電車で行ってみた。
 全てが余りにも久しぶりで…。いろいろ違和感があり、慣れるまでが大変だった。
 でも克晴見たさで、僕の脚は怯まなかった。会いに行くと言いつつ、実際は遠くから見るだけなんだけど。
 
 どんなふうに育っているのか。
 どんな声になっているのか……誰かと一緒にいるのか。
 
 それを自分の目で、確かめたかった。
 帰りの飛行機の中で、それしか考えていなかった。いや、日本に戻れるという内示を受けた時から、僕の頭はそれしか考えなくなっていた。
 すっかり諦めていたから。
 もし2、3年で帰れていても、会うのは怖かったと思う。
 それが……6年なんて。
 ──克晴はもう18歳だ。
 出会った頃はとても小さくて、まだ小学生だったのに……もう、高校を卒業する歳になっている。
 僕は“時間”を呪った。克晴の成長は、同時に僕の老いでもあったから。
 ………克晴に、会うのが怖い。
 僕を覚えているのか? ……きっと恨んでいる。 
 怖じ気付いた僕は、それでも一目見たくて、家の近くでずっと待っていた。
 見れる確証はない。ただ衝動的に来てしまっただけだから。
 ……そして、克晴は帰って来た。
 
「────っ!」
 
 胸が……痛くて…息が出来なくて…
 
 懐かしい克晴……懐かしい克晴
 ──大好きな………克晴だ……
 
 どんなに逢いたかったか、顔が見たかったか……!
 
 あまりにその顔が懐かしくて、胸が痛くなって、僕の心臓は勝手に止まりそうだった。
 
 
 視界に入ってきた時、すぐ判った。
 育った顔は、想像通り先輩にそっくりで、想像以上にカッコよかった。高校の制服かな。ブレザーがまた、よく似合う。
 
 ……ん? ……なんだ、あの子。
 
 克晴の隣りに、べったりと寄り添っている小学生。ランドセルに背負われているような、幼い印象の可愛い子供。
 
 ──恵君か? 克晴が大事にしていた。……まだ、幼稚園児だったはずだ。
 
 そう思ったところで、苦笑した。あの子の時間も同じに流れているんだ。
 ……そうか、6年という月日は、そういうことなんだ。
 僕は改めて、この日本では自分の時間が止まってしまっていることを、実感した。
 
 再度、克晴に目をやる。
 細い頬と顎、伸びた背丈、サラサラの前髪、吊り上がった眉……その顔は、華やかに笑っていた。
 
「それでね、霧島君がね」
「はいはい。ったく、メグはアイツの話しばっかだな」
「えー、そうかなぁ」
 
 僕の側を、二人の楽しげな会話が通り過ぎていく。
 ……優しい声。すっかり声変わりして…。
 僕に見せたことなんか、一度もない、楽しそうな笑顔。
 ……あんな顔して、あんな声で、笑うようになったんだな…克晴は。
 僕はやっぱり、声なんか掛けられるはずもなく…打ちのめされて、帰路についた。
 ……何でって。…僕にとっての克晴不在の期間は、とても辛くて、とても不幸だった。なのに克晴ときたら、幸せそうに笑って恵君とベタベタしてるなんて。
 ───なんか嫌だ。克晴も同じでなきゃ。
 そんなはずがあるわけ無いのに、そう思ってしまった。
 
 
 
 
 先輩には葉書で、帰国報告だけ、しておいた。
 あんなに大好きだった先輩だけど……克晴に心が移って、アメリカに飛ばされて……。ぽっかりと先輩がいた筈の空間に、大きな穴が空いているようだった。
 向こうに行ってからは、手紙一つ書く気になれず、そのまま時間だけが過ぎていた。
 
 戻ってきた後会社では、社内での僕の役職が決まらないとかで、かなりの間、放置された。
 “栄転”なんて今更思ってないから、何を期待していたわけじゃないけど。
 まさか居場所がないとは、思わなかった。……なんだ、この処遇は?
 その訳のわからない理不尽さと怒りが、僕を余計克晴に執着させた。
 笑ってる克晴。幸せな克晴。僕を忘れて、恵君とベタベタして……。
 
 僕は、毎日のように通っては、克晴を眺めた。
 毎日毎日見ているうちに、あんなに恐かったのに、声をかけたくなった。
 僕がわかるだろうか、覚えているだろうか。……どんな反応をするのだろう。
 恵君に向ける優しい目や声が、僕に向いてくれないかな…。そう思うと、いてもたってもいられなくて。あの時、ついに声をかけてしまった。
 そしたら克晴のやつ、僕を一目見ただけで、逃げ出したんだ。
 
 ───僕を覚えていた! 一瞬だけど、僕を見た。
 克晴と見つめ合ったんだ。変わってない…あの頃と。怯えた目、戸惑う表情。
 
 
 
 ───僕を覚えていた。
 ……でも、走って逃げて行った。
 この二つのことが、僕を興奮させ、憂鬱にもさせた。
 
 
 
