1.
 
「頼む! 今回だけでいいから!」
「無理だって! 演技なんかできないよ」
「大した役じゃないから、心配すんな」
 
 高校2年に上がって、仲良くなった加藤公貴(かとうきみたか)
 こいつは映画研究部の、役者兼カメラ担当……自他共に認めてる、カメラオタクだった。
 カメラったって、今時のデジタルではなく、昔懐かしの8ミリ!
 部活の予算が無くて、機材の買い直しが出来ないまま、今に至るらしい。
「でも、今となってはこっちの方が高いんだよな。フィルム代と現像代が半端ない!」
 嬉しそうに、聞いてもいない僕にずっとしゃべってるんだ。 
 今は、文化祭の発表に向けて夏合宿をするから、参加してほしいと口説かれていた。
 どうせ僕は何の部活動もしてなくて、ヒマだけどね。
「頼む、須崎(すさき)!」
 細眼鏡に短髪の加藤は、一見お堅いインテリに見える。
 実際そうなんだけど。プラス、変人だった。
「ヤ~ダ~」
 素っ気ない返事を繰り返しながら帰り支度をしていると、急に教室内の空気がざわついた。
 放課後の終了チャイムが鳴ったばかりで、まだ半分くらいは生徒が残っていた。
「……え、何?」
 見ると前の入口に、映研の先輩二人が立っていた。
 ───うわ……
 180㎝を越える二人は、それだけで目を引く上に、ルックスが半端なくイイ!!
 映研の看板スター(8ミリを愛している加藤は、そんな古くさい言い方をする)と言うだけある。
 この二人のおかげで、女子部員には困らないけれど、反対に男が、入ってこないらしい。
 それで、僕に友情出演してくれと言うのだった。
 みんなが扇状に入口の様子を伺う中、
「部長、副部長!」
 加藤が嬉しそうに、そっちにすっ飛んでいった。
「どう? 落とせた?」
 部長と呼ばれた板谷(いたや)先輩が、加藤に笑いかけた。
「ダメです。……あいつ、頑固で」
「……………」
 加藤が振り向いて、三人の六つの目が僕に集中した。
 
 ───これは…卑怯だろ……。
 
 冷たい汗が、僕の背中を流れた。
「リオちゃん」
 佐倉(さくら)先輩が、にっこり微笑みながら手招きをした。
 副部長の佐倉先輩は、板谷先輩とは好対照で、すっごい美人顔だ。
「………ハイ」
 加藤に付き合って、時々部室に行っていたから、すっかり顔を覚えられていた。
 僕は、もう顔が真っ赤で…
 ───うわぁ…恥ずかしいなぁ
 そこにいる全員の注目の的になりながら、ふらふら近づいて行った。
 
「今回だけでいいから。僕らの卒業制作も兼ねてるし」
「理央……」
 じっと二人の先輩から見下ろされたら、僕はもう首を横に振れる筈がなかった。
 二人の放つオーラには、華やかで魅惑的な雰囲気の裏に、強烈な圧迫感が込められていた。
 
「卑怯モン! 卑怯モンッ!!」
 加藤の後ろ頭をぽかぽか殴りながら、帰り道を歩いていた。
「頼んでねーよ、来てくれたんだ!」
 右手で振り払いながらも、その顔は嬉しそうにニヤけていた。
「他に出演を頼めるの、いなかったからマジ助かった!」
「……どうせヒマ人だよ」
 まあ、そんなに喜んでくれんなら、悪い気はしないけど。
「須崎も、趣味もてよ。ヒマ持て余してんのもったいないだろ」
「……趣味ィ~? ……どんな?」
 唐突な加藤の言葉に、ちょっとグサッときて、睨み上げた。
 ここ最近、ヒマ人=無趣味=つまらない人間、という被害妄想を抱えている僕だった。
「もちろん8ミリ」
 煌めかせた眼鏡の奧から、にやりと見下ろしてきた。
 
 ………無視、無視。
 
「……演技は、期待しないでよ」
「ああ、平気、平気。ちょこっとしか出番無いから。声は後からアフレコで他の子が当てるし」
「え!? そうなの?」
「……須崎……どんだけ、映研見に来てんだよ」
 そんなことも知らないのかという顔で、眼鏡の端を指で押し上げながら睨んでくる。
「活動内容なんか、毎回毎回見てられっか!」
 僕が見てるのは、美咲姫(みさきひめ)と呼ばれてる菊水(きくすい)先輩。
 板谷先輩の彼女らしいけど…眺めてるだけで、嬉しくなる。
 真っ黒のつやつやストレートが腰ぐらいまである。すっごい美人なんだ。
「でも、声って? まさか、加藤が僕の声……」
 加藤の声は、低くて渋い。
「アホか。女の子で、ぴったりのがいるよ。おまえの顔なら、あの子で充分だ」
「………へえ」
 なんせ、女の子には事欠かないクラブだ。専属声優みたいなポジションの子、役者、反射板・照明などの小物持ち、マイク、タイムキーパー。
 いろいろ、みんな女の子がやっているらしい。
 ちなみに菊水先輩は、会計兼スクリプター(撮影時の記録係みたいな役職らしい)。
 いつも切りつめた部費の中から、僕にまで差し入れを用意してくれるんだ。
 
