chapter14. heartless love  -冷たい愛-
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「天野君、逢いたかった!」
 思わず、助手席に乗り込んできた身体を抱き締めた。
 
 夏休みに入って、久しぶりに会った天野君は、やっぱり可愛かった。半ズボンから剥き出している太腿が、無防備すぎる。
 
 
 ───どうやって、繋ぎ止めよう。
 
 ずっとそればかり考えていたぼくは、宿直の日を交えて、天野君を呼び出すことにした。
 車で途中まで迎えに行って、ホテルで一日中過ごす、という計画で。
 誰の目も気にすることなく、一緒に居られるのだから、これ以上の場所はない。最近は無人受付が多いから、入りやすい。
 それでも監視カメラに天野君を入れないように、気を遣って歩いた。
 
 初めて入るはずのラブホテルの一室で、天野君の様子が気になった。室内を見回して、怯えている。
 ───でも、この落ち着きよう……
「来たことある? こういうホテル」
 さらりと訊いてみた。
「……!」
 目を見開いて、ぼくをじっと見る。その唇は噛み締められて、震えていた。
 イエスでもノーでもない、表情。
 ……何だろう?
 
 でもそんなこと、いつまでも気に掛けてはいられなかった。
 学校があるときは、毎日だったから……ぼくは我慢出来ずに、小さい体を押し倒してしまった。
「先生…ここは、いや……」
 拒否などしなかった天野君が、泣きだしてしまった。
 ぼくは、せっかく手の中にいる彼に、なんとか言うことを聞かせたかった。
 言葉で脅し、その心を縛り……
 ──それでも、天野君……
 君を抱き締めていると、何故こんなにも胸が痛くなるんだろう。ぼくに微笑まないけど、熱い息で腕の中にくるまれている。
 その温もりは、小さな命は、ぼくの全身を熱くして止まない。克晴をまだ追い続ける、何気ない視線が、ぼくを傷つける。
 
 壁の鏡に映った天野君を、眺めた。
 ダボダボのバスローブを羽織って、小さなスツールに腰掛けている。
 何度も折り返した袖から、ちょこんと出てる手先。ローブの胸元から覗く肌、裾からすらりと伸びる脚。
 俯いて大人しく座っているその輪郭は、“可愛い”から“綺麗”になりつつある。
 育ち途中のアンバランスな少年……。
 天野君は、自分がどれだけ魅力的に映るのか、わかっているのだろうか。
 
「先生は、僕のどこが好きなの?」
 
 腕の中で訊かれて、ぼくは困った。
 どこって……この身体…体温、……喘ぐ声……
 そして、言いつけ通り見つめてくる、色香漂う視線───ぼくを受け入れない、その心。
 ……未だに克晴のことで、狂いそうなほど取り乱して、心底驚いた。
 このちいさな魂の頑なさが、ぼくの胸を締め付けて離さない。
 
「……全部」
 
 そう言うしかなかった。彼にはまだ、わからないようだったけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
「桜庭先生、その後はどうですか?」
 宿直で出勤したとき、柴田先生と偶然会った。
 
「あ、先日はご迷惑をお掛けしました」
 醜態を思い出して、謝った。あの後、先生に介抱して貰い、なんとか自宅までたどり着いていた。
 
「柴田先生は、部活の顧問ですか」
「はい。今、子供達を帰した所です。引き受けただけとは言え、つい夢中になってますよ」
 汗を額に光らせながら、照れ笑いをしている。
 その表情をふと曇らせると、顔を寄せてきた。
「桜庭先生……ちょっと生徒達のことで、相談があるのですが…」
「……はい?」
 
 
 
「どうぞ……」
 クーラーを効かせた保健室に招いて、お茶を入れた。
「例の彼女とは、うまくいってますか?」
 湯飲みを受け取りながら、優しげな笑顔で聞いてくれる。
「……はい」
 
 さっきまでの天野君を思い出した。
 夏休みだし…と思って、彼に課題を与えていた。小さなディルドを、後ろに挿れてあげたんだ。ぼくを全部、受け入れられるように。
『ここ、小さすぎるから……ちょっと大きくなるようにしようね』
 そう言って、長さ10㎝直径3㎝くらいの玩具を、お尻にゆっくり挿入して……
『次ぎに会うときまで、いつも挿れていて』
『え?』
『トイレとお風呂の時以外は、必ずね。特に、夜寝る時は』
『…………』
 青ざめた顔は、首を横には振らず、黙り込んだ。
 次はもう少し太いのを挿れて、そうやって慣らしていくつもりでいた。
 頬を火照らせて、潤んだ瞳でぼくを見つめる天野君……。思い出したら、さっきまで何度もしていたのに、また腰が熱くなってしまった。
   
「……まだ、笑ってはもらえませんね」
 車から降ろして見送った後ろ姿は、ぼくを振り向くことはない。
 ぼくの行為は、どんどん彼の心を遠ざけていく。
「………ふぅ」
 溜息をつきながら、お茶を啜った。
「どんな女性なんでしょうね、桜庭先生にそんな顔させるなんて」
 柴田先生が、ひょいと眉を上げて笑う。
 この人は、男前ってタイプではないけれど、不思議な魅力を持った先生だった。
 生徒はこの空気に、安心感を覚えるのだろう。
 天野君に夢中になるまでは、ぼくも先生みたいになりたくて、一生懸命だった。
 
「それで……お話というのは?」
 話題を変えたくて、本題を切り出した。
 
 柴田先生は、両手に包んだ湯飲みを見つめると、考え込むように視線を揺らして顔を上げた。
「……最近、生徒達をどう思います?」
「……? どうって……」
「以前みたいに、心を開く生徒が減ってきたように思うんです」
 ……ああ、ぼくもそれは感じていた。
 色々な子が、ちょっとした事でも相談に来ていたのに。ここのところ、すっかり数が減っているのには、気が付いていた。
 でも僕は、天野君との時間が大切で。そのことをあまり、気に掛けなくなっていた。
「私は、心配なんです。相談しなければ、解決しないこともあるかもしれないでしょう」
「…………」
「家庭内での身の置き所など…一人で背負うには、大きすぎる悩みを抱えている子もいるんです」
「……はい」
「大人が頼りにならないと、思われているのが……悲しいですね」
「……………」
 
 ぼくにはもう、返事はできない。
 もう相談役など、そんな資格はないから。
 大人のフリをして、ここににいるだけ……。
 相談に来た子の話しは親身になって聞いてあげるけど、以前のような情熱はもう無くなっていた。
 
 
「…………」
 柴田先生との温度差を感じて、ぼくの胸に、ズキンと痛みが走った。
 


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