chapter14. heartless love  -冷たい愛-
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 1
 
 ぼくの言うことを、よく聞くようになった、天野君……
 
 日ごと、育っていくのがわかる。
 腰つきがしっかりして、手足が伸びて。顔もかなり、細くなった。
 
 そして……
 克にいのためにと変化した、あの色香。
 育っていく身体は、更に変化して、ぼくの手順で熱くなるようになった。ぼくの望んでいた通りに、身体を造り変えていってくれた。
 
 今は、潤んだ目でぼくを見つめながら、キスをする。……本当に、いい子。
 
 
 
 
 なのに、あの日から彼は変わった。
「……先生」
 放課後、入り口付近で立ち止まって、何か言いたげにぼくを見上げる。いつになく、深刻な顔をしている。
 ───何か、心境の変化でもあったのかな?
 ぼくは、いろいろな子のカウンセラーをしているから、表情から大体のことが、わかる。
 あとは、その原因と要望。彼らが、何に刺激を受けたのか。その結果、何をやりたがって、なぜ出来ないでいるのか。
 それをうまく言葉として、引き出してあげるんだ。
 その過程で、彼らは自分なりの答えを、自分自身で見つけ出す。ぼくは、その行程を上手く導いてあげるだけだ。
 
 ───でも、天野君。
 君の言いたい事なんて、ぼくはもう判ってる。引き出す必要なんて、無いんだ。そんな言葉……。
 
 だから、ぼくが打ち消してあげる。
「何でもないなら、上がって」
 微笑んで、ぼくと天野君の聖域に誘う。
 
 でも、真剣な眼をしてぼくを見上げて……あの時は本当に、焦った。
 口だけ動かすその仕草を見たら、一瞬、頭が真っ白になるほど。
 ───また声を失った!?
 ………何にそんな衝撃を…!
 その不安がぼくを、突き動かした。
 この素敵な声は、もう、ぼくのものだ。それに、やはり喋っているときの天野君はとても可愛い。もう二度と、あんなふうになって欲しくなかった。
「……イタッ」
 小さな叫び声で、我に返った。
「あッ……出る。よかった、声、出るね?」
「…………?」
 当惑したような、天野君の目。ぼくはしゃがみ込んで、天野君の肩を力一杯掴んでいた。
 ほっとして微笑むと、困ったように見つめ返してくる。
 …………天野君。どんな顔をしていても、君が愛しい。
 だから、絶対に手放さない。君から、ノーなんて、言わせない。
 
「何でもないなら、上がって」
 
 まだ何かを言いたげで。それでも、黙ってズボンを脱ぎだした。
 綺麗な足が露わになる。産毛すら生えていないような、すべすべの肌。スラリと伸びたラインが、まるっきり女の子のようで……
 でもシャツの裾で見え隠れする、可愛いお尻と前のモノは、ちゃんと男の子のそれだった。そのギャップが、ぼくを刺激する。
 
 …………?
 やっぱり、何か変だ。思い詰めたような目で、時々ぼくをじっと見る。
 愛撫する時、指を差し込む時…、ぼくが入った時も……
 小さく開いた唇は震えて、舌が何かを訴えようと、ぴくんと動く。ぼくは何度も、何? って、聞き返しそうになった。
 でも……切っ掛けを与えてしまう。
「イヤ」と言い出してしまう。
「ヤメテ」とは、言わせない。
 ごめんね、天野君。……ぼくのほうが一枚上手に、立ち回る。
 
 
 
 
「……ふぅ」
 グラスのブランデーを飲み干して、息をついた。
「どうしました? 桜庭先生」
 隣のスツールに、柴田先生が座った。
「せっかくの終業打ち上げなのに、溜息なんて」
「……溜息……ですねぇ」
 すでにかなり酔っていたぼくは、カウンターの向こうにロックを追加注文して、呟いた。
「二次会までは、出ないと思ってましたよ。喜んでる先生たちがあっちにいるのに。混ざらないんですか?」
 柴田先生が、後ろを見ろと顎で指す。
 店の奥では、テーブルを囲んで盛り上がっている集団がいる。甲高い声がぼくたちの会話まで、掻き消しそうだった。
「………」
 横目でその騒ぎを一瞥して、バーテンから受け取ったロックを、舌先で舐めた。
 ぼくみたいな保健医は、職員室には出入りしないから、他の先生方との交流があまりない。
 こんな集まりに参加しても、友人と呼べるほど親しくしている先生が、いるわけではなかった。
 強いて言うなら、尊敬してるこの人……
「柴田先生が、いるから…」
 冗談ぽくそう言うと、先生はちょっと顔を曇らせた。
 壮年期をそろそろ抜ける落ち着いた雰囲気が、ベテランを思わせる。この先生が、一人の生徒のことでずっと後悔していたなんて、驚きだった。
 