 
 そんなウヤムヤかつ、テキトーに引き受けた山奥での合宿参加だったけど……
 始まってみると、もの凄いハードだった。
 なんと言っても、予算がない。
 失敗だの、取り直しだのが後で出来ないと言うことで、無駄撮りも含めて、もの凄いカット数を短時間でこなしていく。
「板谷! …立ち位置、そこじゃダメだ!」
 部長も副部長もない。普段の佐倉先輩とは思えないほど、大きな声で注文を出していた。
「佐倉! もっと大きくリアクションしろよ! どこを見てんのか、わかんねぇだろ!」
 板谷先輩も遠慮がない。他の女の子達にも…もちろん美咲姫にも、厳しい言葉が次々に飛んでいた。
 そんでもって驚いたのは、台本が撮影と同時進行と言うことだった。
「えっ、出来上がってんじゃ、ないの!?」
「概ねな。本筋は変わらないよ。あとは現場に合わせて、臨機応変。先輩たちのこだわりのせいで、5分に1回は修正が入ってる。セリフもその度に、微妙に違うよ」
 そう言って苦笑いする加藤も、先輩たちに食い付いていた。
「そのアングルだと全部入りません! あっちからパーンして、ズームさせないと、わかんないですよ!」
 鬱蒼とした木々が茂る山中の一角。
 ベンチと丸太作りの屋根があるだけの、ちょっとだけ開けた空間。
 そこを中心に、女の子達がこまこま動く中……
 絵コンテとシナリオを囲んで、真剣に意見を交わし合っている、先輩二人と加藤の姿。
 そして横でそれを見守る美咲姫……
 それは……それだけで映画のワンシーンみたいだった。
 
 
「凄いな、加藤」
 僕は夕飯を食べながら、少し見直す気分で言っていた。
「実際の映像は、ファインダに映るものが全てなんだ。覗いてるヤツにしか気が付かないことが沢山ある。カメラマンは、それを伝える責任を背負ってる」
 真剣な顔をして、こともなげに返された。
「……………」
 僕は箸を咥えながら、その横顔を眺めるばかりだった。
「……なんだよ?」
 顔を赤くして、眼鏡の奧からじろりと睨んできた。
「……んにゃ…別に」
 改めて、すごいな…加藤って。
 なんか悔しくて、褒めてやるのはヤメにした。
 
「……イタヤ!」
 佐倉先輩が食堂の入り口から、板谷先輩を呼んだ。
 その視線を追うと、「おう!」と快活に応えて席を立つ先輩の横顔。
 自信に満ちてて、キラキラしてる。
 僕は思わず、目を細めた。
 
「どうした?」
 隣の加藤が、顔を斜めに、覗き込んできた。
「……カッコイイね、板谷先輩」
「………」
「仲いいなあ。あの二人!」
 溜息交じりに、ぱたんと箸と茶碗をテーブルに置いた。
「…羨ましいんか?」
「……うーん…そんなんじゃなくてさ……」
 コレってものに打ち込んで、まっしぐらにそれをやり遂げようとしてる。
 それを共有できる仲間がいる。
 それがカッコイイんだ。
 ───僕には…打ち込めるものなんて、ないから。
 ……やっぱ、羨ましいのかな。
 
「……ああいうのを、親友っていうんだよなぁ」
 
 
 
 
「えーっ! 加藤と一緒じゃ、ないんですか!?」
「ああ。公貴には、夜っ引いてやってもらわなきゃいけない、作業があるからな」
「んで、男部屋は僕たちの部屋しかないから」
 にっこり佐倉先輩も、美しく笑う。
 ミーティングが終わって、いざ寝る段になって僕は慌てていた。
 ゲストの僕は、例によって予算の都合上、人数に入っていなかったのだ。
 安い自炊式の合宿屋。全室畳敷きという、古い作りで。
 先輩たちの布団を二客くっつけて、その間で僕を寝させるって言うんだ!
「む……無理です! 間に寝るなんて」
「やっぱ、背中が痛いよね。じゃあ僕が真ん中でもいいよ」
「さ…佐倉先輩! …そんな!」
 ─── そういう問題じゃないって! それに…先輩を真ん中に寝させるなんて、出来るわけないじゃん!
 先輩たちの肩までしかない僕は、必死に見上げていた顔を、最後は泣きっ面にした。
 
 
 
 ───というわけで。
 
 ……ななな ……なんだ、この状況!?
 