 このままじゃまた逃げられてしまう。
 
 僕は克晴とまた、仲良くしたいだけなのに。
 ……あんなふうに、顔見ただけで逃げるなんて……僕、傷ついた。
 
 もう見たくない。僕から逃げていく背中なんて。……もう傷つきたくない。心がものすごい痛かった。
 
 逃げられないように……
 また、僕と遊んでくれるようになるまで、まずは捕まえておかないと……
 
 
 僕は先輩に連絡して、会うことにした。
 先輩の方から網を固めようと思って。
 
「雅義! 久しぶりだな、変わってないな!」
 
 先輩の顔……
 胸がきゅうっと痛くなった。先輩を好きで好きで、ずっとくっついていた頃を思い出した。
 
「ハイ、先輩も……」

  そして、その顔は……今の克晴に、似すぎていた。
 
 先輩が似ているんじゃない。克晴が先輩に似ているんだ。そんなのは分かってるけど……。
 僕の基準は、もう確実に克晴だと言うことを、思い知った。
 
 先輩に取り入って、信用を取り戻して。
 ──水面下で僕は、克晴包囲網を着々と準備していった。
 
 克晴さえ逃げなければ、こんなコトはしなくていいのに。
 いつもそう思っていた。
 逃げなければ……普通に接してくれていれば……
 僕だって、こんな酷いことはしないのに。
 
 それでも怖くて、用意周到にしてしまう。
 “クスリを使って動けなくしてしまえ”
 “手足を拘束して、逃げられなくしてしまえ”
 
 
 二回目に声をかけたとき、決心していた。
 まずは僕を思い出させるんだ、あの身体に。
 ……思い出すかな。もう別人みたいだ。完全に育っていて。僕より身長も高くなっているし……。
 
 卒業式の日になっちゃった。
 でもまだ高校生だ。この制服を脱ぐまでは、克晴はまだ高校生。
 かろうじて繋ぎ止められる、克晴の成長の履歴……その一ページに僕を刻み込ませる。
 小学校、中学校、高校、……そのいつの時代も、僕は居たのだと。
 ──そして、大学……。克晴は僕に、どう接してくれるのだろう。
 
 
 卒業式が終わり、校門近くで待っていると、彼はやって来た。在校生達に見送られ、楽しそうに笑顔で。
「……やあ」
 僕のかけた声に、その顔は引きつった。
 笑顔も、明るい声も、一瞬にして消え失せて……僕を睨み付けてきた。
「来るな」
 低く絞り出すような声で言う。
 その一言は、聞こえない振りをした。自分自身に、そう言い聞かせて。
「………俺に、近づくなっ」
 歩みを進める僕に、更なる悪態を付き出した。
「…連れないこと、言うなよ。」
 心が痛くて壊れないように、僕も必死だった。
 
 
『オマエなんか、知るかッ』
 
 
 この言葉で、僕は壊れた。
 ウソでも、社交辞令でも、その場繕いでも……“お久しぶりです”とか言って、普通に相手をしてくれたら。
 笑顔をくれとまでは言わない。───ただ、拒絶は嫌だった。
 僕は嬉しくて、その場で抱きしめちゃったかも知れないけど、それ以上酷いことはしなかったんじゃないか。……わかんないけど。
 あとはもう、克晴を繋ぎ止めることだけしか、考えなくなった。
 
 
 やっと捕まえた車の中で……克晴の身体は、最高だった。
 制服のネクタイを、まず外す。シャツのボタンも、ゆっくり外していく。
「やめろっ!」
 克晴がその度に、何か言うけど、僕はそれが楽しくてしょうがない。
 だって、“僕”に反応してるんだから。
 アンダーシャツを捲り上げると、下からは、見とれるような艶めかしい身体が出てきた。しっかりした胸板、脇、細く搾られていく腰、腹筋。
 ……そして生えそろった陰毛…大きくなった性器。何もかもが悲しくなるくらい、育ちきっていた。それはもう───眺めて、見つめて、言葉もない程に。
 そして物凄く色っぽかった。歪める顔や、抵抗の声さえも。
 僕は荒くなる息を抑えて、乳首を舐める。生肌を味わって実感してみる。
「……やめ…」
 快感に耐えながら、首を振っている。
「……なんで、いまさら」
 そんなこと言ってくる。
 僕にとって、人生はこれからで……克晴のいない人生なんて考えられないのに。
 僕の欲望は止まることを知らず、最後まで突っ走った。
 克晴に挿入するとき、感動しすぎて震えた。硬くなった蕾を指で解して、熱と汗を感じる。喘ぎつつ嫌がる克晴の声が、僕を煽る。
「む…無理だろ! ……おいっ」
 無理なもんか。僕は克晴に笑ってやった。
「やだ…やめろ、おっさんっ」
 またそれを言う。
 オッサンは傷つく。仕返しのように、腰を進めてやった。
「あぁ! ……ああぁぁぁ!!」
 熱い、きつい、よく締まる克晴の中。めちゃくちゃ気持ちよくて……。
「克晴……克晴……」
 譫言のように呼び続けながら、快感を貪った。イクのが勿体なかった。イった後も気持ち良すぎて、抜けない。
 
「……早く、抜けよ」
 焦れて、克晴も言ってきた。
 しょうがないな。時間もないし。
 でも、僕が埋め込んだ印だけは、ずっと味わっていて貰おう。なかったことに、されないように。楽しいパーティーに、僕も一緒にいるんだと。
 
 
 後はもう同じ。
 ずっと必死だった。克晴を自分のモノにしたい。僕から逃げないで。オッサンなんて、呼ばないで…!
 
 想えば想うほど、克晴は僕を睨み付ける。───あの眼で…。
 
 どれだけ心を、駆り立てられただろう。
 拒否すればする程、拒絶を示せば示す程……僕の欲望は克晴に向いた。
 自慰なんかじゃ、間に合わない。あの身体を抱かないと、僕は狂ってしまうんじゃないかとさえ、思った。
 


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