「ほんとは…ただ飲みたいだけです」
 一人で部屋で飲んでいても、いつも天野君を思い出しては、胸が痛くなった。
「桜庭先生……何か、悩みでも?」
 ……さすが、柴田先生。
「───柴田先生は、ビールですか」
 手元のグラスを眺めて、ぼくは答えにはならないことで返事した。
「教師のカウンセラーは、やっぱり教師……私でよかったら、聞きますよ」
 グラスをちょっと突き出して、乾杯のポーズを取ると、ぼくをじっと見つめてきた。
「……先生も、話しを聞くときは、そうやって目を見るんですね」
「はい…。目の色が、一番心を写しますからね」
「……そうですね」
 ぼくも同じ。何かを訴えようとする子供達の目を、じっと見て、待つ。下を向いていた子供達は、見つめ続けていると、重い口を開き出すから。
 覗き込んでくる柴田先生の目は深いグレーで、生徒を安心させるような暖かな光を放っている。
 ぼくも……酔いが手伝って、心が零れ出してしまう。
「あの子は、周りの誰よりも、一見とても幼いのに……」
「…………」
「その心は、とても強いんです」
 唐突なぼくの言葉に、片眉をちょっと上げて、それでも黙ってビールを飲む。
「好きって、どんなに伝えても受け入れて貰えないのって、寂しいですね」
 言うつもりのないことまで、言ってしまった。
 目を反らして顔を赤くしたぼくに、横に座ったカウンセラーはとんでもないことを言い出した。
「もしかして、小坂先生ですか?」
「………え!?」
「ダメだなあ、横恋慕は!」
 笑いながら顔を寄せて、小声で言う。
「彼女、恋人いるの…先生も知ってますよね?」
 落ち着いた雰囲気で、肩を揺らしながら片目を瞑ってみせる。
 ───こ…小坂先生…?
 ぼくは思わず、テーブルの集団に視線を走らせた。
 ひときわ小柄な可愛らしい女性が、ちょこんと座っている。近々結婚するとかしないとか噂の立っている、低学年を受け持つ先生だった。
「あは…先生、残念ながら、彼女じゃないですよ」
 視線を戻して、笑った。
 そうか、柴田先生には……普通は、そうか。ぼくは誤解を解かずに、別人とだけ言った。
「ぼくの好きな子は、もっと可愛いです」
「おやおや」
「先生……ぼく、やっと本当に好きな人、見つけたんです」
「やっと? 桜庭先生なら、モテるでしょうに。今まで、いい人はいなかったんですか?」
「………」
 ぼくは口の端だけで笑った。
 自分が好意を持たれやすいのは、自覚していた。いつも誰かしら言い寄ってくる娘と、恋人ごっこはしていた。
 でも、女性と本気で付き合ったことなど無かった。仕事に夢中だったせいもある。
 そして……生徒にも、こんな感情を持ったことはなかった。
 
「その子にはすでに、パートナーがいたんです」
 溶け始めた上澄みを舐めながら、グラスの中の氷を回した。
「横恋慕だったけど、今はフリーなんですよ………たぶん」
「たぶん?」
 柴田先生は、今度は両眉を上げて、不可解な顔をした。
「ぼくを受け入れてくれて、けっこう経つけど…笑顔を見せてくれないんです」
 何、喋ってんだ、ぼく……。
 残りの液体を、一気に煽った。喉が灼け付く。胃の中まで熱くなる。
「いくら桜庭先生でも、無理矢理はダメですよ」
 窘めるような笑顔……率直な言葉。
 
「…………」
 返す言葉がないまま、ぼくは酔いつぶれて、寝てしまった。
 


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