 女の子達が、悲鳴を上げて卒倒しそうな構図だった。
 ぴったりくっついた布団に、先輩たちが並んで寝てる。
 それだけでも見物なのに、その間に、ちんまい僕が挟まって川の字を作ってるなんて。
 しかも二人は示し合わせたように、カッコイイ寝間着姿だった。帯の締め方がさすが様になってる!
 …で、僕だけパジャマで、情けないほどお子様もいいとこだった。
 ……場違い感と、やっぱ邪魔なんじゃという申し訳なさで……ちょっと…逃げ出したい。
 
「……なんか…スミマセン」
 幸い夏だから、分厚い掛け布団は必要ない。
 山奥の心地よい涼しさの中、掛布は薄いぺらぺらの綿布団で間に合っていた。
 合わさった掛布の下で半分顔を隠しながら、板谷先輩を見上げた。
「俺らこそ、スマンな」
 板谷先輩が、カッコイイ顔をこっちに向けた。
 ───ひゃぁ、近い!
 茶色く染めた前髪が、幾つかの束になって眉や目に掛かっている。
 その隙間から力強く切れ上がった二重が僕を見た。
「と……とんでもないです!」
 目のやり場に困った僕は、慌てて佐倉先輩に視線を移した。
「ホントにごめんね。窮屈でしょ」
 ───こっちも、近い!
 真っ黒な髪が、形の良い頬を隠していて、これまた真っ黒な濡れたような瞳を、長い睫が取り巻いている。
「…………っ」
 もう、何にも言えなくて、僕は顔も頭も全部布団に突っ込んだ。
 真っ赤になった顔を隠したかったんだ。
 心臓もドキドキ。こんな近いと、聞こえてしまいそうだった。
 僕は途方に暮れた。
 ……寝れるかなあ。
 
 でも、そんな心配も時間が解決だった。
 もともと寝付きのいい僕は、すぐ寝てしまった。
 
 でも、寝付いてしまう前に、一つだけ聞きたかったことを質問出来た。
「先輩たちは…始めっから8ミリが好きで、ご自分で入部したんですか?」
「────」 
 僕の頭の上で、二人が視線を交わし合ったような気配があった。
「板谷がね、すっごい映画野郎で…」
 佐倉先輩が、軽く笑った。
「僕がそれに、引きずられたわけ」
「でも、今じゃコイツも立派な、助監督野郎だよな」
 板谷先輩も、笑う。
「………いいなぁ」
 お互いを認め合ったような空気が、羨ましかった。
 
 
 
 次の日は、早朝からたたき起こされて、早速撮影だった。
 それに関係しない子達が、ご飯を作る係に回る。
 何も仕事のない僕は、なんとも申し訳ない気分になってしまった。
 うろうろしてたら、小道具を作っている女の子を見付けた。
 その手元を見て、ギョギョギョ!!!!
 ……コ…コンドーム!?
「コレに血糊を詰めて、火薬で爆発させるんですぅ」
 恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、慣れた手つきで、そのフィルムを開けて、中のモノを摘み出していた。
 ───ひゃーーーっっっ!!
 真っ赤になって、加藤の所へ逃げた。
「須崎は、絵コンテとか見ててくれればいいから」
 加藤は笑って、それら一式をどっさり渡してくれた。
 ───これはこれで困る。こんなもん、見たって、わかんないのに!
 
 
「理央、もっと口開いて喋って。あと、倍ぐらいゆっくり!」
 ………えぇ~、そんなにゆっくり?
「あ、須崎! 今カメラ見たろ! 目線こっちは、絶対ダメだ!」
 ………カメラの下にいる子を見ただけなのに~
 でも、フォローもしっかり入れてくれる。
「理央、今お前なりに演技したんだろ? いいぞ、その調子だ!」
 ………僕は真っ赤になって、俯いてしまう。
「リオちゃん、もっと大胆に腰曲げて、体を乗り出して!」
 ………えええ! これよりもっと!? ……それは大げさすぎると思うよ!?
 
 
 ”ちょこっと出演”のはずの僕が、一番、撮り直しをした気がする。
 恐縮もひとしおだった。
 


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